サモン・ベイビー! グランドマザコン女子高生と異世界召喚された赤ちゃん 作:大根ハツカ
赤ちゃんの使い魔は成長した少女になりましたとさ。
……で、どうしようか。
聞きたい事がたくさんある。
問い尋ねたい事もある。
でも。その前に。
ぐう、と可愛らしい音が少女の腹から響いた。
「ねーえ、おなか空いたあ」
甘えるような顔で、少女は私の裾を引く。
それは……アレか。何か作れと言いたいのか。
従う必要なんてない。
私が使い魔のために食事を作る理由なんて、これっぽっちもない。
……でも。
「はあ。分かったわよ。大人しくしていなさい」
親に甘える幼子のような。
そんな顔を見て、断る事は出来なかった。
甘えただった過去の自分と、私のワガママをよく聞いてくれた祖母の姿を思い出した。
少女は満面の笑みを浮かべる。
眩しい。断る選択肢を持っていた自分が恥ずかしい。
「やった。やった。いぇいいぇいいぇい!」
「そこ、踊らない」
チン、と。
オーブントースターが音を奏でる。
残念ながら、私に料理スキルはない。
最後に料理したのは中学の家庭科。
炊飯器でご飯を炊く方法も知らない。
かろうじて冷凍食品を解凍できる程度。……それは料理スキルの範疇か?
まあ、兎も角。私に料理はできない。
なので、少女に与える朝ごはんもただトースターで食パンを焼いただけのもの。
家政婦ロボを使ったらもっと豪華な朝食は楽しめるのだろうが、広い豪邸の何処かで掃除中の家政婦ロボを呼び寄せるのも面倒くさい。少女の小さいお腹ならこの量でも十分だろう。
……いや、流石に味気ないか? 私はこれで満足だが、少女のパンの上には高価なバターを塗りたくってあげよう。
「はい。どうぞ。焼きたてで熱いから、火傷には気をつけなさい」
「わあー!」
キラキラと少女の瞳が輝く。
少女は両手で食パンを掴んで齧り付く。
じゅわっ、とパン生地に染み込んだバターが少女の口元を汚す。
「は、はふ!」
「だから、熱いって言ったでしょうに。手も顔もベタベタだし……もう、じっとしていなさい」
ウェットティッシュで少女の顔や手を拭く。
少女は私に拭かれるがまま、無我夢中で食パンを貪る。
やがて、食パンを食べ切ると、まだ足りないのか皿に垂れたバターさえも舐め取ろうと舌を伸ばす。
「品がないわよ。……私の分もあげるから、それで満足するのね」
「やったー! おとめ、ありがと!」
しゅばっ! と私の皿が一瞬で消えた。
食い意地が汚い。というか、離乳食じゃなくても食べれるのか。
言いたい事が多すぎて、言葉が喉の奥で渋滞する。まずは……
「……
「えー? かわいい名前なのにい」
「私には似合ってないの。いいから、別の呼び方にしなさい」
名付けてくれた祖母には悪いが、天才クールキャラでやってる私には不相応な名前だ。
「じゃあさ、なーんて呼べばいいの? ママ? それともマスター?」
「ママはやめて。……普通に、
「じゃあ、おとめ!」
「話聞いていたのかしら。その耳と頭は飾り?」
「おとめはおとめだもーん」
頭が痛くなる。こめかみを押さえる。
どうも、呼び方を変えるつもりはなさそうだ。
……仕方がない、か。この
「……あなたは何と呼べば良いの?」
「え?」
「だから、あなたの名前は」
「ないよ?」
「………………、」
そうか、そうだった。
本来、使い魔には召喚された時から魂に刻まれた前世の名前があるが、彼女はその例外。
赤ちゃんの状態で呼び出された少女は、名付けられる暇もなく死んでしまったという事なのだから。
「そーだ。おとめが決めて?」
「私、が?」
「うん! おとめに決めてほしい!」
「……センスのない名前でも、構わないならね」
赤ちゃんの時から世話していたためだろうか。少女のおねだりの顔にどうにも弱い。少女の要望を断れない。
名前……名前、か。少女の人生(使い魔生?)を決定する大事な贈り物だ。重い、重すぎる責任を感じる。
(おばあちゃんは、どんな気持ちで私に
名前とは祈りだ。
こうなって欲しい、こう生きて欲しい。
子供の未来を願う、祈りを一心に込めた人生で一番最初の贈り物だ。
祖母は私の名前に何を祈ったのだろう。
私は少女の名前に何を祈れば良いのだろう。
うろうろと視線が迷う。
そこで、地面に落ちた物が目に留まる。
片付け忘れたのだろう。
昨日、赤ちゃんが口に含んだ、作りかけの
……うん。良いかもしれない。
「ちづる……なんて、どうかしら」
何かが噛み合ったような感覚。運命に導かれるように、唇は無意識に動いた。
健康長寿を願う
(いや、でも……テキトーだと思われるかしら。江戸川コナンみたいに、その場にあった物から名前を取っただけだもの)
ちょっと不安になって少女の顔を伺う。
何の反応もない。何も言わない。
……それはそれで不安だな。
「別に、他の名前が良ければ考えるわよ。家政婦ロボのAIなら名付けくらい……」
「ダメ! おとめのが良い!」
