生中継術式を縛りによって殺戮術式にした本作ツクちゃん。
「おい。待て」
雪が降る往来を、サラリーマンや学生たちが色とりどりの傘を差して行き交っている。さくさくと、新雪を踏みしめることで黒いアスファルトが露出する。
星野アイの息子『星野アクア』は公園の木陰に立っていた、不気味な少女に近づいていく。
「やぁ。星野アイが菅野良介に刺された日以来だね。調子はどうだい? 星野愛久愛海」
ころころと鈴を転がすような声だった。
「……良いわけねーだろ」
「それもそうか。今の君と、君の母親が置かれている状況は
白髪の少女は星野アクアを後ろに引き連れて、公園の中を練り歩く。
「何で知ってる。というか何を知ってる。お前はマジで何なんだよ……!」
「しぃー……。大きい声を出したら他の人の迷惑だよ。それに、なにぶんこれが私の在り方だからね。世界の外側からの傍観者、そして運命の導き手。神秘を以って、実在を染める代行者。それが『私が定義する私』。巫女なんてそんなものだろう?」
滑り台の上でシャボン玉を吹き始めた少女の周囲に、烏たちが集まる。真っ白な地面に一つ、また一つと増えていく黒い色。その光景はアクアにはひどく不気味なものに見えた。
「誰だって本質と同一じゃない自分というものを定義しがちなものだ。君も、そうじゃないかな。
「!」
空に幾つもの泡が弾けて消える。
「星野愛久愛海。君は私だ」
「……は?」
「意外かな? でもね。少なくとも私は、死者の記憶を赤子の体に移すような外法を使う者の同類で、君たちの境遇を理解する存在だよ」
星野アクアは振り返る。いつの間にかアクアの背後に立っていた少女は、片腕に乗せた烏の体を毛繕いしていた。
「死人たちの記憶が、魂の無い赤子に宿ったことはまさしく運命だった。二つの命を運んだのは神様だったのか、それとも君たちの願いだったのかは、私の与り知る所ではないけれど。いいや、もしくは————くすっ」
ベンチに座る黒ドレスの幼女の目は、世界そのものを俯瞰して見ていた。彼女の纏う雰囲気に、アクアは気付く。どこかで感じたことがあるその気配を、記憶の中から糸を辿るようにして思い出した。
「お前。……もしかしなくても『それが始まり』の撮影にもいただろ。あの時もそうだ、何をやったんだ」
「ふふ。知りたい? だったらついておいでよ。君たちにとっても大事な話をしよう」
くるりと軽やかに踵を返して、白髪を靡かせて少女は歩く。
「『世界の端っこ』に案内するよ」
烏が曇天の空に舞った。
★
たったの一年前の、少し昔の話をしよう。
五反田泰志監督作品、ジャパニーズホラー映画『それが始まり』。それは、地下アイドルグループB小町のメンバー『アイ』を一躍有名にしたきっかけの映画だった。
低予算で撮影された映画でありながらも、そのクオリティは監督の撮影技術やセンスの良さが遺憾なく発揮され、監督賞にノミネートされて然るべき作品となっていた。だが、その撮影の裏舞台で、一つの不可思議な事件が起きていたことを人々は知る由も無かった。
その心霊現象を体験している人間は、演者である二人の子どもと、監督その人だけだった。
「ねぇねぇ。おじさんたち。どうしてこんな場所にまでやって来たの?」
「あ? お前……どっから入り込んだ?」
いつの間に撮影クルーの中に紛れ込んでいたのだろう。森の中でカメラを設置していた五反田泰志の傍に、不思議な少女が立っていた。
その顔は樹々の葉の影によって、薄暗い影で塗りつぶされている。
「あぁ、映画撮るんだ? 良いよねぇ映画。面白くて。私はヒッチコックの『鳥』が好きだよ」
「……最近の子どもって皆
五反田泰志の脳裏に、苺プロの男児の顔がよぎった。だが、不気味さのベクトルが何処か違う。アイのバーターである男子は、大人が子供の中に入っているかのような違和感から来る不気味さだが、眼前の女児は、まるで————。
「でも知ってる? 映写機ってね。呪術的に言えば世界を切り取るためのものなんだぁ。この世とあの世を一つに纏めることができるからね。心霊写真ってあるでしょ? この世ならざるものを映す触媒として、カメラって申し分ないんだよ」
