サモン・ベイビー! グランドマザコン女子高生と異世界召喚された赤ちゃん 作:大根ハツカ
年下ヒロインが好きです
……年下(赤ちゃん)ですが
赤ちゃんができました☆
「ふぇっ、ふぇえええええええええええ!」
「えっ、え、……え?」
え、あの……どうしろと?
丸くてもちもちで可愛らしい珠のような赤子。
でも、その声量は小さな怪獣さながら。
赤ちゃんは泣く。
泣き叫んで、泣き喚いて、爆音を轟かせる。
訳も分からず混乱して、取り敢えず抱き抱えた。
怖い。軽すぎて落としそうだし、柔らかくて握り潰せそう。抱き抱えるだけなのに不安で頭がいっぱいになる。
ど、どう持つのが正解なんだろうか。テレビでは確か、こんな風にちょっと揺らして抱っこしていたはず……?
「きゃっ、きゃっ」
「合ってる? 合ってるのかしら……?」
不安いっぱいな私を他所に、赤ちゃんは無邪気に笑う。
こっちの気も知らないで、という愚痴のような感情も湧き出たが、すぐにそれも晴らされた。
私に全体重を預ける赤ちゃんの笑顔を見ていると、何だか悩んでいるのがバカらしくなってくる。
赤ちゃんは私の黒い長髪を大層気に入ったのか、髪をおしゃぶりみたいに咥えている。
これ、誤飲とかしないのだろうか。怖いなあ。でも、取り上げたら泣きそうだし、
「あ、痛い。いたたたたたっ。ちょ、髪を引っ張らないでちょうだいっ」
「あう?」
「あう、じゃないわよ。掴むのも噛むのも良いけど、引っ張るのは痛いからダメ。分かった?」
「うあ」
「わ、分かっているのかしら……?」
赤ちゃんは私の黒髪から手を離し、代わりに抱き抱える私の手をペタペタと触る。
これは……意思疎通ができた、のか?
分からない。何も理解できない。
本来、使い魔は召喚した時からニホン語を話すと聞くが、赤ちゃんの状態で召喚されるケースなど聞いた事がない。前例にない。
……というか、そもそも人間そっくりの
「召喚待機は……無理そうね」
使い魔は一度召喚した後は顕現したままではなく、召喚待機用の謎空間に放り込む事ができる。……というか、使い魔自身の判断で、謎空間に引っ込む事ができる。
ただし、私の使い魔(本当に?)は自己判断のできない赤ん坊。自分の意思で召喚待機に移行するなどできそうにない。
「……私、育児をする余裕なんてないのだけれど」
来週に迫る『
私の人生全てを賭けた大一番。
日中は何の準備もせずに遊び呆ける天才キャラを演じる事を考えると、全ての準備は夜間に済ませる必要がある。
土日のスケジュールは完全に埋まっている。空白は一ミリもないし、そこに育児が介在する余地はない。
「ふぇっ」
でも、放置はできない。
これは流石に見捨てられない。
赤ちゃんを召喚したのは私だ。
異世界から拉致したのは私なのだ。
確かに、召喚する魂は死者のものだし、事前に異世界へ行っても良いか確認は取っている。
だが、相手は言葉も理解できない赤ちゃん。事前確認に何の意味もない。
私は赤ちゃん相手に高い買い物をさせた詐欺師みたいなものなのだ。
私には召喚者としての責任がある。
ここで赤子を見捨てるようなクソ野郎になっては祖母に顔向けできない。
「ふやああああああ!」
「あー、はいはい。揺らす、揺らすわよ」
赤ちゃんは不機嫌そうに叫んだ。
考え事をしている暇はない。
兎に角、まずはこの子をあやす事から始めないと。
「……まったく。これじゃあどっちが
育児 どうする
赤ちゃん 必要なもの
夜泣き ひどい どうしたら寝る
知りたい事は全てネットが教えてくれる。
偉大なりし検索エンジン。
ありがとう、インターネットを授けてくれた異世界の人々。
「夜が、明けたのね……」
場所は私の寝室。
ただし、ほとんど眠れなかった。
多分、鏡を見れば私の顔には怠惰な天才らしくない隈ができているだろう。
赤ちゃんは小さな怪獣だった。
寒いから泣く。
眠いから泣く。
お腹空いたから泣く。
ゲップが出そうだから泣く。
特に何の理由もないけど泣く。
時間帯も気にせずに泣き続ける。
さて、私は一体いつ寝られたのか。
気絶するように布団に倒れ込んだのは覚えているが。
これが毎日、となると気が遠くなる。
世界中の母親に頭が上がらない。
……祖母も、こんな苦労をして私を育ててくれたのだろうか。
「……重くなってないかしら?」
すやすやと眠る赤ちゃんを抱えて首を傾げる。
昨晩はもっと軽かったような……?
