音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?! 作:ポ予
五条が再び理不尽な速度で間合いを詰めてくる。それについて身構えるよりも早く、頭上の光輪が自律的に滑り落ちた。小さな輪の組み合わせで構成された光輪は射線を遮るように空中で展開し、中間にそびえ立っていた檜か何かの木の幹へと触れ、木を斬り倒す。数十メートル分の質量がそのまま巨大な盾として五条の手前で倒れ込む。ほんの一瞬の足止め。けれども立て直しには十分だった。
──なるほど。
大体わかった。
弾かれたように後方へと跳躍して距離を取りながら、呪力出力の向上を狙って開示を行う。
「六眼である程度見えるだろうけど……この輪っかは物体を斬れる。そしてなんと、その表面は俺の感覚の延長線上! 体の全部が包丁になったようなもんだよ!」
はったりではない。さっきだけでも触れた木の幹の質感、硬度、そして年輪に流れる微弱な呪力の性質が、ダイレクトに脳へフィードバックされていた。
異常なことのはずなのに何故だか違和感はなかった。体の中に核のような何かがあって、菜緒葉ちゃんの致命傷を避ける運用ができるという自覚はうっすらあったので、その発展系のようなものだと思うことにする。核の形が思っていたのとは少し違うだけで。それでも、自分が歪な現象そのものへ変質したような気味の悪さはどうしても感じるが──今はその変質すら、五条悟を打倒するための武器として利用する。
指を払うと同時に、シャリシャリシャリシャリッ! と、空間そのものが削れるような甲高い金属音が重なり合った。輪の外周がフラクタル図形のように無数に分離し、自己増殖しながら膨れ上がり、次々と新たな輪を形成しながら林の中を飛んで行く。五条が輪の飛んだ方向へと『蒼』を放つ。いくつかの輪が犠牲になったが、この程度なら問題ない。痛覚も特になかった。
五条は空中から着地し、初めて鬱陶しそうな顔で舌打ちをする。
「厄介だな」
「ああ、もうわかっちゃった? 輪の全部が俺の指先であり目なんだよ。『世界斬』は流石に無理だけど、ノーマルな『偽解』は飛ばせるぞ。ホントに残念だ。俺が人を斬れないか弱いお嬢様じゃなければ、今頃俺が余裕で勝ってたのになぁ?」
……宿儺は今より強くなったオマエにも勝ってるらしいし。と、誰にも聞こえない頭の中だけで付け足す。
五条は信じられないものを見るような、それでいてバカにしきった顔をした。
「か弱い? はぁ???」
「笑えよ坊や、単なるカワイイ冗談だろ?」
「言う奴がかわいけりゃな。あーあ、勘違いブスって見てるだけでキツいわ」
菜緒葉ちゃんボディがかわいくない訳ねーだろうが!!
大好きな見た目を貶されて殺意すら抱くが、抑える。俺は不殺主義ではないが不殺趣味だし、術式も殺しに向いてない。
内臓は何個か潰すかもしれないが後で治療してやる気満々だ。
ついでに洗脳する気も満々だが。
──五条の全身から張り詰めていた不可視の壁が霧散した。無下限呪術を自ら解除したのだ。どうせ展延や世界を断つ刃で突破されるなら、無限の展開による空間の干渉を捨て、純粋な呪力による超強化と攻撃術式のみにリソースを全振りする──五条なりの合理的な判断。
俺が受けて跳ね返しきれる攻撃には限度があることはもうわかっているのだろう。
「“位相”“波羅蜜”──」
だが、決定的なミスだ!