————この世の者ではないように思えて、仕方が無かった。いつの間にか頬を伝っていた冷や汗を無意識に拭っていた。
「ねぇおじさん。見たところ、低予算映画の制作だろうし。このロケの場所、安く借りられたから選んだんでしょ?」
声が別の所から聞こえて来た。慌てて振り返った五反田泰志の背後、そこに立っていた白髪の少女は、肩に烏を止まらせてくすくす嗤う。
「この場所が安かった理由って、分かる? 雰囲気あるよね?」
霞む目で瞬きをすると、黒いドレスの少女が立っていた所には古ぼけた祠が佇んでいた。烏たちが、祠の前で何かを啄んでいる。
「気を付けてね。この場所、子どもがいなくなること多いから。————それと、森の奥にある廃ビルには入らない方が良いよ」
くすくす、くすくす、ガァガァガァ。ざぁざぁ、ざぁざぁ、ガサガサガサ。
子供の姿はどこにもない。神隠しにあったかのように、何処にもいた痕跡がない。風が吹くと、何故か太陽の光が弱まった。森がより鬱蒼と影の色を強め、子供の笑い声と烏の鳴き声が木の葉が擦れる音と合わさって、漣のように広がった。
「……、何なんだよ。今の」
「おーい、カントク。どうした……の?」
白昼夢かと思うには生々しい不気味さを宿した、そんな出来事だった。五反田泰志は子役のアクアの前であるが故か、いたって平静だとばかりに取り繕うと、煙草にライターで火を付ける。だが、その指に挟まった煙草とライターは震えていた。
★
撮影は順調に進んでいく。その様子を、少女は森の奥にある廃ビルの屋上から眺めていた。
「……闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」
言葉を呟いたその瞬間、子役の二人が、その場から消えた。
★
二人の子どもは、廃ビルの中を必死に走っていた。
「なんっ、なのよ、
「良いから走れ!
映画の子役として、この片田舎に招かれた二人の子どもが、どこか歪な建築物の中を駆けていた。金髪と赤い髪が暗闇に靡き、汗粒と恐怖が振り撒かれる。
「もう、ぜんっぜんわかんない! 一体どうなってるの! 私たち、変な穴に落っこちたら、何でこんなところにいるのよぉ!」
「有馬かな! こっちだ!」
おかしい。こんなのは絶対現実じゃない。子役の少女、有馬かなはそう考えていた。だって、私たちはさっきまで森の中の開けた場所にいたはずだ。なのに、いま、この状況は何なのだろう。
いいや、そもそも今日という日はおかしかったのだ。まるで悪夢を見ているような一日だった。だって在り得ない。コネで出演をとっていった、卑怯な子供に、自分が演技で負けるだなんて信じられなかった。
だから、泣き崩れて、情けなくて、膨れ上がった感情が溢れ出て、そして……その真っ黒な気持ちの中に、物理的に落ちていった。そんな非現実的なことは在り得ないと、子どもであろうと流石に分かる。
では、この現状は何だ。隣で凄い演技をしたこの男の子は、自分の悪夢の産物なのか? そして————。
「ひぅ!」
ひゃははははは、ひゃははははは!
けたたましい笑い声が後ろからゆっくりと近づいてくる。
「ひっ……」
「ちっ、フンドシ一丁になって動きやすくなりました、ってか」
それは、人の世界に在ってはならない異形だった。四つの目を持つ、禿げ上がった真っ白な肌のバケモノが、ゆっくり二人に近づいてくる。
芸能界で並大抵の子どもとは一線を画す度胸を持つかなであったが、流石にこう言った心霊現象には恐怖するしかない。どこまでいっても齢数年の子どもなのだ。
「……、有馬かな。二手に分かれよう」
「は、はぁ⁉ 何言ってるのよ、一人で逃げてもバケモノが目の前のだけじゃないかもしれないじゃない‼」
「それでもだ。ここで二人とも死ぬより、生き残る可能性がある方にかけた方が良い」
口調はぶっきらぼうだが、金髪の子ども……アクアは有馬かなを背中側で隠し、眼前のバケモノと向かい合っていた。
言葉は平静を装っているが、恐怖に圧し潰れそうに震える脚は隠しきれていない。だが、彼は有馬かなよりも現状把握が出来ていた。なにぶん、転生なんて超常現象を成熟した精神年齢で身をもって体験したのだから、当然と言えば当然かもしれない。
