NieR:Automata JUSTICE   作:うぇいかた

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Phase5 「顕現スル異物」

     ◇◇◇

 

“エンゲルス”が排除された今、彼女たちが次に優先すべき任務は、この未知なる戦力の身元確認、あるいは無力化だった。

 

「……ハッチを開けろだと?」

 

アスランは眉を寄せた。

彼からすれば、彼女たちは死地から救い出した“未熟なパイロットたち”だ。感謝こそされど、銃口を向けられる謂われはない。

 

「聞こえるか、小型機の搭乗員。俺たちはレジスタンスではない。所属を明かす義務もないが、少なくとも君たちの敵ではないはずだ。武器を収めてくれないか」

 

 

その言葉に、2Bが冷静なトーンで問いを重ねた。

『……先ほどの支援には感謝する。だけど、レジスタンスと我々ヨルハ部隊は、人類軍という大きな枠組みの中にいながら、異なる組織であり、対等な同盟関係に過ぎない』

 

彼女の言葉は感情は無くとも刺々しく淡々としていた。

『貴方は先ほど、私たちに“退避しろ”と、一方的な命令を下した。何の権限があって私たちに命令をしたの? そして、その大型機体……それだけの技術力を持つ組織が、なぜ人類軍の記録にないのか。……回答を拒絶するなら、私たちは貴方を“潜在的敵対個体”として処理せざるを得ない』

 

「命令……? 俺は、ただ君たちの身を案じて言っただけだ! あの状況で戦い続けることがどれほど無謀か……!」

 

『……“身を案じる”?』

1Dの鼻で笑うような声が響く。

 

『意味不明ね。機材の損耗を懸念しているというの? それとも……私たちの“心”が折れるとでも思っているのかしら? 安っぽいヒューマニズムはレジスタンスだけで十分だ。』

 

 

アスランは絶句した。

(ヒューマニズム……? 命を助けようとしたことを、この子たちは否定しているのか?)

 

アスランの認識では、彼女たちは「最新鋭だが、性格に難のある、軍人然とした少女たち」に映っていた。そして、先ほどからポッドや彼女たちが口にする“Android”という言葉を、アスランは完全に聞き違えていた。

 

 

(……“アンドロイド”……。さっきから何を言っている。自分のことを高性能な通信端末だと言い張っているのか? まさか、人型通信ロボだと言いたいのか? いや、そんなはずはない。この声、この動き、そしてこの……頑ななまでの意固地さは、人間そのものじゃないか)

 

考えても埒があかない。

 

「……メイリン、ハッチを開けるぞ」

 

「えっ!? でもアスランさん、相手は銃を向けてるんですよ!?」

 

「ああ。だが、言葉を尽くさなければ解決しない。彼女たちは……どうやら、自分たちが機械だと信じ込ませるような、過酷な教育を受けているのかもしれない」

 

 

アスランは、彼女たちを“何らかの特務機関に所属し、感情を殺す訓練を受けた悲劇的な少女兵”の類だと解釈した。

彼の知る地球連合軍の強化人間の“ブーステッドマン”や“エクステンデッド”のような存在。

 

 

(もしそうなら、余計に放ってはおけない……!)

 

 

「いいだろう、ハッチを開ける。だが、武器は下げろ。……俺は、丸腰で君たちと話がしたいだけだ」

 

蒼い巨躯“グフイグナイテッド”の胸部装甲が、蒸気と共に重々しく跳ね上がる。

そこから現れたのは、戦火に汚れながらも、強い意志を宿した一人の青年の姿だった。

直射日光が、彼の紺色の髪と、決意を秘めた瞳を照らし出す。

 

アスランはコクピットの縁に足をかけ、外の世界を見渡した。

そして昇降ワイヤーを使いメイリンと共に地面へ降り、ヨルハたちも飛行ユニットを着地させて操縦席から降りる。

 

降りた直後に飛行ユニットから出てきた彼女達の姿に、彼の思考は激しい違和感によって停止した。

 

自分たちを取り囲む、7人の“女兵士”たち。

視界に飛び込んできたのは、腐敗しきったこの廃墟にはあまりにも不釣り合いな、洗練された美しさを持つ女性たちの姿だった。

 

 

(……なんだ、彼女たちの姿は……?)

