BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
歌えないまま、最後まで演奏が終わった時、練馬が感じたのは観客席からのどよめきと、内側に渦巻く泥のような重苦しい渦だった。
演奏が背中から降ってきた瞬間、練馬は見えなかった。最初に5人で合わせた時のような高揚感も、衝撃も──あの時にハッキリと掴んだ夢すらも、何も見えなくなった。
ただ、そこにあったのは喉が詰まらせる息苦しさ。雑音にしか聞こえない四つの音がグチャグチャに混ざり合って、呼吸さえも出来なくなるような不協和音に、練馬は言葉の一つも出すことが出来なかった。
「──おい」
刃物の鋭く尖った黒崎の言葉が、静まりかえったステージ上の空気を切り裂く。
「テメェ、何やってんだ」
──当たり前だ。ステージに立って歌えないボーカリストには、叱責の一つくらい無きゃ可笑しい。練馬は笑って誤魔化そうと唇を。
「何やってんだって聞いてんだ! 八神ぃ!!」
だが、それは練馬へじゃなかった。力任せにドラムをスティックに叩きつけた怒りは、黒崎の叫びは、平然とした顔の八神に向けて放たれた。
「何がかな」
「惚けてんじゃねぇぞ!
「そんな事ないさ」
憤る黒崎に対して、八神は全くと言って良い程に平然としていた。
そう、本当に。予め決められた台本でもなぞるかのように平然と。
「僕はいつも通りだよ」
「やっぱテメェ!」
「まぁまぁ、落ち着いて先輩! そんな怒る事じゃないッスか!!」
今すぐぶん殴りかねない勢いで立ち上がろうとする黒崎を、寸前の所で菊池が抑えに掛かる。しかし、黒崎はその手をも振り払い、寧ろ八つ当たりのように菊池の胸元を掴み上げた。
「お前もだ菊池! さっきのギターは何だよ! アドリブばっか入れやがって! 1人でやってんじゃねぇんだぞ!!」
「ッ! 先輩に『天才』であるギターの何が分かるって言うんスか! 先輩だってリズムもへったくれもなくドラム叩いて楽しいッスか!!」
黒崎と菊池の言い争いが段々と激しくなっていく。しかし誰も止めようとさえしない。
このメンバーでバンドを始めた練馬自身が、本当なら止めるべきなのだろう。でも──
「歌えなかった癖に、止める権利があるのかって思っちゃったぁ?」
「あ、朝日奈!?」
いつの間にか隣に居た朝日奈が、練馬の心を見透かしているかのように耳元で囁く。
「そうだろうねぇ。練馬君には止められないよ。現実から目を背けて、夢しか見えないフリをしていた君じゃぁ、どう言えば良いか分からないもんなぁ」
「ち、ちがっ……お、おれは」
勝手に口から言い訳が出てしまう。まるで心が認めてしまっているように、上手く舌が回らない。
そんな筈はない。きっとこの5人なら最高の音楽を、いつかデッカいステージの上で出来るって、あの時に──
「あのさぁ、最初に俺達が合わせた時に、君が何を見たのかは知らないけど」
でも、朝日奈の突きつける現実が、嫌がおうにも植え付ける。
「君の見た夢の最果てが、此処だよ」
あの日見た夢は、ただの幻だったと言うことに。
練馬を覆っていた夢を洗い流すかのように、いつの間にか雲に閉ざされた空から、大粒の雨が降り始めた。
『豪雨により、今日のリハは中止させていただきます! まだリハをしていないバンドグループは後日──』
中止のアナウンスが、スピーカー越しの割れた音声で、激しい雨音の隙間を縫って聞こえてくる。目の前は土砂降りの雨に降られて一寸先すらも霧のように見えなくなっている。
そんな豪雨の檻に囲まれた練馬と黒崎は、屋根付きベンチに座って、ただ押し黙っていた。
既に他の3人は先に帰った。それぞれが色んな反応を見せたが、結論として出たのは「このままじゃやっていけない」の一言だった。
「当たり前、だよなぁ」
練馬はワザと雨音に消えるような声で呟く。大勢の観客が見ている中で、あんな大喧嘩をしたら、誰だってそんな結論にもなる。
「……なぁ、練馬」
目を俯かせたまま、黒崎が尋ねる。
「まだ……アイツらと続ける気か。バンドを」
「……あぁ、続ける。続けたいんだ」
若干の迷いはあった。しかし、練馬はハッキリと答えた。確かに、今のバンドはもう──音が重なっていなかった。
それでも初合わせの時に見えた夢の景色は、5人じゃなければ叶わない。こんな事になってもそう信じているから、未だ諦めたくない。
「……じゃあ、俺は此処までだ」
──―だけど、また一人。たった一人の親友までもが離れて行く。
「黒崎ッ! どうして!!」
「夢じゃなかったのかよ!!」
練馬が訳を聞こうとすると、豪雨の雨音の中でも響く黒崎の怒声が弾けた。
「一生音楽やるって、いつかデッカい舞台の上で、俺達だけの音楽をやるって、お前言ってたよな!」
黒崎は怒りに身を任せたように、詰め寄る様に早口で捲し立てる。だけど、そうである筈なのに、目の端からは雨のせいじゃない水が零れ落ちる。
「だけどなぁ! お前だって分かってんだろ! アイツらとじゃあ一生は出来ねぇ! デッケぇ舞台にだって立てねぇし、歌う事だって出来ねぇ!! それでも続けるって事は、夢を諦める事と変わりねぇじゃねぇか!!」
──―あぁ、そうだったな。練馬は今更ながらに思い出してしまった。黒崎を誘ったあの日から、自分の夢はもう自分達の夢に変わっていた事を。
それなのに、新しいバンドメンバーが増えて、夢への現実味が一気に増して、きっと練馬とは違って不安だったに違いない。
かつて、練馬が自分一人だけ夢を追いかけていた時のように、このメンバーで本当に夢をかなえられるかって。
だから黒崎からすれば、既にバラバラになってしまったバンドを、もう一度続けたいなんて言うのは。
「お前にだけは……マジで夢を語ってくれたお前にだけは! 裏切って欲しくなかったんだよ……それが俺の夢でもあるんだからよ!!」
練馬自身が、二人の夢を裏切っている事に違いない。
「黒崎……」
「止めんな! 今はもう……何も言うんじゃねぇ……!!」
呼び止める言葉も持たず、練馬は黙って豪雨の中を傘も差さずに、屋根の外へと飛び出す黒崎を見送る。
土砂降りに叩かれて泥を跳ね上げる黒崎の背中は、遠く、届かないものに見えた。それこそもう、一生手が届かないと思うくらいに。
「どうすりゃ、良いんだよ……」
誰も居なくなったベンチの上に倒れ込み、重苦しく閉ざされた空を見上げる。
雨は相変わらず止みはしない。己の中に芽吹いた疑心暗鬼もだ。
本気で夢を叶える為に突っ走っていた筈だった。今度こそ出来るとだって信じていた。でも、それだけじゃ足りなくて、結局また夢は、バンドは脆く崩れ去ってしまった。
だからこそ、練馬はもう二度と晴れないであろう雨雲に手を伸ばし、一人問い掛ける。
「俺は、間違ってたのか……?」
空は、何も答えてはくれない。