ひゃはっ、と悪霊は爪を研ぐ。ぼやぁ、と黄色の光がその掌に集まりだした。
「い、いやっ……」
「有馬かな!」
命を失う。霊から噴き出た殺気の奔流に触れ、脳裏に浮かんだのは前世を思い出すあの経験。思わず、アクアは少女のことを抱きしめていた。
「呪布操術『
————だが。それは全くの杞憂だった。
「ひ、ぁ……?」
「は?」
気付けば二人は、映画撮影ロケ地の廃ビル、その外にいた。周囲では慌ただしく行方不明になった二人の捜索が行われていた。
突如現れた二人に、周りの大人たちやアクアの妹は涙を流しながら駆け寄ってくる。二人に覆い隠された布は、彼女らを元の世界へと傷一つなく送り返したのだった。
★
四ツ目の白いバケモノ……呪霊の前には、先ほどまで追いかけまわしていた
「わざわざこんな場所で巣を張るなんて、七面倒なことをしているね。でもしょうがないのか。元来、呪われた負の魂……地縛霊は生まれた場に留まるものだしね。さて、君は何を呪って死んだのかな?」
ぞっとするほどに冷たい目だった。少女……ツクヨミの感情は人とは少し違うらしい。
その目が、呪いは気に食わなかったようだ。負の感情というエネルギーを奪えなかったこともあるだろう。バケモノは青筋を立てて、口角泡を飛ばして殴りかかってくる。
「なめんな。ステゴロもできるんだよ」
精密に呪力を操作し、体内に循環させて肉体強度と運動神経を底上げするツクヨミ。そして彼女は神速で移動するや否や、霊の目の前で腕を振り抜いた。
「ブギュアッ!?」
「んぅ……。想像してたより、大分脆い。黒鳥操術の術式を解禁する必要もなさそうだけど」
黒鳥操術。それは複数羽の烏を操り、その烏たちと視覚を共有する術式。烏の見ている景色を映像媒体などに投影することで、偵察・索敵に類稀なる効果を発揮する。
逆に、戦闘に術式を用いるためには、能力制限による呪力の振り分け、即ち縛りなどの工夫を必要とする。
この生得術式を持つツクヨミは、術式影響下の自身と烏双方の間に『烏を術式効果で操らない』という黒鳥操術の意義を全否定するという縛り、及び『術者は烏の命を害さない』という変則的な命を懸けた縛りを結び、その代価として本来微弱である動物(烏)の呪力制限を消し去っている。
一方でツクヨミの魂は、前世である烏とほぼ同じ色形である。さらに転生を経て、欠落した人間の魂と混ざり合った際、その女児の肉体には神霊・賀茂建角身命の一部が変質した特級呪物『
これらの人間社会で生きるには異端である
「ガッ! ギィ! ブェッ! ルィオァッ!」
「ほっ、は、よいしょっと。呪力強化すればこの程度ならダメージゼロだけど、子供の体躯だからリーチは無いし。殴り続けるのも芸がないし、早々に決着つけたいし。じゃあ……」
————もう一つのほうの術式を使おうか。
ツクヨミの肉体に刻まれた生得術式は複数ある。これは、生まれながらにして受肉体に近い魂の構造をしているが故であった。烏の魂から引き継がれた術式。それは何の因果か、月読命の伝承にある霊薬の名を冠する生得術式である。
「『
天に掲げた掌から、大量の液体が生成された。呪霊の生得領域に収まりきらないほどのソレは渦を巻き、ごうごうと風を切って激しく飛沫を上げている。
「術式順転・『
(この強さじゃ、極ノ番を使うまでもないね)
極ノ番。それぞれの術式の奥義のようなものであるが、ツクヨミはこの極ノ番を、他の術式などを参考にして自己流の改造を施している。
例えば、黒鳥操術の極ノ番『
さらに、体質を用いた縛りの恩恵によって、ツクヨミと烏たちの双方で能力の共有が行われていることもあり、複数の術式を同時に、尚且つ青天井に上限が更新され続ける呪力量・呪力出力で放つことが可能となる。
「『百斂』」
今回、ツクヨミが選んだのは呪術御三家の奥義だった。加茂家から分家筋に流れた相伝の生得術式を応用し、頭上に浮かぶ大量の水を豆粒大まで圧縮する。
「『穿血』」
