音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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TS美少女ドキドキセーラー服体験

 鏡の前に立つ「禪院菜緒葉」は完璧に仕上がっていた。

 件の親族の議員が手配してくれた、兵庫の名門女子校のセーラー服。深いネイビーブルーの生地に真っ白なセーラーカラー。まだ真新しい。関西から親の都合で急遽引っ越してきたという体裁だ。

 漆黒の髪をハーフアップにし、清楚なセーラー服に身を包んだその姿は、禪院家の地味な着物姿とはまるで別人だった。暴力的なまでの正統派美少女。禪院テンプレのきつめの顔立ちと、最近いやに凹凸の増し始めた体型は、圧倒的に洋装の方が似合う。

 一度着た瞬間から自分の中でスイッチが切り替わって、今の姿が本来あるべき最も正しい状態であるような気さえしてきた。

 縦の長さ的が圧倒的にちんちくりんなのは、0時寝4時起きの弊害だ。ここにきて。

 

「……えっ、私、可愛すぎませんこと?」

 

 思わず口を突いて出た。鏡の中の美少女が首を傾げると、俺も同じ角度で首を傾げていて、その一致がちょっとだけ面白かった。

 

「菜緒葉、それ以上可愛くなってどうする。……やっぱり直哉の付き添いは蘭太にしよう」

 

 お父様が前言を撤回しようとする。

 

「無理やて。蘭太くんはちっちゃすぎてどっからどう見ても中学生になんて見えへんし……」

 

 直哉が即座に止めてくれる。直哉の方は別の男子校の詰襟で、似合いすぎて逆に嘘くさかった。で、それでもお父様は大喜びで可愛がりに行って「パパ酒臭い」と直哉から心底嫌がられていた。

 他愛もない、けれど禪院家では奇跡的な普通な家族のやり取り。本当にこれから中学校に行くのだったら、もっと楽しかっただろう。お父様がいて、もしもお母様がこの少しだけ歪な「普通」の光景を、隣で笑いながら見届けてくれていたなら、どんなに──

 

 そこまで考えて、一気に引き戻された。

 

 ──あれ。俺は今、誰の視点から物を考えていた?

 俺はマコ。マコというのは菜緒葉ちゃんが俺につけた名前だ。だけど菜緒葉ちゃんは俺で、俺は菜緒葉ちゃんで。

 あれ??

 

 自分の手の甲を軽くつねる。痛みはある。だが、その痛覚を「自分」という個体のどこで処理しているのかが判然としない。

 そういえば、初潮事件以来あの子が全然話しかけてきていない。

 なんで?

 あんな子のうるさい茶々が全然ないのに、どうして今の今まで気づかなかった?

 

 あの子は俺だからだ。

 俺自身が俺に話しかけるのをやめたのだ。

 

 人格が混じり合っている自覚すら欠落していた。明らかに俺は「禪院菜緒葉」という人格を取り込み、同化し始めている。

 

 1級か特級の呪霊を料理して食えば、成長後も魂の輪郭が安定して人格が混ざらずに済むからどっかでさっさと食べようと、かつて菜緒葉ちゃんは言っていた。実際には人格が混じり合う認識はずっとなかった。だから優先度を下げていた。それに、これまで機会に恵まれなかった。「1体しか食べられないなら厳選した方がいいよねー」だとか言いつつ、実際は家に邪魔されてどうにもならなかった。その間にほかの重要事項が山積みになっていた。が、気づいたら一瞬でとんでもないことになっている気がする。やばすぎる。

 今回絶対にすごい呪霊を捕まえて料理しよう。

 

 ところで扇のおじさまは直哉に「今回呪霊や呪詛師相手に何かあったら菜緒葉を盾にしろ」と耳打ちしていたらしいが、お父様はお父様で同じくらい酷いことを考えていた。

 

「いざとなったら直蔵の『転傷』を使う。あいつはアレが取り柄だしな。成人してるから、オマエ達が東京にいる間の面倒を見させるのにもちょうどいい」

 