「甘ぇよ、五条悟!!」
相手の呪力操作を乱すのが『グラニュラー・シンセシス』のデフォルト。無下限破りに全精力を費やしていた刃を、全部呪力操作を乱す方に注ぎ込めるから、こっちの方が都合がいい。
踏み込みに合わせて爆発させる気だったであろう五条の呪力が、波干渉を起こして不発に終わる。その一瞬の隙を見逃すはずがない。右拳を引く。渾身の攻撃。
次の瞬間、空間が歪む。
──黒閃。
重密度の黒い稲妻が弾けた。同時に笑いが込み上げる。
「ハッ、ハハッ! 効いてるだろ、最強!!」
間違いなく運命は俺に微笑みかけている。
追撃の手はこのまま緩めない。木の葉を光輪から放つ『偽解』で散らして視界を悪化させながら、吹き飛ぶ五条の着地点へ肉薄し、顔面、喉元、鳩尾へと拳を叩き込む。呪力操作性能を直接バグらせているため、反転術式のペースは遅い。
行ける。
そう思った矢先に、『蒼』が背後から来る。五条が印などの予備動作を行った気配はなかった。──さっきのか。軌道を曲げて俺を不意打ちする気だったのだろう。
視界の外から空間が歪む。収縮する。リミックスし返して辛うじて凌ぐ。──大成功。
俺は最高潮に調子がいい。だが、手札をより多く残しているのは五条の方。このまま『赫』も『茈』も出せる余裕すら与えずにこの憎らしい仇敵をぶちのめせれば最高だが、生憎そこまで驕ったバカのつもりはない。
正直言って、俺が五条悟という規格外の化け物に勝てるルートは実質的に3つだけだ。
1つ目は、五条の呪力が枯渇するのを待つこと。──これは論外だ。五条の呪力効率は縛りでズルしてる俺と同レベル。呪力切れを待っている間に間違いなく夜になってしまう。
2つ目は、五条が放つ『茈』クラスの最高火力をカットアップ・サンプリング・リミックスで跳ね返し、五条自身に喰らわせて葬るという、ゾクゾクする程魅惑的な選択肢。しかし十全の状態でのソレを正面から跳ね返しきれるかどうかは博打だ。『茈』の仮想の質量とやらをサンプリングし損ねれば、俺も菜緒葉ちゃんの体も消し飛ぶ。甚爾くんみたいに。
だから、消去法で残る3つ目のルートを選ぶ。これこそが本命であり、当初からの俺の絶対目標だ。──五条に領域展開を使わせ、その直後の術式が焼き切れた無防備な数分間を作り出す。『定名綴魂』と『菜切り包丁』は併用できないから、それ以外に五条に触れて前者を使う方法がないとも言える。この目標の達成は実質的には必須だ。それを誘導する一番手っ取り早い方法は、こちらが先に領域展開を叩きつけることだが、流石にそれはリスクが高すぎる。
俺の『空音滞図』は相手の呪力もリソースとし『カットアップ・サンプリング・リミックス』を必中化するだけの省エネ領域なため、『落花の情』のような対策技術には滅法強い。だが、結界術としての強度は弱く、直哉相手の練習でも押し合いに負けることの方が多かった。パワーアップしている今でも、五条との領域の押し合いで圧勝できるという可能性は考えづらい。万が一引き分けに持ち込めたとしても、術式なしの純粋な殴り合いになれば、女子高生の肉体スペックである俺が圧倒的に不利だ。
それなら──五条に「領域を使わざるを得ない」と誤認させ、追い詰める檻を作らなければならない。
五条の無下限呪術が再び展開される。
近接戦闘を継続しながら、俺は緻密な誘導を開始した。最初に飛ばした、五条の攻撃を逃れたいくつかの光輪が、すでに仕事を済ませて待機している。
激しい乱打戦の末、俺は五条の鳩尾に重い蹴りを一撃入れ、五条を後方へ約20メートル吹き飛ばすことに成功した。
そこは『蒼』によって生み出されていた、半径3メートル、深さ7メートルほどの巨大なクレーターの直上。
その底部は、殴り合いのドサクサに紛れて俺が光輪で細工を施した結果、土壌に含まれる珪酸塩が溶融し、まるで黒曜石の鏡のようにツルツルに固まっていた。その上には大量の倒木が積まれ、小型の光輪が静かに浮遊している。
五条の表情が消え、冷たくクレーターを見つめた。
けれども対処なんてさせない。
「──『蜘蛛の糸・改』! 『偽解』!!」
周囲の演習林から切り倒した数十本の巨木を強引に引き寄せ、クレーターの開口部へ向けて井桁状に幾重にも重ねて蓋をし、五条をそこに閉じ込める。
同時に、内部に待機させていた光輪を高速回転させ、転がる大量の倒木を一瞬にして超微粒子状の木屑へと粉砕・攪拌した。
粉塵爆発。
クレーター内の温度は一瞬で2000℃まで到達する。
『蜘蛛の糸・改』で強く縫い留めた井桁の隙間から漏れた光が、格子状の白い刃の束となって空へ伸び、低いディーゼルエンジンのような轟音が周囲を震わせた。菜緒葉ちゃんなら冷笑しそうなコテコテで陳腐なやり口だが、威力は莫大だ。事前に五条と殴り合いながら似たような手順を実験して、クレーターの中身を高温によって溶融ガラス化することで、オーブンや電子レンジの中身みたいに加工した。これが輻射熱の反射板となり、ピークを過ぎて温度が下がっても、約1200℃の灼熱は維持されるだろう。
