藤原澄として活動を始めて、早くも一ヶ月。ボクたちはRtoVという箱内において、そこそこな知名度を得ていた。
RtoV:Aの中で見れば、お気に入り登録者数、視聴者の数においてモナとルキアがほぼ横並びで、ボクはそこから確実に一回り劣るくらいの人気だ。
ただ、それでも8万人ものユーザーが藤原澄のアカウントをお気に入り登録していると言うのは、何とも言えない気持ちにさせられる。
そんな、冬の寒さは完全に過ぎ去り、春の始まりも終わって、過ごしやすい気候になっている。そんな時期のことだ。
キッカケは、数日前の織原さんからのメッセージだった。
織原:次、集まる時、大事な話があります!
織原:あ、別にネガティブな話じゃないよ!
織原:おんなじやつ、ひーちゃんにも送ってある!
織原:あと、当日私の住んでるところに泊まって!
織原:女子会しよ!!!
Haruka:わかった。
なんだろう。すごく気になるけど、まあ本人から話されるだろうしと、とりあえず置いておくことにした。コンソメは昨日デュビアを食べたばかりだし、大丈夫。
そんなこんなで迎えた当日。
RtoV:Aの面々で集まったボクたちは、ダンスレッスンに励んでいた。
「よし、今のは良かったわよ! これから15分の小休憩!」
「コヒュー……コヒュー……」
「大丈夫? 死ぬの?」
「ふー……んへへ、ちょっと汗ばんでるだけの遥ちゃんが一番やばいと思うんだけど」
小休憩に入った直後に四つん這いになって荒く息をする小鷺さん。何なら顔色が死ぬほど悪い。そのまま、へろへろ、パタリと倒れてしまった。ヤ○チャかな?
一応声は掛けた。そうしたらプルプル震える手で親指を立ててたので、まあ大丈夫ということにしておこう。
織原さんも大汗をかいているが、それでも小鷺さんに比べればマシだ。スポーツドリンクをちびちび飲んでいるその姿は、何となくだけど気品のようなものを感じた。
「…………このくらいの動きなら平気」
「ダンストレーナーとして言わせてもらうけど、3人の体力を見極める為に、結構追い込んだわよ?」
会話に入り込んできたのは、ボクたちRtoV:Aのダンストレーナーの猪崎さん。織原さんと大体同じくらいの、右耳に刺しまくったピアスが特徴的な綺麗な人だ。
何でも「元ヤンだからビシバシ行くわよー!」とは言ってたけど。
そこまで極端にキツかったわけでも無かったので、個人差はあると思う。
「…………平気です」
「うーん、最近の子にしては凄い体力。化け物かな?」
そうかな……そうかも……。
そんなことを思いながら軽く汗を拭いて飲み物を一口。スポーツドリンクが沁みる。
ただ、化け物は酷いんじゃないかとボクは思うわけ。
「だけど、振り付けとか、可愛げのある動きよりも……キレのある動きの方が、五十嵐は映えそうね」
「向いてませんか、アイドル」
言ってから『何言ってんだボク!?』となった。猪崎さんはきょとんとした顔をボクに向けた後「ああ、違う違う」とカラカラ笑っている。
「違うわ。3人それぞれの個性の話。小鷺は、まだ少しだけ体力が必要そうだけど動き自体は悪くない。織原は動き全体に丸さ、可愛さがある。そして五十嵐と。全体の個性は尖ってるけど、悪くないわよ」
なるほどなぁ。一口にアイドルグループって言っても、売り出しの方向性とか色々あるしね。
その辺で言えば、ボクは歌と動きのキレの良さで方向性が確立してる、とも言える。
「……う゛う゛う゛ぅ゛……」
「ゾンビ?」
「ンッフフ……はい、タオルとスポドリ」
「ありがとうございます……誰が、ゾンビ、ですか……というか、何で遥さんは平気なんですか」
前、織原さんの『名前で呼んで事件』以降、小鷺さんはボクたちのことを名前で呼ぶようになった。
ボクはアレ以降、2人のことをちゃんと名前呼びが出来ない。なんかこう、気恥ずかしくて。
「…………運動してるから?」
「内容が気になるよねえ。私も知りたい」
「別に、大したことはやってないよ」
毎朝5時前後に起きて、7時くらいまで街中から近くの裏山を走ってるくらいしかないんだよね。本当に。
それを伝えたら、小鷺さんは顔を一瞬フリーズさせた後、ヨボヨボと歩いて織原さんを盾にするようにボクから隠れた。
ふむ。一番新しいけど一番凹む感じのリアクション来たな。
「がおー」
「やっ、やっぱり熊か何かですよね遥さん!」
「んふふふ! いやまあ、遥ちゃん、私も引いた!」
「……がおー!」
「やーん……待って待って待ってマジで追っかけてくるのは違くないいや速い速い速い!!」
シンプルに凹んだボクは、熊のふりをして織原さんに襲い掛かることにした。友達なら、これくらいのじゃれあいはままあるだろうし。
速い速い言いながら細かくステップを踏んで逃げ回る織原さんを強襲しようとするボク。
「よーしお前らー。そろそろ再開するぞー。ダンスレッスン前に体力消費するなバカ2人ー」
まあ、そんな悪ふざけも挟みつつ、トレーニングを終えたボクたち3人は、近くの喫茶店に入った。そこそこ値はするが、それに見合う、或いはそれ以上の量を提供してくれるので、ボクとしては間違いない。
「おぉ、初めて入った」
「え、そうなんですか?」
「別のところが良かった?」
「ううん。ただ、新鮮だなーって。お、これとか滅茶苦茶美味しそう!」
ソファに体を預けて口から半分くらい魂が抜けてそうな顔をしていた小鷺さんが、織原さんの言葉で現実に帰ってきた。
まあ、人によるかもしれない。ボクもピザのデリバリーとか頼んだ事ないし、そういう感じだろう。きっと。
「頼みすぎてもいいよ」
「え、本当! そしたらブレンドコーヒーと、玉子サンドと網焼きチキンホット……」
「す、ストップ! ストップです本当に。ここは、『逆写真詐欺』で有名なんです」
「逆写真詐欺?」
おっと、これ本当に知らないパターンだな?