少女は口を膨らませ怒りを主張し、しかし一瞬で頬から空気が抜けて唇はだらしなく緩まり、最後には眩いまでの満面の笑みが浮かぶ。
表情の変化が激しい。見ているだけで飽きない。
「ちづる!」
「……良いのかしら」
「うん! ちづるはちづるがいい!」
すごい喜びようだ。
もう一人称に使っているし。
なんだかこっちも嬉しくなる。
ちょっとだけ、三日間の育児が報われた気がした。……ほんとに、ちょっとだけ。
だけど、頭の冷静な部分は同時に呟いた。
この無邪気な子供では勝てない。
『
(………………、)
ほんっと可愛くない。私、最低だ。
自分で呼び出しておきながら失望するなんて。
だから、私には
はあ、とため息を吐く。
なんだか朝から疲れた。
「……そっか、まだ朝なのね。忘れていたわ。早く支度しないと」
ちづるといると時間が一瞬で溶ける。
ちらりと枕元の電子時計に目をやると、いつの間にか時間は遅刻ギリギリになっていた。
制服に袖を通し、電車の定期を手に取る。
あっ、忘れる前に言っておかなくちゃ。
「ちづる。何かあったら家政婦ロボに言えば全部やってくれるから。お昼とかも用意してもらって」
「おとめは? 作ってくれないの?」
「私には学校があるから。お家で大人しくしているのよ」
「が、がっこー……?」
わなわな……と震えるちづる。
もしや学校も知らないのか、この少女は。
赤ちゃんだったのだから当然だという気持ちと、ならニホン語を話せる知識はどこから? という疑問がぶつかる。
「ち、ちづるは? ちづるもガッコーに行くの……?」
「ちづるは小さいからダメよ。学校に行けるのは女子高生だけだから」
「やぁ〜だぁ〜! ちづるもガッコー行くぅ〜! おとめと一緒行くぅぅうううううううううううううううううううううううう!」
「駄々をこねてもダメなものはダメ。諦めなさい」
まあ、小学校とかもあるにはあるが。
私の使い魔をこんなんであるとバラすのは
赤ちゃんなら兎も角、小学生なら一人でお留守番くらいできるだろう。家政婦ロボもいる。安心安全は約束されたに違いない(フラグ)。
「うあーん! いくじほーきー!」
「何処で覚えたのよ、そんな言葉」
「ガッコーってちづるよりも大事なのッ?」
「人生よりも大事な約束がかかってるから。今日は絶対に休めないの」
小走りで玄関に向かう私の後を、ペタペタとちづるは裸足でついてくる。
ついてきたって学校には行かせないが。そもそも、ちづるの足のサイズに合う靴もない。
「行ってきます。家政婦ロボの言うことを聞いて大人しくしておくのよ」
「むぅ…………いってらっしゃい」
行ってらっしゃい、なんて。
そう言われたのはいつぶりだろう。
もう家には帰ってこない祖母を思い出す。
どうしてか、学校までの足取りが重くなった。
パタン、と扉が閉まる。
ガチャリ、と鍵がかかる。
ちづるを置いて、ガッコーとやらに行ってしまったのだ。
なんて酷いヤツだ、とちづるは考える。
乙女が育児に追われてしんどそうにしていたから、早く大きくなろうと頑張ったのに。
大きくなったら大きくなったで、ちづるを置いて何処かに行ってしまうなんて。
でも、ついていっちゃダメなのだろう。
ちづるは乙女に嫌われたくない。
彼女の言葉を無視したくはない。
(どうしよう……?)
その時。
ピコーン! とひらめいた。
『ちづるは小さいからダメよ。学校に行けるのは女子高生だけだから』
少女の頭の中で、乙女の言葉が反芻される。
ちづるは、小さいから、ダメ。
学校に、行ける、女子高生。
小さい、イコール、ダメ。
女子高生、イコール、行ける。
ちづるの脳みそは一つの答えを叩き出した。
「ちづるもジョシコーセーになればいいんだ!」
ピカー! と少女の肉体が光を放った。
白い肢体が、桃色の髪が、すらりと伸びる。
十年かけるはずの成長がほんの一瞬で過ぎ去る。
「うぬぬぬぅ! 服キツ!」
高校生、とまではいかないが。
だいたい中学生くらいの身長。
急な成長に、服装の締め付けが強くなる。
『お着替え します カ?』
「うわわっ! ……これがロボー?」
『家政婦ロボで ござい マス』
ウィーンガシャン、と。
いつの間にか、メイド服に身を包んだ金属光沢がちづるの隣にいた。
家政婦ロボ。自動清掃用の機械人形。豪邸の家事を一身に任された近未来汎用家電。
彼女(?)の手には様々な服装が握られている。
『こちらを どう ゾ』
手渡されたのは予備の制服。
家政婦ロボは内蔵されたAIを稼働させ、少女の要望に応える最適解を導き出した。
ちなみに、乙女の気持ちは一切考慮されていない。所詮はロボットなのである。
ふふん、とちづるは満足げに笑った。
「待ってて、おとめ! ちづるが今行くよ!」
近い未来、万亀島乙女は教訓を得る。
子供から目を離すと大変な事になるぞ、と。
ヒロインはわがままな方が可愛い
主人公はヒロインのワガママを断り切れない方が可愛い
この世の真理ですね