五十嵐遥のVtuber活動録   作:バンバ

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 ここ最近の寒暖差が激しすぎて風邪をひきそうなので初投稿です。
 皆様も体調にはお気をつけて。


第8話「酒は飲んでも呑まれるな」

 冷や汗をかいていた。春先の、僅かに肌寒さを感じる程じゃない。かと言って暑いわけでもないけど、素肌だと少し肌寒いかなと、そのくらいの温度感。

 

 なのに冷や汗が止まらない。小鷺さんの方を見れば、同じような顔をしていた。

 そうじゃないのは、1人だけ。この場に招いた、織原さんのみ。

 

「どうしたのー? ほら、体洗って、早くお風呂入ろー」

 

 何の気なしにボクらに声を掛けて、備え付けられているシャワーで髪を洗い出す織原さん。

 一つしかない、訳じゃない。仕切りがあって、そこから3つシャワーが銭湯のように並んでいる。

 

 浴槽も、普段から家で見ているようなステンレスタイプじゃない。大きい銭湯か、露天風呂でしか見ないような、大型の、円形のやつである。

入ろうと思えば10人以上入れるんじゃないか、あれ。

 

 ……あくまで忘れちゃいけないけど、此処、織原さんの『自宅』である。

 気が休まらない……!

 

「うん、わかった」

 

 まあ、それはそれとして。結局、ここに突っ立ったままでは何も変わらないのです。ならその場に即した事をしたほうがいいよね。

 

 わっ、シャワーのお湯もなんか、肌への当たり方が違う気がする。これがお金持ちのシャワー……!

 

 シャンプーでワシワシ髪を洗って、ザーッと流す。母さんには毎回微妙な顔をされるけど、別にそんなに気にしてないしなあ。

 コンディショナーもささっと髪に馴染ませて流し切る。

 

「ほっ、と」

 

 軽くザッと手で髪を絞って、ヘアゴムで固定。ハタから見たらポニーテールを二つ折りにしたような、輪っかになったポニーテールみたいな絵面だろうけど、まあ気にしない。

 

 ボディタオルでワシワシとボディソープを泡立てて、顔から首から体からワシワシ洗っていく。

 

「遥ちゃーん、先お風呂入ってるからねー!」

「わ、私も入っちゃいますね……」

「はーい」

 

 背中、脇、腕、股下、足と順繰り洗っていく。

 

 ……あー、また脱毛行かないと。

 

 ザーッとお湯を流した後は、タオルを肩に掛けて。……体に巻いた方がいいかな、とは思うけど、でも別に見られて困る事もないしな。

 

「お待たせ」

「わ、堂々」

「か、隠しましょうよせめて!?」

「見せて恥ずかしいものでもないし」

「てか、お腹割れてる……」

 

 ……2人の視線が、お腹に向いてる。ボクとしては、中学生時代くらいから割れてたし、もう見慣れたものではあるからなー。

 別に見られて減るものでもないし。

 

 それに、何だかこう、友達に見せるとか……秘密の共有をしているようで、楽しい。

 

「っ、あ゛ぁ゛ー……」

「わ、オッサンクサ!?」

「前から思ってましたけど、遥さん外見とのギャップ凄すぎません?」

 

 や、失敬失敬。でもさ、こんな大きいお風呂でどっしりと浸かれるなら、声のひとつやふたつ、出るものだと思うわけ。

 

「友達、だからね」

「え?」

「?」

「あるがままの、ボクの方が良いかなって」

 

 ぶっちゃけると、ボクはそんな器用な人間じゃない。果てしなく不器用だ。だからこそというか、浮かれている節はある。

 

 距離感がわからなくなっている、というよが正直なところだよ。

 

 それに、Vtuberになった同期から急に『一緒に住まない?』なんてお誘いまで受けて。

 

 なら、最初から見せたほうがいい。

 自分を隠すんじゃなくて、普段の生活でどんな風に過ごしているのか。

 

「は、遥ちゃんの言ってる事が難解すぎる……!」

「自覚もある。キレそう」

「ごめんごめん、そういうつもりじゃ」

「お、織原さん、多分今の『自分の口の悪さに頭きてる』って意味です、たぶん」

 

 小鷺さんがフォローに回ってくれたおかげで、そこそこ円滑に話すことが出来た。

 

 あそこのパン屋さんがメチャクチャ美味しいとか、ラーメン食べるならあそこは絶対外せないとか、競馬の熱は現地が一番とか。

 