ボクも色々と疎かったりするけど、それにしても織原さんはだいぶ知らない側だ。
まあ、ここの系列店は本当に多い。小鷺さんの言う通りだ。
だけど、安心して欲しい。
「小鷺さん。問題ない」
「いや問題ありまくりますよ。食べきれない量頼んでも勿体無いじゃないですか」
「ボクが食べられる」
「そういえば遥さんが大食いキャラなの忘れてた……」
「そうしたらねー! このチキンとソフトクリームとパンみたいなやつも!」
尚。余談ではあるが。
織原さんの玉子サンドが届いた時点で、織原さんは“キャットフードが過剰供給された時の猫”のような顔でフリーズした。ブリキのおもちゃのよつな動きでボクを見て、次いで小鷺さんを見た。親指は立てておいた。
次に、照り焼きを挟んだサンドイッチまで登場して、完全に顔色が悪くなってきている。
顔が引き攣りながらも、一口。「んー!」と顔を綻ばせるながら食べ進める織原さんに、ボクも届いた自分のカツサンドとシロノワールを食べ進めていくことにしよう。
尚。再び余談ではあるけど。
コーヒーと、玉子サンドを食べて、それからチビチビ食べ進めようとして完全にダウンしてしまった織原さんのほぼ手付かずなチキンサンドを頂きつつ、ボクはボクで自分の分を完食した。
しかし、小鷺さんも結構食べるみたいだ。
アイスコーヒーにハンバーガー、それから織原さんが手を付けられなかった品を完食して、満足そうにお腹を摩っている。
「胸の割に、入らないんだね。意外」
「胸の割にって何だよう胸の割にってー! ……それで言ったら陽糸さんはメチャクチャ食べるんだねー。びっくりしちゃった」
「昔から、食べられる時には食べるようにしないと、すぐ趣味や作業に没頭してご飯抜いちゃうので……」
「クモ?」
「待って、遥ちゃん。本当に意味がわからないんだけど」
「端折りすぎですね、本当」
淡く笑う小鷺さん。なんか、顔の幼さとぽっこり膨らんだお腹から、ギャップというか、そこはかとなく感じちゃいけない雰囲気を醸し出している。
そうして食休みを挟みつつ喫茶店を出た後、ボクらは一度寄り道をしてから、織原さんが今住んでいるという場所に向かった。
女子会に必要な、お菓子や飲み物、あとお酒を買う必要があったからね。
そうして、着いたのは、メチャクチャデカイ家が立ち並ぶ住宅街でした。距離的にはDreamPlanetのスタジオからタクシーで30分くらい。
でも、住んでる場所、なんか周りの家も豪華じゃない?
この家は、和風モダン、と言えばいいのか。とにかく地元で見るような家の雰囲気じゃない。
「デカイ」
「え、待って待って。これ、お家?」
「そーなの。あ、厳密にはちょーっと違うかな? まあいいや。こっちこっちー!」
そうして通された家の中は、もう、言葉に困るほどの大豪邸のそれでした。
……いや玄関の大きさからして凄いデカイ。デカすぎ。小鷺さんとか目が点になってるよ。
「いやぁ、6LDKなんだけどね。部屋が余っちゃって」
「6!?」
「おおー」
凄すぎて「おー」しか言えなかった。
いや、6LDKって。デカすぎるでしょ。
「で! ここで重大発表でーす!」
「わー」
「わ、わー……」
「2人とも! 此処で一緒に住まない?」
そんなことを、軽い調子で、織原さんは切り出した。
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