音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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おうぎアシスト

 俺が扇のおじさまの刀を斬ったことは数日のうちに家中に知れ渡っていた。いや、それどころか、俺の与り知らない扇のおじさまの過去の言行録──おばさまへの日常的な暴言や高圧的な態度までもがセットで広まっていた。

 発信源はおそらくゆかりさんだ。

 禪院家の女中ネットワークの恐ろしさを、俺は誰よりもよく知っている。ゆかりさんは善良な人だ。当主への忠誠心もある。けれど、意志の強いタイプではない。口止めをされたとしても、あの場面で感じた恐怖を一人で抱え込むのは無理だろう。以前のこの家では子供の問題が全部母親のせいになるのは普通だった。けれども今はインターネットのおかげで、おばさまにぶつけられていた言葉の数々が我慢して当然のことではなく、客観的に見て理不尽なモラハラだということも認識できる。だから食洗機の前で同僚に溢してしまったのだろう。

 

「本当は絶対に言っちゃダメなことだけど、実は扇様がクソでね」

 

 などと。

 もう、目に浮かぶようだ。

 本人は「この人だけに」と思って話す。しかしどの人にも「この人だけに」がある。その結果情報は彼氏や旦那にも流れ、尾鰭がつき、やがて噂は家中を一巡する。

 禪院家の一般的な男性がこういう話を聞いて抱く感情は、女性陣が抱く義憤とは少し違うはずだ。妻への責任転嫁という悪事については、わざわざ大っぴらに言わないだけで、似たような偏見のある人自体はある程度いる。ただ、身内の女を上手に管理できないというのは、そういう人から見ても大問題だ。男は女より強くて立派なのが当たり前。男は、家畜である女達にとって慈悲深い牧場主でいるべき。それなのに産後の妻を罵倒して幼い姪にたしなめられ、更に刀まで折られた男というのは──禪院の男社会において、これほど惨めに見える存在はない。

 俺も論理としてはわかっていたつもりだったが、実際は思った以上に苛烈だった。「女の菜緒葉ちゃんですら刀を折れるんなら、俺らなら扇さんに完勝じゃね?」という話をちょくちょく聞いた。仮にも特別1級相手に、なんたる舐めっぷり……。

 自業自得な面はある。けれども、この噂がどれだけ扇のおじさまの面目を潰したか。

 みんなに諸々バレていると気づいた時のあの人の精神状態を想像すると、お父様が「下手に刺激するとこじれる」と言った意味がよくわかる。流石に可哀想になってくるレベルだ。

 しかし、恨みを抱えた扇のおじさまが取った行動は、俺の予想の斜め上を行くものだった。

 

「──菜緒葉よ。お前の才、しかと認めた。当主の娘として、より過酷な、より一族の誉れとなる任務に身を投じるべきだ。私からも兄に強く推挙しておいたぞ!」

 おじさまは口角をこれ以上ないほど不自然に吊り上げ、ある日突然そう言った。そして俺の「昇級したい、もっと戦わせろ」というワガママを全力でバックアップし始めたのだ。

 

 一見すれば姪の才能を認める叔父の素晴らしい度量。しかしその裏にあるのは「さっさと死ね」という剥き出しの呪詛である。自分に恥をかかせた小娘を、合法的に、かつ自分の手を汚さずに処理するための応援。

 これにはさすがの俺も乾いた笑いが出た。おばさまや赤ちゃん達にこの人のストレスが向くよりはマシだし、利用しない手はないが。

 

「という訳なんですの。……甚壱くんとお父様はおじさまが何か言うたび大反対ですけど、私本人としては利用しない手はないと思うんですわよね。ねぇ直哉、あなたも扇のおじさまに協力してあげてくれません?」

 

 直哉がピアノの練習をしているのをビデオカメラで撮りながら頼んだ。

 動画加工の技術はないので現状とりあえず素材を撮り溜めているだけなのだけれども、満足感はそれなりにある。「こいつ、未来にはピアノに飽きて鍵盤に足乗っけるようになるんだよな。注意しなきゃ。でも足ピアノ映像は撮っておきたいな……」みたいな葛藤もあるが。