 兄の術式──『転傷』。事前に指定した対象人物の致命傷を無効化し、ダメージの半分を自身が請け負う能力。お父様は出来の悪い息子を肉壁として配置した。俺が昔直哉に向けていたような羨望や嫉妬を、兄はずっと俺達に向けているんだろう。その忠誠の対価は「妹と弟のために死ね」なのに。

 

「……あの人の出番は来ませんよ」

 

 短くそう言った。

 来させてなるものか。そんな悲惨なことはさせられない。

 直哉も頷く。こちらは兄への同情ではなく「どうせ怪我なんてせえへんもん!」という自負の賜物だろう。

 俺も弟の怪我についてはそこまで心配していない。

 

「直哉、任務中はいい子にするんですのよ」

 

 こっちの方がよほど重要だ。

 

「流石にそのつもりやけど……なあ菜緒葉ちゃん、外の中学生って何考えて生きとるんかなぁ」

「テストの点とか、部活とか、好きな人のこととか?」

「くだらないことばっかり……」

「あなたにとってはね。……でも、案外楽しいかもしれませんわよ?」

「ないない」

 

 

 

 

 

 

 桐永会のビルは新宿の雑居ビル群の中にあった。看板は控えめで、知る人ぞ知るという風情。エントランスを抜けると清潔だが無機質な白い廊下が続く。病院みたいだ、と思った。

 俺の呪力感知は、白い壁の向こうに澱んだ何かが堆積しているのを、入口の時点で捉えた。

 桐永会。東大受験専門、エリート中のエリートが集う学習塾。教室には都内屈指の名門校の制服がひしめいている。

 

 授業は毎週土曜日に3時間2コマだ。

 

「……終わりましたわね」

「最悪や。何やねんこれ、拷問か?」

 

 2コマ分の授業が終わった瞬間、隣で直哉が死にそうな顔で毒づいた。

 別に直哉がバカな訳ではない。この塾は中1のクラスで既に中3の内容を進めているとんでもない場所なのだ。この子が家で家庭教師から教わっている範囲よりもずっと先なので、わからなくて当然とも言える。

 俺の方は幸い、授業の内容は驚くほどスラスラ頭に入った。背筋を伸ばしたままノートを閉じる。前世のそろそろ朧げになった高認試験レベルの知識でも、賢い中学生レベルなら辛うじて追いつけた。そして何より菜緒葉ちゃんの脳みその出来が良かった。この肉体は呪力量以外のすべてに恵まれている。

 

 だが快適なのは脳内だけだった。

 教室に充満しているのは、過剰な冷房の冷気とそれ以上に濃密な残穢。呪霊はいない。いないのに、壁にも机にも天井にも生々しい呪力の痕跡がこびりついている。まるで誰かが日常的にこの空間で術式を行使しているかのような慢性的な汚染。

 普通の塾にこんなものがあるはずがない。

 さらに不自然なのは生徒達の質だ。非術師の中に呪術的センスのある原石が混ざるのはせいぜい数百人に一人くらいだろう。なのにこの教室には、才能を感じさせる子が何人もいる。作為的な確率の偏り。

 

 時期が中途半端だから明らかに教室内の人間関係が出来上がっている。誰に声を掛けるか慎重に見極めるため、初日は観察に徹しよう──と思っていたのだが、案の定、先にトラブルが起きた。

 

 斜め前に座っている女子生徒三人組が、直哉を見て何かヒソヒソ喋っていたかと思えば、立ち上がってこちらにやってきた。お上品なジャンスカの、頭の良さそうな子達だ。

 彼女らは俺──ではなく直哉の側に立った。

 直哉は窓の外を眺めている。知らない人間から見ればクールで育ちの良さそうな美少年に見えるかもしれない。まあ、実態は退屈すぎて放心しているだけなのだが。

 女の子は緊張したような声で言う。

 

「あ、えっと……今の数学の最後の問題、解き方わからなかったの? だったら私が教えようか」

 