 

 

自分と同年代か、あるいは少し年上に見える成人女性。

 

彼女たちは一様に、漆黒のゴシック調をベースとした、繊細な刺繍の施されたドレスを纏っていた。足元を包むのは、機能美と艶やかさを兼ね備えた黒のサイハイブーツ。

そして何より異様なのは、その全員が目元を黒い布――“戦闘用ゴーグル”で覆い、表情の一部を隠していることだった。

 

その立ち姿は、戦士というよりはどこか悲劇の舞台に立つ演者のようでありながら、手に握られた巨大な剣からは、隠しきれない鋭利な殺気が放たれている。

 

「君たちは……地球軍の特殊部隊か?」

アスランが発した第一声は、この世界の住人にとっては、あまりにも見当違いな問いだった。

 

だが、彼にとってはそれが精一杯の推論だった。これほど統率され、高価な装備を身につけ、かつ“人間”としての体裁を保っている集団など、国家規模の組織以外に考えられなかったからだ。

 

「……俺はアスラン・ザラだ。見ての通り、君たちと同じ人間だ。……少し、話を聞いてくれないか」

彼の穏やかで力強い声が彼女達の聴覚ユニットに突き刺さる。

 

『……報告:生命反応を検知』

ポッド042の無機質な声が、ヨルハ全機の通信回線に衝撃と共に走った。

 

『当該機体内部より、人類のバイタルサインに極めて酷似した波形を確認。……否定不能な事実として、対象は“アンドロイド”ではなく、純粋な“生体組織”によって構成されている。』

 

 

『……!? ポッド、今なんて……!?』

2Bの、1Dの、そして全ヨルハの思考がフリーズした。

 

 

黒いゴーグルの奥で、彼女たちの視覚センサーは、グフのコクピットから現れた2人の「男」「女」を捉えていた。数千年前に異星人の侵略で月へ逃げた人類。今の地球には存在しないはずだった。

人類軍の守るべき象徴であり、同時に“創造主”と定義されていた種。

風に髪をなびかせ、一人の少女を背後に庇いながら、真っ直ぐに自分たちを見据えるその存在を。

 

 

7人のヨルハ達は全身に微かな震えが走った。それはプログラムの不具合ではなく、アンドロイドたちの魂が受けた、天地を覆すほどの動揺だった。

 

先ほどのアスランが発した第一声である『地球軍の特殊部隊』の問い掛けに対して、7人のヨルハ機体は、誰一人として答えられなかった。

 

 

「「「「「「「 ・・・・??????? 」」」」」」」

 

黒いゴーグルの奥にあるセンサーが、激しく情報の照合を繰り返しているのが、微かな電子音として漏れ聞こえる。

アスランは、彼女たちの沈黙を“所属を明かせない軍秘匿義務”だと解釈した。

 

「答えたくないならいい。だが、この惨状だ・・・。救援を呼びたいが、通信が全く繋がらない。君たちの母艦はどこだ? “大西洋連邦”か? それとも“ユーラシア連邦”の所属か?」

 

さらに重なる、聞き慣れない単語の数々。

アスランの言葉は、ヨルハたちの頭上に、物理的な疑問符を浮かび上がらせんばかりの混乱を招いた。

 

『……ハ、ハイ?』

4Bが思わずといった風に素っ頓狂な声を上げた。

 

 

『タイセイヨウ……? ユーラシア……? 報告:該当する国家、組織、地政学的名称は、月面サーバーの記録されてるアーカイブから9951年分のログを照合しても不存在。』

ポッド042の冷静な指摘が、さらに場を冷え込ませる。

 

「所属を隠しているのか?」

アスランはさらに踏み込むように問いかける。

 

「アスランさん、話が噛み合ってません!」

メイリンが間に入り、困惑を露わにする。

彼女の手にあるモバイル端末は、先ほどからヨルハたちの発する信号を必死に解析しようとしていたが、その結果は「異常」の一色だった。

 

「彼女たちのコード、OSの基礎言語が、私たちの知るどの国家の規格とも違うんです。まるで、根本から別の文明で作られたみたいに……」

 

その時、一歩前に踏み出したのは隊長の1Dだった。

彼女は黒い剣を鞘に収めることなく、アスランの顔を――その「皮膚の質感」や「呼吸による胸の上下」を、信じられないものを見るような眼差しで見つめていた。

 

「……貴方、本気で言っているの? それとも、壊れているのか?大西洋連邦なんて古びた化石のような名称、人類軍のアーカイブでも聞いた事も見た事もない。」

 

「化石……? 人類軍のアーカイブ!?」

 

アスランは絶句した。

確かに、空の色は淀み、都市は植物に飲み込まれている。だが、彼にとっての世界は、ほんの数時間前までザフトのジブラルタル基地から逃げ出して、デスティニーとレジェンドの挟撃から逃れる為の戦いを繰り広げていたのだから。

 

「……2B。ポッドの解析結果は、どうなっている?」

 

1Dの問いに、2Bは静かに頷いた。彼女の傍らで浮遊するポッド042が、決定的な数値を空間に投影する。

 

