音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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息抜き回です
タイトル通りの内容なので色々注意!


宿儺の指でラーメンを作ろう!

『……マコくん。これ、本当にやるんですの? 正気とは思えませんわ』

 

 生得領域から、割烹着姿の菜緒葉ちゃんが深い呆れのこもった声を上げる。白い背景には俺の前世記憶経由で菜緒葉ちゃんのお気に入りのアニメとなっている『私に天使が舞い降りた!』の愛らしいポスターと並んで、「麺の硬さ:粉落とし」と達筆な毛筆で書かれた掛け軸が重力を完全に無視してシュールに浮いていた。カオスすぎるビジュアルだが、今の俺たちの精神状態を実によく表している。

 

「当たり前だろ。目の前にあるチャンスを前にして、指をくわえて見ていろって方が無理だ。見てみろよ、この1000年熟成された特級呪物・両面宿儺の指を!」

 

 菜緒葉ちゃんと同じく現実世界でもバチバチに割烹着を着込んだ俺は、禪院家の広大な庭園に特設された芋煮会用の巨大な鋳物釜をビシッと指差した。ガッツリ呪具化し、何重もの呪符でパッチワークのように補強されたその釜の中には、1000年前の猛毒の塊が、豚の頭骨と共にぷかぷかと優雅に浮かんでいる。

 

 ──呪術全盛の平安時代に最強と謳われた宿儺は、死後にその指が呪物化して時を渡った。しかしこの指に施された封印は、1000年の月日のあいだに弱まりだしている。その結果、本来なら「周囲に一切害を成さない」という縛りで破壊不可能な強度を手に入れているこの特級呪物は、強すぎる呪力ゆえに存在するだけで呪霊を引き寄せるようになってしまった。

 

 俺は運良く任務中にその指を発見した。本来これは既に4本の指を保管している呪術高専の忌庫へと真っ先に納めに行くのが筋だ。もちろん後で届けに行くつもりではある。嘘じゃない。しかし、届ける前に、俺にはどうしても試したい、料理人としての血が騒ぐ実験があった。

 

 それは、宿儺の指で出汁を取って、最強のラーメンを作ることだ。

 

 物理的な破壊が不可能だとしても、外側に滲み出ている余剰呪力だけを熱湯で抽出し、出汁として利用することくらいはできるはずだ。俺の術式『菜切り包丁』は、呪力の質そのものを『美味しく』書き換える概念的な調理なのだから。丁寧にアク抜きをしながら出汁を取り続ければ、宿儺の指を出し殻にして無害化することだって可能かもしれない。

 

『宿儺は全呪術師の畏怖の対象、恐怖の象徴なんですのよ!? それをラーメンのスープのベースにするなんて、呪術に対する冒涜ですわ!』

 

 菜緒葉ちゃんはそう主張しているが……黒沐死を喰った女に言われたくないね。

 しかし、菜緒葉ちゃんには菜緒葉ちゃんなりの、奇妙にねじくれたモラルがあるらしかった。

 

『黒漆死はちょっぴりお喋りできましたけれど、所詮は知性の足りないアホな虫呪霊。あんなもの、イナゴの佃煮と同じですわ! でも、宿儺でスープを作ったら流石にバチが当たりそうですし、おまけに……その、昔から憧れの呪術師なので……』

 口ごもる菜緒葉ちゃん。

 しかし、彼女は宿儺の何に憧れているのやら。

 

 今世で読んだ古い書物の記述にも、俺の前世の記憶による原作情報にも、両面宿儺は確実に登場する。とはいえ、どこをどうひっくり返しても、実はいい人だった……などと深読みする余地はなかったと思う。滅茶苦茶に強くて、キルスコアが凄まじいだけの天災だ。

 ただ、俺がこの体に宿る前の菜緒葉ちゃんは、宿儺のことを「歴史上唯一の、大成した双子の呪術師」と認識していた形跡がある。彼女の拙い知識は今にして思えば粗も多かったが、宿儺が寄生双生児だったという彼女の推量は、事実とかなり近そうな気もする。

