Phase 1「呪縛ノ勲章」
-コズミック・イラ- C.E.73年
世界は再び、混迷という名の激流に飲み込まれていた。
ジブラルタル基地を叩く雨は、もはやカーテンのように視界を遮り、天を裂く雷鳴は、死神の足音のごとく大地を震わせている。その豪雨の中を、1人の青年が駆けていた。まるで誰かに追われてるかのように・・。
「・・・。此処に居ては行けない・・!!議長は俺を消そうとしてる・・。」
肺を焼くような熱い吐息が、冷たい雨に混じって白く消え、背後からは特殊暗殺部隊の冷徹な気配が迫っている。彼の足音が雨の音で消されながらも、巨大な格納庫へ向かっていく。
※※※※※
彼が属してた軍の最高評議会の長の男性から“F.A.I.T.H ”への任命・・。それはエリート中のエリートのトップエリートの称号。その胸許で光る証は、今や彼を縛りつける呪いでしかなかった・・。
信じていたはずだった……。あの言葉を、あの理想を!!
議長の語る「戦いのない世界」。それを実現するために、自分は再び軍服を纏った。だが、現実はどうだ?その理想の裏側では、言葉巧みに人々を操り、異を唱える者を闇に葬る、冷徹な独裁の歯車が回っていた。
親友が自分の部下によって討たれてしまった。そこから全てが狂い出してしまったのかもしれない。
部下である少年が勝ち誇ったかのように、親友を打ち倒したことに歓喜の声を瞬間、何かが音を立てて崩れ去った。
『やりましたよ隊長!!あんな奴、死んで当然なんですよ!!』
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許せない・・!!許せない・・!!許さない・・!!
許せない・・!!ふざけるな!!・・ふざけんな!!
許さない・・!!俺の親友を嘲笑う・・!!お前を・・!!
アイツはお前を殺そうとはしなかった!!戦いなんか望んでなかったんだっ!!
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少年の歪んだ笑顔が、今も脳裏に焼き付いて離れない。気がついた時、震える拳で少年の頬を撃ち抜いて突き飛ばしてた。それ以降、彼と少年との関係性に亀裂が走り、次第に彼は組織内で孤立した。もう1人の部下だった少年は議長との特別な関係があった。その少年の密告により、彼は“反乱因子”と断罪されたのだった。
※※※※※※※
「……逃げるんだ。生きるために・・!!」
自ら奮い立たせるように呟きながら、基地の深部である格納庫の入り口へ辿り着く。格納庫内は、雨音を弾く金属の反響で満ちていた。
天井まで届く重厚な柱の影に身を潜め、青年は拳銃を構えながら辺りを確認する。最新鋭の機動兵器が整然と立ち並ぶ中、彼の視線は一機の蒼い機体に釘付けになった。
「逃げるにはコレに乗るしかないか・。」
青年はその中で蒼い機動兵器に目をつけた。背部に巨大なフライトユニットを備えた、大気圏内での高機動格闘戦を想定した最新鋭機。これならば、この悪天候の中でも基地の防空網を突破し、長距離を離脱できる可能性がある。
決意を固め、デッキへと足をかけようとした、その時・・。背後から微かな“音”がし、戦闘本能が警報を鳴らす。
「誰だ!?」
電光石火の動きで振り返り、銃口を闇に向ける。引き金にかかった指に力がこもる。暗殺部隊のエージェントならば、迷わず撃つ。それだけの覚悟はできていた。
だが・・・、
「アスランさん・・・。」
震える声と共に、ライトに照らし出されたのは、見覚えのある赤髪が特徴の少女だった。常に孤立しがちだったアスランを、通信士として、そして一人の少女として支えようとしてくれた心優しい同僚。
「メイリン……!? なぜここに!」
驚愕に目を見開くアスラン。彼女は先ほど彼が拘束を逃れる際に手助けをしてくれたはずだったが、よもや自分を追って、ここまで来るとは想像もしていなかった。