『再報告:当該個体のバイタルサインは、極めて高精度な生体反応を示している。心拍:72。体温:36.5度。血液内のヘモグロビン反応、汗腺の活動、および眼球の微細な不随意運動……。全て特徴と過去のアーカイブの照合結果、対象2名が“人類のホモサピエンス”であることが判明。』

 

『ウソでしょ……。人類は、月へ逃げたんじゃなかったの? 地上には一人も残っていないって……』

 

11Bが、震える声で呟いた。

アンドロイドたちにとって、“人間”とは神にも等しい崇拝の対象だ。

その“神”が未知の大型機動兵器“モビルスーツ”の中から、自分たちと変わらぬ・・否、自分たちよりも遥かに脆く温かい肉体を持って現れたのだ。

 

「……人類が月へ逃げた!? アンドロイド?」

アスランは、ようやくその言葉の違和感の正体に気づき始めた。

 

目の前の美しい少女たちが、さっきから自分たちを“人間ではないもの”と呼び、自分たちのことを“機械仕掛けの人形(アンドロイド)”だと称している。

 

(……この子たちは、自分を機械だと思い込まされているのか? そんな洗脳が……。いや、それならこのポッドという機械はどう説明する?)

 

「君たちの言うことは、さっきから支離滅裂だ。……だが、一つだけ確認させてくれ」

アスランは地面を蹴るように前に出た。一歩、二歩とヨルハたちへと自ら歩み寄る。

 

「君たちは、俺を“人間”だと言ったな。……それは、この世界において、それほど珍しいことなのか?」

 

2Bが、一歩前に出る。

彼女のゴーグル越しに、アスランの姿がどう映っているのかは分からない。

だが、彼女が差し出した白皙(はくせき)の手が、微かに震えているのをアスランは見逃さなかった。

 

「……珍しい、なんて言葉では足りない。私たちアンドロイドは貴方たちを『神』として崇めて故郷である地球を取り戻す為に、数千年も戦い続けてきたのだから・・。」

 

「・・・数千年だと!?」

 

 

アスランとメイリンの背筋を、氷のような戦慄が駆け抜けた。

時計の針が狂っている。いや、自分たちの知る世界のレールから外れ、異界に放り出されている事に・・。

 

「……立ち話をしている暇はなさそうね」

1Dがようやく剣を下げた。だが、その視線にはまだ鋭い警戒と、それ以上に隠しきれない「敬畏」の色が混じっている。

 

「アスラン・ザラという名称だったか?貴方たち2人が何者であれ、今ここで死なせるわけにはいかないわ。ヨルハ部隊の最優先事項が、たった今書き換えられたもの」

 

「書き換えられた……?」

 

「私たちアンドロイドの最重要理念の“人類保護”よ」

 

彼女の発言でアスランの脳裏に、かつて見てしまった「世界の闇」がフラッシュバックする。

 

 

地球連合軍の秘密研究施設“ロドニアのラボ”

 

そこにいたのは、薬物と洗練された戦闘教育によって“生体CPU”へと造り替えられた子供たち--“エクステンデッド”-ー

それらが作り替えらる過程で目にしたのは失敗して放置された子供たちの亡骸や水槽に並べられた脳や身体の一部の数々・・。

 

その研究に資金提供してるのが、命を命とも思わぬ狂信的な独善さ、コーディネイターに対して狂気を超えた憎悪を抱く過激派組織“ブルーコスモス”であり、その背後にあるのは死の商人“ロゴス”。

 

(まさか……。彼女たちは奴らの被害者なのか!?)

 

一度芽生えた疑念は、確信へと変わっていく。

彼女たちが自分を「人間ではない」と言い張り、自分たちを「アンドロイド」と定義するその異様な言動。それこそが、徹底した洗練という名の「洗脳」の成果に思えてならなかった。

 

 

隊長の1Dが、アスランの言葉をなぞるように低く、苛立ちを隠さずに呟いた。その背筋を伸ばした立ち姿は、軍人としての誇りに満ちている。それがアスランには“ブルーコスモス”の連中が持っていた、狂った忠誠心と重なって見えた。

 

「悪いけれど、私たちは貴方の言うような“脆弱な生物”ではないわ。私たちは人類軍の栄光のために、この命を捧げるために製造された自動歩兵人形のヨルハよ。同情なんて、侮辱でしかない」

 

「製造・・・だと?自動歩兵人形だと!?」

アスランの眉間の皺が、さらに深く、険しく刻まれる。

 

(製造だと!? 命をなんだと思っている! 彼女たちは自ら“自動歩兵人形”と・・。奴らにそんなことを言わされてるのか!!)