 呪術界において欠陥とされる双子でありながら、日本の頂点に立った宿儺。その存在は小さな菜緒葉ちゃんの心の支えであり、アイドルだったのだろう。

 アレが本当にそんな風に評せる存在なのかは甚だしく疑問だし、今の菜緒葉ちゃんが同じように考えているかは不明だが、この子の闇の深い性格からして、未だに歪んだリスペクトを抱いている可能性は大いにある。

 

 だったら尚更ここで出汁を取って、宿儺の神聖性をペラペラに剥ぎ取ってみせた方が彼女のためにもいい。

 どのみち碌な奴じゃないんだ。大人しく豚骨ラーメンのベースにして胃袋に収めてあげるのが、現代における一番の供養というものだ。

 

 そもそも、この体に入って以来ラーメンを一度も食べていないのが問題なのだ。この間任務で福岡に行った時、前世から興味のあった博多ラーメンの名店を発見した。しかし禪院家はホワイト化が進んだとはいえ、古い価値観が根強い。「ラーメンは男の食べ物だからお嬢様の口にはきっと合わないよ」と言われ、結局その店には入れずじまいで終わった。

 なら、家で作るしかない。

 これは将来の主人公・虎杖悠仁の負担を減らすための、人道的なデバフ計画でもある。彼はたしか、宿儺の指を食べたせいで、今の俺と菜緒葉ちゃんの不仲バージョンのような最悪の二重人格状態になる予定だ。今のうちに俺が出汁を取りまくって宿儺を弱体化させておけば、彼もハッピーになれるだろう。

 

 

 一応、家の建物に危害が及ばないように結界を張り、家にいるみんなにも「宿儺の指を使って庭で実験をする」と伝えておいた。設置している芋煮会用の大釜は、1級呪霊や巨大な2級呪霊をより美味しく精製するために普段から常用しているお気に入り。更に追加の呪符も分厚く張り巡らせた。宿儺の猛毒にも耐え切れるはずだ。

 

 俺はいつものお嬢様言葉にスイッチを切り替え、胸の前で拳を握って気合を入れる。

 

「さあ、いきますわよ!! 禪院家発、新時代のご当地ラーメンですわ!」

『……もう勝手になさい。思うところはいっぱいありますが……マコくん、やらかすなら全力でファイトですわ!』

 

 指先から不可視の斬撃を放つ。

 俺と菜緒葉ちゃんの考えでは「宿儺の魂が指という物質を観測し続けることで、指が宿儺の呪力と魂を映す鏡となっている」という異常な相補構造が、呪物の存在を成立させている。

 そこでこちらであらかじめ下処理と緻密な呪力加工を施しておいた豚の頭骨を触媒にして、絶対に破壊不能な宿儺の指が水中で放つ有害な呪力を美味しくエディットしながら頭骨へと流し込むことで、宿儺の呪力が帯びる猛毒を弱める想定だ。

 ──しかし沸騰させてから30分後。シュワシュワと不気味な泡を立てる湯気は、完全に視覚化されるほどのドス黒い禍々しい紫色の雲となって広がっていた。対流する液体はどろりと濁り、まるで腐った沼のような強烈なアンモニア臭が漂い出す。

 

『ええっ!? ちょっとマコくん、湯気に触れたお庭の見事な松の木が、一瞬で炭化して枯れてますわよ!? 近くを気楽に飛んでいたスズメとカラスも、バタバタと白目を剥いて落ちてきましたわ!!』

「くっ……さすが呪いの王。下茹でだけでこんなことに……というか、純粋に毒性が強すぎる……っ!」

『きっと宿儺様のお怒りに触れたんですのよ……!』

 

 茹で時間を延長してみたが、ゼラチン質のようにドロドロとした灰汁っぽいものが掬っても掬っても大量に浮いてくる。こんなものを胃袋に収めてピンピンしていた虎杖くんは、一体どんな強靭な胃袋をしていたのだろう。

 

 灰汁が浮いてこなくなったのを見計らい、震える手で不気味な下茹で汁を廃棄しようとした。

 が、待て。

 これ、普通に流したら、敷地内の土壌が汚染されて大変なことになるのでは?