「早く離れろ!!君まで巻き込むわけにはいかない……!!ここに来たのがバレれば、君も反逆者として……!」
「わかっています!!でも……!」
メイリンは、アスランの銃口を恐れることなく、一歩前に踏み出した。その瞳には、かつて見たことのない強い意志の光が宿っている。
「私も、行きます。アスランさんと共に!」
「何を……っ、馬鹿なことを言うな!」
アスランの叫びは、雷鳴にかき消された。
だが、メイリンは一歩も引かない。
「議長も、シンも、レイも……今のザフトはどこかおかしいです。アスランさんを殺そうとするなんて……そんなの、間違ってます!!私、もう自分の席には戻れません。戻りたくありません!」
彼女の手が、アスランの腕に触れる。その指先は小さく震えていたが、握る力は確かだった。背後から、重い軍靴の足音が響いてくる。ついに暗殺部隊が格納庫に到達したのだ。
「……くっ、メイリン、本気か?」
「はい!!」
アスランは苦渋の選択を迫られた。彼女をここに残せば、良くて終身刑、最悪の場合は消される。連れて行けば、この先の過酷な逃亡生活に巻き込むことになる。だが、迫る足音に、迷っている時間は残されては無い。
「……死ぬなよ。絶対に!!」
アスランは彼女の手を引き、蒼い機動兵器のコクピットへと跳んだ。
ZGMF-2000 グフイグナイテッド
通称“グフ”と呼ばれる
コクピットに滑り込むと同時に、アスランは慣れた手付きでコンソールを叩く。OSが起動し、モニターに視界が広がる。
「メインシステム、起動!!メイリン、しっかり掴まっていろ!!」
「はいっ!」
しかし、その時!!格納庫の入り口には、既に武装した兵士たちがなだれ込んでいた。
「そこまでだ、アスラン・ザラ! 投降しろ!」
拡声器を通した声が響くが、アスランはそれを無視してスロットルを押し込んだ。グフの機動エンジンが咆哮を上げ、機体が激しく振動する。
機体各所のロックが強制解除され、蒼い巨躯がデッキから滑り出した。
「どけえっ!」
アスランはグフの胸部機関砲で威嚇射撃し、迫り来る兵士たちを散らす。格納庫のシャッターを強引に突き破り、雨の荒野へと飛び出した。
『目標補足!!逃すな!!撃てっ!!』
基地に配備されていた“ザクウォーリア”たちが一斉に砲火を浴びせてくる。視界を覆うほどのビームの光条。
「アスランさん!!」
「大丈夫だ、当たらせない!!」
アスランの神速の操縦が、グフをダンスでも踊るかのように回避させる。ザクたちの追撃を振り切り、激しい雨に叩きつけられる海上の空域が静かになり難を逃れたと思った。
しかし・・・・・真の絶望は空から舞い降りた。
『隊長!!まさか本当に、裏切るつもりなんですかっ!!』
雷鳴を切り裂き、苛立ちに満ちた通信がコクピットに響き渡る。
分厚い雨雲を割り、真紅の灼熱の翼を広げたのモビルスーツが姿を現した。
ZGMF-X42S デスティニーガンダム
シン・アスカ。かつての部下であり、オーブ出身の少年が憎悪を剥き出しにした瞳で迫る。デスティニーは、その掌部ビーム砲「パルマフィオキーナ」を生成し、一瞬にしてアスランのグフのスレイヤーウィップを焼き切る。
「シン……!!よせっ!!止めるんだっ!!」
「隊長こそ!!そんな馬鹿げた事今すぐ止めてください!!軍を裏切るなら俺が・・・俺が隊長を討ちます!!」
デスティニーの拳が、グフの左肩部を掠める。
衝撃がコクピットを襲い、メイリンの体が大きく揺れた。
「シン!!冷静になれ!!お前は議長の言葉に操られているだけだ!」
「操られてなんかいない!!俺は・・俺の意志で戦ってるんだ!!」
シンの咆哮と同時に、デスティニーは背部の高エネルギービーム砲を抜き放ち、グフに向けて連射する。