 最近のウケている歌の方向性とか、そこから、出来たらRtoV:Aの楽曲提供も頑張りたいとか。

 

 ボクも自分のことを話していた。けど、2人ほどの熱を持って語れたかと言われると怪しい。

 

「あがろっか。そろそろのぼせちゃうし」

「ですねぇ」

「わかった」

 

 そこからも一悶着起こったんだけど、これは省略。ただ、2人して「化粧水も乳液も何も使ってない!?」と恐ろしいモノを見る目でボクを見ていた。

 ドライヤーの髪の乾かし方が雑とかも、色々言われたなぁ。

 

 ……何か使ってるの? という質問に「特に何も」と答えたボクが一番悪いのはよーくわかってる。お風呂上がりに15分かけてスキンケア講座が始まるなんて思いもしないじゃん。

 

「さっぱりさっぱりー」

「良い湯加減でした……」

「…………」

 

 気のせいかな。ボクだけげっそりしてる気がする。体力的にじゃなくて、精神的に。

 

 スマホを見る。20時くらい、か。

 

「よし、それじゃあ……!」

「じょ、女子会……!」

「そんなに固くならなくていいよ陽糸さん、気楽に飲もー」

 

 お風呂に入る前にちょっとお菓子と飲み物を買いに行って正解だった。ただ、何だろう。

 

 こう、ボクの中で織原さんが……ステレオタイプのお金持ちのお嬢様みたいに見える瞬間があったのは、否定できない。

 

 『缶チューハイ、飲んだことないんだよねえ』とか言い始めた時はビックリした。

 

 嘘だろ。

 

 美味しいんだぞ缶チューハイ。いやお酒は大体美味しいと思ってるけど。まだ飲める年になって日は浅いけど。

 

 そこまで高頻度に飲まないけど。

 

 そこまで強くないけど。

 

 小鷺さんは、カルーアの瓶と牛乳、ウィスキーにソーダと色々そそくさとカゴに詰めていた。

 

 カルーア、美味しいよね。わかる。

 

 それはそれとして年齢確認されるのが分かっていたように免許証を店員さんに突き出しているのはちょっと笑う以前に、どこか哀愁を感じた。

 

 ボクはボクで、適当に選んで買ってきたので、まあ。

 

 ……華々しい女子会というより、お菓子パーティの延長線上かな? みたいな感じにはなってしまったけど、これはこれでアリか。

 

 そもそも女子会とかやった事ないしね。

 

 ダイニングテーブルの上に広げられたお皿に、ワサッと盛り付けられたポテチや煎餅、ジャーキーに鮭とば、あとおにぎり他etcetc……。

 

 そして各々、手には缶やらコップやらを持っている。

 

「シュールすぎない?」

「正直、お家の雰囲気に合って無さすぎて違和感が……」

「もー! そういうこと言わないの! それじゃあ、今日のトレーニングもお疲れ様でした! えーと、乾杯!」

「「乾杯」」

 

 軽く缶を、コップとをぶつけ合ってチビチビと飲んでいく。ボクの一本目はビール、織原さんはピーチハイ、小鷺さんはハイボールだ。

 

 いやあ、ものの見事に別れたなあ。

 

「織原さん。食べなよ。遠慮しなくていいでしょ」

「じゃ、じゃあポテトチップスを……お、美味しい……!」

「ポテチで目を輝かせてる人、初めて見ました」

「けど美味しいよね。後が怖いけど」

「体重計……うぅ……こんなの飲まなきゃやってらんないって!」

 

 織原さんがポテチを摘み食べるマシーンと化している横で、結構なハイペースで飲み進めている小鷺さん。目は大丈夫そうだけど、酔い自体は回ってるなー。淳さんと同じタイプかな? あの人も酔いが回ると飲むペースも上がる人だったし。

 

 こりゃ潰れるかもなあと横目で見ながら別のコップに水を用意しておく。

 

「織原さん?」

「べっつにー、何でもないですよー」

 

 ……なんか、テーブルに頬杖付いてすっごいニマニマした顔でボクたちを眺めている織原さん。

 

 可愛いかよ。

 

「カニカマも美味いよ」

「……え、大丈夫かな。はしたなくない?」

「今更すぎる」

 

 フィルムみたいなので一本ずつになってるカニカマを、端から吸い込むように食べる。

 

