音MADでしか呪術廻戦を知らない俺が禪院家にTS転生?! 作:ポ予
「——じゃあね最強、まだ私を知らなかっただけの凡夫」
血の匂いが立ち昇る中、私は余裕綽々で微笑んでいた。
常識的に考えて、脳から上の血流についての時限爆弾を抱えた状態で、呪力操作についてのデバフ付きの状態で心臓の治療をするなど、絶対に不可能なのだ。
しかし突然、手首を乱暴に掴まれた。
一瞬にして視界が回転し、宙を舞う。背中から無惨に地面へ叩きつけられながらもとにかく必死に顔を上げると、濛々と立ち込める土煙の向こうで、血まみれの身体がゆらりと立ち上がるのが見えた。
「……っ、ふざけ、んな……俺が……こんなところで……『参った』なんて……言うわけ、ねぇだろ……ッ!」
膝をつき、もはや立っていることすら不思議なほどの重傷を負っていたはずの五条悟。しかし、彼の双眸——澄み切った六眼だけは一切の光を失うことなく、むしろギラギラと異常なほどの熱を帯びてこちらを射抜いていた。口から流れる血を手の甲で無造作に拭い去りながら、五条は不敵に嗤う。
「はぁ? まだやるんですの?? 正気ですの??」
思わず声を荒げてしまった。五条の肉体は、たった今私が与えたはずの致命傷に近いダメージから、あり得ない速度で回復しつつあった。
それはおかしい。何故なら——
「私、反転術式が効きづらいように細工しましたわよ! なのにどうして自分で治せてるんですの??」
「テメーらがどうやって呪力操作性能をバグらせてくるかの癖は、だんだん覚えてきたんだよ! ノイズが混じるなら、それごと呪力に変換して回すだけだ!」
血まみれの五条は狂気じみた笑みを深めた。
「ば、馬鹿な……!」
「あぁ、マジでいいモン見せてもらったぜ。おかげで……完全に掴んだ! 己の魂の観測方法をなぁ!!」
どうも三途の川を垣間見ついでに、掴まなくてもいい物まで掴んで来てしまったらしい。私のように魂が複数ある訳でもないのにあり得ない、と言いたいが、現に五条は成し遂げてしまった。天才、という陳腐な言葉では到底片付けられない。しかも彼はこの死闘という極限状態の中で、『菜切り包丁』の放つ強烈なデバフや呪力干渉の複雑なメカニズムすら解析し、適応し、なんとリアルタイムで進化し続けているのだ。
ああもう、最悪だ。本当に最悪。
調子に乗って両面宿儺をリスペクトして『凡夫』なんてドヤ顔で言い放ってしまったというのに、今となっては恥ずかしくて死にそうだ。穴があったら入りたいし、なんなら今すぐ時を戻してさっきのイキっていた自分を全力で殴り飛ばしたい。
でも、驚愕して顔を赤くしている暇など一秒たりともない。次は呪力の配合を変えよう。もっと複雑に、もっと彼が解析できないようなドロドロのノイズを混ぜ込んで——。
そう思考を切り替えようとした、まさにその瞬間だった。
「どこ見てんだよ。俺はこっちだぞ?」
ドンッ!!という空気を爆発させるような轟音とともに、私の視界から五条悟の姿が完全に消え失せた。
いや、消えたのではない。圧倒的な速度で距離を詰められたのだ。気がついた時には、私の眼前に五条が迫っていた。
「うっ……!?」
軽く『蒼』を載せた五条お得意の打撃だ。防御に呪力を回していたはずなのに、その薄い壁ごと腹部を深く抉られた。肺から空気が強制的に吐き出され、視界が白黒に明滅する。内臓がひっくり返るような激痛。しかし五条の追撃はそれだけでは終わらなかった。
「逃がさねぇよ。ぜってーぶっ潰す——『術式順転 蒼』」
瞳孔の完全に開いた獣のような瞳で五条は言った。
