海面を割り、天を突くようにして現れたその姿に、アスランの全身を戦慄が駆け抜けた。
それは、彼が知る“機動兵器”の範疇を、あまりにも無残に踏み越えていた。
「なんだ……あれは……!?」
3面モニターに映し出されたのは、機体のあちこちにクレーンや重機を配し、燃料タンクや剥き出しの鉄階段が複雑に絡み合った“あまりにも巨大すぎる鉄の塊”だった。
まるで、工場施設そのものを引き剥がし、無理やり人型に組み上げたような歪な造形。
それは美学や効率とは無縁の、ただ破壊と占拠のためだけに存在する暴力の象徴。
「アスランさん、信じられません! 質量計測不能……あんな規格外の大きさのモビルアーマーなど、見たことがありません!!」
メイリンの悲鳴がコクピット内に響く。彼女の指先は、コンソール上で激しく踊りながらも、あまりの異常数値に震えていた。
アスランの脳裏をよぎったのは、かつてベルリンを焦土に変えた地球連合軍の大量殺戮兵器“ デストロイガンダム ”だった。
だが、目の前の怪物はそのデストロイよりも一回り、いや二回りも巨大だ。しかし、決定的な違いがあった。
デストロイを含むモビルスーツが、洗練されたアクチュエーターによって如き滑らかな動作を見せるのに対し、この巨体は動くたびにギィィ……という鉄同士が擦れ合う凄惨な異音を立て、関節部からは煤煙を噴き上げている。
滑らかさなど皆無。ただ、その巨大な質量を慣性という力に変えて振るうだけの、無骨な解体機・・まるで剥き出しの“悪意”が形を成したかのようだった。
「……メイリン、あの小型機達に最大警戒信号を! 奴はただのモビルアーマーじゃない・・・。歩く要塞だ!!」
グフイグナイテッドの機体各所が、巨神の発する重低音に共鳴して小刻みに震えている。
アスランは操縦桿を強く握り、ホバリングを続ける“黒い小型モビルアーマー”たちへ向けて通信を開いた。
「そこの小型機7機、聞こえるか! 速やかにこの空域から離脱しろ! 奴は君たちの手に負える相手じゃない!」
アスランの声には、焦燥と、それ以上に純粋な“保護”の意志が混じっていた。
彼にとって、これほど華奢な兵器に乗っている搭乗員たちは、デストロイ級の広域殲滅兵器の前ではあまりに無力に思えたのだ。そのサイズでは、一撃掠めただけでパイロットの命など塵も同然に消え去ってしまうだろう。
「いいか、これ以上の介入は死を意味する! 退避ルートは俺たちが確保する、早く行けッ!」
その熱を帯びた、叩きつけるような怒声。
それは、アンドロイドたちが認識してる“男性アンドロイド”の声質とは明らかに異なっていた。
血が通い、心臓の鼓動が乗り、明日の命を懸けて叫ぶ「生物」の肉声。
その震え、その切実さは、ヨルハたちの義体に組み込まれた音声解析ログを激しく攪乱させた。
「……2B、聞こえたか?」
隊長1Dの通信に困惑の色が混じる。任務中における感情は抑えてるはずだが、彼女の音声は明らかに揺らぎを見せていた。
「あの男の声……レジスタンスとも違う。波形が不規則すぎる。まるで、……古いアーカイブにある“人間”の絶叫みたいだ。」
飛行ユニットのコクピットで、2Bは黒いゴーグル越しに蒼い巨躯を見つめた。自分たちの数倍はあろうかという巨大な背中。だが、その背中は酷く孤独で、それでいて頼もしかった。
グフは、自分たちを守るように巨大な盾を構え、巨神に向かって果敢に牽制のビームを放っている。
「ポッド・・・解析を」
2Bは静かに、傍らの支援ユニットに問いかけた。
「あの機動兵器の操縦者は、どこの所属のレジスタンス? 人類軍に該当する音声ログ、あるいは生体データは存在するか?」
『回答:照合不能。既存の全レジスタンスキャンプ、および月面サーバーのバイオメトリクス・データに該当者なし。また、当該個体が発する音声波形には、アンドロイド特有の電子ノイズが一切検出されない。結論:操縦者が“アンドロイド”である確率は、極めて低い・・。』
「アンドロイドではない……? なら、何だというの?」
『推論:未確認の生体、あるいは……。非論理的だが、当該個体は、自身を“人間”として定義した上で発声している可能性が高い』
「人間……。そんなはずは……」
2Bの言葉を、巨神の咆哮が遮った。
エンゲルスがその巨大な鉄腕を振り上げ、アスランのグフへと叩きつける。
「メイリン、来るぞ! スラスター全開だ!!」
「はいっ!!」
ゴォォォォォォォッ!!