 

 

「いい加減にしろ! !君たちの指揮を執っているのは“ブルーコスモス”だろ!? 答えるんだ! ジブリールはどこにいる!?」

 

 

「・・ブルーコスモス!?・・・ジブリール・・?」

7人のヨルハたちの頭上に、目に見えるような疑問符が浮かんだ。

 

『……バイタルサインの急上昇を確認。対象の精神状態は、極めて不安定な“激昂”状態である。』

傍らで浮遊するポッド042が、空気を読まない報告を吐き出す。

 

その声さえも、アスランには無機質な監視者の声に聞こえていた。

 

 

「アスランさん、落ち着いて! 彼女たちの言ってること、私たちの常識と根本的にズレてます!!」

メイリンが止めようと袖を引くが、今の彼には届かない。

 

彼の正義感は、目の前の女性たちが不当な扱いを受けているという“誤解”に基づいた怒りによって、臨界点に達していた。

 

「ロゴスだろ!!どこのラボが君たちをそんな風にした! 人を機械呼ばわりして、道具のように使い潰す……そんなことが許されると思っているのか!!」

 

 

1Dが一歩踏み出し、苛立たしげに腰の剣の柄を叩いた。

「さっきから何を言っているの!? ブルーコスモスだのロゴスだのジブリールだの、そんな無意味な文字列は私たちの言語回路にはないわ! 私たちが忠誠を誓っているのは月にいる人間様であり、私たちの存在意義は、人間様の故郷である地球を取り戻すことよ!」

 

「月面……!? そうか・・ジブリールは月面基地に身を潜めてるんだな⁉︎」

 

「まて!! 話をややこしくするな!!」

それまで沈黙を守っていた11Bが、こらえきれずに叫んだ。

彼女もまた、この“本物の人間”から向けられる、見当違いな怒りと過剰な保護欲に、どう反応していいか分からず混乱していたのだ。

 

「私たちはアンドロイドだと言っているでしょ! 貴方が使っているその携帯端末とは違うのよ! !分かる!? “心”があるように見えるのは、私たちアンドロイドは人間を模して造られてるからよ!!」

 

「馬鹿なことを言うな!!」

 

アスランの怒声が、廃墟の静寂を切り裂く。

 

「人間を模して作られてる人形なら、そんなに震えた声が出せるものか! 君たちは生きている! 心があるから、仲間を助けようとし、死を恐れて機体を動かしているんだ! それを否定させるような教育……ロゴスのやりそうなことだ!!」

 

『……報告:対象の論理展開に、致命的なバグ、あるいは文化的断絶を検知。これ以上の対話による解決の確率は0.02%・・。』

ポッドの冷静すぎる指摘が、火に油を注ぐ。

 

 

「いえ……その……」

おずおずと、4Bが口を開いた。彼女はこの険悪な空気をどうにかしようと、彼女なりの“事実”を提示して説得を試みる。

 

「私たちの指揮系統は・・そのですね・・衛星軌道上基地に“バンカー”があって・・・。」

 

「まて!! 4B!! 機密を漏らすな!!」

 

「だ、だって11B、この方は敬愛すべき人間様なんだよ!? 機密も何もないでしょ!?」

11Bと4Bが、アスランとメイリンの目の前で口論を始めた。

 

一方のアスランは、“衛星軌道上の基地”という言葉を聞いて、さらに顔を青ざめさせていた。

 

「衛星軌道上の基地……。“レクイエム”か、あるいは……“ヤキンドゥーエ”のような要塞があるというのか……!?」

 

「レクイエム!? ヤキンドゥーエ!?違うわよ。そんな物騒な名前じゃないわ! 私たちヨルハ部隊の司令部の名称よ!!」

 

「その“ヨルハ司令部のバンカー”で何を作って、何を企んでいる! 次はどこの都市を焼くつもりだ!!その司令部の背後にロゴスが居るのか!?」

 

「都市なんて、もうどこにも残ってないわよ!! 全部この機械生命体が壊したの!! 見れば分かるでしょ!!」

1Dが、廃墟の街を指差して絶叫する。

だが、アスランの中では、先で戦いで堕とした機械生命体すらも「ロゴスが作った自律型破壊兵器」の成れの果てと定義づけてしまった。

 

「……もういい。これ以上君たちと話していても埒が明かない」

アスランは、頭痛をこらえるように額を押さえた。

 

 

彼の中で、彼女たちは「一刻も早く救い出し、まともな精神ケアを受けさせるべき被害者」として完全にカテゴリ分けされていた。

 

 

「とにかく、その“バンカー”とやらの司令官に繋げ。俺が直接話す。これ以上の少女兵の使い捨ては認めるものか!!」

 

 

「・・ハァ・・誰が少女兵よ・・。」

1Dが深いため息をつき、天を仰いだ。

ヨルハ精鋭の編隊が、たった一人の“人間”の思い違いと正義感に完敗した瞬間だった。

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