同時に、空間そのものを引き剥がし、全てを吸い寄せる絶対的な引力の渦が放たれた。まるで巨大な掃除機に吸い込まれる塵のように、不自然な軌道を描いて彼の手元へと引き戻されそうになる。
私は強引に『蒼』の引力圏から脱出するため、全身の呪力を足裏へと一点集中させ、地面をクレーターのように大きく抉りながら後方へと決死の跳躍を打った。
距離を取らなければ、絶対に死ぬ。
激しく乱れた息を必死に整えながら、私は喉の奥から込み上げる血の味と一緒に、一縷の望みを託して呪詞を絞り出した。
「——“法界縁起・重々無尽/一即一切・一切即一”」
空気が、世界が、一瞬だけピリッと凍りついたような錯覚が脳内に轟いた。案の定、呪詞がまた効くようになっている。
チリン、と。
どこからともなく清冽な鈴の音のような音が鳴った。マコくんと五条との激闘で、五条の圧倒的な出力の前に千切れ、光を失って動かなくなっていた大量の輪。それが地面から、そして倒木の下から、まるで意志を持った蛍のように集まり始めた。
空中に浮かび上がった光の輪は増殖しながら互いを引き寄せるように空中を滑り、物理的な接点を持つことなく重なり、次の瞬間にはひとつに繋がっていく。泥水を泳ぐ魚の鱗のように輪のひとつが明滅しながら消え、その中心から新たな輪が現れることを繰り返しながら、明滅しながら光る鎖の輪が完成する。
輪と輪の間には確かに隙間があるように見えるのに、互いをくぐり抜けるようにして絡み合い、不可解で美しい幾何学模様を描いて連なっていた。
不思議な光のチェーンは、そのまままるで生き物のように私の周囲をゆったりと泳ぎ始めた。
「……なんだ、これ」
「さっきご覧になったでしょう。マコくんのボディを完全顕現させましたの。さっき無理やり体外から出されたときは形状含めてバグってましたが、本当はこういう形なの」
式神・魔虚。長年私の体内にいた、実質的には内臓の延長。五条悟という暴威のおかげで、実におよそ10年ぶりに私の体内から引っ張り出された存在。そして、先ほどの戦いの中でマコくんが見せた挙動のおかげで、ようやく私にもこの式神の本当の運用方法が理解できてきた。
五条の規格外の攻撃によって吹っ飛ばされ、霧散したかと思われた輪は、私が呪詞を唱え直したことで今や完全に回復している。本体は今も私の奥に沈んで一体化している1つの輪で、周囲を泳いでいるこの子達はその一つの輪が落とす影を実体化させた存在だ。本体と目に見えない霊的なラインでリンクしている。いや、厳密には影は本体を回して写したものにすぎないのだから、元々一つの構造なのだろう。
「全部が独立した『円』の集合体か。しかもそれ……ただ絡まってんじゃねぇな。高次元の球面(S³)を基底空間(S²)に写した結果、逆像の『円(S¹)』がファイバーとして美しく敷き詰められている……?」
「……はい? なにを呪文みたいにブツブツ仰ってますの?」
思わず呆れ声を漏らしてしまった。
ファイバー? エスさん? エスワン?
五条が何を言っているのかさっぱりわからない。
「ホップファイブレーション——多次元の空間を位相幾何学的に写し取った構造だ。絡んだ鎖の輪に似てるけど、輪と輪は物理的に触れ合ってない。高次元の捩れによって絶対に解けない形で組み合わさりながら、三次元空間のすべての点に必ず円を通過させて、空間そのものを紐で編み上げるように埋め尽くしてやがる」
「…………ふふ、なるほど」
私は曖昧に微笑み、腕を軽く振った。
次の瞬間、長大な光の連なりが更に拡大しながら生き物のようにしなり、私の周囲を旋回した。
……うん。五条の言うことはよくわからないけれど、こんなに元気に動くなら、なんとかなりそう!
