BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
「……」
最近、バンドの空気がどこかおかしい。いや、単におかしい、では済まされない──黒崎は壁にもたれ、無意識に眉を寄せる。
すっかり行きつけとなってしまったRingの練習スタジオ。合わせは一旦区切りを迎え、休憩時間の緩い空気が周囲に充満している。だがそんな中で、練馬は不穏な足音が確かに聞こえていた。
「クソッ……あの猫女のはこんなんじゃ……!!」
例えば、菊池は以前よりもやけにソロやアレンジを挟みたがるようになった。元々アドリブ癖はあったが、今はそれが過剰に悪目立ちして、曲の流れを断ち切る事がしばしば増えている。
「……さぁて、今度は何を投稿しようかな」
八神は逆に、音がやたらと固くなった印象だ。普段の柔らかい旋律は影を潜め、今は何処か機械的な不自然さがある。しかも本人自体が、それを意識して弾いているようで、余計に違和感を増幅させていた。
「ふぁ~、眠ぅ……」
朝日奈はいつもと変わらないふうを装っているが、明らかに前より音に込められた熱が足りない。それに練習中にふと見せる醒めた視線が、胸に冷たいものを落とす。
──―と言うように、最近入ったばかりのメンバーの様子に異常が際立っている。だが、誰よりも一番様子が可笑しいのは。
「フンフフンフ~ン!!」
明らかに浮かれている、
「おい練馬。今回は何を企んでやがる」
「あぁ分かっちゃう? 分かっちゃうかぁ! そうだよなぁ!!」
経験上、こういう時は大体ロクでもない事を企んでいる。手遅れとなる前に問い詰めてみる。すると待っていましたとばかりに、練馬自らが進んで絡んで来た。
「いやぁ本当は後で伝えるつもりだったんだけどよぉ! そんなに気になるんならしょうがねぇよなぁ!!」
「良いからサッサと教えろ。お前をドラム代わりにしてぶっ叩くぞ」
「それはマジで止めて! ケツで16ビートとか刻まれたら死ぬから!?」
スティックを突き付けると、それでもやや勿体ぶるかのような仕草で、練馬が自分のスマホの画面を見せつけて来た。
「ん? 合同ストリートライブの告知じゃねぇか?」
「そうそう! 毎年屋外ホールでやってるアレだよ!!」
練馬が見せつけて来たのは、毎年この地域で行われている、自由参加型の合同ストリートライブの告知HP。自治会が主催している割には規模が大きく、一時期はテレビでも取り上げられた事がある有名イベントだ。
「……お前、まさか」
「そう、そのまさかだぜ!」。
明らか浮かれポンチなご機嫌、突然見せられたライブの告知──―そして何より、この馬鹿の無駄に凄い行動力。そこから逆算して考えられる事は。
「お前、このライブに勝手に申請しやがったなぁ!!」
「流石黒崎! 大正解だぜ!!」
この馬鹿、無断でライブを決めやがった。
「いやさぁ! 俺らもバンドに大分馴染んで来たし、そろそろライブしてぇだろ? で、初ライブだから折角だし、デケェ所でしてぇなぁって思ってたら、偶々このライブのポスター見かけてよ! そんで、この前試しに応募してみたら、さっき当選通知が来たんだぜ! やっぱツイてんな俺!!」
練馬がはしゃいだ様子で次々と経緯を捲し立てるが、黒崎としてはそれ処ではない。
黒崎は頭痛が酷い額を抑えて目を伏せる。何度も勝手な行動には悩まされてきたが、今回のは今まで以上だ。
確かにバンドとしての実力だけで言えば問題ない。だがよりにもよって、メンバーの様子がマトモではない今、こんな規模の大きいライブに参加するなど、賭けにすらならない。
「おい練馬! それは流石に「良いんじゃないかな」ッ! ……八神!!」
「ごめんね、横から話に入らせてもらっちゃって。でも僕としては賛成かな」
止めようとするも、その前に八神に横から口を挟まれてしまう。相変わらずの貼り付いたような笑みをしているが、今日に限っていえば、その印象が一層深くなっている。
「どうせライブをするなら大きい舞台の方が良いよね? そっちの方が映えるし、何より
笑顔の裏で何を考えているのか分からないが、その言葉はどことなく薄っぺらく聞こえる。まるで台本でも呼んでいるかのようだ。
「だよな! やっぱりデッカイ所の方が良いよな!! 菊池もそう思うだろ!」
そんな事にも気づかず、同意を得て調子に乗った練馬が、八神だけでなくスタジオの隅でギターを弄っていた菊池にまで話を広げて来た。
「……良いッスね! 『天才』の俺にはピッタリのステージじゃないッスか!!」
「あのなぁ菊池。お前がそういう反応すんのは分かってたけど、もう少し考えて」
「何言ってんスか黒崎先輩! 『天才』の俺ならどんな所でも完璧に演奏できるッスよ!!」
半ば叫び声のように押し切ろうとする菊池──―それは何時もの自信過剰からというより、何か焦りからのような必死さがうかがえる。
「……」
「朝日奈。お前も黙ってないで何か言えよ」
「良いんじゃない別にぃ。まぁ何とかなるでしょぉ」
「……お前まで」
朝日奈が視線を宙に浮かしたまま、至極適当そうに応える。表面上は変わらないように見えるが、流石に此処まで適当では無かった筈だ。
黒崎の耳に、嚙み合わない歯車が軋むような音がひしめく──―このままでは、何時か取り返しの付かない事が起きると、そう暗示するかのように、心臓の鼓動が早くなる。
だが、そんな事、言える筈が無い。
「……わか、った」
ようやく叶った夢──―失意の底に堕ちて尚、再び取り戻してみせた親友の夢。それがもう一度壊れようとしているなど、言える筈がないだろうが。
「それじゃあ決まりだね。早速準備しようか」
「良いッスね! 曲は何やるんスか? 出来ればギターが目立つ奴が良いッス!!」
「決めてねぇ! でも『後で決めます!』って書いたし大丈夫だろ!」
「寧ろそれで良く通ったねぇ~。まぁ何でも良いけど」
賛成した皆の間で、早速準備の話が始まる。最初は曲決めから始まり、フォトの構図、演出のアイデア、セットリストの案──―時折笑い声が混ざっては、雑談が繰り広げられる。
そんな中で、黒崎だけは輪の外で立ち尽くし、練馬達の会話を聞きながら、一人黙って口を閉じていた。
何故なら、黒崎にはその資格はないから。いずれ崩れる幻想の夢だと知っていながら、そこから目を逸らした人間が、今更何か言う事など出来ない。
だがそれ以上に。
八神達と笑いながらライブを語る練馬を見ていると、胸の奥が棘に刺されたように痛くなる。まるでお前の居場所は無いと、見えない誰かに指を指されているような気がしてならない。
「お前は……」
喉まで込み上げて来たその言葉を、黒崎は強引に飲み込む。
それを言ってしまったら最後、きっともう戻れなくなる。