音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?!   作:ポ予

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プレゼンテーション

 血肉が飛び散るグチョリとした音と、骨が粉々に粉砕される重い音が、乾いた土の訓練場に幾重にも不協和音を響かせていた。

 『カットアップ・サンプリング・リミックス』。相手の呪力をその身ごと刻み、並べ替え、ダメージとして叩き返すこの必殺技で、素材の魂をしゃぶり尽くすような苛烈なテンポで鳴らし続ければ、1級呪霊なら数秒も保たないのが常だ。

 さらに菜緒葉ちゃんが呪霊にとっての猛毒である反転術式を叩き込み続けている。死なないのはわかっているが、痛みがない訳ではないはずだ。それを、体感でいえば十数分続けている。

 ここまですれば、どんな呪霊も心が折れて完全に調伏されるはずだった。

 だが真男佳は、その地獄の拷問にすら「慣れ」始めていた。

 

《あはははっ! 痛い、痛いよマコくん! 脳ミソが弾ける音って、まるで完熟したトマトを踏み潰した時みたいだねぇ!!》

 

 円形に飛び散った肉片と赤黒い肉塊と化した化物が、心底愉快そうに笑い声を上げた。

 声帯にあたる喉の部位はとっくに切り刻み、挽き肉に変えたはずだ。なのに、爆ぜ残った腕の切断面からぬるりと気味の悪い唇だけが生え揃い、嘲笑を吐き出し続ける。

 縦真二つに割れたお父様の顔面が、吹き飛んだ端から気味の悪い速度で肉芽を吹き出し、超高速で縫い合わされてゆく。まるでビデオテープのコマ戻しだ。

 

《でもね、言ったはずだよ。俺の中身は『予測』の28年分を詰め込んだフィルム保管庫なんだ。そして──この精神領域のプロジェクション設定の選択権は、今は俺の手元にある!》

「……くっ、ぁ……!?」

 

 前触れもなく、喉の奥がドロリとした熱い鉄の味で満たされた。

 呑み下す猶予すら与えられず、俺は膝から崩れ落ち、泥の上に血を吐き捨てた。

 

 何の気配もなかったはずなのに、俺のすぐ目の前に、今の俺と同い年くらいのひとりの男子が立っていた。白くカスタムされた特異な制服。そして『予測』内の菜緒葉ちゃんに迫る勢いの、膨大な呪力量。何十人も容赦なく殺してきたかのような虚ろで冷ややかな目の下には、何日も眠っていないような濃い隈が落ちている。身のこなしには一切の隙がなく、間違いなく規格外に強い。こんな化物が存在すれば界隈では超有名人のはずだが、俺の記憶に名前はない。

 吐き気と激痛で視界がチカチカする中、俺は必死に記憶の引き出しを漁った。

 

 あ!!!

 この男子、音MADで夕焼けをバックに日本刀を持ってカッコイイポーズをしているところを何度か見かけたぜ……!!!!

 

 脳内で符合した瞬間、白い制服の男子が感情のこもらない声で言った。

 

『辛そうですね、直哉さん』

 

 上から冷ややかに見下ろされている。

 それを脳が認識した瞬間──脳髄の奥から謎のどす黒い怒りが暴発した。

 

(死ねや。何やそのツラ。胸糞悪いな……! なんでそんな顔で俺を見てんねん。俺が血ぃ吐いて苦しんでるのがそんな珍しいか? 見世物ちゃうぞ、殺すぞガキが……!!)

 

 心底そう思った。

 胸が焦げつくほどの激しい憎悪。

 この男子は、少なくとも言葉の上では明らかにこちらを気遣い、心配する言葉を発しているのだ。なのに、何故だ。なぜこれほどまでにプライドを切り刻まれるような屈辱を感じる?