 

 仕方が無いのでお父様が東京での出張仕事から帰ってきたら処分方法を相談しようと禍々しい釜を火から下ろしてえっちらおっちらと忌庫の中に持っていき、代わりに予備の、さらに一回り大きい超巨大釜を中央にセットした。

 そしてそこに下茹でした宿儺の指と豚の頭骨を移し、じっくりと煮出す。豚の脳みそは、とろっとして素晴らしいコクを出してくれるのだ。で、豚と宿儺だけだといくらなんでも臭みがひどそうなので、ネギの上半分、生姜、ニンニク、皮付きの玉ねぎ、リンゴも入れてみる。これでスープにもほどよい甘味がつくはずだ。

 

 数時間をかけ、時折水と酒を加えながら煮込む。骨をガンガン砕いたり、他の具に術式で切り込みを入れて呪力の毒を打ち消す効果を強めたり、乳化を促進したり。

 初めての作業に四苦八苦している間にとうとう太陽が沈み、『定名綴魂』で必死に自分達の体力の消耗や眠気を誤魔化しながら更に数時間。

 合間にチャーシューや味玉や麺を作ったり、空腹のあまりに浸け中のゆで卵をついつい味見したり、作業は苛烈をきわめた。

 その奮闘の甲斐あって、とうとうドロっとしたスープが完成したので、具を取り除きながら濾してみる。

 

 宿儺の指という具だけが浮かぶスープは、見事美味しそうな黄金色になった。

 しかし、まだ人間が気安く口にしていい気配がしない。

 

 味の調整に頭を抱えていると、ジャリ、と足音がして、ハイカラな書生服を着た直哉がやってきた。この大正浪漫風のファッション、遠くから見てもキャラクターが立っていて実にいい。俺と菜緒葉ちゃんもそろそろ、何か独自のファッションでキャラを立てていきたいところだ。

 

「姉さん、もう12時間やって、家の者が心配しとる。どしたん? 今度は何の実験?」

「回収した宿儺の指で、ラーメンを作ろうかと思って」

「はぁ?」

 

 直哉はツッコミを入れようか悩んで、結局諦めたようだった。

 

「……ラーメン、食ったことないわ」

「奇遇ですわね。私もですわ」

 

 ちなみに菜緒葉ちゃんはすんと無言を貫いている。最近の彼女は基本的には、直哉を無視するモードに入っているのだ。

 黒沐死を倒したのがたしか禪院家の人間たちの前で彼女が表層に出てきた最後だった。その数日前に、菜緒葉ちゃんが直哉の部屋にノックなしで入ったせいで一悶着起きており(「前は怒らなかったのに!」と菜緒葉ちゃんは深く傷ついていたが、14歳の男子の部屋に勝手に入って嫌がられない訳がないだろ)、それ以来だんまりだったので、その思春期トラブルの延長かと思ってたんだが……いくらなんでもちょっと無視の期間が長すぎやしないだろうか。

 直哉の方も、近頃は菜緒葉ちゃんに無視されまくってちょっとそわそわしているのが見て取れる。

 

「あっ、そうですわ。直哉。この宿儺の強烈な呪力、あなたの新しい銃にバフとして乗せられるんじゃないかしら? この二番出汁、まだ毒性が強すぎて人間が飲むのはちょっと無理そうですし」

 

 実は最近の弟は、「現代兵器を呪具化させる」という謎の迷走に明け暮れている。だから呪具を効率的に作る『浴』用のエキスとして、1級のどうしても美味しくできない部分は、都度分けてやっているのだ。

 でも、何故に銃?

 得物を使うのがダサいという気持ちは残っているので、せめてカッコいい得物を選びたいという男心だろうか。詳しく聞くと余計な地雷を踏みそうなので、あまり聞いていない。

 直哉はフラッとどこかへ行って、数秒後には巨大なケースを抱えて戻ってきた。ケースの中から引き抜かれたのは、長大な銃身を持つ対物狙撃銃だ。先端には巨大なマズルブレーキ、下部にはキャリーハンドル。骨組みのようなフレームと大型バイポッドが、普通のライフルとは違う重量感を与えている。

 