 直哉は俺にはよくわからん謎のクラシック曲を弾くのをやめて鼻で笑った。

 

「ええよ。菜緒葉ちゃんのお願いやし。……でも扇のおじさんも常時パッとせぇへんよなぁ。自分の刀折られた腹いせに、姪を死地に送り込もうやなんて。……逆恨みもいい所やん」

 

 直哉の声には身内への敬意など欠片もなかった。彼にとって弱さはそれだけで断罪に値する罪悪だ。たとえそれが実の叔父であろうとも。

 

「……でも、おじさまのおかげでようやく任務の質が上がりそうなんですもの。あの方には感謝しなくては」

「俺にも感謝してくれへんの?」

「しますわよ」

 

 直哉は心底嬉しそうにした。

 だから俺はその場の空気に甘えて口にした。

 

「おじさまはああですが、私はせめておばさま達の味方でいたいんです。直哉、あなたも協力してくださるわよね? 周りがどれだけ反抗的だと言い立てても……私たちだけは、真希ちゃんや真依ちゃんと絶対仲良くしてあげるんですのよ! 甚爾くんの時みたいに!」

 

 その瞬間、直哉の笑顔が一瞬で消えた。

 

「……直哉?」

 

 呼びかけても返事はない。

 数秒の、しかし永遠のような空白。

 やがて直哉は、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「……そろそろ稽古の時間や。行くわ」

 

 それだけ言うと直哉はピアノの蓋を閉めた。バチン、という硬質な音が部屋に空虚に響く。そして直哉は一度もこちらを振り返らず静かに去っていった。

 ちなみに稽古の時間はあと30分先である。

 

 

 ……なんで?????????

 

 

 一人残されて、考えた。

 縛りとか抜きにしても、直哉は基本的に姉との約束は破らない奴だ。つまり、約束をしないというのは俺の言葉に一切賛同していないということ。

 思い返す。

 

 先日の初潮の一件。家中がお祝いムードになった時、直哉だけが全身に鳥肌を立てて気色悪がっていた。菜緒葉ちゃんの意識が完全に引っ込んだのと同じタイミングで、直哉もまた、何かから全力で逃げていたのだ。

 禪院家で暮らして何年にもなるが、この家の男尊女卑がどういうものかは身に染みてわかっている。

 一番よく遭遇するのは、善意と常識の結果として現れるそれだ。俺を過保護に任務から遠ざけるのも古臭い厨房を何十年も放置していたのも、悪意ではなく「女はそういうもの」という無意識の前提から来ている。言っている本人に自覚がないから反論しづらいし、仮に反論してもキョトンとされて終わる。

 次に多いのは、思い通りになる女にはとても優しいのに、言うことを聞かない女だけを潰しにかかるタイプ。お千代さんを殺したあの男がまさにそれだった。こういう腐った野郎が俺は一番嫌いだ。

 だが、直哉にはどちらとも違う要素がある。

 悪意に近い、しかし悪意と呼ぶにはあまりに自然で、もっと根源的な何か。〈女〉という概念そのものに対する、生理的な拒絶。

 禪院の男と禪院の女。直哉と菜緒葉ちゃん。この双子は、それぞれの模範に全く適合しきらないまま、思想面ではその模範をより純粋に完成させているとでも言うべきだろうか。

 出産だの初潮だのの自分のコントロールできない現象に支配され、血を流し、弱り果てる女性という存在そのものが──この双子にとっては、理解不能で、耐え難い欠陥品に見えているのかもしれない。

 俺はビデオカメラの録画を見返した。音MADの素材にしようと思って撮った、かわいい弟のピアノ演奏を。再生ボタンを押すと画面の中の弟は楽しそうに笑って、無邪気に鍵盤を跳ねさせている。

 

 俺はいったいこの子をどう育てていけばいいんだろう。

 禪院の外を知らないこの子を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 禪院家に持ち込まれる依頼は、呪術高専から降りてくるものばかりじゃない。江戸以前から脈々と続くこの家には、近代的制度が整備されるよりもずっと前からの私的な顧客回路がある。地縁、血縁、そして金の匂い。表沙汰にできない不都合が生じるたびに、権力者達はこの回路を思い出し、縋り付いてくる。

