NieR:Automata JUSTICE   作:うぇいかた

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Phase19「曖昧ナ希望」

 

 

アスランは深い眠りの中にいた。

赤服を脱ぎTシャツとトランクスという軽装。もともとザフトの軍服の下に着込んでいた肌に馴染んだありふれた肌着だ。

 

次元を超えた戦いと対話に疲れ果てた彼の寝顔はかつてのプラントの英雄ではなく、ただの18歳の少年だった。

重厚な扉一枚隔てた廊下では「静かなる異常事態」が起きていた。

 

 

「……おい、そこ。足音が大きいわよ」

 

「アンタこそ放熱ファンの回転数が上がりすぎ。アスラン様に聞こえたらどうするの?」

 

廊下には数十機……否、バンカー内の非番のヨルハ機体の大半が吸い寄せられるように集まっていた。

 

彼女たちは扉の向こうで眠る「生身の人間」から漏れ出る微かな呼吸音や心音を高性能センサーで拾い上げ、それを至福の音楽であるかのように記録している。

 

「……人類様の睡眠中の心拍データ……。なんて規則正しくて、気高い響きなの……」

 

「ポッド。……壁を透過して中の様子を視覚化できないの?」

 

『回答:プライバシー保護プロトコルにより、個室内への透過スキャンは制限されている。……ただし、熱源探知によりベッド上での「寝返り」は観測可能』

 

「寝返り……! 今、動かれたのね……!」

 

16Dを筆頭に数多のヨルハたちが壁に向かって祈るような姿勢で整列している。それは護衛という名の“集団参拝”のようだった。

 

 

その列の最前列で12Hが静かに呟いた。

「……アスラン様は仰られたのよ。『人間は崇高じゃない』と……でも、この無防備な寝息を解析して一体誰がそんなことを信じられるというの?」

 

彼が脱いだ「赤服」さえも聖遺物のように扱いたいという欲に彼女達は駆られてたのだ。

 

今、その主がTシャツとトランクスの2枚で眠っているという事実は、彼女たちの想像力を刺激し、バンカーの共有サーバーに膨大な推論データをアップロードさせ続けている。

 

「あ……あのぉ……司令官、よろしいのでしょうか? このままではバンカーの運用全体に支障が……」

 

騒ぎで駆けつけたオペレーターが問うが、司令官自身も少し離れた角から“オペラグラスのような光学機器”を構えていた。

 

 

「問題ない。私たちアンドロイドが数千年待ち望んだ光景なんだ。……全ヨルハに告ぐ。人間様の睡眠を妨げるノイズを発した者は即座にメモリを初期化対象となる。心しておく様に。」

 

 

「「「 了解いたしました・・っ‼︎ 」」」

 

 

アスランの見ている夢の中がジブラルタルからの追撃から一変する。

キラ、ラクス、そして愛しきカガリと皆で平和な海辺を歩く夢を。

 

それは彼が心から望む曖昧でありながらも確かな願いであったのだろう。

 

扉の外で何十もの殺人的な戦闘能力を持つヨルハたちが自分の一挙手一投足に「尊い……」とデータ容量を消費しているとは露知らず。

 

 

 

ーーーー ◇ ーーーー

 

 

 

メイリンの部屋では2Bが彼女に迫る様に距離が近くなっていった。蛇に睨まれた蛙かのように身震いして底知れぬ恐怖に襲われてる人間の少女が自身の端末をギュッと握りしめてる。

 

〔あ…………あ……アスランさん……助けて……〕

 

メイリンの動揺に察してるのか2Bは優しくも圧の含んだ言葉で語りかける。

 

 

「メイリン様……早くお休みになられてください。夢の中なら“安らかで自由なひと時”でいられますから………。」

 

 

「い、いや……その?そんなに迫られると目が冴えちゃうっていうか………」

 

 

「貴女様のデバイスの通信規格と私たちの世界の通信規格との完全な同期がされてません。その関係で睡眠を妨げになる電磁波の影響があると考えられます。貴女様の健康の為にもそのデバイスを私に預からせて頂けないでしょうか?」

 

 

「でも……でもっ!!この端末には私のプライベー・・」

 

言葉を遮るかの様に2Bはメイリンの手を優しく掴む。そしてベッドの上に膝をつき、互いの鼻先が当たる距離にまで迫ってた。

 

「メイリン様……ご安心ください。貴女様の個人情報を解析するわけではありません。デバイスの通信設定と規格を最適化させるだけです。」

 

 

〔えっえっ!?近い……!!近すぎるよ……!!2Bさんって距離感ってのも分からないの!?〕

 

グイグイと近すぎる距離感に恐怖と困惑が入り混じるメイリン。

 

〔ダメだ……この人にデバイスなんて渡したら……〕

 

 

「私は貴女様のお世話係の任を受けてます。貴女様の健康やバイタルを良好である事が必須なのです。その為にそのデバイスを一時的に私が預かります。お目覚めになったらデバイスはお返し致しますので。」

 

このまま下手に拒む様な事をすれば、実力行使に移るかも知れない。決して人間には害を加えるプログラミングなどされては無いと思うが、彼女なら「人類と安全」という名目で力付くで奪う気なのでは?とコーディネーターの勘なのか、女の勘で察知する。

 

 

メイリンは自らの心臓の鼓動が耳元でうるさく響くのを感じていた。

意識を手放すのか、この端末を差し出すのを静かに執拗に待っている……!!

