◇
アスランが静かに口を開いた瞬間にブリーフィングルームの喧騒は凪いだ。
ヨルハ隊員たちの視線が、彼の一挙手一投足に注がれる。彼は隣に立つメイリンと視線を交わし、意を決して司令官の瞳を真っ直ぐに見据えた。
801Sという一介の部隊員に話すのは危険を伴うが、此処を統括するこの「司令官」相手ならば彼女の立場とプライドが情報の拡散と混乱を最小限に抑える防波堤になるはずだ。
「改めて質問させてもらう、司令官。……貴女は“プラント”という名を知っているか?他にも “ジョージ・グレン”、“エヴィデンス01”そして『血のバレンタイン』という惨劇の記録は?」
「…………?」
司令官の端正な眉が微かに動く。その表情に宿ったのは偽りなき困惑だった。
「……大丈夫か?」
「とんでもないございません・・。続けてください。」
アスランは自分たちが歩んできた血塗られた熾烈な生の記録を紐解き始めた。
遺伝子調整された新人類“コーディネイター”。地球上のあらゆる核分裂を抑制し、世界を暗黒に叩き落とした“ニュートロンジャマー”。そして、かつての友と守るべき平和のために刃を交え続けた終わりのない戦い。
「俺たちはジブラルタルと呼ばれるザフト軍の基地から“グフ”と呼ばれる蒼い人型機動兵器を奪って脱走した。……かつての部下であった2人が駆るデスティニーとレジェンド……その二機の挟撃を受けて海へと沈んだ。……死んだと思ったその瞬間に俺たちはこの世界へと流れ着いたんだ」
アスランの声には戦士としての矜持と、失ったものへの深い哀切が籠もっていた。
(……なんて……なんて苛烈な『人類史』なの……。自ら遺伝子を書き換え、神に抗い、そして……自ら世界を閉ざす。……ああ、その『悲しみ』こそが私たちの求めていた聖書の欠落した1ページ……ッ!)
オペレーターたちはアスランの語る“
一方、司令官は………
アスランの至近距離での熱弁に、再び頬が薔薇色に染まり、膝が笑い出しそうになるのを必死で堪えていた。
彼女の脳内では、「プラント」「ジョージ・グレン」「エヴィデンス01」という固有名詞よりも、「気高き人間様が自分の目を見て、あんなに熱く過去を打ち明けてくれている」
という事象の方が1200%の優先度で処理されていたのだ。
「……あ……あ、ああ……。アスラン様、その……あまりにも尊いお言葉に私のメインブレインがオーバーヒートを……」
「司令官……俺たちは真剣なんだ……!!」
アスランの冷徹な一喝にハッと我に返った彼女は噴き出しそうになる赤い義体液を必死で抑え込み、震える声で断腸の思いで真実を告げた。
「……たた……大変恐縮ながら、アスラン様。……我らヨルハ部隊、および人類軍が保有する人類史のアーカイブにおいて……『プラント』、『コーディネイター』、そして『ジョージ・グレン』『エヴィデンス01』やその他の名称、および『血のバレンタイン』、それに類する事象は……一切存在いたしません」
「……何だと?」
「私たちの記録にあるのは……2003年の新宿に現れた巨人と竜。そこから始まった、魔法と科学が混ざり合った激動の系譜のみでございます……。貴方様の語る『コズミック・イラ』は……この世界のどの
沈黙が重くブリーフィングルームを支配した。
801Sの立てた「多元世界」の仮説が、たった今、司令官の口からも裏付けられたことになる。
アスランは自分の手のひらを見つめた。
自分たちが戦ってきた世界、守ろうとした人々……
(キラ……、カガリ……、ラクス………)
彼の知る者たちがこの世界に存在していない事実に動揺が隠せない。
「……そうか……やはり、俺たちは迷い込んだのだな。救うべき世界とは別の場所に」
「……アスランさん」
メイリンがそっと彼の袖を引く。
その時、司令官が跪いたままアスランの手を……いや、その指先を震えながら指し示した。
「しかしながら………アスラン様! !歴史に無くとも、貴方様が今ここに存在し、その温かな鼓動を刻んでいる……それこそが、この世界の唯一絶対の『真実』です! 貴方様の世界が消えたのなら、この世界を貴方様の新たな『プラント』になさいませ!! 私たちは貴方様のためなら、この世界の
「「「「「人類に栄光あれ!!」」」」」
再び湧き上がる狂熱。
アスランは自分たちが完全に「異物」であることを確信しながらも、この狂った愛に満ちた箱舟をどう導くべきか?その重責に目眩を覚えた。
その熱狂の最中、メイリンの通信端末が誰にも聞こえない微かな音でアラートを鳴らした。
(……えっ? 地上に降りたはずの11BさんのIDの反応? えっ……? 場所は……バンカーの廃棄物処理区画!?何これ!?)