「姉さん、見てぇな。俺の最新の相棒や。米国シャイ・タック社製、.408シャイ・タック弾を使用するボルトアクション狙撃銃『M200 インターベンション』。2000メートル先の標的すら射抜く、精密機械の極致! 名付けて『甚爾くんリスペクト・ガトリング2号』。強そーやろ?」

「うおおおお! カッケー!! ……ですわ」

 

 あまりのメカメカしい機能美に、うっかり俺の男としてのミリタリー魂が最高潮に高鳴ってしまったが、慌ててお嬢様言葉で取り繕う。ちなみに「1号」は、直哉が呪力を込めすぎてバレルが文字通り荼毘に伏したらしい。切ない。

 

『ボルトアクション狙撃銃なのに……。ガトリング要素が微塵もありませんわ。ネーミングセンスが絶望的、直哉ってホント馬鹿……。しねばいいのに……』

 

 妙にあたりの強い菜緒葉ちゃんを完全にスルーして、俺たちは男のロマンに突き動かされるまま、ハイテンションでその最新鋭の超大型ライフルを、釜の中のスープへドボンと豪快に突っ込んだ。

 呪いの王の因果が染み込めば、この銃は文字通り「アッチ側」に到達した特級呪具になるかもしれない。そのロマンに逆らえる男は、この調理場には一人もいなかった。

 

 次の瞬間だった。

 

 ドォォォォォォォォォォン!!

 

 宿儺の呪力が現代兵器の精密部品が謎の反応を起こし、物理法則を嘲笑うような大爆発が起きた。

 

「ぎゃー!! 危ないですわ!!」

 

 俺は反射的に指先を振り、必殺技『カットアップ・サンプリング・リミックス』を発動させた。四散しようとする爆発のエネルギーという名の灰汁をサンプリングし、無害なものにする。

 しかし殺しきれなかった爆風が庭園を蹂躙し、見事な景観をクレーターに変えた。釜自体は決死の努力によって波紋ひとつ立てず無傷で残っているが、黄金色のスープの中にはさっきまで男のロマンの塊だった『M200』のバラバラに分解し歪んだボルトマテリアルの亡骸と、相変わらず完全無傷の宿儺の指が、ぷかぷかとシュールに浮かんでいる。ライフルから溶け出した鉄分は図らずもスープにミネラルによるコクを付与し、逆にスープの毒素はライフルが完全に吸い取ってくれたみたいだ。……結果オーライか?

 しかし問題は、完全に消し飛んだ庭の方だった。

 

「どどどどど、どうしましょう直哉……お父様に怒られますわ……!」

 

 いや、怒られる程度で済むのか?

 詰みだ。死ぬぞ、俺達。

 

「俺の『甚爾くんリスペクト・ガトリング2号』が……」

 

 直哉がクレーターの縁でがっくりと膝を突く。可哀想に、魂の相棒がボルト1本に至るまで鉄の出汁になってしまうなんて。まさかこんな大爆発が起きるなんて誰が予想できただろうか。

 だが、爆発の煙が風に流れて晴れると、さらなる最悪の異変が俺たちを襲った。スープ作りが大変すぎて忘れかけていたが、そういえば宿儺の指の呪力は、呪霊を引き寄せる特性がある。

 

「キィィィィ……」

「ウマイ……」

「オカワリ……」

 

 爆発によって結界の端が緩んだ隙を突き、どこからともなく湧き出た下級呪霊たちが、よだれを垂らしながらクレーターの中に群がり始めた。

 

「行列のできるラーメン屋やね……」

 

 虚ろな目で言う直哉。

 

「全然上手くありませんわよ!」

 

 これ以上お庭を荒らされてたまるか。俺は割烹着の袖をまくり上げ、指先を鋭く振るって『菜切り包丁』を広範囲に一斉放射した。襲いかかってくる呪霊たちを、ダイスクラッシュの如くサクサクと刻み、そのままの勢いで沸き立つ大釜のスープの中へと、追加のトッピングとしてボッシュートする。

 

「もうどうとでもなれ! あなたたちはラーメンの一部になるんですのよ。宿儺という強すぎるベースに、地元産の新鮮な呪霊のコクを加える……。これぞ地産地消、禪院スタイルの極みですわ!」

 