アスランは回避に専念するが、デスティニーの圧倒的な機動力とシン自身の荒々しいまでの執念が、グフをジリジリと追い詰めていく。
そして、もう一機。雲を割り、雷光を背負って現れたのは、グレーの色を纏ったドラグーンを備えた機体の姿が・・・。
ZGMF-X666S レジェンドガンダム
『……残念ですよ、アスラン・ザラ・・。やはり貴方は、デュランダル議長の描く未来を理解できなかった。』
冷徹な通信がコクピットに割り込む・・・。
レイ・ザ・バレル。かつての部下であり、今は議長の忠実な処刑人となった少年が、アスランの逃走を完全に阻むように、デスティニーと挟撃体制をとった。
「レイ……!!お前まで……!」
『議長の意志は絶対です。貴方のような揺らぐ者は、未来には不要。』
レジェンドの背部のドラグーンが砲口が一斉にグフに向けられて放たれる・・・。高出力ビーム攻雨と雷光の中で幾条もの光の軌跡を描き、グフに襲いかかる!!デスティニーは、そのビームの嵐を縫うように突進し、アスランの逃走経路を断つ。
「アスランさん!!」
「くっ……! メイリン、システムを補助してくれ! このままでは、抜けられない!」
激しいGがメイリンを襲う。それでも彼女は、震える手でサブコンソールを操作し、グフの出力を限界まで引き出した。
アスランは、デスティニーとレジェンドの猛攻を紙一重でかわしながら、唯一の突破口を探る。だが、二機の連携は完璧だった。
「戻ってこいよ!!本気で逃げられるとでも思っているのか!!アンタは!!」
シンの憎悪に満ちた声。
デスティニーのビームライフルがグフの左脚を掠め、機体が大きく傾く。バランスを崩したグフに、レジェンドのドラグーンが追い打ちをかけるように集中砲火を浴びせた。
「……くそっ……このままでは……!」
アスランは、覚悟を決めた。
フライトユニットの全エンジンを最大出力で噴射。
グフは、大気圏さえも引き裂くような加速で、強引に包囲網を突破しようと試みるが・・現実は残酷だった・・。
アスランが強奪した蒼い機体“グフイグナイテッド”はザフトの次期主力機として開発されたこの機体で、量産機としては破格の性能を誇る傑作だ。しかし、その“傑作”という言葉は、あくまで兵器体系の枠組みの中での話に過ぎない。
彼の目の前に立ちふさがる二つの影――。
極限の機動力と火力を凝縮した“デスティニー”、そして空間を支配するドラグーンシステムを搭載した“レジェンド”。これらは“兵器”という概念を通り越し、もはや“戦神”の領域に到達した、エースパイロット専用の特装機。量産機の極北と、プラントの威信を懸けた最新鋭のワンオフ機。そこには、埋めようのない「天と地」ほどの性能差が厳然として存在していた。
「くっ!!……これほどまでにか……!」
操縦桿を握るアスランの手に、かつてないほどの汗が滲む。
アスランの操縦技術は、依然として世界最高峰だ。グフの性能を120パーセント引き出し、物理限界ギリギリの機動でビームの雨を潜り抜ける。だが、機体が彼の神経に反応しようとするたび、グフの各部アクチュエーターは悲鳴を上げ、モニターには過負荷を示す赤い警告灯が絶え間なく明滅する。
対して、シンの駆るデスティニーは、残像を引く“光の翼”によって物理法則を嘲笑うかのような加速を見せ、レイのレジェンドが放つドラグーンは、アスランの回避先を完璧な精度で包囲していく。
「逃がさない……逃がさないって言ってるだろう!!」
通信回線から叩きつけられるシンの叫び。それはもはや対話ではなく、剥き出しの殺意だった。
デスティニーの放つ大型対艦刀「アロンダイト」の閃光が、グフの左肩の装甲を紙細工のように切り裂く。激しい衝撃がコクピットを揺らし、計器が火花を散らした。
「いやああああっ!!」
横で身を丸めていたメイリンが悲鳴を上げる。