 それを咀嚼しながらビールで流し込むと、まあ、美味い。

 

「そうですよー、飛鳥さんももっと食べましょうよー」

「んへへ……」

 

 何処か遠慮がちにカニカマを食べ、感嘆のような声を洩らしていた。

 はー? 可愛いかよ。

 

 ボクもボクで、ピスタチオの殻を剥いて食べる。

 うん、美味い。ビールを飲む。美味い。

 

 お酒を飲みながら、話も盛り上がる。

 音楽の話。競馬の話。ペットの話。

 その折に、ボクのやらかし話に繋がった。

 

「ああ、安藤さんの言ってた。えーっと。ボクの、いや違うか。藤原澄の姿、本当は違う姿になる予定だったみたいなんだけど」

「えっ、それマジ?」

「マジ。ボクが白スーツに自分で作った帽子を被って挨拶しに行って、『こんな姿になりたいです』って」

「何やってるの???」

「ほへぇ……それ、怒られな……いや言われてましたね」

「RtoVじゃなかったら許されなかったと思う。田山先生に感謝だよ」

 

 いや本当に。各方面に色々とご迷惑をおかけした。反省。

 

「……あっ。そうだ!」

「忘れ物ですか?」

「いや物じゃないんだけど……ねぇ、2人とも」

「ん?」

「その、さ。お風呂入る前に言った、一緒に住まないって話なんだけど……どう、かな?」

 

 もじもじしたような、けれど何か覚悟しているような、そんな顔でボクたちを見る織原さん。

 

「…………もうちょっと口を湿らせてから話す。ボクは黙るから、先に小鷺さんと話して。小鷺さん、ウィスキー、ストレートでちょっと貰うよ」

「え、あ、はい……キツくないです?」

「嫌いじゃないよ」

「あ、じゃあ私も飲んでみたい!」

 

 カッと喉の奥で破裂して、ジリジリと熱感を齎すようなアルコールの強さ。その奥にちゃんとある、焦がしたキャラメルにも似た香ばしさ、バニラのような甘さ。

 

 嫌いじゃない。ウィスキーも種類があるけど、これはバーボンだったかな。

 

 あ、織原さんが匂い嗅いで顔顰めた。あ、ボクと同じくらいの勢いで飲もうとして咽せた。あー、慣れてないとそうなるよねウィスキーは。

 

 新しく開けたピーチハイでお口直しをした後、絞り出すような声が。

 

「…………よくのめるね?」

「小鷺さんよりは飲めないよ」

「今度、飲みやすいお酒用意しておきますね。……それで、どうして私たちと同棲したいってなったんですか?」

 

 小鷺さんが切り出すと、若干酔いが回り始めていたのか、ポツポツと語ってくれた。

 

「私はさ、その、友達が少なかったんだ」

 

 消え入るような声だった。

 

「割とお金持ちの家に生まれたら、それはそれでしがらみとか多くてさ。人間関係にもお金のトラブルとか、言い方が良くないけど、金持ち自慢かー、みたいなやっかみが付き纏ってさー」

 

 取り繕わない、表面上だけ明るい声色。

 ジーーーッと鳴く虫の声が、やけに間延びして聞こえる。

 

「最初は、家から離れられればそんな事も考えなくていいかもなって考えてさ。声優を目指したんだけど、そこでも結局、同じような失敗しちゃって」

 

 口を開くたび、その熱は強まっていくのを肌で感じ取れた。

 

「普通になりたいって、思いながら生きてきた」

 

 本心からの言葉だ。恐ろしい声音だった。切望が滲んだ声。

 

「"普通"って何? わからない。友達といっぱい遊べること? お金があんまりないこと? 勉強も運動もあんまりなこと?」

 

 何でそう思うのか。

 泣きながらの言葉に、嘘があるとは思えないからだ。

 

「……だから、なんて言うか。嬉しかった。あんまり私個人を気にしない、馴れ馴れしくて、余所余所しくて、分かりづらくて、楽しくて、私を私として見てくれてるみたいで……そんな友達となるべくずっと、一緒に居たくて」

 

 そこまで言い切ると、またピーチハイで口を湿らせる織原さん。

 

「でもさー、……今にして思えば失敗も大失敗だよねー。こんな事話された時点で、気にするなって方が難しいよね」

 