 

(……このままじゃ、端末を奪われて11Bさんの証拠を消される。アスランさんも起きない……。だったら、やるしかない……!)

 

 

メイリンは震える指先でベッドのシーツを握りしめ、一か八かの賭けに出た。

格納庫で9Sとの対話で見せた「人間味」への揺さぶり。それを目の前の冷徹な戦闘用モデルにもぶつけるのだ。

 

 

今は2人きりの密室………!!

メイリンは唐突に弾かれたように顔を上げた。

 

 

「……ねぇ? 2Bさん。……私たちの世界の女の子の『オシャレ』とか『女子の嗜み』とか、知りたくないですか?」

 

「………………は?」

2Bの思考ルーチンが一瞬だけフリーズした。

 

次世代の戦術シミュレーションでも、隠蔽工作でもない、あまりにも「世俗的」で「非論理的」な文字列の羅列。

 

 

「メイリン様。……今の発言の意図が測りかねます。オシャレ……? それは、個体の生存確率を上昇させるための換装パーツのことでしょうか?」

 

「ぶっ、あはは! 違いますよぅ!」

 

メイリンはわざとらしく声をあげて笑い、ベッドの上で身を乗り出した。緊迫した空気を強引に“女子会のノリ”へと書き換えていく。

 

 

「いいですか?2Bさん。女の子にとってのオシャレは生き残るためじゃなくて、自分を『好き』になるためにやるんです! ……例えばその黒いヘアバンド!! すっごく可愛いけど、もっとキラキラした石をつけたら2Bさんの銀髪に映えると思いません?」

 

「……装飾による重量増加は戦闘時の慣性モーメントに悪影響を……」

 

「もー! そういうのはナシ! 2Bさん、本当は興味あるでしょ? だって、そんなに素敵な服を着てるんだもの!」

 

メイリンは流れるような動作で、2Bが執拗に狙っている端末を画面に向けた。そこに表示させたのは死体信号ではない。

 

かつてのプラントのファッション誌から密かにアーカイブしていた画像であった。

 

 

 

- 春の最新ガールズファッション特集C.E.73 -

 

 

複数の若い女子が最新のファッションで立ち並んでる表紙。人間の女性が多様な服を着こなしてる画像に2Bは目を奪われていく……。

 

「見てくださいよ!!これは私の世界の女の子たちがこういう服を着て、デートに行ったりするんですよ。……ね、このピンクのドレスは2Bさんに絶対似合うと思うなぁ……。ちょっと、合成試着シミュレーションしてみません?」

 

「……っ」

2Bのバイタルサインが微かながらも確実に跳ねた。

 

彼女のプロセッサは人類文化を“学習”へ切り替わってた。メイリンが提示した「女の子の嗜み」という情報は無視できない、抗い難い「聖遺物の研究」としての魅力を持ってしまったのだ。

 

「……メイリン様。……それは私のような“人形(アンドロイド)”が着ても良いもの……なのでしょうか」

 

2Bの声から先ほどまでの冷徹な威圧感が消え、一人の「少女」のような迷いが漏れ出した。

 

 

「当たり前ですよ! 2Bさんはこんなに綺麗なんだもん。……あ、そうだ! 2Bさん、ちょっとこっちに来て隣に座ってくださいよ。秘密の『メイク術』教えてあげますから。……ね?」

 

メイリンは2Bの手をそっと引いた。

自分の論理回路が「端末を回収せよ」と警告しているのを感じながらもメイリンの体温と画面に映る色鮮やかな「女の子の世界」の誘惑に抗えなかった。

 

 

2人はベッドに並んで座り、2Bの指先がメイリンの端末に触れた。

 

 

(……よし! 乗ってきた……!)