彼女は今、この蒼い鉄の檻の中にアスランと共に閉じ込められている。本来なら涼しい顔で管制室に座っているはずだった少女。自分の、自分勝手な正義感と逃亡劇に巻き込んでしまった、何の罪もない犠牲者。
アスランの視界が、自身の情けなさで歪んだ。
「 なぜ、俺は彼女の手を取ってしまった……!? 」
彼女はアスランを助けたい一心で、自分の未来も、安全も、全てを捨ててついてきた。そんな彼女を待ち受けているのが、かつての仲間による無慈悲な処刑だというのか。
グフの脚部スラスターが、レジェンドのドラグーン照射によって溶解し、機体のバランスが崩れる。もはやまともに空を飛ぶことすら困難な状況に陥ってた。絶望が、冷たい水のようにアスランの心を浸食していく。プライドなど、とうに捨てていた。彼は叫んだ。血を吐くような、痛切な懇願を。
「やめろ! シン! レイ! 頼む!!やめてくれ!」
喉が焼けるような咆哮。それは、プラントの英雄と呼ばれた男の、あまりにも無様な命乞いだった。
「俺はどうなってもいい! だが、メイリンは……メイリンだけでも助けてくれ! 彼女は関係ない! 全て俺が、俺が無理やり連れ出したんだ!」
虚偽だ。彼女は自分の意志でアスランを選んだ。だが、アスランはそれを認められなかった。認めれば、彼女を殺したのが自分であると、確定してしまうからだ。
「せめて、彼女だけは……! 撃つなら、俺だけを撃てぇっ!」
だが、アスランの叫びは、冷徹な理屈を掲げるレイによって一蹴された。
『……甘いですね、アスラン・ザラ・・。反逆の共犯者である以上、そこに情状酌量の余地はありません。彼女もまた、世界の敵だ!!』
レジェンドのビームライフルが、グフの右腕を根元から消失させる。
続いて、シンのデスティニーが対艦刀“アロンダイト”を構え、死神の如き速度で迫り来る。
「シン、やめるんだっ!!お前は、そんなことのために力を手に入れたのか!?」
「うるさい!!うるさい!!うるさい!!裏切ったのはアンタだ! アンタが全部悪いんだぁぁぁぉっ!!」
シンの瞳が、激しい感情の濁流で赤く染まる。
アロンダイトがグフのコクピットのすぐ目鼻先に迫る。アスランの視界は、死の色一色に塗り潰された。
「メイリン……すまない……っ!」
アスランは横たわる少女を抱きかかえるように、機体を守る姿勢を取った。
「アスランさん……!」
隣で震える声でメイリンが叫ぶ。
対艦刀“アロンダイト”の刃が視界を埋め尽くした。
直撃。コクピットに凄まじい衝撃が走り、3面モニターが砂嵐のノイズ状になり、機体は墜落して海面へ叩きつけられる。
海水が入り込む音、爆鳴、そして、メイリンの悲鳴さえも飲み込むほどの爆光が、アスランの意識を白く塗りつぶした――。
—— グフイグナイテッド LOST ———
***********************
◇
鳥の囀りが、耳の奥で微かに響いた。
「……っ、は……」
アスランは目を見開いた。
肺に流れ込む空気は、冷たく、どこか無機質な鉄の匂いが混じっている。身体を起こすと、すぐ隣でメイリンが気を失って倒れていた。
「メイリン! メイリン、しっかりしろ!」
必死に呼びかけると、彼女は「うぅ……」と微かな声を漏らす。外傷はないようだ。
安堵して顔を上げたアスランは、その光景に言葉を失った。
「これは……どうなっているんだ?」
そこには、跡形もなく爆発したはずの蒼きグフイグナイテッドが、傷一つない完璧な状態で鎮座していた。だが、周囲の景色は地獄のようだ。空を覆うのはどんよりとした雲。視界に広がるのは、植物に侵食され、真っ赤な鉄錆に覆われた巨大な工場廃墟。
何百年、あるいはもっと長い年月放置されていたのか。プラントにも地球にも存在しない、異様なまでの“静止した文明”の残骸がそこにあった。