『はー、私もう知りませんわ。折角これまで二人三脚で善良で可憐なお嬢様を演じてきましたのに……! 全部台無しですわ!』

 

 俺は泣きそうな菜緒葉ちゃんの意識をよしよしと宥める。そして爆発音を聞きつけて屋敷から武器を持って血相を変えて飛び出してきた我が家の呪術師達に取り囲まれながら、地獄のようなラーメンスープをお玉で力強く掻き回し続けたのであった。

 

 

 

 そうして周囲のひたすら困惑に満ちた視線を無視しながらさらに一煮立ちさせ、特製の低加水ストレート極細麺を硬めに茹で上げ、ようやく完成した「禪院家風豚骨ラーメン〜特級呪物・両面宿儺の指仕立て〜」。

 夜明けの光に照らされたクレーターの真ん中で俺と直哉は並んで丼を抱え、期待と恐怖に震えながらスープを口に運んだ。

 その、肝心のラーメンの味はと言えば……。

 

「……リピはなしやね」

 

 直哉が、何とも言えない複雑な表情で、箸をピタリと止めた。

 

「ええ……」

 

 宿儺というアクの強すぎる素材を、同じく癖の強い豚頭で相殺することには辛うじて成功した。けれども強烈なド豚骨臭はラーメン初心者の直哉にも今世のお嬢様な五感にも中々堪える。更には現代兵器のガンオイル&鉄分、ダメ押しに地元産呪霊の脂。

 徹夜して庭まで壊した割には、3口目くらいで「もういいや」となる味だ。

 

『ほらご覧なさい……! 両面宿儺は安易に他者と混ざり合ったりしないんですのよ……!』

 

 脳内の菜緒葉ちゃんがどこか誇らしげに、しかし盛大に溜め息をつく。

 破壊された広大な日本庭園のクレーターの真ん中で俺と直哉は伸びかけた麺をただ静かに見つめ、なんとも言えない感じで長い夜を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その後どうなったかと言うと……。

 

 史上最大級にやらかした俺達を辛うじて救ったのは、忌庫に保管していた宿儺の指を下茹でした時の一番出汁だった。

 確実に怒鳴りつけてくるだろうと思ったお父様が庭園のあまりの惨状に天を仰ぎ「あーーー。よし、飲もう!」とクソマズラーメンスープをつまみに飲み始めた時には一体どうしたものかと思った。だが「実は、それよりもさらにヤバい、下茹でした時の一番出汁というものがありまして……敷地内の土壌を汚染するレベルの劇薬なので、忌庫の端っこに置いてあります」と言った瞬間に、お父様の表情はビジネスマンのそれに変わった。

 

 そしてその数日後、羂索から電話が来た。

 

「もしもしー、菜緒葉。元気にしてるかい?」

 

 携帯のスピーカーから聞こえてくるのは。ミステリアスで澄んだ、妙齢の女性の声だ。クッソ、コイツ本当に声がイイな。

 今回は菜緒葉ちゃんではなく俺が対応する。何故なら、先日このクソ女と菜緒葉ちゃんが呪術トークをしている最中に「コイツ加茂憲倫に詳しすぎない?」と気づいてしまったから。多分友達か協力者だ。すごく有意義なデータを得られたが、人としては接近したくなさすぎる。菜緒葉ちゃんにこれ以上悪影響を与える訳にはいかない。

 

「ご機嫌よう、羂索さん。本日はどのようなご用件で?」

 

 俺が嫌悪感を堪えて完璧なお嬢様仕草で返すと、羂索はフフ、と楽しげに笑い、それから酷くおかしそうに声を震わせた。

 

「いやあ、ちょっとね。加茂家が君の父上から、宿儺由来の呪力を帯びた謎の液体を2リットル分買い取ったという愉快な噂を小耳に挟んだんだ。だから、詳しいことを聞きたくて」

 

 俺は、お父様が何をしたのかをあらかた理解した。

 

「ああ、それは私が術式を使って宿儺の指で出汁を取って、ラーメンを作った際の副産物ですわ」

「…………え?」

 

 羂索の声からいつもの余裕たっぷりな調子が消え失せた。

 