 全くわからない。

 

『治しましょうか?』

 

 内臓を破裂させられた痛みよりも、呼吸を奪う吐き気よりも、その静かな一言が──俺の尊厳を無惨に踏みにじった。

 

「が、ぁあああああっ……っ!!」

「マコくん、どうしましたの!?」

 

 一緒に真男佳へ連続攻撃を打ち込んでいた菜緒葉ちゃんが、俺の唐突な苦悶に驚愕の声を上げた。

 

《データポイズニングだよ、マコくん。君が持ち込んだ未来の生成AIの知識のおかげで思いついたのさ》

 

 真男佳は、自らの中に溜め込んだ『予測(直哉の記憶)』のトラウマ映像や屈辱のショックイメージを、俺がサンプリングする呪力データの中にノイズとして意図的に混入させたのだ。

 俺の術式が相手の呪力を深く味わい、解析して打ち返す性質を逆手に取った、最悪の精神汚染。

 爆ぜた真男佳の肉塊が、マッハのスピードで俺と菜緒葉ちゃんの網の目をあっさりとすり抜け、訓練場の遥か後方で再びお父様の姿へと縫い合わされてゆく。

 

 直後──乾いた土の匂いが消えた。

 同時に、胸を圧迫していた重苦しい体調不良が急速に去り、体が元の通りに軽くなる。

 代わりに鼻腔を突いたのは、冷えたコンクリートと埃、そして雨上がりのジメついた鉄錆の匂いだった。

 

 整地された人工的な丘の上に、まったく同じ規格の中層棟が視界の果てまで整然と立ち並んでいる。5階建て、階段室型、南向きの平行配置。空は平坦な白に塗りつぶされ、太陽も雲もない。

 一見すると新しく見えるが、構造自体は昭和の巨大公団団地そのものだ。

 俺と菜緒葉ちゃんが立っているのは、団地の中央広場にそびえ立つ無骨な給水塔の足元だった。

 棟と棟の隙間に、ぽつんと置かれた小さな児童公園が見える。象の形をしたコンクリートの滑り台。小さな砂場。ぶっちゃけアニメでしか見たことのない、明らかに子供が怪我をしそうなデザインの回転ジャングルジム。腰の高さの錆びた金網。木枠に曇ったガラス戸がついた自治会の掲示板。

 

 五体満足に戻った真男佳は、その誰もいない公園の真ん中に、ぽつんと立っていた。

 

《さ、仕切り直しだ。2時間目と行こうじゃないか!》

「……なあ真男佳」

《ん?》

「机はどこ?」

 

 真男佳の笑みがカチカチに固まった。

 

《…………持ってこなくていいでしょ。2時間目は屋外授業だよ》

 

 菜緒葉ちゃんが冷ややかな声で畳み掛ける。

 

「あらあら、教壇はどうしましたの? 先生ごっこには必須でしょうに」

《……君達、変なところで細かいなぁ》

「……」

 

 俺は無言で足元を指でなぞった。

 ガガッ、と乾いた打撃音と共にアスファルトが半径30センチの円形に切り離され──今度は、ゴロリと綺麗に抉れた。

 跳ね上がった濃いグレーのアスファルトの破片を掴み、その断面を凝視する。

 軽い。圧倒的に密度が足りない。

 本来あるはずの小石の粒が入っていない。というより、断面の模様が上から下まで、同一の画像をそのままテクスチャとして貼り付けたみたいに連続していた。

 

「舞台のクオリティがダダ下がりだぞ。さてはテメェ……疲れてきてんな?」

 

 言いながら不気味な団地群を見渡すと、まったく同じデザインの棟が続いていた。寸分狂わない棟間距離。規則正しく並ぶ無機質な窓。ベランダには生活感を示す物干し竿一本なく、窓の奥に人影もない。ガラスに映り込む空の白い反射角すら、すべての棟で完璧に同一だった。

 要するに──1棟分だけ真面目にレンダリングして、あとはコピペで背景を水増ししているのだ。

 しかし真男佳は構わずすっとぼけた。

 

《やだなぁ。場所を変えたのは、あくまでカリキュラム上の都合だよ。2時間目は『現代社会』の時間だからね》

「じゃあ1時間目は何だったんだよ」

《うーん……『呪術史』かな?》

「適当ですわねぇ、相変わらず」

 

 菜緒葉ちゃんが流麗な動作で指先を振るった。なぜか底をつかない呪力を贅沢に使い、術式反転によって生み出された無数の光の刃が空中に展開される。『偽・退魔の剣』──3ヶ月前までは正の呪力でできた巨大な大剣一振りを顕現させるだけだったこの術式反転は、過酷な実戦とクールな縛りの数々による試行錯誤を経て、まるで無人の遠隔誘導兵器(ファンネル)のように華麗に舞う小型追尾刃へと進化を遂げていた。まだ菜緒葉ちゃんしか使えない技だ。対呪霊で当たった箇所が頭なら本来は一撃死、人間相手だと──詳細は言いたくないが、社会的な死を遂げることになる。俺が呪詛師なら「これをぶち当てられるくらいならいっそ死なせてくれ」と懇願するね!