サイズももっと小さくて、こんな桃色の髪も生えていなかったような……?
「使い魔……だものね。不思議な事の十や二十はあってもおかしくない、という事かしら?」
頭が回らない。
一つや二つの不自然はもう無視する。
前例のない赤ちゃんの召喚だ。
今更、例外の一つや二つなどどうでも良い。
「頭イタ……そうだ。召喚を、しなくちゃよね」
ガクガクと頭を揺らしながら杖を握る。
異世界召喚の準備を始める。
ネットで調べて分かるが、抱っこ紐やミルクをはじめとして育児に必要な物品は山ほどある。
しかし、赤ちゃんを抱えて外出するのはダメだ。他者に見られた場合、
かと言って、赤ちゃんを自宅に放置するのは論外だ。ただでさえ魔女として危ない薬品も多いこの家で、そんな危険な真似をできる訳がない。
ならば、残された手段は一つだけ。
物品を自宅に召喚する。
ネット通販よりも早く、異世界から育児用品を召喚するのだ。
「
大層な呪文は省略して詠唱する。
『門』たる魔法陣に
ドサドサドサ、と寝室に山ができた。
オムツ、ミルク、哺乳瓶、抱っこ紐、おもちゃ、エトセトラ、エトセトラ。
大量召喚によって押し除けられた空気がカーテンを揺らす。私の部屋が、赤ちゃんのための部屋に生まれ変わってゆく。
湿ったベッドのシーツを変え、ウェットティッシュで赤ちゃんの下半身を綺麗に拭き取り、召喚したオムツを穿かせた。
無心で手際よく作業する。今更ながら、この子はどうも女の子みたいだった。……だから何だと言うのか。
(何やっているのかしら……私)
ふと、我に帰る。
差し迫ったタスクはある意味、逃げ道でもあった。
赤ちゃんも眠っていて、やるべき事は一旦なくなった瞬間、現実逃避をする事はできなくなった。
奇跡的に使い魔を召喚する事はできた。
しかし、呼び出された使い魔は戦う事はおろか自分で立ち上がる事もできない赤ちゃん。
状況は何も変わっていない。このままでは『
……とか、考えている暇はなかった。
「あむ」
「…………は?」
思考が止まる。
目を離したのはほんの一瞬だった。
その一瞬で、赤ちゃんは目を覚まして、部屋に落ちていた紙を口に含んでいた。
(折り紙の……諦めた、
危ない薬などではなくて良かったと思うべきか。
ただ、紙も紙で食べさせるのは怖いため、よだれまみれてベトベトになった鶴を赤ちゃんの口から引き抜く。
「食べるにしても、もっと美味しいものにしなさい」
「ふあああああああああああああああああ!」
「……はいはい。遊んで欲しいのね、お姫様。少々待ちなさい」
赤ちゃんの声が退屈を訴える。
召喚者と使い魔の繋がり故か、それとも一番中夜泣きに付き合ったからか、私は赤ちゃんの要望を声だけで判断する事ができるようになっていた。
(考えない考えない)
赤ちゃんの泣き声を聞いて、何処かホッとした自分がいた。
テスト前にわざと模様替えをするような心理だろうか。不安を払拭するために、何かに没頭したい気持ちだった。
ガラガラと音が鳴るオモチャを赤ちゃんは全力で振る。無邪気に、楽しそうに、屈託のない笑みを浮かべる赤ん坊。
彼女の笑顔を見ている瞬間だけは、祖母との約束を忘れる事ができる。倫理がどうとか、常識がどうとか以前に、無条件で守りたくなるあどけない笑顔だった。
……ただし。
「おーめ!」
「……喋るの早くないかしら」
赤ちゃんが得体の知れない不思議生物である事は間違いなかった。
スクスクと。
それはもうスクスクと赤ちゃんは成長する。