「……ごめん、ちょっと私の耳の機能が狂ったのかな。菜緒葉、今、なんて言った? ラーメン……?」

「ですから、宿儺の指で出汁を取って、ラーメンを作ったんですの。その時に出た茹で汁をお父様が外部に売りつけた形になりますわね」

「……は? 出汁? え、待って、宿儺の指って、あの両面宿儺の指だよね? 君、まさか……特級呪物を鍋に入れて、ラーメンのスープ作っちゃったの!?」

 

 その動揺の声を聞いて思い出す。

 しまった。たしか羂索は宿儺と顔見知りだったはずだ。知り合いがラーメンにされてたら、俺なら激怒する。

 

「……悪気はなかったんですのよ。私はただ、世のため人のための呪術的実験として……」

 

 ゴニョゴニョと言い訳していると、羂索はガチで過呼吸になりそうなほど爆笑し始めた。

 

「っ、あははははは! はははははははは!!」

 

 爆笑は数十秒続いた。腹を抱えてのけ反り、綺麗な顔を台無しにしながら涙を流して笑っている気配が、電波を通じてビンビンに伝わってくる。

 しかしひとしきり笑い終えると羂索は一気にスンとなった。

 

「……いや、マジかぁ。出汁取っちゃったかぁ……。コレからどうしようかなー。裏梅が知ったらなんて言うか……」

 

 冷静になってブツブツと呟き始める。

 

「裏梅さんという人には内緒にしてくださいな」

 

 てか裏梅って誰。原作の重要キャラだったりする?

 

 ちなみに、宿儺の指を完全に無害化するという当初の壮大な試みについては、見事に失敗している。高専には「任務中に宿儺の指を1本回収しました」とだけ言って提出した。タワシを使って綺麗に洗ってから引き渡したから、鼻を近づけて直接嗅がなければ、豚骨やネギの臭いはバレないはずだ。

 ……何時間もガンガン強火で煮込んだ甲斐あって、回収時よりは弱体化している気はするけれど、時間経過で呪力が戻る可能性もある。実際に虎杖くんみたいな人か呪霊にでも取り込ませてみなければ検証は不可能だし、でも正直、庭を大爆発させた時点でもう懲り懲りなんだよな。

 

「ところで君、どうして宿儺をラーメンにしようなんて思いついたの?」

「私は秩序が大好きですわ。でも、新しい秩序のためには、既存の神聖の破壊が必要だと思っています」

 

 電話の向こうで、羂索が少し考え込むような沈黙の気配を見せた。彼女は直感を働かせ、電話口の俺が元の菜緒葉ちゃんではないことに気がついたようだった。

 

「穏健派の常識人だと菜緒葉から聞いていたから、正直君にはあまり期待していなかったんだけれども……君もなかなか面白いね、魔虚(マコ)

 

 チッ、上げなくてもいい女の好感度が上がってしまった。

 嫌すぎる。

 

 でも、宿儺の指をスープのベースにするって、そんなに変なことかな。呪霊食の理論からすれば割と自然な発想だと思う。なのにそういえば、直哉ですらこれについて100%菜緒葉ちゃんの発想だと誤解していた。

 庭を爆発させた件でお叱りを受けた後、同情する様子で直哉は言ってきた。

 

「ごめん姉さん。どうせまた、菜緒葉ちゃんに無理やり付き合わされたんやろ? 災難やなぁ」

「いいえ直哉。今回の一連のプロジェクトは、最初から最後まで私の発案ですわよ」

「…………………………は?」

 

 俺の答えに、直哉はまるで未知の特級呪霊に背後を取られたかのような顔で呆然とした。なんでだろう。そこまでびっくりすることないじゃんね。

 

 何はともあれ、加茂家が買い取ってくれた宿儺の一番出汁の莫大な売却益のおかげで、禪院家の日本庭園は以前よりもさらに豪華で見事な景観へと生まれ変わることになった。

 前世から音MADで嫌というほど見慣れていた地形や由緒正しき松は今回の爆発で綺麗さっぱり完全消失した訳だし、これはこれで、禪院家崩壊の未来を物理的に回避するためには、ちょうどいいリフォームだったんじゃないだろうか。

 

 

 

 

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