ある大晦日のこと。神田太一郎は親戚一同の集まる忘年会の席に招かれていた。参加者各々が好き勝手に飲んで騒いで、まるで纏まりがない。
「おっ、来たなあカンダタ」
「はっはっは、覆面に裸マントで来た方がよかったか?」
「ははは! なら俺は仏様のコスプレせにゃならんか!」
やれ今年は米が高いとか、農家は年寄りばっかりだとか、最近宇野の倅が黄色切られたとか、そんな話で盛り上がっていた。
太一郎は別に、そうした地元が嫌いなわけではなかった。地元に残らなかったのは、ただ、何となくそれとは違うものに興味があった、というだけで。
神田太一郎という男は、言葉を選ばないのなら『偉い社畜』である。自分のやりたいことの為に邁進し続けた結果得た今の地位に、然程、興味も執着も抱いていなかった。
かった、のである。
少し離れた席の方から、カラオケ音源のBGMが聞こえてきた。半年くらい前、太一郎も読んでいた漫画がアニメ化した際のOPとして採用された曲であったのでよく覚えがあったのもそうだし、職務柄そういう楽曲に触れる機会が多いのもそうだ。
「お、ハルちゃんか」
「ハルちゃん?」
「ほら、うちの弟の娘だよ。すっげー美人さんでよお。でもすっげートゲトゲしてんの」
「……反抗期か?」
「うんにゃ、なんつーか、致命的なコミュ障ってやつだ」
困ったような顔で件の姪っ子を見つめる五十嵐。釣られて太一郎もそちらを見る。
カジュアルな服装の、若い女性だ。
大人に成りきれていない少女。女性と少女の間くらいの雰囲気を、顔立ちに似合わぬ背の高さ、加えて眼鏡をかけて無理矢理大人に寄せているように見えた。
背中を流れる黒茶髪は艶やかで、部屋の照明を跳ね返しているだけで、その周辺だけが煌びやかに映った。
『あ、ああー……よし』
「お、ハルちゃん歌うのかー」
「いいぞやれー!」
『うるさい。よし』
周囲のガヤをバッサリ切り捨てて、歌い出す。
ゾッとした。
可憐な歌声だ。美しい声だ。ミックスボイスの強い声音だ。
しかし、それだけじゃない。
太一郎は全身の毛穴という毛穴が粟立つ感覚に襲われていた。
感情が乗った、力のある歌い方。そのくせ、最後は掠れ混じりに消え入るような、儚い声音。
圧倒された。カラオケ採点で点数が高い、とかではない。聞くものを飲み込む、力のある歌。
まるで魔法を唱えているような。
「……」
上手い。なんて言葉がよぎる。どれだけ言葉を尽くそうとしても、シンプルに、凡庸な言葉に削ぎ落とされる。
そして、サビに突入した瞬間に、二度、圧倒された。ファルセットとミックスボイスの合わせた歌い方。
感情が乗り、機械的なくらい正確で、それでいて温かい。
まだ、伸びた。より荒々しく、けれど声の伸びも艶やかさも華々しさも損なわない。美しく、伸び、強く、震え、跳ね、消えいる。
どれか一つ。技術としてあれば素晴らしい声だ。鼻につかず、嫌味なく、唯、良い。
強く、美味い酒を飲んだ後のような気分だった。
「…………」
太一郎はここで初めて、自分が懐を探っている事に気がついた。
名刺を探していた。
普段なら仕舞っている場所には入っておらず、そういえばそもそもスーツを着ていなかった。
何か、何かないかと、そこでやっと、スマホケースのポケットに忍ばせていた一枚に、行き着いた。
「ヒュー! 相変わらず歌が上手い!」
「ハルカー! 俺だー! 結婚してー!」
「よっ、歌姫!」
『そう。次、誰』
「……お、なんだカンダタ、行くのか行くのか?」
圧巻の歌唱で、Bメロ、Cメロを歌い上げた女性に、無言で席を立ち近づいていく。
五十嵐の茶々を素通りして、太一郎は件の女性、ハルちゃん、ハルカと呼ばれていた人物の前に立った。
『……あー、敦さんと話してた……カンダタさん?』
「ははは、失礼。神田太一郎と言います」
「うぉーカンダタぁ! 斧持って来い斧!」
「オメー歌下手だろうがぁ!!」
「すっこめー!」
「ははは、お前ら酷いなぁ」
笑い混じりの、慣れ親しんだからそこの愛のある罵詈雑言に笑いながら、それでも太一郎は引かない。
マナーが良くないのは百も承知で、両手に持った名刺をハルカに差し出した。
「えー、ハルカさん。わたくし、株式会社Dream Planetの副社長をしております、神田太一郎と申します」
『はい? ドリーム……?』
