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白銀の回廊を、アスランの軍靴の音が冷たく叩く。
左右に整列し、指先を胸に食い込ませる奇妙な敬礼を続ける数百人のヨルハ部隊員たち。その視線が刺さるような重圧の中、アスランは確信していた。
( 2Bや1Dに話しても無駄だった。彼女たちは末端の兵士……徹底した記憶操作と情報統制で、世界の真実から遠ざけられているに過ぎない )
ならば、この組織の頂点に座る女――司令官に直接ぶつけるしかない。
彼女がもし、かつてのロゴスの1人か、あるいは“ギルバート・デュランダル”が提唱した「デスティニープラン」の賛同者で実行した者だとするならば、この狂った「神格化」の裏にある政治的意図が見えるはずだ。
「司令官。単刀直入に聞かせてもらう」
アスランは足を止め、目の前の純白のドレス調の軍服を纏った女性を、射抜くような鋭い眼差しで睨みつけた。
至近距離。コーディネイターの中でも抜きん出た容姿を持つアスランが、戦士の苛烈さを帯びた瞳で詰め寄る。その圧力は、並のアンドロイドなら電子回路が焼き切れるほどの「雄」としての、そして「種」としての輝きに満ちていた。
「ここは地球連合管轄の衛星軌道要塞か? 少なくともオーブ、ザフト、どこの機密データにも『ヨルハ』などという組織名は存在しない。君たちはどこの所属だ? ユーラシアか? それとも、大西洋連邦の秘匿部隊か!?」
「…………」
司令官は、無言だった。
彼女の白い肌が、アスランの吐息がかかるほどの距離で、みるみるうちに薔薇色に染まっていく。厳格さと冷徹さでヨルハ部隊を統率してきた彼女の肩が、微かに、しかし激しく震え始めた。
「……答えたくないというのか。それとも、君もデュランダル議長の賛同者か? 遺伝子によって役割を固定し、“アンドロイド”と称して彼女たちの尊厳を奪い、死ぬまで戦わせる……。それが君の言う『人類の栄光』なのか!?」
アスランはさらに一歩踏み込む。
だが、返ってきた反応は、彼の想像を絶するものだった。
「……あ……ああ…………っ////」
司令官の瞳が、潤みを帯びてトロンと溶け始める。
あの冷静沈着で、ヨルハ部隊の母のごとき威厳を保っていた彼女が、アスランの剣幕に圧され――いや、その「男としての引力」に完全に脳内の演算リソースを食いつぶされ、腑抜けた声を漏らしたのだ。
「……なんて……なんて芳しい、怒りの波動……。アーカイブにある、どの古代の叙事詩よりも……今の貴方様は……猛々しく、そして……愛おしい……////」
「な……何を言っているんだ君は! 真面目に答えろ!」
更に司令官に迫るように喰らいつくが・・
「……ああ、叱られた……。神に・・・生身の人間様に・・・直接、お言葉と吐息・・/////ああ、熱い・・。頬を撫でる貴方様の呼気だけで……私の融合炉が、メルトダウンしてしまいそうで//////」
ドサッ、と司令官がその場に方膝をついた。
それは敬礼ではなく、あまりの「尊さ」に腰が抜けた、一人の女としての敗北の姿だった。
その光景を、背後で見守っていたオペレーターやヨルハ隊員たちは、文字通り「絶句」して見守っていた。
『えっ!?し、……司令官……?』
『嘘でしょ、あの鉄の女で冷静沈着な司令官が……あんなにメロメロに……!?』
『……羨ましい////私もあんな風に、至近距離で迫られたい・・!!』
『……人類様、怒るとあんなに格好いいのね……。アーカイブの“壁ドン”の項目を更新しなきゃ……』
バンカー内の共有ネットワークは、今やアスランの勇姿を多角的に分析・録画するノイズで埋め尽くされていた。彼女たちにとって、アスランの怒りは「恐怖」ではなく、最高の「ファンサービス」として処理されていたのだ。
「あの・・あ、アスランさん、もうやめてあげてください。逆効果です・・・。」
メイリンが、顔を覆いながら力なく呟いた。
通信士としての経験と言うよりも、女の勘で彼女には分かっていた。
目の前の司令官は、仕事一筋で、規律と義務だけに生きてきたキャリアウーマンが、人生で初めて「抗えない魅力」を持つ異性に遭遇し、長年築き上げた防衛本能が跡形もなく霧散してしまった、哀れな被害者の姿であることを・・・。
「メイリン、君まで何を言っている!?彼女は白々しく惚けたフリをして、質問を煙に巻いているだけだぞ!」
「違いますよ! 彼女、本気でイッちゃってますって! 脳内がピンク色に染まって、もうアスランさんの話なんて一言も入ってないですよ!」