メイリンの顔から血の気が引いた。
司令官が「友軍支援の為に地上へ降りた」と言ったはずの部隊員がバンカーの「ゴミ捨て場」に等しい区画で何かを訴えている。
ブリーフィングルームに渦巻く狂信的な熱狂。アスランの語る「コズミック・イラ」という未知の神話に酔いしれるヨルハたちの隙を突き、メイリンは冷や汗を流しながら手元のデバイスを必死に操作していた。
その時、背後に気配もなく“黒い影”が流れるような動作でメイリンの至近距離に滑り込む。
「メイリン様……、混乱させてしまい申し訳ありません」
「えっ、2Bさん!?」
2Bはゴーグルの奥の瞳を感じさせるほどの圧倒的な美貌をメイリンに寄せた。生身の人間であるメイリンが、その「造られた究極の美」に一瞬だけ目を奪われ、思考を停止させたその刹那、2Bの細くしなやかな指先がメイリンのデバイスの画面を目にも止まらぬ速さで撫でた。
「……貴女様の端末は私たちの世界の通信規格と完全には適合しておらず、パケットエラーを起こしているようです。私の方でヨルハのメインサーバーと
「あ、ありがとう……。ごめんなさい、私ったら……」
メイリンが我に返り再び画面を見つめる。
そこには先ほどまでのノイズ混じりの反応ではなくクリアな11Bの個体信号が点灯していた。
座標:ユーラシア旧チェリャビンスク
「……あ、本当だ。地球に……降りてる。よかった、私の見間違いだったんだ……」
メイリンは安堵したように微笑み、2Bに礼の言葉を並べた。
「当然の任務です」
2Bは短く答え、アスランを称える群衆の中へと戻っていった。
だが、2Bは致命的な計算違いをしていた。
彼女が対峙している相手は、ただの「か弱い人間の少女」ではない。
かつてザフトの“最新鋭戦艦ミネルバ”で連合軍やロゴスのあらゆる電子戦、ジャミング、そして偽装信号を潜り抜けてきたザフト軍随一のオペレーター『メイリン・ホーク』であるということを。
(……2Bさん、ごめんなさい。でも……)
メイリンは2Bが去ったのを確認すると、即座にデバイスにて「ミネルバ式・信号逆探知プロトコル」を起動する。
(……ヨルハさんのサーバーが『見せたいもの』なんて私には関係ない。信号のパルス間隔、ノイズの周期、そして……この座標データの『書き換え履歴』!)
メイリンの指がアンドロイド顔負けの速度で画面を叩き、彼女の眼前に2Bが巧みに上書きした偽装レイヤーが剥がされていく。
旧チェリャビンスクの座標は、あくまで“送信先”を偽装しただけのダミーデータ。そのパケットが実際に発信されている
「……やっぱり」
メイリンの顔から再び血の気が引く。
逆探知の線が指し示した場所は地上ではないからだ。
【バンカー・第14廃棄物処理ブロック】
(11Bさんはまだここにいる。……動いていない。……この信号は
「メイリン? 顔色が悪いぞ……どうした?」
アスランが熱狂の渦から抜け出し、心配そうに声をかけてきた。
一瞬だけ迷ったが、背後で自分たちを監視するように立っている一部のヨルハ部隊員、こちらを伺っている2Bの視線を意識し努めて明るい声で答えた。
「えへへ、大丈夫ですよアスランさん! さっき2Bさんに端末を直してもらって、ちょっと感動しちゃっただけです」
彼女はデバイスをアスランに見せるフリをして、画面の隅に「11B = LOST/ BLOCK 14」というザフトの暗号を打ち込み、一瞬だけ表示させた。
アスランの瞳が僅かに細まった。
彼はメイリンの意図を瞬時に察し、何も言わずに彼女の肩を抱き寄せた。
「そうか。……ならいい。少し疲れただろう、司令官に言って休まさせてもらおう。」
「はいっ!」
その背中を2Bは静かに見送る。
彼女が「神」と崇める少年と少女はバンカーという聖域によってもたらされた「牢獄」へとその足を進めようとしていた。
◇
「司令官……歓迎してくれて持て成してくれるのは有り難いが………俺たちは、もう休みたいんだ………。」
疲れ切った顔したアスランを見て、慌てふためきながらも司令官が直立不動で左手を胸に当てる。
「ははーっ!!アスラン様!! メイリン様!! 地上での奮闘から休みなく今に至りますゆえ、専用の居住区を用意いたしました。存分にお休みください!!」
司令官の号令と共に、二人はバンカーの最深部に近い厳重なセキュリティに守られた居住ブロックへと案内された。
「人間様の聖域」として急遽設営されたその部屋の実態は――かつてのザフト軍の標準的な士官宿舎に、申し訳程度の装飾を施したような、極めて機能的で無機質な空間だった。
ラグジュアリーの欠片もないが、軍人であるアスランにとっては、むしろこの「キッチリとした」規律正しさこそが、皮肉にも馴染み深く感じられた。
「……ふむ。意外としっかりしているんだな。メイリンと同室かと思ったが……」
アスランが部屋の入り口で足を止める。
用意されたのは二つの個室。廊下を挟んで向かい合わせに配置されているが、男女別の区画として厳格に分けられていた。
「アスランさん、おやすみなさい。……何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
メイリンが少し不安げに微笑む。アスランが部屋へ入って扉が完全に閉まったのを見届けて、自分の部屋へ入ろうと扉を開けると“黒い人影”が待ってるかのように立っていた。
「あれれ? 私だけ2Bさんと同室なんですか?」
「メイリン様、本日から貴女様のお世話係を務めさせて頂く事になりました。故に同室という事になっております。是非とも中へ足を進めてください。」
