BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
自分とした事が、まさかみりんの買い置きを忘れていたなんて思いもしなかった。スッカリ暗くなった夜道を一人歩きながら、そよは自分の迂闊さに後悔していた。
「まさか忘れるなんて……」
誰も居ない通り道を練り歩く中で、ため息交じりに独り呟く。
何時であれば、調味料の類はボトルが切れる前に買い足しているのだが、最近バンド活動に忙しかったせいか、みりんの残りが少なくなっている事を、晩ご飯を作る前まで気が付かないでいた。
だからこうして、わざわざ夜の街を出歩いてまで、みりんを求めて彷徨い歩いていると思えば、溜息の一つくらいはしょうがない。
「調味料ぐらいなら、コンビニでも売ってるでしょ……」
最寄りのスーパーは、この時間帯なら既に閉まっている。だが、近所のコンビニに調味料コーナーがあった事を思い出し、そのまま道沿いを歩いていく。
「……そう言えば、夜中にコンビニってあんまり言った事ないかなぁ」
そもそも夜中に出歩く事は少ないし、ちょっと新鮮かもなんて思いながら、ふらふら歩いていると、いつの間にかコンビニの標識が見えるぐらいの所まで来ていた。
サッサとみりんを買って帰ろ──まるで誘蛾灯のように明るいコンビニへと真っ直ぐコンビニへ辿り着く。
夜のコンビニと言えば、不良の溜まり場になっている駐車場とか、そういうのをイメージが、意外にも治安は良いらしい。コーヒーブレイク中らしき自分と同じぐらいの男が居るくらいだ。
……いや、ちょっと待って。あのヒラヒラとした緑の髪に、ダルそうに垂れ下がった目つき、何より色々と緩そうな印象を持たせる雰囲気。
男の視線が、自動ドアの前で立ち止まるそよを捉える。そして、まるで友達に出会ったかのように軽薄な笑顔を浮かべた。
「あっ、そよりんじゃ~ん」
そう言って、男は、さも気安しげにそよの名前を呼んだ。
「……なんで貴方が此処に居るの?」
「バイト先がこの近所でさ~、何時も帰る前に此処でコーヒー休憩してんだよねぇ」
そう悪びれも無く、男は残ったコーヒー缶の中身を煽る。
まさかこんな所で出会うとは思わなかった。いや、どんな所であっても出会いたくは無かった。
朝日奈 遼──―燈ちゃんにご執心な練馬君が始めたバンドメンバーのベース担当。そして、一々人の癇に障る言動ばかりする最低な男。そんな相手と、バンド以外で関わってしまうとは、ツイていないにも程がある。
「つぅかさ~、なんか前会った時と態度違くない? ちょっと刺々しいっていうか?」
「そうですかぁ~? 気のせいじゃないですかぁ~?」
「今更猫被んなくても良いって~、俺的に素の方が好きだからさぁ~」
「あっそ、ならサッサと帰って良い?」
「わ~おっ、急に態度変わるな。温度差で風邪ひきそうなんだけどぉ」
当たり前だ。初対面ならまだしも、言動全てが腹立たしい相手と一緒に居たくなどない。目的のみりんは買えたので、帰れるものなら早く帰りたい。
「まぁ折角会ったんだし、少しぐらいおしゃべりしても良いんじゃない?」
「私から話す事は無いけど」
「残念、俺にはあるんだよなぁ」
朝日奈が尋ねるように、そよへ視線を傾ける。
「前にも言ったけどさ、それしんどくない?」
「……」
──―あぁ、コレだ。ふざけた態度、人を煽るような口調、どれもが勘に障る要素であるが、一番はこの眼だ。
「誰にでも良い顔したりとか、真面目なフリすんのとか、そういうのって俺には出来ねぇわぁ~。だって絶対にしんどそうじゃん? そこまでして、頑張る理由ってなによ?」
まるで全てを見透かしているかのような、全部知っているとでも言いたげな──ー出会ったばかりの癖に、無遠慮に深い所で踏み入って来る、その瞳が気に入らない。