 

メイリンは2Bに「春のメイク講座」を熱心に説く。

 

 

「……ね? 2Bさん。このリップの色、2Bさんの肌の色ならもっと……」

 

 

「……あ……はい。……それは、美しい……ですね。」

 

 

2Bが彼女の語る「オシャレ」という未知の概念に生まれて初めて「うっとり」と見惚れた。

何とか我に返ろうとするもメイリンはすでに腕に抱きついていた。

 

 

「あーっ! 2Bさん!!今のメイクのコツ、メモしなくていいんですか!? 行っちゃダメですよぅ!」

 

 

「あ……メメ……メイリン様……離して……離してください……っ!」

 

2Bの顔面は演算負荷でオーバーヒート寸前。

 

 

メイリンの「ガールズトーク戦法」によって、冷徹でお堅い2Bは物理的ではなく「情緒的」に完全無力化されようとしていた。

 

「そ………そ………その……メメ……メイリン様………。」

 

「2Bさん?」

 

「わ……私のような戦闘モデルのアンドロイドに……その……“さん”………敬称なんて畏れ多いです……。呼び捨てで構いません。寧ろ私たちアンドロイドは人間様のドウ・・」

 

メイリンが2Bの言葉を遮るかの様に手を握りながら目をまっすぐ見つめる。

 

「私……そんな堅苦しいのは好きじゃありません。2Bさん、私たち『同室』なんですから……今は階級も人間もアンドロイドも無にしませんか?」

 

柔らかな微笑みに2Bは一瞬だけフリーズしたような沈黙を保った。

やがて、彼女はゆっくりと頷き、普段の少し硬いけれど温かみのある声で応えた。

 

 

「……感謝致しますメイリン様。……何か必要なものがあれば仰って頂ければ……人類が着用してた寝衣“パジャマ”という物を今からポッドに検索させて頂きますので……。」

 

「ふふ、ありがとうございます。……とりあえず今夜は楽しくお話しでもしましょう?人間様の頼みなら良いですよね?」

 

「は………はい!!人間様の命令なら絶対でございます………。」

 

元ミネルバの優秀なオペレーターとして戦場を見つめていたメイリンだが、その素顔は年相応の16歳の少女だ。冷徹さでありながらも造形的な美貌を持つ“2B”に対し、この密室空間を利用して急速に親近感を見せ出した。

 

「ねえ、2Bさん! !その黒いドレスの様な制服、すごく素敵だけど私のいた世界ではね、こういう『コーディネート』が流行ってたんですよ!」

 

自身の端末から愛読してるファッション誌や、オーブ代表の“カガリ・ユラ・アスハ”が公式行事で着ていたドレス、プラントの歌姫“ラクス・クライン”のステージ衣装のホログラムを次々と空間に投影し始めた。

 

 

「……これは、何でしょうか? 装甲……ではないようですが………」

 

 

 

「装甲なわけないじゃないですか! これが『人間の女の子のオシャレ』ですよ! 2Bさんの髪、銀髪でとっても綺麗だから、こういう淡いブルーのシュシュとか絶対似合うと思うんだよなぁ。あ、髪留め(ヘアピン)とかも! 私のお姉ちゃんとも、よく任務明けにこういうの話してて……」

 

メイリンは笑顔で2Bに詰め寄る。

 

「見てください。このリップの色! 今の2Bさんの唇も綺麗だけど、こういうグロスを塗ると、もっと……そのアスランさんだってドキッとするかも!」

 

「あ、アスラン様が……?」

 

2Bのバイザーの下の瞳が、微かに揺れた。

「……アンドロイドに……そのような装飾は不要です。……機能的でもありませんかと。……でも、その……」

 

「『でも』?」

 

メイリンがニヤリと笑う。

 

「……人類の記録にある『化粧』という行為。それが心理的バイタルを安定させ、異性個体への求愛行動において有利に働くというデータは確かに存在するそうですが……、メイリン様、その“グロス”というものの成分は何なのでしょうか?」

 

「成分なんて気にしちゃダメです! 大事なのは『可愛くなりたい』っていう気持ちですよ!」

 

 

メイリンのノンストップなガールズトークは止まらない。スイーツの話題、音楽の話題、そして細やかなの恋の悩み。

 

「……アスランさんね、本当に鈍感で正義感が強すぎて、見ててハラハラするんです。でも、放っておけなくて。……2Bさんも、さっきアスランさんのこと、ちょっとだけ『いいな』って思いませんでした?」

 

「……。……私は人類を守る為の自動歩兵人形(アンドロイド)です……。感情を持つことは禁止されています……。」

 

2Bはいつもの“定型文”を口にするが、メイリンの隣でその指先は、ホログラムに映る可愛らしいリボンをそっとなぞっていた。

 

「禁止されてたって、動いちゃうのが心じゃないですか。……私たちの世界でも心があるから、みんな苦しんだり、そして笑ってたんです」

 

 

彼女の真っ直ぐな言葉に2Bはしばし沈黙し、やがて小さく、本当に小さく口角を上げた。

 

「……メイリン様。貴女様の話はバンカーのどのアーカイブよりも……非論理的で、とても眩しいです」

 