 「やっぱ、ごめん。忘れて!」なんて言って、言葉を切り上げようとする彼女に、少し腹立たしくなった。

 けど、ボクのターンはまだだ。小鷺さんのターンである。

 

「私は、飛鳥さんのこと、遥さんのこと、友達だと思ってます。けどそれは、お金がどうとか、住んでる家が豪勢だからとか、そんな事じゃないんです……それに、私だって同じ穴のムジナみたいなもんですよ」

 

 ボソボソと。自信のない声だった。自嘲と悲嘆の混ざったような、そんな声。

 ボクから見たら、天上人みたいな実績の持ち主の彼女が、そんな事を言うなんて。

 

「私の自分語りになっちゃいますけど、最初は、自分の手掛けた曲がRtoVで使ってもらえる事になって、名前が売れて嬉しかった」

 

 「拗らせてる自覚はありますけどね?」なんて力無く笑う顔は、それでも真剣だった。

 感情のままに、それでも言葉を努めて選んでいる。

 

「けど、結局それは、私の曲で、私自身じゃない。誰かに、私という個人を認められたかったんです。……だから、使えるようなコネも全部使って、ダメ元でありましたけど、RtoV:Aに入れてもらって」

 

 2人とも、今後はお酒はあまり飲ませられないなあと、ぼうっとアルコールと熱の入った頭で考えた。

 2人とも、人間だったんだなって。何か凄いところがあって、何か悩みがあって、それでも毎日を生きている。

 

「……私は、飛鳥さんの家に一緒に居ても、構いません。迷惑を掛ける事になるかもしれません。それでも、良ければ!」

 

 椅子から立ち上がって、織原さんの前に立って、手を伸ばす小鷺さん。

 ……おずおずと、小鷺さんが握手したのを見て、取り敢えず。

 

 2人まとめて抱きしめる事にした。

 

「ちょ、いだだだだだだだ!!?」

「ギブギブギブ!!!」

「あ、ごめん、加減ミスった」

 

 ややあって、状況が落ち着いてから、ボクもボクで口を開いた。

 

「2人ともバカがよお」

 

 足を組む。頭をガシガシ掻いて、睨むように2人を見る。

 

「ボクは2人の悩みに共感できない。貯金とかほとんど出来てないけど、お金に特別困ったこととか無いし、人との関わりが希薄だったから感受性が豊かでも無い。だから、2人のこと、本当の意味では理解しきれないかもしれない」

 

 ツラツラと言葉が流れ出てくる。怒りにも似たモヤッとした感情が、溢れ出るように言葉になる。

 

「それでもさぁ。飛鳥と陽糸、キミらにちょっと怒ってるよ」

「え」

「何勝手に納得して距離置こうとしてんだバーカ。殺すぞ。友達だろうが。ちょっと試してみて、違うなーってなってからでも良いでしょうがクソボケ。友達ナメんな」

「ちょ、えぇ……」

「陽糸も、認められたい? スカタン。殺すぞ。とっくのとっくに認めてるファンにして友達が少なくとも2人は居るの忘れんな。厄介ファンになってボクと同じ距離走らせんぞダボハゼ」

「は、遥さん?」

 

 ボクが買ってきたおにぎりをもしゃもしゃと食べながら、新たに開けた9%の酔う為のお酒で流し込む。

 

 あー、高菜明太美味えや。

 

「2人がボクのことどう思おうが知らないけど。ボクはキミらのこと友達だと思ってるよ。思ってなかったらこんな話最後まで付き合うか。あー、好きな人が自己否定してる姿ってこんなに嫌なもんだと思わなかった! ぶっ殺すぞホント!!!」

「待って待って待ってぇ!? 遥ちゃん結構酔ってるね!?」

「は、遥さんお水! お水飲みましょ! ね!」

「いいよ、ここまで来たらこのまま潰れるから。それに、今の言動もしっかり覚えてるからさぁ。はぁ……」

 

 言いたい事がフワフワと纏まらない。なんか変な汗をかいてきた気がする。でも言いたい事はハッキリと言わないと。

 

「何かに成ろうとしなくても、キミらはキミらだ。キミはキミしか居ない。そうだろ友達」

 

 それから、3人でギャーギャー騒いでいるうちに、たぶん最初にボクがダウンした。明日は地獄だろうなあと、明日のボクに丸投げする事にしたけど、後悔はない。

 取り敢えず、住む事に関してはちゃんと返事しないとなぁ。




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