それはきっと、向こうも同じだろう。
「……そういう貴方だって、どうしてフリをしているの?」
「フリ?」
「そう、無気力なフリで誤魔化そうとしてるけど、本当は違うんじゃないの?」
「……ふぅん」
さも正解とでも言いたげに、朝日奈が感嘆の声を漏らす。だが、そよからすれば、そんなのは最初から分かっていた事だ。
本当に無気力な人間であれば、わざわざ他人の領域になど踏み込もうとしない。気だるい雰囲気で隠そうとしても、その内側に抱えた何かを、そよは朧気ながらも見えている。
「そより「そよりんは辞めて」……長崎はさぁ、誰かに裏切られた事ってある?」
嫌な思い出がフラッシュバックする。
ひとつは、かつて自分がCRYCHICに裏切られたあの日の光景。
唯一の居場所だと思っていた居場所が、ある日突然砕けてなくなった時の、今までの思い出を掻き消すかのような、土砂降りの雨が降っていた日の記憶。
そしてもうひとつは、自分が MyGO!!!!! を裏切った日の光景。
もう一度バンドを始めた理由、自分の醜い所を全てぶちまけて、この手で大事な人達の居場所を、バラバラに壊した時の記憶。
それらが頭の中で走馬灯のように駆け抜けていき、胸に刺さって息を詰らせる。
「……あるけど、それがどうしたの」
そよが吐き捨てるように応えると、朝日奈はビニの外灯に照らされた横顔が、ふざけた顔色を失って、静かに影を落とす。
「どれだけ思っていたとしても、どれだけ尽くしたとしても、壊れる時は一瞬で呆気ない──ーそれがずっと続くって思ってたら、尚更にねぇ」
さっきまで名残惜しそうに飲んでいたコーヒー缶を、朝日奈はゴミ箱へ無造作に投げ捨てる。そして、淡々と言葉を並べ立てる。
「何が正解だったのかなんて分からない。もしかしたら、最初からそんなのは無かったのかも知れない──ーそんな後悔ばっかするぐらいなら、最初から何もしない方が良い事もあるっていう話」
まるで一つの心理に辿り着いたかのような物言いであった。だが、そよからすれば、それは荒唐無稽な屁理屈にしか聞こえない。
「そうやって、何も抱えないフリで誤魔化そうって事? ……馬鹿みたい」
「あれぇ? 長崎なら分かってくれると思ったんだけどなぁ」
朝日奈は肩透かしを食らったように眼を丸くするが、分かる筈も無い。
自分が抱えた荷物が重いと感じた事はあっても、放り投げようだなんて思わなかった。それをしたら最後、自分にとって大切な何かまで捨ててしまうような気がするから。
「でもさぁ……そんなんじゃ、何時か後悔するよ?」
朝日奈は鼻で笑いながら、足元に佇む自分の影に視線を落とす。
「そうやって背負い続けて、背負い続けて──ー最後に潰れてひしゃげた自分って、この世で一番醜いからさ」
軽薄な笑い交じりに吐いたそれは、まるでこの世で一番醜い存在へ向けた言葉のようだった。
「……それで話は終わり? じゃあ帰るから」
──―最早、この男と話す事はもう無い。そよはみりんが入った買い物袋を握り返し、踵を返す。
「ん、夜中だから気を付けてねぇ」
歩き出すそよの背中越しに、朝日奈はヒラヒラと手を振って見送る。
だが、そよは振り返らないし、応えたりもしない。あの男の顔を見るだけで、我慢できなくなりそうだから。
何が背負い続けて、最後に潰れるだ。わざわざ遠回しな言い方をしてまで、いずれお前もそうなると伝えて、一体何をしたいのか分からない。怒りで頭がどうにかなりそうだ。
兎に角、もうこの男には金輪際関わりたくない。これ以上いると、そよは自分という体裁を保てなくなりそうになる。
「じゃあねぇ~、そーよりん」
──―だと言うのに、あの男はまたしても気安げに、忌々しい愛称でそよを呼んでいた。