 勇気を出して話しかけたんだろう。青春だなあ。──と、一瞬和みかけたが、隣の怪物はゆっくりと、死ぬほど面倒くさそうに顔を上げた。それから普段通りの様子で、女の子たちを一人ずつ指差した。

 

「右、制服の襟折れとる。真ん中、致命的に短足。左、顔が論外にアカン」

「…………えっ?」

「勉強は菜緒葉ちゃんに訊くからええわ。というか、頼んでもないのに擦り寄ってくるとか、厚かましすぎて引くわ。自分、鏡見たことないん?」

 

 女の子の顔が怒りより先にショックで青ざめていく。いいお家できちんとした親から大事に育てられてきたであろう女の子が、こんなことを言われるなんて──アイデンティティの根幹への直撃だろう。

 

「直哉! あなた何てことを……!」

「何てことも何もないやん。事実を指摘してあげただけやで? ブスに親しげに話しかけられると、自分の価値まで一緒に落ちた気がしてキショいねん。意外とおんで同じ考えの奴」

 

 前世に音MADで何百回と聴いた語録の亜種が、生で、一般人の女の子に向けて発射された。禪院の中なら女中達は苦笑いで流してくれる。だがここは違う。顔が論外にアカンと言われた子が声を上げて泣き出し、3人固まって教室を飛び出していった。直哉は何が悪いのかわからないという顔をしている。俺は直哉の後頭部をノートで叩いた。

 

「いたっ、何すんのや!」

「この大馬鹿ドブカス野郎!」

「えーっ、いつもより優しく言うとったやろ」

 

 直哉は「3歩後ろを歩かれへん女は」(以下略)という語録の生産者だ。それに比べれば、言われてみればたしかに今のはマイルドバージョン。その事実が絶望的だった。

 

「お説教は後でたっぷりと。とりあえずあの子たちに謝ってきますわ」

 

 急いで廊下を走る。スカートの裾が邪魔。着物もクソだったが、慣れない制服も大概だ。女子トイレの前で足を止めた。中からは案の定過呼吸気味の泣き声と怒号が聞こえる。

 

「なんなのあいつ! 信じられない!」

「現代日本にどうしてこんなバケモノが生まれてんだよ!」

 

 ──全面的に同意ですわ。

 一呼吸おいて「苦労している姉」の顔を作り、俺は彼女達に近づいた。お嬢様言葉は封印。いつものお嬢様口調は現代に馴染まないし、慇懃無礼で火に油を注ぎそうだ。

 

「弟が無礼な振る舞いをして、本当にごめん」

 

 頭を下げて、ポケットからのど飴を3つ差し出す。

 

「本当にごめん。これあげる。……あの子、重度の女性恐怖症でさぁ」

「女性恐怖症? あれが……?」

 

 苦しい言い訳だ。でも「うちの弟は封建社会の生き残りの一族が生んだ女性蔑視の怪物です」とは言えない。

 

「幼い頃から世間と隔離された環境で育って、女の子慣れしてなくて。攻撃して遠ざけることしかできないの。本当に可哀想で無様な子だよ。姉として恥ずかしい」

 

 禪院家は隔離された環境だし、直哉は同年代の一般人の女の子と話したことなんてない。そこについては事実だ。そして直哉の醜態が姉として恥ずかしいのもまた事実。可哀想かと言うと……どう考えてもドブカス発言の犠牲者になってる皆さんの方がお気の毒だからどうかな?

 溜息をついてみせると、泣き止んだ子が言った。

 

「あんたも大変だろうね、あんな弟。いっつもそうやって謝って回ってる訳?」

「……うん」

「ちょっとやばいよ、それ」

 

 それから別の子──怒りの方が強いタイプの子が、腕を組んで言った。

 

「そうやって尻拭いするの、あたしなら絶対嫌だけど」 

「あはは、嫌だよねー。だけど私は生まれた時からずっとそうだったの」

 

 軽く笑って流した。

 

「ところでさ。この塾、何か変だと思ったことない?」

 

 3人の表情が微かに変わった。

 

「……変って?」

「なんというか、空気が重いというか? 直哉も普段はあんなにピリついてないんだよ……」

 