「俺の説明全然わかってねーだろ」
「…………」
「超雑に言うなら、核さえ無事なら、オマエのコントロール次第でその輪はいくらでも復活する仕組み! ……全く、算数できない奴が持ってていい式神じゃねえよ」
「算数ができないは余計な御世話ですわよ!!」
とは言え、五条の説明のおかげで仮説を立てられた。マコくんが上位次元の人なので、魔虚もこういう形になった。そして私のお腹の中にいるマコくんの核となる輪が無事である限り、そしてこの霊的なリンクが途切れない限り、この鎖は無限に再生する。
式神を操るのは初めてだが、自分の手足を動かすように簡単だった。まるで指先を動かすように、チェーンを自在に操れる。
技術的には普段やっている体内への格納や憑依運用の方が圧倒的にハイレベルなのだから、まあ当然だろう。
しかし私のテンションは実のところダダ下がりだった。
普段なら私には元気で口の悪いTS美少女が憑依している。だが、今のマコくんは眠っている。判断の共有はない。元気な声も聞こえない。
あるのはただ、私の意思に絶対的に従順な、冷たい光のチェーンだけ。繋がりが切れない強固な構造。たとえマコくんの魂が深く沈んでしまっても、この輪のリンクだけは固く絡み合ったまま解けることはない。
それでも……。
周囲を優雅に泳ぐこの光の連なりを見ていると、少しだけ心が救われる気がした。これがあれば、マコくんと一緒に戦っている気分にはなれるから。
「行きますわよ、マコくん」
感傷に浸っている暇はない。私は眼の前の最強の呪術師を見据え、腕を大きく振るった。
同時に長い光のチェーンが鋭い唸りを上げ、先端の輪が五条へ向かって突進した直後、その軌道が突然、あり得ない角度へ折れ曲がる。空間全体を埋め尽くす見えない輪の位相がズレる。直後、幾重にも重なる見えないドーナツ状の層がぬるりと反転し、五条悟の立っている空間そのものを起点として、光の輪が内側から湧き出すように再顕現した。
狙うのは打撃による破壊ではない。拘束だ。
空間のあらゆる方向を埋め尽くす鎖とやらなら、無下限の隙間すらも物理・概念の両面から絡め取れるのではないか。『予測』によれば将来、五条悟という男は「封印」される運命にあるのだから、拘束に弱かったりもするのかも。
私はチェーンの輪に呪力操作撹乱効果を載せた『偽解』をフルスロットルで乗せた。「空間の収束・無限の分割」を操る五条に対して、「空間を位相的に埋め尽くす」鎖で対処はできないか。世界を断つ斬撃をチェーンに乗せたいのが本音だが、そのレベルに私は至っていない。なので今の最善を尽くしつつ。無下限のバリアごと、この男を縛り上げる!
鎖そのものが巨大なトーラス状の軌道を描きながら各輪が同期して回転し、五条を包み込む。
だが——ガラスの砕けるような音と共に、五条に触れる直前でチェーンの先端が粉々に砕け散った。
「概念としては面白いかな。出力が甘ぇよ」
「あーあ。やっぱり……一筋縄ではいきませんのね」
私の最大出力を軽々と上回るほどの、五条の圧倒的かつ精密な呪力操作による相殺。不可侵の壁を無理やりこじ開けようとした鎖は、空間そのものを局所的に歪めるかのような絶対的な反発力によって木端微塵に弾け飛んだ。完全に縛り付けることはできなかったのだ。
しかし砕けた光の破片は瞬時に空中で明滅し、高次元の射影に従って瞬時に再結合すると、再び完全なチェーンへと戻る。私のお腹の中にいるマコくんが無事である限りこの輪は無限に再生し、何度でも執拗に彼を狙い続けるのだ。
五条が忌々しそうに舌打ちをするのが見えた。
「バラバラにしたのにまた繋がってやがる……いや、実体化してても影は影だから、最初から切られた状態を構造として認識しねぇのか。輪と輪の距離を無限に引き伸ばそうが、その引き伸ばした空間の点にも新しく輪が湧く。……これマコの能力? 鬱陶しいことこの上ねぇ仕様だな」
「……つまり?」
