BanG Dream! It's MyGO!!!!!×Re・Load 作:ビンカーフランス
──ー午後の光が差し込む池袋のカフェ。ガラス越しの人通りと車のざわめきが、店内に静かに溶け込んでいる。
果たしてその内、どれくらいの人間が自分の事を知っているのだろうか──ーそんな事を思いながら、八神は窓から視線を戻して愛音を見る。
「また会おうって、そっちから連絡くれて嬉しいよ、愛音ちゃん」
「私も嬉しいです、八神さん」
前に会った時の浮かれ具合とは違い、今日の彼女の表情は真剣味を帯びているように見えた。
「で、僕に用かな?」
「どうしてバンドを辞めたんですか?」
想定内の問いに、八神は肩をすくめる。どうせバンドを空中分解した時から、いずれ誰かに聞かれる事は予想できた。
「音楽性の違い。よくある話だよ」
「嘘ですよね」
愛音の視線が、笑顔の奥を射抜く。まるで糾弾でもするかのような、ハッキリとした
それでも八神は表情を崩さないまま、肘掛を強く握った。
「本当さ」
短い否定で返す。だが、その声は自分でも乾いているように感じる。まるで自分はそう思ってもいないとでも言いたげだ。
──―すると、愛音は静かに言葉を重ね始めた。
「分かるんです──ー私も、同じような経験があります」
ピクリと──ー八神の身体が、愛音の言葉に反応した。
「見栄を張って、嘘を重ねて、ばれないように固めて……最後には自分でどうにもならなくなって」
八神の胸に、冷たい感覚が走る。まるで自分の事のように、胸に針が刺さる。
その痛みを八神は知っている。嘘を重ねた仮面を無理やり剥がされるような痛み──ー何故、それが今になって起こるのだろうか。
「そう言うのって、苦しくないですか?」
「……苦しい訳ないでしょ? だってこれが僕なんだから。
八神は視線を逸らす。すると、愛音はコーヒーカップ両手で包み、カフェオレを一飲みする。
「……八神さんの事、最初はすごくおしゃれで、優しくて、かっこいい人だと思ってました」
その通りだ。八神という人間は完璧で、カリスマ性に溢れる人間だと、誰もが仮面の外側を本物だと信じている。
「でも今は分かります。本当は、強がってるだけだって」
──―だが、断言するようなその一言で八神は思い知る。愛音は仮面の外じゃない、八神でさえも知らないその内側が覗き込もうとしている。
すると、たった一つの疑問が八神に過る。
「どうしてそこまで踏み込むの? 自己満足?」
今まで、誰も外面だけを見て満足していた。それなのに、今目の前に対峙する少女は、八神の奥底まで見透かそうとしている。
だが、それが一体何のためになる? 綺麗な外面なんかよりも何もない空虚な中身を見て、一体何になる。
「はい、自己満足です」
そして返って来たのは、さっぱりとした、迷いのない答えだった。
「私は、友達に救われました。居場所ができて、自分を嫌わなくなって……毎日が楽しくなったんです」
羨望が喉元までせり上がるのを感じて、八神は飲み込む。もしかしたら、そんな人間が居れば、きっと何かが変わっていたかも知れないと、暗に心の中で考えてしまう。
そんな浅ましい羨望を見透かしているように、愛音は、決意したような瞳で八神を見据えた。
「だから決めました。困ってる人がいたら、手を差し伸べようって。そうすれば、自分ももっと好きになれるから」
誰かのためじゃなく、自分のために生きる。身勝手で、人として当たり前の事実に、八神は呼吸をも忘れた。
どうしようか──―目の前の、見栄っ張りで嘘つきで、まっすぐな少女を見ていると、昔の自分が蘇ってくるようだ。
ギターが好きで、誰かを喜ばせたかった、何処にでもいる少年の自分。そんな昔の自分は、とうに心の奥底で埋もれていた筈だ。
でもどうしてか──ー目を逸らした先の窓ガラスには、昔の自分が映り込んでいる。また、あの頃のように笑って、ギターを弾いている景色さえも見えてしまう。
「……もし、本当の僕を見た時、君はどうする?」
「別に。八神さんは八神さんですから」
その言葉に、仮面が崩れて、本当の笑みがこぼれてしまう──ーもっと早くに出会えれば良かったのに。表も裏も関係ない、1人の人間としてみてくれる人間に。
「みんな、君みたいに真っ直ぐならいいのに」
仮面の内側から溢れた声に、愛音は首を傾げて笑った。
「それなら、すぐ近くにいますよ」
そう言われて浮かぶのは──ー何故だろうか、もう失ったバンドの記憶。
真っ直ぐに夢を語る練馬と、それを笑って聞いていた仲間たち。
今考えれば──ーあの時、誰も仮面なんて求めていなかった。カリスマとかインフルエンサーとか関係なく、ただギターを弾ける仲間として、練馬達は真っ直ぐに見ていた。
だから、あの瞬間だけは本当の自分でいられたのかも知れない。
だけど、壊れた──ーいや、壊してしまった関係は、もう2度と戻らない。
「また……みんなに会いたいな」
零れた本音と共に、カップの中身を啜る。そんな事を言っても、この冷めたコーヒーのように、元に戻らないというのに。
「まだ、戻れます」
すると愛音が自分のスマホを操作して、LINEに何かを送り付けた。
「練馬君が、そう信じてますから」
そこには作りかけの歌詞のような、文字の羅列が書かれていた。