 今回の依頼主は我が家とは遠縁にあたる現職の国会議員。数代前、我が家が「使い道のない女」を「金を持ってくる猿」に嫁がせた結果の末裔だ。亡くなったお母様の実家と構図は同じ。

 事の発端は、その議員の秘書の妻が死んだことだった。

 表面上の損壊は一切ない。しかし検死の結果、体内の配置が狂っていた。心臓が腹腔にあり、肺が左右逆転し、腸が食道をせり上がっている。外から皮膚を傷つけることなく、内部だけが──まるで目に見えない巨大な手がパズルのピースを組み替えたかのように、再配置されていた。残穢あり。呪術案件であるのは確定。

 当初は痴情のもつれから愛人が呪詛師を雇ったのでは、という俗な筋読みだった。ところが呪詛師は思いもよらない場所にいた。被害者の実子。まだ幼さの残る中学生の息子だ。

 このガキが──推定一級相当の式神遣いに変貌していた。

 念動力を使う式神を使って非術師の同級生を嬲り、脅し、蛮行を重ねる。その場面を見つけたうちの術師は返り討ちに遭い、一名殉職。やむなく始末することになった。その死に際、ガキは「この力はもらったものだ」と口走った。

 それが全ての始まりだ。

 記録を遡っても、その家系にはここ三代、術式持ちどころか「視える」レベルの人間すら存在しない。突然変異で片付けるには、術式の完成度が高すぎる。

 違和感を拭えぬまま調査を続行させると、同様の──内臓の位置が狂った死体が、さらに三つ都内で見つかった。

 一人目。私立中高一貫男子校の数学教師。

 二人目。別の有名私立校の女子生徒。

 三人目。莫大な遺産を抱えた資産家の老女。

 そして四人目の犠牲者である老女の孫は、最初のガキの同級生だった。さらに二人目の女子生徒も含め、三人は同じ塾に通っている。そして数学教師の教え子の中にも、同じ塾に通っている生徒は多数存在する。

 つまり──被害者を辿ると、全部一つの場所に行き着く。

 

「……それが『桐永会』ですわ、直哉」

「何やそれ、聞いたこともないわ」

 

 夕餉の後にお酌係として呼び出され、広間でのちょっとした家族会議である。この件について高専サイドは「禪院さんの身内筋の不始末なら、そのまま禪院さんで」と、厄介ごとを押し付ける形で丸投げしてきた。保守派が面子を立てる振りをしながら、面倒な案件から手を引く口実にしたらしい。

 直哉には気を利かせて100%のオレンジジュースを出してあげたのだが、「ガキ扱いすな、お茶にしろ」と不機嫌そうにされた。反抗期か。

 弟はどんなに反抗期でも別に構わないが、扇のおじさまに酒を注ぐのは本当に気が進まない。あの土下座の一件以来顔を見るだけで胃の腑が粟立つ。今はお利口な姪っ子を演じるべきフェーズだし、これも禪院の女としての仕事だからやるけどさぁ。

 

「もう少し世俗のことも勉強なさい。桐永会は東大専門、エリート育成塾ですわよ」

「中学生のうちから大学のためにお勉強するんか? 気が狂っとるな」

「あなただってそうでしょう。将来禪院を率いるために今から呪術のお勉強をしてるじゃありませんの。似たようなものですわよ」

「全然ちゃうわ。俺のは家業やもん。選ぶ選ばへんの問題やなくて、俺らは最初からこれとして生まれてきたんや」

「非術師だって、政治家やお医者さんの家系は似たようなものなんじゃありませんの? 直哉はもう少し視野を広く持ちなさいな。呪力の有無にかかわらず、皆それぞれの役割で社会に貢献しているのですから」

 

 俺の最後の言葉を聞くと、扇のおじさまが不意に酒杯を置いて不機嫌そうな顔をした。

 

「雑談は後にしろ。耳障りだ」

「申し訳ありません、おじさま」

 