 

隣の部屋の廊下では、16D筆頭にヨルハ部隊員たちが「アスラン様の寝返り回数」を真剣にカウントし続けていたが、メイリン部屋だけは「普通の女の子たちの時間」が、静かに流れていたのだった。

 

 

「メイリン様………その………その………ですね、今のお話についてなのですが………。」

 

メイリンの放った「ガールズトーク戦法」という、論理回路に存在しない未知の飽和攻撃により防衛ラインは完全に瓦解していた。

 

「……私の担当オペレーターである6Oにも、その……お洒落の話をして頂けないでしょうか。彼女はずっと……人間様のお洒落と文化に憧れていたんです」

 

 

「……えっ、6O?その方って2Bさんの担当のオペレーターさんですか?」

 

 

「はい……。」

2Bは端末に映し出された『プラント流・恋に効くヘアアレンジ』の画像から目を離せずにいた。

 

「6Oはいつも地上にある『花』などの話の他にも任務外の話ばかりで通信してくるのですが、彼女がメイリン様のような気高き人間様から直接……その、『女子の嗜み』についてお言葉を頂ければ、きっと……任務へのモチベーションも最大値になるハズです。」

 

2Bの声には先ほどまでの冷徹な殺気は微塵もなかった。

 

彼女にとって人間と「ガールズトーク」を共有するという体験は数千年のアンドロイドの歴史において、どの戦闘記録よりも輝かしい「奇跡」として刻まれ始めていた。

 

 

「メイリン様。……明日、司令官がお二方と他のヨルハたちとの公式な『顔合わせ』の場を用意されています。……その席で、もしよろしければ……」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

時はアスラン、メイリンがこの世界へ漂着する数週間前までに遡る。

 

 

 

砂塵を纏った風が吹く砂漠地帯。

大きな岩が点在してる砂の海で2Bはあるものを見つける。それは砂漠に咲く一輪の美しい花だった。

 

生命の存在を拒むような乾いた世界で懸命に己の存在を主張するかのように咲く花は、命の無い機械仕掛けの人形(アンドロイド)である彼女にとって不思議に惹かれる物があったのだろうか。

 

2Bの随行支援ユニット“ポッド042”がその花をスキャンして解析。

 

「報告:解析結果によると、対象の植物は“砂漠の薔薇”である事が確定。推奨:撮影し写真データとして保存。」

 

「ポッド、撮影して6Oに送信して。」

 

「了解」

 

10秒後に通信着信が鳴り響く。

 

『オペレーター6Oより、2Bさんへ』

 

「こちら2B、聞こえてる」

 

『先ほど写真データを受け取りました!!ありがとうございます!!』

 

ヨルハ機体の中でも感情が豊かな6Oはあどけない年頃の少女のように明るい声で言葉を続ける

 

『これが砂漠の薔薇なんですね!!何だか・・・神秘的な形をしてますね。』

 

「薔薇の他にも地球には沢山の植物がある。サクラ、ユリ、スズラン・・ツキノナミダ。機会が有れば、また写真データを送る。」

 

『あ、ありがとうございます♩2Bさん!!この写真データは宝物にしますね!!…………2Bさん、地球には素晴らしい自然が沢山あるのですね。………私もいつか、いつか地球へ降りてみたいなぁ…………』

 

 

「その時には………きっと……」

 

 

叶わない願いと曖昧だけど“地球へ降りたい”希望が周辺の空気に小さく木霊する。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

時は現在へ戻り…………

 

 

当時の事を思い返した2Bが少しだけ潤んだような表情でメイリンを見る。

 

 

(……勝った!!)

 

メイリンは内心でガッツポーズをした。

2Bが「端末を回収」という任務を忘れ、「1人の女の子」あるいは「趣味の仲間」のような反応を見せている。

 

 

「もちろんです! 2Bさんのお友達なら全力でアドバイスしちゃいますよ! ……ねぇ、2Bさんをさらに『可愛く』する作戦、一緒に考えませんか?」

 

 

「か、可愛い……!?私は戦闘用モデルですが、メイリン様がそう仰るなら……論理的に正しい姿に……なりたいです」

 

2Bはメイリンの掌の上で転がされる小犬のようになっていた。隣の部屋の壁に張り付くヨルハたちの「変態的な執着」と、この部屋での「純粋すぎる憧れ」。

 

“メイリン・ホーク”という「人類」が持ち込んだ毒はヨルハの軍事規律を、かつてないほど甘色で予期せぬ方向へと溶解させていく。

 

 

だが、明日も大勢のヨルハの前に出るその場には11Bを殺した「処刑人」も、11Bを見限った「かつての恋人」も全員が集まる……。

 

 

 

 

 

 

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