「そんな馬鹿なことが……。俺は真剣に世界の行く末を……!」
「その『真剣』が凶器なんですよ、貴方の場合は!!」
「司令官、しっかりしろ! 君たちが守っている『月の人類』とは誰のことだ!? 議長はそこでデスティニープランを秘密裏に実行してるのか!? それとも、ブルーコスモスの連中が月面基地を占拠しているのか!?」
「……つ……月……? ええ、そうです……月。……月には、貴方と同じ、尊いお仲間が…………いらっしゃいます……/////」
司令官は、恍惚とした表情のまま、嘘とも真実ともつかぬ言葉を紡ぐ。
彼女の思考回路は、すでに「人類を守る」ことから「この人間様をいかにしてバンカーに繋ぎ止め、自分の視界に入れておくか」という個人的な欲望へと、音を立ててシフトしていた。
「……議長? ええ……そう呼ぶなら、誰であれ跪かせましょう……////貴方様の望むままに……このバンカーの全兵力、全ヨルハを……貴方様の“私兵”として、自由にお使いください……。望むなら、地球の海を……赤く塗ることも、青く戻すことも……思いのままに……////」
「私兵だと!? 君たちは、彼女たちを……自分の部下を、そんな風に差し出すのか! どこまで腐敗しているんだ、この組織は!!」
アスランの正義感が、さらなる怒りを生む。
その怒りが、司令官にさらなる快楽を与える。
永久機関のごとき、狂気的なまでの「感情のすれ違い」が、白銀の回廊で加速していく。
『……報告:司令官の精神安定指数が、計測不能な領域まで高騰。同時に、周囲のアンドロイド各員の「嫉妬」によるエラーコードが1200%増。……警告、このままでは、バンカー内で内乱が発生する恐れがある。』
ポッド042の冷静な指摘すら、今の彼女たちには届かない。
アスランは、いまだに気づいていなかった。
自分が戦っている相手が、冷酷な独裁者ではなく、自分を「神」として、そして「究極の推し」として崇拝し、共依存の果てに心中することすら厭わない、狂信的なファンクラブの会長であることを。
「……もういい。格納庫に戻る!!話にならない!メイリンっ!!」
アスランが苛立ちを爆発させて背を向けた。
「そ・・そんな・・。せっかく
苛立ちを爆発させた彼の背中の後を追うようにアワアワするメイリン。
しかし、ドックにいた数百人のヨルハたちが、一斉に悲鳴のような声を上げた。
『ああっ、人間様が去ってしまう!』
『司令官のせいで機嫌を損ねたんだわ!』
『不敬よ! 誰か、彼を引き止めて! どんな手段を使っても!』
「……あ……待って……行かないで……アスラン様…………/////」
司令官が、床を這うようにしてアスランの裾を掴もうとする。
その姿は、ヨルハ部隊を統括する指揮官のそれではなく、ただの恋い焦がれる乙女の、なりふり構わぬ妄執だった。
アスラン・ザラ。
ザフト軍の赤服の中でもエリートの彼は今、この世界では最も美しく、もっとも厄介な「絶望の女神たち」の虜囚になろうとしていた。
ー 再び格納庫へ -
「……なっ、無い!? 俺のグフはどこだ!!」
アスランの怒号が、広大な第01格納庫に虚しく響き渡った。
先ほどまで、その蒼き威容を誇っていたはずの“グフイグナイテッド”の姿が、影も形もない。床に残されているのは、最新式の搬送重機の轍と、清掃用マシンが磨き上げた、鏡のように無機質な床面だけだった。
「報告:対象機体“グフイグナイテッド”は、人類軍兵器開発局による『神の御座』の徹底解析、および不純物除去のため、深層機密ドックへと移送。現在、全自動で装甲の研磨と、未知の動力エンジンの解析作業に入ったとの連絡。」
ポッド042の無慈悲な音声が、アスランの絶望を加速させる。
「勝手なことを! あれは俺の、メイリンを守るための唯一の足なんだぞ!!」
アスランは、すぐ側に立っていた2Bへ詰め寄った。その距離、わずか数センチ。アスランの熱い怒気が彼女の白い頬を打つ。工場廃墟で出会った時なら、彼女は冷徹に刃を抜くか、あるいは静かに距離を取ったはずだった。
しかし、今の彼女は違った。
カツン、とブーツの音を鳴らすと、2Bはその場に膝をついた。迷いのない動作で左手を右胸に当て、深く、深く頭を垂れる。
「……アスラン様、メイリン様。ご不快な思いをさせたのであれば、弁解の余地はありません。……その怒りを鎮めるため、今ここで、私を殺してくださっても構いません」
「なっ……何を言っているんだ!」
「貴方様をこのバンカーへ導いたのは、私たちヨルハ機体の最重要理念のプログラムに基づく行動です。……どうぞ、その御手で私のブラックボックスを停止させてください。それが、人類様に対する唯一の贖罪です」