金曜の夜、召喚直後は首もすわっていなかった赤ちゃんが、翌日の朝には私の名前らしき言葉を発した。
それどころか、土曜の正午にはハイハイができるようになり、私の目を盗んで縦横無尽に屋敷中を駆け巡る。
この頃にはもう歯は生え揃っており、ミルクではなく離乳食を召喚する事となった。
明らかに異常な成長速度。子供の成長は早いと言うが、それにしたって早すぎる。生まれてからの十二ヶ月を一日で走り抜けるようなものだ。
(この子の
使い魔はそれぞれが固有の魔法を有する。
この子のそれは『成長』だったと言う事か。
赤ちゃんの魂。
産まれる事もできなかった死者の魔法が『成長』だなんて、世界はなんて残酷なのだろう。
しかし、赤ちゃんはそんな世界の仕組みなんかどうでも良いみたいに笑い飛ばし、無邪気に成長を続ける。
そして、日曜日。
赤ちゃんはとうとう、つかまり立ちができるまで成長する。
「お、あー」
「…………っ!」
思わず涙ぐむ。
万感の思いが湧き上がる。
金土日と子育てに注ぎ込んだ時間が報われたような、そんな謎の達成感に襲われる。
不思議な話だ。
自分の問題は何一つとして解決していないのに、何もかもを放り出しても構わないとさえ思える満足感があった。
────それは、それとして。
(『
終わった。
何もかもが終わった。
育児によって時間は一瞬で溶けた。
疲労でもう何もできる気がしない。
口から魂が出ているような感覚。
どうやら、祖母との約束は諦めるしかないらしい。
「おーめ?」
「……はいはい。もう寝ましょうね」
赤ちゃんを抱きしめて布団を被る。
暖かい。意識は一瞬で眠りに誘われる。
それはもはや気絶に近しい。
子守唄を歌うまでもなく、むしろ私の方が先に眠りについた。
(重…………)
朝日が差し込む。
昨晩、カーテンを閉めるのを忘れていたのか。ちゅんちゅん、と窓から小鳥の囀りが響く。
ぼやけた視界に映る枕元の電子時計は、午前六時を示していた。早めに眠った事もあって、早めに目を覚ましたのだろう。
(体が重い。動けない……)
三日間の育児疲れか。
久しぶりの睡眠で体が休憩を求めているのか。
私の体は起き上がれないほど重かった。掛け布団を引き剥がす事もできない。
…………ん?
いや、違う。これ……掛け布団じゃ、ない?
「うわぁっ⁉︎」
「んぇ……?」
反射的に跳ね起きる。
体が重い、なんてのは嘘だった。
重いのは体ではなく、物理的に体の上に誰かが乗っかっていた。
ぼふん、と。
私の上に乗っかっていた誰かがベッドのマットレスに墜落する。
「……どうかしたあ?」
どうかしてるのはお前だ。
叫びたくなる衝動を必死に堪える。
誰か、なんて聞くまでもない。
分かっている。私はよく知っている。
オムツを変えたのは誰だと思っている? ちょっと成長したくらいで、少女の顔を忘れる訳がない。
体格が小学生くらいまで大きくなっていても、桃色のキラキラとした髪が肩まで伸びていても。
どれだけ成長したって、バカみたいに無邪気な笑顔は変わらない。赤ちゃんが少女になったとて、庇護欲をそそる愛らしさは健在だった。
……いや、なんで私はちょっと母性が湧いているんだ。
この子のせいで祖母との約束が守れなくなった事を忘れたのか。
「ねあ。あなた……」
「どうしたの、おとめ?」
「…………
吐き出そうとした悪態が喉に引っかかる。
眩い笑顔と心配そうな眼差しに、視線を逸らす。
私に出来たのは、ただ少しばかりのイジワルを言うことだけだった。