 

 真男佳もまたお父様の顔でニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。最初は、広場の地面に黒いシミが広がったのだと思った。

 砂場の縁から。金網の足元から。象の滑り台の暗い口の中から。じわりと、黒い油のようなものが滲み出してくる。

 そして──そのシミが、一斉に蠢いた。

 

 カサ、カサカサカサカサカサッ──!

 

 無数の脚が乾いた地面を掻く不快な音が幾重にも重なり合い、団地全体を包み込む巨大な音響ノイズとなって響き渡る。

 

「げ……っ、どこまで悪趣味なんだよ、クソが……!」

 

 黒い津波となって押し寄せてきたのは、視界を埋め尽くすほどの、無数のゴキブリの大群だった。どうせこのゴキブリもコピペで作ったのだろうと頭ではわかっているが、この黒光りするボディを見ているだけで気が遠くなりかける。

 

「マコくんは目でも瞑ってなさい!」

 

 そう叫ぶなり、菜緒葉ちゃんがしれっと地面を蹴り、更に何もない虚空を蹴り上げた。

 ガンッ! と、硬いガラスを蹴ったような強烈な破裂音。彼女は空気の面を捉え、疑似的な足場として固定する空中歩行をやってのけたのだ。俺がさっき「できるかもね」と冗談めかして言った数分後にはもう、彼女はそれを実戦で完璧に形にしていた。

 真男佳という最も身近な存在がお手本を散々見せつけてくれたことで、死闘の中で才能が急速に開花しているのだろう。 

 

 彼女を中心に膨大な呪力放出が爆風となって吹き荒れ、押し寄せてきたゴキブリの大群を、周囲のアスファルトごと円形に吹き飛ばし、すり潰す。

 宙へ舞い上がった彼女を追うように、術式反転で生成された数十本の光の刃が、流星群のような美しい軌道を描いて全方位から真男佳へと殺到した。

 空中で激突する、目も眩むような光の明滅。

 純粋な速度のスペックだけで言えば、依然としてお父様の姿をした真男佳の方が圧倒的に速い。マッハのスピードで空中を縦横無尽に跳ね回る真男佳は、光の刃の緻密な包囲網を紙一重ですり抜け、菜緒葉ちゃんの死角から幾度も致命の拳を叩き込もうとする。

 だが、そのすべてを彼女は間一髪で捌き切っていた。

 これまでの何十回という凄惨な死に覚えの蓄積により、真男佳の攻撃の癖、踏み込みのタイミング、投射呪法の軌道計算が大方割れているのだ。

 俺が後方から『カットアップ・サンプリング・リミックス』で真男佳の呪力の出鼻を削ぎ、動きが鈍ったその僅かなタイムラグに、菜緒葉ちゃんが正確に刃を差し込む。

 完全に動きが見え始めている。とはいえ、無限に肉体を再構築し続けるこの化物をどうやって完全に殺し切るか、決定的なビジョンはまだ見えていなかった。それでも、ぼーっとしていれば殺されるし、殺されると痛い。だから対処を続けながら、作戦を考えるしかない。

 

《飽きもせずよく続けるものだね。そろそろ諦めたらどう? ──君達の計画、全部俺が引き継いであげるよ》

 

 光の刃で貫かれ、墜落して行きながら、真男佳がしれっと、まるで採用面接の面接官のような顔をして言い放った。

 

「はぁ?」

《『全人類を美少女呪術師(魔法少女)にする』。実に壮大で狂った夢だけど、俺にとっても好都合なんだ。美少女は何をしててもカワイイ存在。──つまり、全人類を美少女にするっていうのは、俺の愛玩対象(むすめ)にするってことだよ。だから、俺の方が君たちよりずっと上手くやれる。直哉くんの強化プロデュースもどっちかっていうと俺の得意分野だからさ。その体を大人しく俺に寄越せって》

「あなた、人の野望を勝手に引き継ごうとしないでくださいます? パクリですわよ」

《パクリとか引き継ぐって言い方が気に入らないなら、外注でもいいよ。君達にはどうせ無理なんだから》

 