 俺は瞬時に殊勝な顔を作って頭を下げる。お父様は扇のおじさまに冷ややかな視線を投げたが、結局何も言わずに本題に戻った。

「──で、直哉。この桐永会に呪詛師が潜んでいる可能性が高い。お前には年齢を誤魔化して潜入してもらって、その手口と犯人の目星をだな……」

 お父様の言葉を、扇のおじさまが遮った。

「いや。菜緒葉も行かせるべきだ」

 お父様の目が鋭くなった。

「扇、何を言い出す。直哉一人で十分だろう」

「十分ではない。直毘人、お前は菜緒葉を甘やかしすぎだ。実戦経験を積ませねばいつまで経っても──」

「菜緒葉の安全が最優先だ。菜緒葉は呪詛師相手にはポンコツだぞ」

 

 今のは少し聞き逃せない。

 

「はぁ? ポンコツじゃありませんわよ。私の新必殺技の『カットアップ・サンプリング・リミックス』をお忘れで?」

「よし、後で手合わせだ。その鼻っ柱をへし折ってやる」

 

 父娘でいつも通り言い合っていると、扇のおじさまが露骨に苛立ち始めた。

 

「いい加減にしろ! そもそもお前らが菜緒葉可愛さに鳥籠に入れて飾り立てている間に、うちの若い術師が一人死んでいるんだぞ。使える人材は使え!」

 お父様が黙った。殉職した術師の話を持ち出されるとさすがに反論しづらいのだ。扇のおじさまが俺を危険に送り出したがっているのは見え透いていて、それがお父様にとっては不快なのだが、今回主張している理屈自体は筋が通っている。ド正論と言えるレベルかもしれない。

 甚壱くんが腕を組んだまま、扇のおじさまに同意する。

「……たしかに、今回ばかりは直哉だけだと不安が残る」

「何?」

「お父様、よく考えてくださいまし」

 俺も口を挟む。

「……直哉一人で、非術師の子達に混じって愛想を振りまきながらの情報収集ができると思いますの?」

 

 部屋にいた全員の視線が、不機嫌そうにオレンジジュース(結局飲んでいる)を啜る直哉に集中した。

 

「………………な、何やその目は。俺かて、その気になれば愛想くらい振りまけますわ」

 

 全員の沈黙に耐えかねたのか直哉が自己主張を始める。その顔は姉目線ではかわいいし、父親目線でもおそらくかわいいだろう。しかし甚壱くんとおじさまから見たらちっともかわいくないっぽかった。まあ、普段の言動がね……。

 

「直哉お前、友達が1人もいないだろ」

 

 甚壱くんの無慈悲な一撃。

 

「別にええやん、友達なんかおらんでも。俺には菜緒葉ちゃんがいるもん」

「そういう問題ではない。お前のような世渡り下手の子供は潜入した瞬間に浮きまくって、情報収集どころか怪しまれて終わりだ」

「…………それはまあ、せやね」

 

 直哉は流石に素直に同意した。同年代の子達と仲良くするのは直哉にとっては呪霊と戦うよりも断然ハードルが高いだろう。

 お父様はしばらく渋面で黙り込んでから、深い溜息をついた。

「……仕方ない。菜緒葉の分の潜入用の偽の在籍と制服も用意しておく」

「やったー!」

 久しぶりの禪院の外──シャバの空気だ。

 呪詛師への遭遇リスクはともかく、温室育ちのエリート塾の子達から情報を抜き出すのなんて、この家で生き抜いてきた俺からすればちょちょいのちょいだろう。

 

 ──この時の俺はまだ、密室で煮詰められた子供達の抱える呪いの恐ろしさを、これっぽっちも理解していなかった。

 

 




皆様薄々お気づきでしょうがマコは拗らせた人達の心情への理解が乏しく、直哉に対しても「その男尊女卑ってやつ、一緒に治していこうな!」みたいな無理解さがあります。…そもそも「治す」もんなんですかねこれ? このまま家の中でウダウダやってても多分何も変わらないと思います。
そこで直哉をいったん外の風に当てて色々考えさせてみましょう。
結果はマコの願う善院化かもしれないし、案外「やっぱ女はアカンわ」オチかもしれません。ここからどう転ぶかはお楽しみに!
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