「マコがホップ構造を形としてオートで保存して、そこから輪を再構成する。だから俺が輪を消しても、空間の別の場所に残ってる構造から同じ輪を引っ張り出せる。……なんでオマエが知らないの?」
「数学はキライですの」
とにかく、全く効いていないわけではないのだろう。蜂や蝿に付き纏われるようなものだ。ダメージはない。けれども常に完全な防御を強要される鬱陶しさ。細かな呪力の流れを乱される不快感。それらが確実に集中を削っている。
しかし真正面からの削り合いは下策中の下策だ。周囲を見渡せば、緑豊かだった演習林はもはや巨大なクレーターだらけの更地と化していた。隠れる場所などどこにもない。
そこで私は、身体の表面をぴったりと被覆する領域展延を発動させた。途端に、光のチェーンに付与していた強力な切断効果がシュンと消え失せる。体外に召喚済みのマコくんの鎖は、私が展延を使用中であっても消失せず、そのまま場に残り続ける。ただし輝きは弱まり、ただの超絶頑丈な光の物理ワイヤーになってしまう。しかし術式効果が使えなくなっても、強力なリール機能と絶対的な強度さえあれば、今は十分だ。
私は腕を鋭く振り抜き、遥か遠くで辛うじて立っていた折れた巨木へ目掛けて、チェーンを一直線に射出した。遮蔽物のない見渡す限りの更地は、皮肉なことに遮るものが何一つない完璧な射線を私に提供してくれた。輪の片端が巨木の幹にガッチリと絡みついた瞬間から、チェーンが生き物のように蠢く。ひとつの輪を動かすと、それが別の輪とのリンク関係を保ったまま空間全体の構造を引きずり、超高速の巻取り機能が作動した。身体が凄まじい力で引っ張られる。猛烈なGに全身の骨と内臓が軋んだ。実際のロジックは不明だが、ワイヤーの輪の連なりを位相的に滑ることで一瞬で空間を移動したような、そんな奇妙な感覚を覚えた。
そして私が飛び退いた直後、つい先程まで私が立っていた空間が、五条の放った『蒼』の凶悪な余波によって跡形もなく抉り飛ばされた。
枝の上へと着地しようとするその一瞬、私は指先から長めの鋭利な刃をズバッと生やした。氷上を滑るスケート靴のブレード、あるいはチェーンソーの履帯のように、その刃がひび割れた樹皮をガリガリと無惨に削り取る。けたたましい摩擦音とオレンジ色の火花を散らしながら、爆発的な推進力を生み出して無理やり軌道を変える。
だが五条は止まらない。
またしても『蒼』の応用による空間圧縮で一気に距離を詰めてきた。低空からの、視認すら困難な速度の奇襲。
展延を限界まで纏った私の右拳が、五条の不可侵の壁を力ずくで押し破り、彼の頬を浅く、しかし確実に殴りつけた。ゴッ、という鈍い衝撃音と共に、彼の頭部が僅かに揺れる。
しかしその目に狂喜を宿して笑う五条は、至近距離から一切の容赦がない『蒼』の術式効果を載せた左ストレートを私の顔面に叩き込んできた。
展延の防御ごと頭蓋を叩き割られるような、視界が真っ白になる激痛。鼻の奥でツンと鉄の匂いが弾け、脳髄が激しく揺らされる。打撃の重みが、先程までとは次元が違う。
吹き飛ばされそうになる身体を、私は急いで展延を解きながら刃を木に突き立てることで強引に踏み止まらせた。
これ以上、ペースを握らせるわけにはいかない。すかさずチェーンを繰り出し、自らの左腕と、五条の右足首を直接ジャラッと硬く巻き付けた。術式効果が切れていようと、物理的な質量と強制的に引っ張る力は活きている。無下限の薄い壁が一気に分厚く強まり、チェーンはメリメリと音を立てて千切れるが、どうせ数秒で元通りに戻るのだから構いやしない。
チェーンが千切れるまでの刹那、数センチ強引に引きずったことで生じた密着状態。
その接近と同時に、五条が上段から必殺の肘打ちを振り下ろしてくる。
私は再び放った斬撃でその一撃を強引に受け止めた。
マコくんお得意の『グラニュラー・シンセシス』ほどのハイクオリティで精密なカットアップ効果も、世界を断つ刃も乗っていない。この刃には、五条の無下限を完全に突破する力はない。だが、相手が五条でなければ肉も骨もギャリギャリとミンチに削れるほどの代物だ。防御と反発に使うなら、こっちの方が今は都合が良かった。