グフの背部フライトユニットが、過熱寸前の青白い火炎を吐き出した。
紙一重だった。巨神の腕が空気を切り裂き、その衝撃波だけで廃墟の海面が円形状に窪む。もし、反応が一瞬でも遅れていればバッテリーエンジンを搭載したグフとて一撃でスクラップに変わっていただろう。
「……くっ、なんて馬鹿力だ!」
アスランは空中で機体を反転させ、4連装ビームガンの連射を巨神の関節部へと浴びせる。青い閃光がエンゲルスの装甲を焼くが、その巨体にとっては針で突かれた程度の痛痒も感じさせない。
「アスランさん、ビームの出力が足りません! あの装甲、単純な鋼鉄じゃなくて……何層にも重なった複合構造になってます!」
「なら、中を焼き切るまでだ!」
アスランは再び、右腕の“スレイヤーウィップ”を射出した。
鞭は巨神の指の隙間を縫うようにして這い上がり、関節の駆動系へと食い込む。
「喰らえッ!!」
最大電圧の放電。
巨神の腕の中で激しいスパークが飛び散り、ガクンと落ちるかのように動作が停止した。アスランの神経は限界まで研ぎ澄まされ、巨体の挙動、風の流れ、すべてを空間認識能力で捉えていた。
『……今だ! 各機、蒼い機体の援護に回れ!』
1Dの号令。
アスランの戦いぶりに、ついにヨルハたちが呼応した。
彼からの退避勧告を無視し、7機の飛行ユニットがエンゲルスの頭部――その巨大なセンサーへと殺到する。
海面を割り、天を突くエンゲルスのもう片方の巨腕が振り下ろされる中、戦場にさらなる衝撃が走った。
「全員、機動形態へ移行せよ!!」
1Dの鋭い号令が下される。それまで戦闘機形態で空を舞っていた7機の飛行ユニットが、一斉に駆動音を響かせた。
主翼が複雑に折れ曲がり、機体中央部がせり上がる。そこから現れたのは、人型の四肢を備えた“機動形態”モビルスーツ的なシルエットを持つ格闘戦用フォームへの変形だった。
3面モニターでその光景を捉えていたアスラは、操縦桿を握る手に思わず力が入った。
「!? 可変型!? 飛行形態から人型になっただと……!?」
アスランの常識では、可変型機動モビルスーツには相応の質量と複雑な内部フレームを必要とする。だが、目の前で踊る黒の機体群は、グフの半分以上にも満たない極小サイズだ。
「メイリン!! あれは地球軍の新型か!? あのサイズで機動形態を維持できるような高出力ジェネレーターを積んでいるというのか!?」
「データ照合中……ですが、該当する型式番号は一切ありません! それにアスランさん、あの熱源反応……核エンジンとも違う、もっと高密度で不安定な……まるで、エネルギーそのものが意思を持っているような反応です!」
メイリンの叫びに、アスランの戦慄は深まる。
連合の新型機だとしたら、あまりにも技術的飛躍が過ぎる。だが、彼女たちが機械生命体に追われていた事実を考えれば、共通の敵を持つ“味方”である可能性が高かった。
しかし、その鮮やかな変形の輪の中で、一機だけ不協和音を奏でる機体があった。
先ほど紅い光弾の直撃を受けた12Dの飛行ユニットだ。
「グッ……ア、アアッ!!」
変形シーケンスの途中で、破損した主翼のフレームが火花を散らし、激しい金属音を立てて固定された。右腕のパーツが歪んだ角度で止まり、機体バランスが崩れる。
「こちら12D、変形機構に障害!! バランス維持不能、高度落とします!」
『ポッド!!、12Dの損傷をスキャン!』
1Dの厳しい指示が飛ぶ。飛行ユニットの変形フレームの破損は、この激戦区において死を意味する。人型に変形できず、飛行形態で加速することもできない“鉄の塊”と化した12Dの飛行ユニットへ、エンゲルスのもう片方の腕が、ハエを叩き潰すような軌道で迫る。
「……っ、させるか!!」
アスランが叫んだ。
グフの全スラスターが限界を超えて噴射される。蒼い閃光となった機体は、12Dと巨腕の間に割り込み、シールドを突き出した。
ガシャアアアアアアン‼︎
巨大な鉄の拳の横からシールドが衝突し、グフの機体全体が軋みを上げる。
「う、ああっ!!」
衝撃がコクピットを襲い、メイリンが座席で身をよじる。だが、アスランは歯を食いしばり、盾を押し返した。
1Dはその隙を見逃さなかった。このままでは全滅する。彼女は即座に戦術を組み替えた。
「12H!! 11B!! 12Dを安全空域圏へ!!」
『了解! 12Dを牽引します!』
二機の飛行ユニットが中破した12Dの腕を取り、急速に戦場からの離脱を開始する。
残されたのは、2B、1D、4B、7Eの4機。
「……残りの4機であの“蒼い奴”と共にターゲットを叩く! 2B、4B、7E、攻撃開始!!」
『了解』
2Bの静かな、だが研ぎ澄まされた声が届く。
4機の飛行ユニットは機動形態のまま、腕部から黄色く輝くエネルギー状の刃を出現させた。
(・・!?あれはビームサーベルか!?イージスの格闘兵装ような出力だ・・。)
アスランは、3機が離脱し、残る4機が自分と並び立つ意思を見せたことを悟った。
「……メイリン、離脱する3機の援護は……今は無理だ。残った彼女たちが俺に合わせて動こうとしている。なら、道を作るしかない!」
アスランの認識では、彼女たちは“決死の覚悟で殿を務める小型MS部隊”だった。
「聞こえるか、そこの4機! 離脱する仲間は俺の背後で守る! 君たちは奴の顔面・・あの赤い光を放つセンサーを狙え! 隙は俺が作る!!」
アスランは再び、右腕のスレイヤーウィップを最大出力で展開した。
(もう誰も……墜とさせはしない!!)
彼の強い意志に応えるかのように、工場廃墟沿岸沖上空にに新たな雷鳴が轟いた。
だが、その絶望的なまでの巨大な敵を前にして、二つの世界の力が、初めて一つの“意思”として結びつこうとしていた。