部屋には左右に1台ずつベッドが備え付けられていた。衛星軌道上の宇宙空間が見える大きな窓と白銀の壁に囲まれた空間。2Bは表情を変えぬまま彼女を部屋の中へと促した。
扉が重々しい電子音と共にロックされる。
密室となった部屋の中で、2Bはメイリンに向き直った。その仕草は優雅だが、放たれるプレッシャーは尋常ではない。
「メイリン様……。僭越ながら、お休み前にその
2Bが手を差し出した。その声には拒絶を許さない「命令」に近い響きが混じっているかのようだ。
「えっ……? でも、これ、私の私物ですよ? アスランさんとの連絡にも使いますし……」
「……先ほど申し上げた通り、規格の不適合によるエラーが懸念されます。メイリン様の睡眠中に私の方でバンカーのメインフレームと完全に同期させ、セキュリティの脆弱性を修正しておく必要があります。……人間様の安全を守るため、どうかご理解を」
メイリンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
2Bは気づいているのでは?
先ほど自分の施した偽装座標を「逆探知」したことに疑っているのではないのかと。
この端末には、11Bの信号が廃棄物処理層にあるという決定的な証拠が残っているのだ。
「あのぉ……。ここってヨルハの皆さんの基地ですよね? 敵なんかいないのに、護衛なんて必要なんですか? 2Bさんもお休みにならなくて大丈夫なんですか?」
メイリンは努めて明るい声で尋ねたが、2Bのゴーグル越しの視線は微動だにしなかった。
「……私の今の任務はメイリン様の『安全』です。……外部の敵だけが脅威とは限りませんから」
その言葉の意味を考えた瞬間、メイリンはゾッとした。
「外部」ではない脅威……、それは「不都合な真実」を知ろうとする者への内部的な排除を意味しているのではないか?
一方、隣の部屋では……
極度の緊張と未知の世界での死闘、そしてヨルハたちの狂信的な接待――。
コーディネイターとしての強靭な精神力をもってしてもアスランの疲労は限界に達していた。
「……ふぅ」
重いザフトの赤服を脱ぎ捨て、Tシャツとトランクスという最も無防備な肌着姿。鍛え上げられた身体に刻まれた、かつての戦傷の数々が、白銀の照明に照らされる。
彼はベッドに腰を下ろすと、まるで電源が落ちたかのように、そのまま意識を手放した。
泥のような眠り。
だが、その眠りは安らかなものではなかった。
夢の中で彼は再びジブラルタルの空にいた。シンの叫び声、レイの冷徹な攻撃。そして、自分を呼ぶカガリの声――。
******
『この裏切り者がぁ!!』
『アスラン・ザラ……、貴方の様な反逆者には議長の作る新しい世界には不要だ!!』
『アスラン……、そのだな?戻ってこいよ?』
******
〔…………っ!!あっ……………あ!!……〕
アスランの呼吸が眠りの中で荒くなる。
彼が意識を失っているその間、彼の部屋の扉の外から“ポッド042”の赤いセンサー光が静かに室内をスキャンしていた。
『――報告:人類個体“アスラン・ザラ”。レム睡眠に移行。バイタルサイン微増。……推測:過去の戦闘記録によるトラウマ的反応。……提案:精神安定のための強制介入の必要性を検討』
ポッドの無機質な声が暗闇の中で響く。
彼の無防備な肉体は今や完全にヨルハの監視下に入ったのだった……。
メイリンの部屋では、2Bがじっと彼女を見守っていた。
メイリンは狙われてる端末を強く握りしめたまま、ベッドに座り身震いしながら後退りする。今までに感じた事のない恐怖が彼女に襲いかかる。
(ア……アスランさん……助けて……!!)
2Bは彼女が眠りにつくのを待っている……。
ブーツの音をカツンカツンと立てながら、メイリンとの距離が縮まる。2Bは彼女を覆い被さるような姿勢で語りかける。
「……メイリン様、早くお休みになられてください。夢の中なら“安らかで自由なひと時”でいられますから………。」
女性アンドロイドと向き合う人間の少女。
2Bの冷たくも悲しさが含んだ声が密室に溶けていった。
どのカップリングが面白そうか?②
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9S×メイリン
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9S×ルナマリア
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9S×カガリ
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9S×ラクス
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9S×ミーア
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9S×ステラ
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9S×フレイ
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9S×アグネス
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9S×シン
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9S×キラ