 3人が目配せをする。明らかに、無言のうちに何かを共有している。

 

「……新しく来たばかりなのに、よくわかるね」

 

 のど飴を舐め始めた子──直哉に「顔がアカン」と言われた子が言った。この子からは確かな呪力の流れを感じる。呪力量で言えば俺より断然多い。彼女は言った。

 

「この塾のこと、あんたにもそのうちわかると思うよ。……いろいろ、あるから」

 

 含みのある言い方。どことなく誇らしげだった。追及したかったが、初日から踏み込みすぎると警戒される。この子達は被害者かもしれないし、加害者かもしれない。あるいは両方かもしれない。

 礼を言って出た。

 

 

 

 帰り道、直哉と並んで商店街を歩く。

 お説教はあまり効いた気がしない。

 当分東京の拠点に泊まり込むことになるから、夕飯の買い出しだ。

 塾は土曜だけだから、平日は多少遊べるだろうか。

 関東だから甚爾くん達の家に遊びに行ってもいいし、東京タワーや水族館に行ってもいい。池袋のアニメイトはもうあるんだろうか?

 禪院家へのお土産もセンスがありそうなお菓子を買いたい。ありがちな定番モノじゃなくて。でも何があるかな?

 そんなことを考えながらスーパーに入った瞬間、直哉が耳を押さえた。

 

「うっさい場所やな」

「BGMですわよ。慣れなさい」

「菜緒葉ちゃんは平気なん?」

「おばさまとも、甚爾くんのお姉様とも、しょっちゅう来てますもの」

 

 スーパーへ行ったことすらないおぼっちゃま丸出しの恥ずかしい弟を放っておいて、肉じゃがの材料を選ぶ。ジャガイモ、人参、玉ねぎ、しらたき、牛肉。

 

「直哉、人参選んで」

「どれも同じやろ」

「全然違いますわよ! ……もういい、自分で選ぶ」

 

 直哉は野菜売り場の前で退屈そうに突っ立っているばかりで、最後までガチで頼りにならなかった。ただ、会計を済ませた後の袋は何も言わずにさっさと持っていってくれた。両手で2袋。俺が手を伸ばす隙もなかった。

 

「……別に私が持ちますわよ」

「菜緒葉ちゃんが料理するんやろ。手ぇ疲れさしたらアカン」

 

 合理的な理由をつけてはいるが、直哉はこういう所だけ妙に気が利く。もしかしたら甚爾くんのいい影響を受けているのかもしれない。サンキュー甚爾くん。

 

 今回の拠点として用意されたマンションは3LDK。禪院の屋敷に比べれば手狭だが、清潔で近代的で、蛇口をひねれば温かい水が出る。禪院の厨房ではてんやわんやの末にやっとこさ実現したあの温水が、ここでは初期設定。文明ってすごい。

 兄には個室。俺と直哉はリビング続きの和室に布団を並べる。

 

 夕餉作りのためにキッチンに立つと、直哉が当然のように隣に来た。禪院家では男児厨房に入らずのしきたりは据え置き──だけど本当は直哉も多少興味があるのかもしれない。ピカピカのシステムキッチンは男から見ても普通にカッコいい。個人差はあるが、大抵の男はちょっと込み入ったガジェットが大好きなのだ。お父様も、この間なんて料理なんかできもしない癖に低温調理器を欲しがっていたし。

 ──隣に立つ直哉との身長差は、いつのまにかとんでもなく開いていた。

 

「……げ。こうしてみると直哉、いつのまにか背が伸びましたわね」

「は? 菜緒葉ちゃんが縮んだんやて」

「縮んでねーですわよ!」

 

 そんな話をしながら肉じゃがを作る。ジャガイモの皮を術式で剥き、人参を一瞬でくし切りにする。直哉はその手つきを面白そうに眺めながら、包丁要らずですごいとか、呪力効率がどうとか、楽しそうにぺらぺらと喋っていた。

 

「直哉もやってみます?」

 

