BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
「今回も助かったよぉ、菊池君。本当にありがとね」
「いやぁ、別に良いッスよ! これくらいちょちょいのちょいッスから!」
ステージ裏で機材を片付ける手を止め、菊池は大きく胸を張る。すると、やや老けた印象のバンドリーダーは困ったように笑いながら、舞台の方を指差した。
「出番が終わっても、まだアンコールが聞こえてくる……応えられないのが残念だよ」
「ホントっスよね! 時間が押してなけりゃ、今すぐにでも出て行きたいッスよ!」
会場はまだ熱狂の渦中にあり、観客のアンコールが天井を震わせている。今日の盛り上がりは、間違いなく自分のギターパフォーマンスの手柄だろう──そう囁く自負が、汗ばんだ掌にまた熱を灯す。
そんな心地いい満足感に包まれながらも片づけは再び始める。と言っても、やるべき作業はさほど残っていない。精々、愛用ギターの弦を軽く拭いてしまえば、直ぐに終わってしまった。
「じゃ、先に上がらせてもらうッスね!」
「うん、また頼むよ!」
一足先に撤収を終えた菊池は、そのままギターケースを抱えてステージ裏を後にする。
「──さて、今日はもう予定ないッスよね?」
廊下を抜けてロビーに出ると、スマホで他バンドの時間割を確認する。何時もなら、さっきのバンドのように、何かしらのヘルプギターの予定が詰まっているが、今日は珍しく空きがある。
さて取り合えず、この後も別に予定はないし、菊池はどうするかと暫し考えた結果。
「折角だし、もう一組のバンドを見るのもアリっスかねぇ。確か今日のは合同ライブだった筈ッスよね」
無論、自分よりも上手いギターなど見れるとは思わないが、暇潰しには最適だろう。菊池は入り口傍に置かれていたフライヤーを手に取る。
「さっきのバンドが終わってからは……へぇ、結構有名処が多いッスねぇ。えっ、オオトリにRasってマジ!?」
予想以上に豪華なラインナップに、菊池は思わず目を輝かせてしまう。
誘われたぐらいで特に調べもしなかった今日の合同ライブだが、一気に興味が湧いて来た──ー他にもどんなバンドが来ているのかと、つい目で追ってしまう。
「うわぁ、こりゃ最初から参加してれば良かったッスね……そんでぇ、他にはぁ」
「コレ」
「あぁコレッスか。結構人気ッスのバンドッスよねぇ。もう直ぐで出番っぽいし、先ずは……って、んんぅ?」
独り言の筈なのに、ナチュラルに誰かと会話してなかった自分? そう思い、菊池は後ろを振り向いてみると。
「出る」
「うわぁ!? 猫女ぁぁぁ!!」
自分を詰らないと言ったあの
「……で、何で此処に居るんスか? アンタ;MyGO!!!!! のギタリストでしょ」
「頼まれた」
「あぁはいはい、そっちも俺と同じって事っスか……ったく、何でまた会っちゃうんスかねぇ」
如何にも嫌な顔をしているというのに、楽奈は全く気にせず、直ぐそこの自販機で買った抹茶ラテをマイペースに飲んでいる。
菊池もさっき買ったばかりのサイダー缶の蓋を開け、一口だけ中身を飲む。甘い強炭酸がライブ直後で火照った身体を沈めてくれるが、嫌に気が落ち着かなくて、ついついこっちから喋ってしまう。
「こっちもヘルプでッスよ。と言っても、さっき丁度終わったばっかッスけどね」
「ふぅん」
「ふぅん、ってライブ見てなかったんスか?」
「見てない、さっき来たばっか」
さっきまで知らなかった自分が思うのもアレだが、こんな豪勢な合同ライブに直前で来る肝の太さには感心してしまう。だが、「それに」と楽奈が続けて口を開いた時、菊池の胸に鋭い小石がぶつかった。
「見なくても大体分かる」
「それ、どういう意味ッスか」
「そのまんま」
ズキッ、と頭痛が奔る。初めて出会った時に言われた言葉が勝手に思い返され、奥歯を強く噛み締めてしまう。
