BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
『天才』を自称するようになったのは、何時からだっただろう。
そんな事を思い返す日が、菊池には半年に一回ぐらいの頻度である。
『凄いねぇ! もうFコードを弾けるなんて天才ね!』
思い出す都度に浮かぶのは、小学生の頃に通っていた音楽スクールで、先生からFコードを始めて弾けた時に掛けられた言葉だった。
それまでの菊池は、今のように『天才』なんかじゃなかった。特別運動神経は良くも無く、勉強だって大して出来ない、何処にでもいるような唯の脇役に過ぎなかった。
でも、Fコードを人前で弾いた瞬間、教室に居る誰もが、菊池に対して羨望の眼差しを向けた。菊池は何処にでも居る脇役ではなく、『天才』として初めて主役に成れたのだ。
無数の眼差しを独り占めした菊池は、そこでようやっと理解した。将来、何となく大多数の中に塗れて生きると思っていた自分であっても、『天才』ならば主役にだって成れるという事に。
それからの菊池は『天才』になった。
『天才』として、常に自信がある振る舞いを心がけ。
『天才』として、相応しい実力を備える為に何度も弦を弾き。
『天才』として、誰にも弱音を見せる事は無かった。
すると、どうだろうか。『天才』である菊池の元には、多くの人間が集まり、一度ステージに上がれば、何時でも主役に成れた。
だから菊池は「天才」だ。それはこれからも変わらないはずの事実だった。
それなのに……。
『クソッ! またっ……』
菊池は荒い息を吐きながら、右手で弦を掴むように弾き直した。音は擦れ、予想した音程には一度で収まらない。ライブハウスの狭い練習場の中に、同じフレーズの失敗が七回、八回と繰り返されていく。
「なぁ、どうして上手くいかないんだよ……」
傷だらけになった自分の指を見つめて、思い出すのは、ライブハウスで見た楽奈のギターの音色。
観客席から見えたそれは力任せではなく、まるで音を“引き出す”かのように滑らかで、菊池にはない、自然と誰もが聴き入る何かにあった。
そして、あの演奏を見てから。菊池は胸のどこかで、今まで覆っていた確信がヒビ割れ始めた。
──―俺は、本当に天才なのか?
自分は確かに『天才』の筈だった。だが楽奈のそれは違って見えた。
菊池が今まで練習したフレーズや指捌き、リズムの取り方、そのどれもにも当てはまらない自由な弾き方。それなのに自然と音に嵌り、元の通り以上の演奏へと化けさせる実力。
それを考えてしまえば、自然と一つの結論に行きついてしまう。
「本物……」
楽奈は“本物”だ。菊池のような紛い物の『天才』ではなく、型になど当て嵌らない真の才能を持っている。
だが──認める訳には行かない。認めてたまるか。
「俺は天才、でいなきゃいけないんスよ……」
菊池は天才で無ければならない。そうじゃないと、また何物にも慣れない唯の脇役に戻ってしまう。そうなれば、自分の周りに居る人間だって離れて行くかも知れない。
何よりも、今まで守り続けて来たこの主役の座が、唯の張りぼてだったなんて、信じたくなかった。
「……まだ、だ。まだこんなんじゃ足りない……!」
もう一度ギターを構え、豆が潰れて血が滲む手で弦を爪弾く。
──―信じない為に、今まで胸を張り続けて生きて来た人生が、虚像では無いと証明する為に、菊池は楽奈を越えなければならない。
迷走していることだって自覚している。楽奈以上の音を奏でたくて、出鱈目なフレーズになっている事だって十二分に分かっている。
だがそれでも、菊池は止めることはできない。歩みを止めた瞬間、本当の自分は天才ではないと証明してしまう事になってしまう。
そうして何度も、何度も同じフレームで躓いては繰り返し続ける。
そして、まるで延々と届かない星に手を伸ばすように、時間だけが過ぎていった。
二話連続で短めですが、次話は少し長めとなります。