刃が弾き返される勢いを逆に利用し、自分自身の身体を背後へと大きく放り出す。
空中に投げ出された拍子に、私は真男佳との殺し合いで体に染み込ませた技術を使い——空気の面を見つけて空中の足場を蹴った。重力の法則を完全に無視し、放物線を無視して五条の頭上へと鋭く跳ね上がる。
一瞬、虚を突かれたように五条の目が大きく見開かれた。
「飛んだ???」
「あなたも時々浮いてるでしょ。私がどうして飛んじゃいけないの。女の子だって、時には自由に羽ばたきたいんですのよ?」
眼下で見上げる最強の呪術師へ向けて、私は不敵な笑みを作ってみせた。
しかし、ここからの攻防は勝つためのものではない。あくまで時間稼ぎのための極限のヒットアンドアウェイだ。私の主武装は無限に再生する光の鎖と、生得術式との併用が困難な領域展延。——そして何より、今の私の最優先での目的は、五条悟を倒すことではない。マコくんの魂の安定なのだ。
内臓の奥底で感じるマコくんの魂の輪郭。それは確かにそこにあるが、あまりにも弱々しく、今にも消え入りそうだ。
周囲を見渡す。演習用に放たれた呪霊がどこかでお散歩しているはずだ。一旦五条の視界から隠れ、残っている雑魚呪霊を術式でサクッと調理して喰わせる。マコくんを少しでも安定させてから、この理不尽な最強とは改めて戦えばいい。
そんな暇を五条が与えるかって?
——もちろん。
私が術式を使って五条の喉元に触れてから、ちょうど300秒が経過した。
無下限という無敵の不可侵を内側から食い破るように、彼の首筋から鮮血が噴き出す。
パンッ! と、まるで高圧パイプが破裂したかのような鈍い破裂音。
彼がどれほど緻密なバリアを張ろうと、一度直接仕込まれた斬撃の干渉までは防ぎきれない。鋭利な呪力の刃が皮膚を裂き、肉を削り、頸動脈をかすめて気管の手前まで深く深く侵入していく。
鮮血が、彼の白い髪と黒い制服を赤く染め上げる。
多少の手心を加えたとはいえ並みの術師なら首チョンパなのに、五条はよく耐えている。切り込みの深度が想定の半分程度にとどまっている。
意味不明だ。気持ち悪い。
気持ち悪いが、正直燃える。
「ふふ。ごめんね、最強さん。少しだけ、ここで待っていてくださる?」
私は残った呪力を脚部に叩き込み、空中でさらに二段、三段と跳躍を重ねて大急ぎで一時撤退を開始した。目指すは、呪力の気配が強い、呪霊がいっぱい残っていそうなエリアの端だ。
——振り返った視界の端で捉えた五条悟の瞳。澄み切った六眼は信じられないほどの狂気にギラギラと輝いていた。喉を掻き切られ、言葉すら奪われた状態で、五条は笑っていた。
背後からすぐに追いすがるであろう規格外の死神の気配に冷や汗を流しながら、私は身を躍らせた。
呪術高専の広大な敷地内には、あちこちに寺社仏閣やら用途の良く分からない重厚な和風の建造物が乱立している。どこもかしこも歴史を感じさせる無駄に頑丈な木造建築だ。
私は逃げ込んだ建物の薄暗い廊下を走りながら、必死に思考を巡らせる。いくら五条悟でも、愛着ある学舎、なにより伝統ある歴史的建造物を完全破壊することには、それなりに躊躇するはずだ。——という判断からの逃走劇だったのだが。
「……って、あの!! 肝心の呪霊ちゃん達が全然いないんですけれども!!?」
影から影へと移動しながら必死に索敵するものの、目当ての呪霊の気配がどこにも感じられない。
交流会のタイムアップは日没だ。今はまだ燦々と陽が差し込む真っ昼間。太陽の位置を見るに、マコくんと五条が戦い始めた頃からそれなのに、フィールド上に撒かれていたはずの雑魚呪霊たちが綺麗サッパリ狩り尽くされてしまっている。他の高専生たちが頑張りすぎてしまったのだ。
「みんな真面目すぎますの! 頼むから1匹くらい残しておいてくださいまし!!」
切実に絶叫する。雑魚呪霊をサクッと調理すると目論見は見事に崩れ去った。
畜生めー!