『つまんねぇ男』
そう言い捨てたあの時の、心底ツマラナそうな顔が忘れる事が出来ない。
一体、自分の何がツマラナイと言うのか、何度考えても分からなかった。自撮りした過去に出演したライブ映像だって何回も見返したりもした──ーだが、天才である菊池のギターテクに、そのようなケチを付けられる点など、全く持って見当たらない。
ふざけた戯言だって切り捨てても良かった。だが、幾らそう思い込もうとしても、まるでそれが正しい事だと言うように、頭からずっと離れないでいる。
何だよ、コイツは。一体自分の何処を見てそう言っていってやがる。そう思うと、勝手に口から言葉が出て来ていた。
「……だったら、そう言うアンタはどうなんスか?」
「?」
菊池は思わず一歩前に出た。楽奈は抹茶ラテのペットボトルを傾ける手つきは変わらない——眉ひとつ動かさず、ただ平然としている。
そうだ、その顔が気に入らない──ーまるで全部知っていた上で、惚けているようなその顔が。
俺の何を知っていると言うんだ。一回顔を合わせただけで、ロクに俺のギターを聞いた事も無いのに。
「そういうアンタは、俺よりもスゲェギターを魅せれるっていうのかよ」
何も知らない癖に、勝手に俺の天才を馬鹿にするな。
「……」
「ッ! 何とか言ったら! 『楽奈さーん、楽奈さーん居ますかぁ!』……」
楽奈はそれでも顔色は変わらない。まるで自分の事を歯牙にも欠けていないような態度に頭が沸騰しそうになる。だが、関係者専用入り口から出て来たスタッフの呼び声に、ふと頭が冷めた。
「……すまねぇッス。俺、どうかしてたッスわ」
菊池は思わず頭を下げてしまう。だが、どうして此処までキレてしまったのか分からない──ーただ、大事な何かを馬鹿にされたような気がしたのだ。
そうして頭を下げていると、楽奈は特に気にしていない様子で、菊池の前から立ち去っていく。
だが、呼ばれたスタッフの元へ向かっていく途中、ふと思い出したかのように楽奈がこちらへ振り向いた。
「お、う? とう、? そう? ……ソウ」
菊池の名前を思い出そうとしているらしい。数度の候補を試すと、ようやくしっくりきたように楽奈が頷く。
そして、まるで誘うかのように、やや挑発気味な目線で颯真を誘う。
「ライブ、見て」
ギターを一度弾けば、忽ちに会場が沸き上がり、超絶怒涛のリフ捌きやパフォーマンスは、見る人誰もが圧倒される。
まさに天才。菊池は今までだってそう持て囃されていたし、これからもそう呼ばれるつもりだった。
あのギターの音を聞くまでは。
「────」
楽奈が弦に触れると、まるで刃のように鋭い立ち上がりが一瞬で空気を切り裂き、次の瞬間には息を呑む程に熱を帯びた波紋が押し寄せる。
小さな休符一つでも呼吸を止める程の衝撃を生み、僅かな強弱の差で心拍を揺らす。音色の表情は指先一つで、予測不可能な程に塗り替えられていく。
その結果、生まれるのは会場どころか、この音が聞こえる誰もが眼を奪われる熱量──菊池よりも遥かな質量を帯びた熱狂の渦の中心で、楽奈は笑いながらギターを弾いていた。
「──ーなんで」
余韻の取り方、音の強弱、ピック捌き──ーギターに関する技術は数多く存在する。菊池だって、その幾つかを用いている。
だが楽奈には、その一切が通用しない。今までに見た事も無い、常識破りな技巧の数々は最早何をしているのかすら分からない。
「なんで──ー!」
あれだけ誇りにしていた早弾きや高速のリフ捌きも、この音の前では単なる騒がしいだけの飾り。どれだけ菊池が取り繕っても届かない場所に、楽奈は唯一人で立っていた。
「なんでだよ──!!」
楽奈を前にして、今まで積み重ねて来た何かが壊れる音がする。焦燥、悔しさよりも先んじて、真っ黒な絶望が意識を覆う。
最早、疑いようすらも無い。
「なんで──ーお前なんだよ」
楽奈は──ー本当の天才だった。