BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
バンドが空中分解してから、もう二週間が過ぎたのだろうか。
その間、放課後の旧音楽室に足を運び、下校のベルが鳴る直前まで、ただそこに居続ける──そんな虚ろな日々を、練馬は送っていた。
「いい加減、諦めた方がいいのか……」
誰かが戻ってくるかもしれないという、薄い期待を捨てきれない。捨ててしまえと言われても、その言葉は腹の奥で反芻されるだけだ。
初合わせの時に見えたあの夢の光景を、幻だったと自分に言い聞かせれば、楽になれるだろうに。だが、その楽さを選べない自分が、練馬はどうにも嫌になる。
──―リハの直後に解散したあの時から、昔へと還るような感覚が、いつも背後にある。最初の仲間たちが離れていき、夢は薄く、憧れは乾いていった。胸の奥には、消えかけた残り火が赤く焦げ付いていて、練馬を責め立てる。
夢を見たからこそ味わう、空虚と痛み。捨ててしまえば楽になると頭では分かっているのに、手放せない癖が自分を締め付ける。
だったらもういっそ──。
『キーンコーンカーンコーン』
そこまで考えた所で、旧音楽室の中にひび割れたチャイムの音が鳴り響く。外はもう夕暮れで、教室の窓から射し込む光は冷え、夜の影がゆっくりと忍び寄っていた。針の進む音が、部屋に小さなリズムを刻む。
針時計に目を寄せ、練馬は知らず知らず息を吐いた。最終下校時刻が迫っている。
「そろそろ、帰るか」
机に放り出していた鞄を肩に掛け、出口へと歩みを進める。取っ手に触れた瞬間、練馬はふと決めた
そうだ──これで終わりにしよう。
この場所から始まったものは、何度も大げさに夢を紡ぎ、そしてことごとく瓦解した。思い出が疼くなら、その記憶ごと断ち切ってしまえばいい。
練馬はそう思い、二度と振り返らない覚悟で扉を押し開けようとした。
──―その時、ポケットの中で小さな震えが走る。スマートフォンのバイブレーションが、紙一枚ほどの衝撃で手元に伝わった。
扉の外へ出る前に、ついスマホを取り出して、画面に視線を落とす。
表示されていたのは、LINEの通知。差出人の名を見て、彼の胸に一瞬、奇妙な温度が走った。
「燈ちゃん、から……」
画面には、短い一文だけが静かに浮かんでいた。『Ringに来て』──それだけの、しかし確かな宛先を示す言葉だった。
正直に言えば、燈からの誘いだと分かっていても、行くか否かを決めるのに練馬は迷っていた。
燈は──同時に、鎖でもあった。彼女の歌声に触れたことで、練馬はもう一度「夢」を追い掛けてしまった。あの熱狂で再び壊れる苦しみを味わうかもしれないと想像するだけで胸がざわつく。
関わり続ければ、この苦しみに燈まで巻き込んでしまうのではないか。だから本当は、会わない方が良いのかと思っていた。
それでも、足は勝手に動いた。賑わう帰り道の雑踏を抜け、Ringへ向かう人の流れに半ば流されるようにして歩く。理由を深く考える気はない。未練深い自分を、練馬はもうよく知っていた。
言葉にして燈へ告げるまでは、きっとずるずると引きずるだろう──そう思っていたからこそ、ここで区切りをつけるつもりだった。
練馬は燈に最後の言葉を渡す為に歩く。自分の苦しみが燈の大切なもの──MyGO!!!!! の灯火まで潰してしまうなら、練馬は自分から手を引く。せめて自分一人で暗闇へ落ちればいい。
そんな理屈を何度も反芻しながら、練馬はいつの間にかRingの前に立っていた。
自動ドアをくぐり、中の様子を窺う。しかし、営業中のカフェスペース辺りなどを見渡すが、そこに燈の姿は見えない。入口前をそわそわと歩き回っていると、受付の円香が気づいて手を振った。
「あっ、練馬くーん。こっちだよー」
「円香さん、こんちわっす」
「噂は聞いたよー。リハで色々あったんでしょ?」
軽やかな声と、ぽんと当てられる視線が、練馬の胸に小さな棘を突き立てる。屋外ホールのライブにはRingも関わっている、リハの時にあった喧嘩の話も知っているだろう。
「その……迷惑かけて、すみませんでした」
「気にしなくていいのよ。バンドやってれば、喧嘩なんて一つや二つあるもの。でも、周りに迷惑はかけちゃだめだよ」
「……はい」
大人の当たり前に苛まれ、練馬は言葉を返せない。冷静に見れば、リハで歌えずに、しかも大喧嘩したとなれば、謝るべきに違いない。
「それとね、あとで燈たちにもちゃんと謝りなさい。みんな、練馬君のことを心配してたんだから」
「燈ちゃんたちが……」
心優しい燈一人なら理解できる。だが、立希や長崎まで心配していたと聞けば、練馬は顔を顰めてしまう。普段は素っ気ない二人まで心配を掛けさせてしまったと思えば、更に胸が痛くなる。
そこで円香は、にやりと笑って名札つきの鍵を差し出した。
「はい、これ」
「これって……ライブスタジオの鍵?」
「今日は貸し切りだからね。さ、行って行って。あの子たちが待ってるよ」
鍵を握らされ、背中を押される。Ringがスタジオをまるごと抑えるなんて、受付の無茶としか思えない。けれど、押しの強さに逆らえず、練馬は扉に向かう。
いつもは開け放たれているはずのスタジオの扉は、思いのほか重かった。腕に力を込め、内へ踏み込むと、観客の座席は静寂に沈んでいた。
誰も居ないフロアの空気が、彼には新鮮に感じられる。微かな埃と機材の匂いが鼻腔をくすぐる。足音を鳴らしながらフロアの中央まで進むと、無意識のうちに練馬は中央辺りで足を止めていた。
そこは、初めてMyGO!!!!! の演奏を聴いた場所──―その日は群衆に囲まれていて、良い位置など到底取れなかったが、今は誰もおらず、全体を見渡せる、得難い特等席だ。
「何が始まるんだろうな……」
ぼんやりとステージを見つめていると、控えめな『カチリ』という音が静寂を裂いた。押されたスイッチに応じて、暗がりの上に淡い光が走る。スポットが一つ、また一つと灯りを増していき、舞台はゆっくりと姿を現した。
そして、ライトの輪の中に立っていたのは──燈だった。手にはマイク、視線は前を向き、その周りには愛音、立希、長崎、楽奈の姿が揃っている。MyGO!!!!! の五つの輪郭が、ステージを満たしていた。
「燈ちゃん……それに、みんなも……!?」
「──―聞いてください」
呆気に取られる練馬にも構わず、燈を口上も無しに、いきなり息を吸う。
そして、今から歌う曲の名前を、吐き出すように口にした。
「『灯詩光』」