 なんだこいつ。血みどろの殺し合いの最中だってのに、プレゼンでも始める気か。

 だが、喋っているあいだは動きが鈍る。俺は建物の下部に切り込み線を入れる。3棟ぶん、同じ深さで同じ位置に。

 

「無理って何がだよ。人類総術師化計画は、もう細かい工程まで組んであるっつーの!」

 

 そう怒鳴りながら、見えない斬撃を飛ばす。真男佳がひらりと躱す。躱した先は、切り込みを入れた3棟目の脇。

 でもまだだ。まだ引く。

 

《うん、でも時間がかかる。地道に啓蒙して、呪力への理解を広めて、世界中の一般人を改造して……10年? 20年? まさか100年かける気?》

「……」

《俺ならもっと早い。生きてた頃の俺は中1から高3の子を桐永会で教えてたけど、あの年の進学実績は君も知っているだろう? 俺なら霞が関と永田町と病院と新聞社に、安定して〈子〉を送り込み続けられる。君達の欲しかった社会的合意ってやつが手に入るのは一瞬だろうね》

 

 倫理的な部分は別として、絶妙に実現しそうな生々しいラインを突いてくるのが腹立たしい。

 そう思いつつ、4棟目の切り込みも完了する。

 

《で、彼らの親は、いわゆる中間層だ》

 

 話しながら真男佳が移動した。

 ここだ。

 俺は指を薙いだ。団地が一斉に崩落した。

 コンクリートの板が数トンぶん、真男佳の頭上へ降る。

 

《──上には試験を受けずに位置を持っている者がいて、下には試験を受ける資格すら持たない者がいる》

 

 降ってきた瓦礫を、真男佳は殴らなかった。

 蹴った。空気の面を。菜緒葉ちゃんがさっき覚えたのと同じ理屈で、真横へ滑るように抜ける。

 抜けた先に、菜緒葉ちゃんの刃が7本待っていた。

 

《両方から自分を区別するために、試験の正当性を誰よりも強く信じる──ぐぇっ》

 

 左脇腹から胸まで、串刺し。

 心臓が潰れている。

 それでも真男佳は喋りやがった。

 

《……とにかく、そういう人達に、俺の術式は一番効くんだよ》

「講義の途中で死にかけるな。減点ですわよ」

《点をつけるのは先生の仕事だからね、シン菜緒葉さん》

 

 刃が刺さった状態のまま、真男佳の体が前へ出る。刃ごと引き摺って菜緒葉ちゃんの懐へ。俺は後方からの援護で、その踏み込みを半拍鈍らせる。半拍あれば彼女には十分だ。

 

「というか、我が子を大事にしている教育熱心な親なんて、テメーの術式の天敵だろうが!」

 

 俺が背後から叫ぶと、真男佳は自分自身を復元しながら答えた。

 

《平時はそうなんだけどね。受験期は別だ。学歴と資格で位置を得た層は、自分の価値を試験によって確定してもらった経験を持ち、その経験が正しかったことを、生涯にわたって確認し続けている。そしてこの時期の親は、自分の子育てが正しかったかどうかを子供の合否で採点してもらいたがる傾向が強いんだ》

 

 刃が抜け、肉が縫い合わされる。

 41回目の復活。

 

「《つまり、判断の権利を自分で持っていない。判断自体はしている。塾を選び、志望校を決め、金を出す。でも、その判断が正しかったかどうかを決めるのは、試験結果さ。つまり俺が司る恐怖だね! だから俺が表に出て、禪院マネーで学習塾をチェーン展開して……あーっはっはっは!》

 

 ……コイツ、マジで具体的な事業計画を検討してやがる。滅茶苦茶楽しそうだ。

 そして真男佳の司る恐怖の性質上、コイツは自信満々な時ほど手ごわくなる。

 

「……じゃあ、直哉の強化はどうするおつもり? 元々性格やら何やらのせいでポテンシャルを全然活かせてなかった直蔵お兄様の時ほどには、上手くいかないと思うのですけれど!」

 

 ゴキブリの群れを凌ぎ、空中を高速で跳ね回りながら、菜緒葉ちゃんが訊ねた。手加減のない攻撃の手は緩まないが、その声のトーンは恐ろしいほどマジになっていた。

 