残された手札を急ピッチで脳内に並べ上げる。
術式反転……うん、アレならワンチャン五条にも有効打になり得るかもしれない。
だが駄目だ。あの技は未婚の女子が人前で堂々と使うような代物ではない。乙女の尊厳に関わる。
そもそも、あの術を対人で一番最初にぶつける相手は、絶対にメッチャ顔が好みな美少女か美女の呪詛師がいいのだ。五条悟みたいなむさ苦しい男に初陣を捧げるなんて冗談じゃない。
じゃあ、領域展開を使うか?
一瞬だけ頭をよぎったが、すぐに却下した。
先程の戦闘に関する記憶は『予測』メモリの受け渡しついでに全共有してもらっている。
五条は先ほどのマコくんとの死闘において、領域を展開した直後であるはずなのに、何故か術式の焼き切れを起こしていなかった。本来なら領域使用後は術式がしばらく使用不能になるはずなのに、五条の術式復活は異様に早かったのだ。
マコくんは絶対に仕掛けがあるし、相当な無理をしているだろうと言った。しかし肝心の仕掛けについては解き明かせずじまいだった。
それを思うと慎重にならざるを得ない。
いくつかの作戦と仮説を立てていた——まさにその時だった。
頭上から、お腹に響くような凄まじい破壊音が響き渡った。
見上げると、頑丈な和風建築の屋根瓦と分厚い天井の木材が豪快に吹き飛び、陽光とともに木屑の雨が降り注いできている。建物の保護なんて微塵も考慮していない横暴極まりない破壊だ。
チェーン越しに瓦礫を切り刻んで受け流し、茫然と立ち尽くす私の目の前、1階の廊下の中央へと、大量の瓦礫とともに「それ」が静かに降り立った。
「あ」
煙の向こうから姿を現したのは、先ほどまで血まみれで瀕死だったはずの男。
五条悟。
喉の傷は言うまでもなく、綺麗サッパリ治癒している。彼は首を少しだけ傾げ、不機嫌そうな六眼でこちらを見下ろしていた。
「逃げんの?」
建造物を木端微塵に踏み荒らした男が、まるで散歩の途中で猫を見つけたかのような軽い調子で問いかけてくる。その声には、圧倒的な強者が放つ理不尽な圧迫感が満ち満ちていた。怪獣みたいだった。
それでも私はバッと胸を張って言い返した。
「逃げてなどいませんわ! ただのステージチェンジですわよ!!」
Q. ミッションスクールの女子中学生たちにモテモテの五条はむさ苦しくはないのでは?
A. シン菜緒葉にとって男は直哉よりデカければ一律でむさ苦しい。
ちなみに彼女は男の顔の良し悪しをどれだけ甚爾に近いかとどれだけ甚壱に近いかで測っているので、どちらにも似てない男は「普通」と判定される。
ちなみに今章完結まで毎日更新を目指してるので頑張ります…!