「年末の大晦日、このような場で、突然このような事をしてしまい、大変申し訳ありません。ですが、そうするだけの魅力が、貴方にあると感じまして……」
『…………えー、カンダタさんで。歳の差はちょっと』
「ギャハハハハハ! フラれたやんのー!」
「歳の差考えろオッサーン!!」
「おい誰が鉈持ってこい鉈ァ」
「やめろお前ら! そういうのじゃねえやい! あと五十嵐ィ! オメーはマジでやめろぉ!?」
手酷い誤解と茶化し、一部混ざる本気度合いの高い殺意の滲んだ言葉を流して、言葉を続ける。
話や歌に興味のなかった親戚一同も、マイク越しに喋り続けるハルカの声が耳に入ってなんだなんだと興味を向け始めている。
「バーチャルライバー、ストリーマーグループRtoVの親会社、と言った方が、伝わりやすいかもしれませんね」
『…………ロトビーの?』
「ああ、よかった、そちらは知っていましたか」
『…………ボクが?』
「はい」
RtoV。正式名をReal to Virtual。ゲーム配信者やストリーマー、歌い手問わず活動する、発足して5年になる中堅規模のグループだ。
実力のある実況者ゲーマーから、雑談や日常をメインにしたVtuberもいれば、Vtuberの体を生み出すパパやママ、リアルに釣りに行くVもいる。
そういった、Vだからとか、顔出し配信してるからとか、そういう部分への対応が“良い意味で”雑なグループ、とも呼ばれている。
そんなRtoVが、密かに推し進めているプロジェクトがあった。その名も、RtoV:Aプロジェクト。
RtoV史上初の、同期全体をアイドルグループとして扱うVtuberプロジェクト、である。
しかし、そのプロジェクトは難航していた。RtoV所属のVtuber、歌い手たちとの競合もそうだが、そもそもの人材をどこから見つけてくるのか。極めて難航していたのである。
歌が上手いだけなら、アーティストでも、歌い手でも、極論誰でも良い。
しかし、太一郎にとってそれは悪手としか思えない。
何者でもない、だからこそ何色にでも染まれる『ただそのVtuberという個人である』という事が、重要なのだ。
太一郎はこの時、瓢箪から駒が出る思いだった。そのくらい、ハルカに対して強い関心を示していた。
プツッと。マイクが切られる音がした。
メガネ越しに、真っ直ぐとした視線。しかし、その目には感情が乗っているようには見えない、冷たさがあった。
「ボクは…………言葉選びが致命的に、下手です」
「下手?」
「こう……………………言葉が足りず、そして余計な言葉が多い」
「……なるほど。それを不安視している。と」
凄く間があった。近くの、顔立ちや雰囲気からして母親だろうか。その人の顔を見れば「あー……」とでも言いたげな顔をしている。太一郎はなんだが不安に襲われたが、それを解決、ないしフォローする方法も知っていた。
「……ハルカさん。Vtuberに、なってみませんか」
「ボクが?」
「ええ、はい。あなたの心配している部分も、きっと“個性”として受け入れられます。それに……」
ひとえに。Vtuberに推薦したのはRtoV:Aプロジェクトのメンバーを探していた太一郎にとってタイミングが良かったというのもあった。
思い出してしまった事があった。
太一郎が中高生の頃、動画サイトに現れたVtuberという見たことのない新しい存在。
そのうちの1人に、彼は脳を焼かれていた。彼女が引退を表明した時、彼は目の前が真っ暗になるような思いだった。
後になって、中の人がいるとか、ガワだけ着飾った配信者とか、色んな中傷が飛び交っていることを知った。
でも、太一郎は知っている。“体”だけではない。“魂”あってのVtuberなのだ。
その2つが引き起こしてくれる特異反応は、それだけで面白いものなのだから。
「?」
「わたくし、既に貴方のファンになってしまいまして……」
まあ、難しい話は無しにして。二つだけ。
推しは、推せる時に推せ。
俺の推しは、俺に守らせろ。
すごく強い厄介オタクの誕生である。
「一つだけ、聞かせてください」という問いに答えた太一郎は、実家の自室に転がり込んでから、担当者に電話をした。
「悪いね、年末年始のこの時期に。Aプロジェクトの候補生……いや、メインを張れるくらいの子をスカウトしてきたよ」
年末年始、とんだ拾い物があったモンだと、太一郎は笑った。