《そっちも簡単。今の直哉くん、滅茶苦茶強いし才能に溢れてるけど、限界がある。俺が今使っているこの最高速度の連続機動、今の弟くんだと、このままじゃ一生出せないよ》

「……」

《彼は『反転術式』を使えないからね。人間の脆い肉体でこの速度を出したら、体が壊れちゃう》

「……では、何をするおつもり?」

《そりゃあもちろん──寝込みを襲ってボコった後に適当な非術師に背中を刺させて、呪霊にするんだよ!》

 

 白い空の下、蠢いていたゴキブリの羽音すら、一瞬だけ遠のいた気がした。

 

 ──重々承知してはいたけど、コイツはやっぱり呪いだ。悪意の塊、共存不可能。俺のこれまで見てきた中では最も流暢にお喋りできる呪霊でさえこの言動なのだから、心底ドン引きだ。

 

《いやいやおふたりとも、そんな恐ろしい顔しないでよ。ただの順序の問題だからさ》

 

 真男佳は滑り台の象の背に降り立ち、両手を広げた。

 

「はぁ?? 順序ォ??」

《あの子はすでに領域展開を身につけてる。おまけに援護も遠距離もこなすし、小技も沢山増えたし、ステゴロ以外は『予測』に出てきた禪院家壊滅時点よりも厄介だよね。でも、アッチ側に行けなければ、そんなの何の意味もない》

 

 最後の言葉を聞いた瞬間から菜緒葉ちゃんの表情が変わった。光の刃の旋回がほんのわずかに不自然な揺らぎを見せる。

 

《シン菜緒葉さん、賢い君ならとっくに気づいてるだろう。直哉くんに反転術式の才能は皆無だ。『予測』の中でもそうだった。なのに大人の菜緒葉さんは、直哉くんにどういう態度を取ったっけ?》

 

 これは明らかに今の菜緒葉ちゃんが後悔し傷ついているであろう事柄だった。

 

「菜緒葉ちゃん! こんなカス呪霊の言うことは聞くな!」

 

 思わず叫んだが、真男佳はヘラヘラ笑っただけだった。

 

《……と、親切なマコくんは言うけれど》

「……」

 

 黙って斬撃を飛ばし、滑り台ごと粉々に破壊してやるつもりだったが、真男佳は凌いだ。

 

《あの時の直哉くんのしんどさは、号泣した真依ちゃんどころじゃなかったんじゃないかなぁ。まあ、愛しの姉を大量殺人者にする遺言を残すようなクソ女と比べれば、メンタルが100倍くらい強かったのが幸いしたよね。大人の菜緒葉さんも弟を人殺しにしかけたけど、当の弟が真希ちゃんと違ってラジコン化せずに辛うじて踏みとどまった訳で……もう、善悪の概念が狂いそうになってこない? 真依ちゃんは呪術師として頑張る才能がなかった。直哉くんは呪術師として頑張る才能がある。これはその証拠だよ》

 

 どこからか声が聞こえてくる。

 面白半分で何人も殺している邪悪な呪霊が、死の間際の憐れな少女の怨念を、よくもまあここまで露悪的にdisれたものだ。

 しかし、その呆れは一旦置いておく。

 

《なのにシン菜緒葉さん、殺された弟よりも加害者の真依ちゃんに同情してたのはどうして?》

 

 そう尋ねる真男佳の声があまりにも意地悪だったから、俺も少し考えてみた。

 

 ……扇のおじさまだけならまだしも、他の軽くハブってただけの人達までまとめて壊せと真依ちゃんが願ったなら、犠牲の量に釣り合うだけの理由があるのが普通だ。

 そうじゃなければ、非戦闘員まで皆殺しの依頼だなんて、頭がおかしい。

 そして菜緒葉ちゃんは、「相応の理由」として最もわかりやすく納得がいくものに、心当たりがあった。

 その真偽にあまりにも夢中で……。

 

 いや、違うか。

 菜緒葉ちゃんは直哉と喧嘩別れで終わったことを後悔しているが、その細部には向き合えていない。ショックが強すぎる。共感の対象だった真依ちゃんの犠牲は純粋に「可哀想」と思えるが、直哉に対しての気持ちは整理できていないのだ。音MADの魅力に目覚めることで辛うじて正気を取り戻したが、音MADじゃない部分についてはなるべく思考にロックを掛けたままなのだろう。