呪術師数百人が束になっても敵わない程の呪力量、その力を用いて射出された水は音を彼方へ置き去りにした。
「どう? 『変若水』の術式効果で、触れた部分が経年変化で朽ちていく気分は。って、
その水撃で齎されるのは、クラスター爆弾を遥かに凌駕する破壊力。その効果影響範囲を精密な術式操作で敵のみに絞り、周囲の建造物には一切傷を付けることなく呪霊を穿っていく。
「ッフゥゥ‼」
「あれ。頑張るね。成る程、霊的存在の身体構造ってこんな感じなんだ」
小首をかしげるツクヨミ。
水の斬撃で四肢が捥がれ、呪われた自縛霊は呻き声をあげながらも、必死に傷を治そうと体中から呪力を巡らせていた。水浸しのコンクリートタイルの上でもがき続けている悪霊を、ツクヨミは上から踏み付け床にめり込ませながら話を続ける。
「ギィッ!?」
「ねぇ知ってる? 異能力の発現度とか術式の練度の総合力とか、霊や呪物は五段階の等級に分類できるんだって。その中でも最上位なのが『特級』って言ってね。魔女のお姉さんが言うには我々がそれに該当するらしいよ」
————私と、
いつの間にか、生得領域として展開された廃ビルの手すりや階段、そこかしこに、烏たちが集っていた。しゃがみこんで呪いの顔を覗き込むツクヨミにつられて、ガァガァと不気味に鳴いている。
「んー……、丁度いいや。物は試しかな。世界の外側の輪郭は混ざった神様の魂が理解しているし、小さく纏めて結べばいいんだよね」
少女の顔に、悪戯っ子の笑みが浮かぶ。水浸しの床に波紋が広がると、水面に映るツクヨミの姿に変化が生じた。今の幼子の姿と異なるが、その面影を感じさせる人間。黒い巫女装束を来た妙齢の女が肩に八咫烏を乗せ、水鏡の中にいた。
「じゃあ、お初でお目汚しだけど大盤振る舞い……おっと。もごっ?」
「ヒャアッ!」
腕を生やし終わった呪霊がツクヨミの口を塞ぐように掴みかかる。そして一方の腕で少女の顔に呪力放出をせんと、山吹色の光が集う。
だが、ツクヨミは顔を可愛らしくきょとんとさせながらも、微動だにしない。その瞳に恐怖は欠片も無く、瞼も舌すらも一切動かさなかった。
「ふふふっ」
ただ、微笑む。虫と呼ばれた悪霊の身が震え、ツクヨミの体を放して咄嗟に跳ね飛んだ。足元の水中から、声が重なって聞こえて来たからだ。
( ( 領 域 展 開 ) )
ツクヨミの身に、呪力の起こりは一切無かった。
水面の鏡像たちが唇を震わせ、言葉を紡いだだけだった。黒い巫女服の成人女性は白魚のような指で優美に檀陀印を、彼女の肩に止まる八咫烏は片足立ちをしつつ二本の脚を使い、五指で器用に文殊剣印を、それぞれ結んだ。
ツクヨミ本人の掌印を省略した即席の結界術であるが、それは効果範囲や出力を損なうことなく、空間を鎖すことなく広がった。
「『
地面が月夜の海面に変化した後、幾つもの黒鳥居と三本の白い人間の腕が空に向かって生えていく。三つの掌の上には星のようなカットが入った結晶体が浮かびあがった。
星空が封じ込められた水面に浮かぶ皆既月食の上に、ツクヨミは立つ。黒い鳥の羽根が舞い散る世界で、疫病神は微笑みを浮かべた。
「■」
■■■■・■■■■■。
「————はい、お終い」
ざふっ、という独特な音と共に、呪いが塵となって祓われた。
★
そして、現代……。
「お。ツクヨミちゃんが帰って来たみたいだね」
「良いのか。えーっとその、星野アクア……マリン君? 魔女さんが此処に呼ぶってことはそういうことなんだろうけど……」
「はっ。どーでもいい。だけど、本当にそいつにもあるのか? 世界に対する破壊願望ってやつが」
「それはもちろん。本来の時間軸では色々滅茶苦茶やった人だしね。自分の手の届く範囲の関係性を人は世界というけれど、彼はその全てを壊して死んでしまった。その破壊が彼にとって唯一示せる愛だったのかもしれないね」
黒鳥操術(魔改造)。いや、こんなの黒鳥操術じゃねぇ。
転生ツクちゃん(だいたい3~4歳)がやったこと。極ノ番使用・複数の術式の同時使用・反転術式使用・(水鏡が無ければいけない縛りがあるが)掌印を省いての閉じない領域を展開。あと未経験の黒閃を出せれば呪術の目ぼしい技コンプリート。