2Bの言葉は、至って冷静だった。だが、その声の震えには、自分を罰してほしいという歪んだ渇望と、神に触れられることへの隠しきれない法悦が混じっていた。
「待ってください! 2Bさんまで、何なんですかその極端な……!!」
メイリンが悲鳴を上げる中、さらに事態はカオスを極める。
「「「「「「お待たせいたしましたぁぁぁッ!!」」」」」」
ドォォォォォン!! と爆発音のような音を立てて、地上で行動を共にしたヨルハたちが、回廊の角から“スライディング跪きポーズ”で滑り込んできた。
「アスラン様! 隊長である私の部隊管理能力不足です! 私も一緒に処刑してください!!」
力強く声を上げる1Dを筆頭に
「隊長ずるいです!!私の方が先に人間様を怒らせたんだから、私が一番に殺されるべきです!!」
なぜか“罰せられる順番”で4Bが11Bに食ってかかる。
「処刑の際の痛覚カットを解除しました」
息を少しだけ荒げる7Eが報告し、12Dと12Hは感動のあまり嗚咽しながら、アスランの軍靴に縋り付こうとしていた。
「いい加減にしろ!! 君たちは、自分の命をなんだと思っているんだ!!」
アスランの正義感に満ちた叫び。
だが、それすらも彼女たちにとっては「神の雷」という名の最高のご褒美にしかならない。アスランが怒れば怒るほど、彼女たちの頬は赤らみ、忠誠心は限界突破していく。
その時だった。
「ああああっっっ!!もうぅぅっ!! うるさぁぁぁいッ!!!!」
格納庫全体がビリビリと震えるほどの、メイリン・ホークの絶叫。
元・ミネルバ通信士として、数々の戦場を怒号と通信で捌いてきた彼女の「声」の通りは、アスランのそれを遥かに凌駕していた。
「……えっ?」
「……っ!」
スライディングしていた1Dも、縋り付こうとしていた12Dも、あまりの音圧と「ガチギレ」の気配に、文字通り直立不動で固まった。
「な、メイリン・・・!?」
アスランすらも気圧されて一歩引く。
「アスランさんの声が優しすぎるから、付け上がるんですよ!!彼女たちは! 2Bさんも! 1Dさんも! 他のヨルハさんたちも!!」
メイリンは仁王立ちになり、並み居る選りすぐりのヨルハたちを指差した。
「今すぐその、変な『私を殺してポーズ』をやめなさい!! シャキッとしなさいよ! 貴女たちは“人類を守るための兵士”なんでしょ!? 私たちの・・人間様の言うことが聞けないの!?」
「「「「「「は・・・は・・はいっ!!」」」」」」
ヨルハたちは、まるで避雷針に雷が落ちたかのような衝撃を受け、一瞬で姿勢を正した。司令官の命令よりも、アスランの怒鳴り声よりも、メイリンの「生身の女性としての、等身大の叱咤」の方が、彼女たちのニューラルネットワークに深く突き刺さったのだ。
「いい? グフの所に案内しなさい!! 解析なんて後で私が立ち会ってあげるから! !あと、司令官さんを呼んできて! あの人、鼻血出して倒れてる場合じゃないでしょ!!」
「りょ、了解いたしましたぁぁぁぁっ!!」
1Dを筆頭に、ヨルハたちが脱兎のごとく駆け出していく。アスランは、呆然とメイリンの背中を見つめていた。
「……メイリン。君、あんなに声が大きかったっけ……?」
「……ハァ、ハァ……。もう、付き合ってられませんよ……。アスランさんが『美男子の聖人君子』すぎるから、話がややこしくなるんです……」
メイリンは肩で息をしながら、乱れた髪を直した。
アスランの正義と、ヨルハの狂信。その間を繋ぎ、この暴走する「神話」を現実に引き戻せるのは、もしかしたらこの、どこまでも現実的で逞しい「元・ミネルバクルーの少女」だけなのかもしれない・・。
「……でも、アスランさん。グフがラボに運ばれたってことは……」
メイリンが、不穏な空気に気づいてモニターを見た。
「あの人たち、多分『グフをデコレーション』してますよ。金箔とか、宝石とか、変な宗教的装飾で……」
「……っ、やめろ。それだけはやめさせてくれ!!」
彼の悲鳴が、再び格納庫に響いた。
この“壊レタ世界”で、彼らの戦いは「機動兵器」を守るための、泥沼の文化摩擦へと突入していく・・・。
どのカップリングが面白そうか?
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アスラン×2B
-
アスラン×9S
-
アスラン×A2
-
アスラン×司令官
-
アスラン×6O
-
アスラン×21O
-
アスラン×パスカル
-
アスラン×アネモネ
-
アスラン×デボルポポル