 

 ──そもそも、待てよ。

 真男佳はさっきからやけに俺達に対して「話を聞かせる」ことを優先していないか? コイツが調子に乗ると無限に喋りだすのはいつものことなのであまり気にしていなかったが、マインドコントロール系の術式であることを考えると、まずい。おそらくここまでの会話は全てが下拵えだ。

 

 真男佳は菜緒葉ちゃんの罪悪感を刺激し、自己投影対象だった真依ちゃんを貶め、そのことによって直哉についての思考封鎖を解除しようとしている。

 これまでは直哉の罪への疑惑から徴収していた負の感情を、別のラインに置き換えて。そしてその先で──コイツは何をする気だ?

 

「本当に何人も殺してる呪霊の分際で、遺言を残しただけの真依ちゃんのことまで悪く言わないでくれます?」

 

 震える声で菜緒葉ちゃんは反論したが、真男佳は気にも留めなかった。

 菜緒葉ちゃんのすぐ横に現れ、真男佳はニヤニヤしながら菜緒葉ちゃんの顔を覗き込む。

 その真男佳の背に、すぐに光の刃が迫った。

 

《話を逸らすなよ、禪院菜緒葉》

「……」

《禪院家壊滅の日、直哉くんは当主になれないなりに姉を守る方法を探そうとした。そりゃまあ、性格がアレだから出力もアレにしかならなかったけどさ……それに、大人の君はどう返したんだっけ〜?》

 

 意地の悪い質問に、光の刃が空中でピタリと止まる。

 

「……だって、何も知らなくて」

 

 押し殺したような声で答えた菜緒葉ちゃんを、真男佳は嘲笑した。

 

《知らなくてもやったことは消えないよ。あの直後に通達を利用した計画を甚壱くんから初めて聞かされて、直哉くん、笑っちゃってたけど。そりゃ笑うよね。大人の君が叫んでた滑稽な憧れ、全部無駄になっちゃうんだから。でも、禪院扇のやり口には驚いてたかな。家族を殺せるほど、あの子は狂ってない。当主になれるなら姉と仲直りもできるだろうって思ってたあの子が、呪霊になってから姉の死体を見た時の気持ち、君は1回でも考えたことある?》

「……」

《トータルで見ると、直哉くんって君のせいで損ばっかりしてるんだよ。『予測』では言うまでもなくそう》

 

 俺は菜緒葉ちゃんの方へ駆け寄った。「トータルではむしろ菜緒葉ちゃんの奉仕の方が上だろ!」とツッコミを入れるためだ。しかし間に合わず、真男佳が続けた。

 

《こっちでは……君のために必死にいい子ぶってるけど、それはあの子の性格からするとすごくしんどいことだよ。俺は同類だからわかるんだ! 社会と君のためにあの子に永遠に自分を偽らせ続けるのかい?》

「……」

 

 菜緒葉ちゃんの目に薄く涙が溜まり始めた。これは少しまずい。真男佳は調子に乗って、とんでもなく邪悪な表情を浮かべた。

 

《だからさぁ、邪魔っけな『人間の枠』を外してあげようよ。呪霊になれば、ま、今の俺よりも強くなるんじゃないかな。あの子がずっと憧れて、焦がれ続けているアッチ側ってやつに、ちゃんと行かせてやれる。──俺が責任を持って、直哉くんを最高に美しく調理してあげるよ。君が俺を、丁寧に美味しく調理してくれたみたいにね》

「……」

《選択権は君にあるんだよ、シン菜緒葉さん。姉として、弟に最高の未来を与えてあげたくはないかい?》

「…………」

 

 真男佳が菜緒葉ちゃんの手を握る。

 その声に、未だかつてない呪力が乗る。

 舞台のショボさは単なる消耗ではなく、このための温存だ。

 真男佳の『定名綴魂』によるマインドコントロール、その真骨頂。俺達には『定名綴魂』は基本的には効かない。だから、効かせるためにコイツは滅茶苦茶頑張ったのだ。父親の顔と声まで真似て、菜緒葉ちゃんを「受験生の親」のポジションに置いて。

 

 菜緒葉ちゃんがピタリと動きを止めた。

 宙に浮かんだ光の刃も、静止したままだ。

 

 1秒。2秒。3秒。

 沈黙が続く。

 長すぎる。即座に「ふざけるな」と斬り捨てるべきタイミングでの沈黙が、あまりにも長すぎる。

 

 おい待て。

 待て待て待て。

 菜緒葉ちゃん、本気で検討してるぞ。

 弟が最強になれるなら、人間の枠を外れて呪霊になろうが構わないと、この因習一族のサイコパス長女は真剣に考え始めている。

 損得と合理性、そしてブラコンマインドの天秤にかけて、本格的にリスクとリターンの計算に入ってしまっている!!