 包丁を渡してジャガイモの皮剥きを任せたら、芋が半分の大きさになった。思わず吹き出す。

 

「わっ、下手くそ! どうしたらこんな下手くそになれるんですの? フードロスの天才じゃありませんこと?」

「慣れとらんだけや……」

「はいはい。男が得物を持つのはダサいっていうけど、直哉はもうちょい得物扱いを覚えた方がいいですわね!」

  

 普通の家に育てば、コイツも案外家事の手伝いなどをしてくれていたのだろうか。あまり想像はつかないが。

 一緒に笑い転げていたら、兄の声がした。

 

「菜緒葉、次期当主になんてことをさせている」

 

 リビングから覗く顔には、穏やかだが明確な非難があった。直哉にジャガイモの皮を剥かせたことを咎めているのだろう。急に直哉がつまらなさそうな顔に変わり、包丁を置きかける。

 少しイラッとした。

 禪院はこういう家だ。よくわかっているが、腹立たしい。

 

「なんてことも何も、お手伝いしたいって言ったのは直哉ですわよ。ここは身内以外の目もないんですし」

「それでもだ。直哉は将来この家を率いる男だぞ。台所仕事をさせるのは──」

「じゃあ、お兄様がやります?」

 

 言ってしまった。兄の表情がわずかに強張った。

 けれども俺はもう少し普通の姉弟ごっこをやりたかった。

 

「直哉」

「何」

「じゃがいも、もう一個剥いてくれます?」

 

 直哉は一瞬きょとんとして、それから黙ってジャガイモを手に取った。

 今度は少しだけマシに剥けた。

 

 

 

 

 布団に入っても眠れなかった。

 隣で直哉がもう寝息を立てている。寝顔は無防備で、昼間のドブカスぶりが嘘みたいだ。

ウォークマンを耳に当てる。自作の直哉音MAD。いつもならこれで眠れる。

 でも今夜は、「ドブカスが!」のループを聴きながら、昼間泣いていた女の子の顔がちらつく。あの子達にとって直哉のきつい言葉は愉快なビートじゃない。心の傷だ。

 同時に兄のことも考える。

 俺と違って、普通の人生なんてそもそも知らないであろう人。あの人は直哉に心底侮蔑されつつ、いつだって直哉のために発言している。どうしてかというと、直哉が跡継ぎの男だからだ。──そしてその分、あの人は無意識に片割れの俺を貶めることが多い。

 常識的に考えて、子供2人と大人1人がいたら、料理をすべきは大人だ。なのにあの男は何もせず、あの言い草。しかもあの人は俺より弱い。

 可哀想だと思いつつ、どうしても少し苛々してしまう。

 女に生まれるのって面倒だなぁ、と少し思った。

 禪院菜緒葉という女の子の体に宿ったのは6歳の時で、子供の体はあくまで子供の体だった。なんとも思わなかった。今は服を脱ぐたびに少し気まずい。「これが自分の体だ」と思う回路と「これは自分の体ではない」と思う回路が同時に走る。

 菜緒葉ちゃん自身がこのことをどう思うのか、話してみたい。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは、耳をつんざく破壊音のせいだった。

  暗い。深夜だ。時計を見る余裕もない。

 隣の直哉の布団はもぬけの殻。

 リビングの方から、呪力のぶつかり合う衝撃波。

 飛び起きて廊下に出た瞬間、視界に飛び込んだ光景に一瞬思考が凍った。

 

 リビングの壁が一面抉れていた。コンクリートの断面が露出し、鉄筋が曲がっている。テレビが吹き飛び、ソファが横倒し。その影に兄が隠れていて、それを庇うように直哉が奇妙な生き物と対峙している。

 

 ──虫のような、人形のような、奇妙な生き物。

 体長は15センチほど。甲虫の一種のような体に大きな目。

 しかし俺の呪力感知が捉えたその呪力の質は、昼間俺ののど飴を受け取った女の子が帯びていた独特のそれと同じだった。

 

 ……まさか。

 

 符合が脳内で結びついた瞬間、それが動いた。

 

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