酸素が尽きれば火は消えるので、『偽解』で強制送風を行い、さらに内部の真空を切り出すことで気体が断熱圧縮される環境を構築し続ける。
──即興で考えた、世界を断つ斬撃以外による無下限呪術対策だ。リスクを考えて扇のおじさま相手にはしなかった窒息作戦の発展版を「五条なら死ぬ確率はきわめて薄い」と考えたうえで使ってみた。
勿論、ただの火を数秒浴びせかけられただけなら、五条レベルの術師なら無下限呪術どころか呪力防御だけでも凌ぎきる。だが、俺の考えでは、遠赤外線による輻射熱を無下限呪術が防ぐ可能性は薄い。
文系脳の俺からすると、何度説明を聞いても完全には理解できないのだが──無下限呪術というのは要するに、対象と五条の間の距離を無限に分割するような術式のようだ。そして赤外線は電磁波であり質量がない。力学的な脅威を持たない電磁場は、振動して伝わる場そのものだ。何かが距離を進んでくるわけではないから、無下限は割るべき距離を見失う。何より、五条には目が見えている。可視光線という電磁波が彼の網膜に届いている以上、無下限呪術という名のフィルターは電磁波を通すようにできているはずなのだ。だから、遠赤外線経由の熱線も通すに違いない。
このロジックで見ていくと、無下限呪術が一酸化炭素を弾くかも微妙だ。五条が窒息していないということは、毎秒500メートルで飛び回る常温の気体分子は無限の壁をすり抜けている。流石に毒ガス対策はしているだろうが、空気中に元々含まれている一酸化炭素をいちいち弾く程に五条がマメな性格には見えない。
五条が『蒼』で対抗しようとしたなら、それを凌ぐスピードでクレーター上に木を重ね続ければ問題なし。強制通風にもなってありがたい位だ。『赫』を使えば、破孔から新鮮な空気が流れ込み、溜まった熱分解ガスと混ざって強烈なバックドラフトを引き起こす。
で、一番の悪手は反転術式だ。
人体が焼かれると表層が炭化する。炭の熱伝導率は生体組織の5分の1以下であり、血流も途絶えるため、それ以上の熱の侵入を遅らせる盾となる。なので、普通の呪術師なら案外生き延びるかもしれないが、反射で反転術式を使っちゃう術師の方がまずいことになる。治癒を続けることで血流が復活し、臓器に熱が伝わる速度が増すからだ。しかも、反転術式を使っている間はそれ以外の術式を併用できない。あるいはかなり難儀する。
あとは言わんでもわかるやろ。詰みや。
死ぬで
なぁんてね。直哉の真似っこだよ。
……と、いう訳で。
五条はこの窮地を脱するために命からがら『茈』を放つか、あるいは環境そのものを上書きする『領域展開』の手札を切らざるを得ないはず!
燃え盛る場所には聞こえないかもしれないが、離れた距離から大きく叫ぶ。
「さあ、どうする五条?」
ダメージを負って出てくるのは間違いない。どちらの方法を使うにせよ、まずは反転術式を使用しないと、印を組めないだろうから。
「死ぬのはやめろよ。この程度でへばったらつまんないもん。菜緒葉ちゃんの身体を人殺しにさせないでくれ!」
業火が渦巻き、轟音が周囲の木々を揺らす。
だが、次の瞬間、クレーターに蓋をしていた分厚い倒木の層が、不可視の爆発的な斥力──『赫』によって跡形もなく木っ端微塵に吹き飛ばされる。
「…………………………え?」
バックドラフトによる白煙と火の粉が舞い散るクレーターの底。そこに立っていたのは、髪一本焦げていない、無傷の五条悟だった。
制服には煤ひとつ付着しておらず、熱による汗すら流していない。それどころか、先程俺がぶち込んだ打撃のダメージすら痕跡すらない。
冴え渡った青い瞳が、愉悦を孕んで俺を見上げていた。
完全無効。
──なんでだ!?
「ハッ、何その顔? マジで効くと思ってたの?」
仮説1、五条は無下限によって自分の周囲に一定の環境を保持できる。仮説2、彼の精緻な呪力運用による身体強化が俺の比ではない。──いずれにせよクソッタレだ。
「……普通効くだろ!!! 無下限って遠赤外線やら一酸化炭素は防げないんじゃないの? 視界や呼吸の問題は???」
「ニョロニョロ相応のない脳みそで必死に頭ひねったのは伝わってきた。褒めてやる。そういうの嫌いじゃないよ」
次の瞬間──視界の端で黒い稲妻が爆ぜたと思った時には遅かった。鳩尾に星をぶつけられたような衝撃と、内臓が裏返るような激痛。涙が出る。即座に反転術式を全開で回し、欠損の修復を図るが、大量の血が口から溢れる。
プライドにかけて膝だけはつかない。
でも、膝なんかつかなくても、この体はあまりにも小さかった。五条と目を合わせるためには、一生懸命に見上げなくてはいけない。
そして見上げた先で、五条は口元に笑みを浮かべていた。
「オマエ、名前は?」
五条は尋ねた。
どういう心境の変化かはわからなかった。
けれども答える。
「……菜緒葉ちゃんはマコって呼んでたよ」
五条が指先に、圧倒的な呪力を収束させる。
先ほどの詠唱の続きが、圧倒的な暴虐の気配を伴って紡がれた。
「じゃあマコ。”位相“”波羅蜜“”光の柱“……この程度でへばんなよ」
赤く輝く、破壊の極小宇宙が目の前で膨張する。
「──術式反転 『赫』」