 

「おーい菜緒葉ちゃん!? 目を覚ませ! 騙されるな!! 直哉は手持ちのポケモンじゃねえんだぞ!! 進化の石を使って強制進化させて『ステータスが上がりましたわ♡』って喜んでどうする??!」

 

 菜緒葉ちゃんはハッと我に返った。

 

「…………わ、わかってますわ! こんなヘボ呪霊の詭弁に、ぜーんぜん心が揺れてなんかいません!」

 

 真男佳は笑った。

 

《強がっちゃって〜》

「強がりではありません! よくよく考えれば、『自ら選べ』でしょう? 『本当に行きたいときだけ行きなさい』でしょう? あなたがさっきから偉そうに語ってたあなたの術式の根幹、それ一本でしょう?」

《……》

 

 菜緒葉ちゃんは、笑顔の固まりかけた真男佳にビシッと指を突きつけた。気分はまさに逆転裁判だ。

 

「最高の未来を与えたくないか。選択権は君にある。──全部、姉(・)に(・)聞いてますわよね? これが本当にいいことなら、どうして直哉本人に合意を得ないの? あなたの術式、もっと言えばあなたの存在の根拠って、自(・)発(・)的(・)に(・)同(・)意(・)さ(・)せ(・)る(・)こ(・)と(・)じゃなかったんですの?」

《……》

 

 良かった、菜緒葉ちゃんは自分で気づいてくれた!

 この子は真男佳の呪いなんかには負けない、強い子なんだ!!

 

「そうだそうだ! 答えろよ先生!!」

《……》

 

 図星を突かれた真男佳が、少しだけ目を細めた。

 

 コイツは菜緒葉ちゃんの答えが欲しかった。

 弟を呪霊にしてもいいですか?

 はい──菜緒葉ちゃんの自由な意思による決定。

 それが通れば術式の仕様に則った〈子〉の誕生で、インチキ教育論も一貫する。だから直哉をすっ飛ばして姉に聞いた。

 

「見込みが外れてどんな気分だ? というか『定名綴魂』ってこんなにヘボかったっけ?」

《……俺の核が取り込まれて配置されてる位置が、シン菜緒葉さんや君に対する術式との相性が最悪なんだよ。クソッ。──ここまでダメダメとは思ってなかったけど……》

 

 真男佳が歯噛みする。

 コイツの核の位置──ああ、なるほどね。

 生理痛を抑えるのに主に役立ててたから。

 でもまあ、今はどうでもいい。

 

「菜緒葉ちゃんも菜緒葉ちゃんだよ!」

「なっ、なんですの……!?」

「落ち着いたら後で説教な! 君のようなブラコンは弟が虫になっても愛せるのかもしれねーけど、俺達呪術師だからね!!」

 

 なのに菜緒葉ちゃんはこんな狂った呪霊の前で3秒も動きを止めたのだ。

 3秒だぞ。

 マッハで動ける真男佳の前で3秒ストップ。

 完全に自殺行為だよね。

 

「……それは、返す言葉もございませんわ」

 

 菜緒葉ちゃんの浮かべかけていた涙は、もう完全に引っ込んでいた。引っ込んだ代わりに、瞳にはいつものサディスティックな光が戻ってきている。

 

「というか真男佳! あなたの精神攻撃はともかくプレゼン本体は一切効いていませんわよ。お粗末もいいところですもの」

《……どこが? 高効率だろうに》

「──そこがつまらないんですのよ。前々から思ってたけど、あなたって結局、あなたの司る恐怖を忠実に実行しているだけなんですのよね。あなたが今日の授業で使った素材、正直言って、全部もう知ってる材料なの。あなた自身のオリジナルはどこにあるのかしら?」

 

 真男佳は意外にも、菜緒葉ちゃんの言葉に少し動揺したようだった。

 

《……オリジナリティで呪霊を測るのは的外れだね。俺達は人間の恐怖の集積体だ。オリジナルである必要がない。そもそも、マコくんや君だって似たようなモノだろう。著作権無視の常習犯なんだから。やーい犯罪者!》

 

 ………………。

 うん、返す言葉もないね!

 

 しかしまさかの菜緒葉ちゃんが俺を庇う。

 

「著作権なんて、所詮は印刷機が出来てから出版業者の利権を守るために作られた制度でしょう。ま〜ったく守る意味を感じませんわね!」

 

 こ、この女……!

 なんて反社会的でクールなんだ!

 

「そもそもマコくんの音MADは新たな芸術を生み出しているけれども──あなたのはただの再上映。しかも上映するフィルムは全部、私達が食わせてあげたものでしょう? マコくんならともかくあなたに体を譲る気は、これっぽっちも湧いてきませんわね!」

《……ふふ》

 

 真男佳が笑った。笑ったが、その笑いはどこか余裕がなく切迫したものだった。

 

《そういえば、昔、似たことを言ってきた人がいるよ。カオリン……虎杖香織なんだけど。──でも、それって問題か? 俺は呪霊なんだ。アーティストじゃない。オリジナリティとか意外性なんかなくたって、別にどうだっていい……。そもそも人間どもだって言うほどオリジナリティとかないじゃん。君らが独創性のある恐怖を食わせてくれないからこうなるんじゃん。俺の〈子〉って大抵似たり寄ったりに成長するけどさ。それって俺が悪いんじゃなくて、人間っていう生命体そのものがワンパターンなだけな可能性もないかってことも俺は常々考えてて……》

 

 真男佳はかったるい長広舌をふるい始めた。

 

 さてはメッチャ気にしてんな、コイツ。

 どうしてかはわからないが、菜緒葉ちゃんのチクチク言葉がよっぽどダイレクトに効いたらしい。

 

 だが、俺にはもはや真男佳の長広舌を聞いてやり、その心情に思いを馳せる余裕など、1ミクロンも存在しなかった。

 

「えっ、虎杖?? 羂索の偽名の香織って、苗字は虎杖?? メアドの『i.kaori』の『i』って虎杖の『i』???」

 

 脳内でバラバラに存在していたジグソーパズルのピースが、凶悪な音を立てて噛み合わさった。

 

 虎杖。そんな苗字、電話帳をめくったって滅多にお目にかかれない。

 そして妊娠の時期からして、羂索の子は恵くんの同級生。

 アレが虎杖悠仁くんだったのか。

 というか、あんなのがママな主人公って何??

 呪術廻戦って、そういう「生まれながらに宿命を背負わされた改造人間の悲哀」みたいな暗鬱なダークファンタジーだったわけ!?

 しかもだ。俺たちはその主人公に対して、良かれと思って母親経由で真男佳の肉という最悪のドーピングアイテム(※精神汚染のリスク付き)をプレゼントしちゃったのである。

 か、可哀想……っ!!

 こんなのってないよ!

 少年ジャンプの主人公にしていい仕打ちじゃないだろ!

 世界が、世界が残酷すぎる……っ!!

 

 と、大パニックで頭を抱えている俺に、

 

《ちょっとは話を聞いてよぉ……》

 

 地味に凹んでいる真男佳が、なんだか哀愁の漂うボヤキを漏らした。だが、そんな呪霊のセンチメンタルなど、今の俺の耳には露ほども届かない。

 しかも菜緒葉ちゃんが一切の情を排したバッサリすぎる声で割り込んだ。

 

「そうよ。マコくん、これについてはまた後にしましょう」

 

 視線は真男佳へ固定されたまま。その双眸には、冷徹な分析と──獲物を追い詰めた肉食獣のような、獰猛な殺気が宿っている。

 

「──マコくん、私、コイツの倒し方の最適解が解った気がしますわ」

 

 




次回でVS真男佳戦は決着です。

ここまでの間緊張感が消えるかと思って言えてなかったのですが、真男佳がドヤ顔で語った五条への暗示は、主人公VS五条の終盤に出てきた『定名綴魂』破り&術式復活のときに、残念ながら…。
よって仮に真男佳が主人格の地位を一時的にゲットしたとしても、安息の地はおそらくないでしょう。
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