「星野愛久愛海。君にかけられた愛の
白髪の少女が、星野アクアの目の前を歩きながら語りかけてくる。
「力の使い方を考えてみてほしい。『
振り返った疫病神の目は、全てを見透かしているような気持ち悪さがあった。思わず星野アクアは身震いする。
「あ。ちなみに星野アイが妊娠以前に使っていた携帯のパスワードは45510だよ。B小町結成メンバーの頭文字をトグル入力するだけだからわかりやすいよね」
「————はぁっ!?」
だがそれ以上に、不意に突きつけられた犯人に繋がるための大ヒントに素っ頓狂な声を上げてしまった。
「おい、おいおい。本当に何で知ってる……!」
「だって、見てきたし。いつになっても、私にとって君たちは可愛い子どもだよ」
「何目線⁉ 母⁉」
『あ、今のかぐや様っぽい……くすくす』と呟いて、口元を押さえて小首をかしげる黒いドレスの少女。その姿は、年端もいかない幼女であるのに艶めかしい色気があった。
「————、さて。お喋りもここまでにして、到着したよ」
「路地裏? こんな所に何が、————!」
ゴミ箱や換気扇が乱雑に配置され、血管のようにパイプが壁に張り巡らされた薄暗い路地裏を潜り抜けると、そこは異世界だった。少なくとも、星野アクアにはそう感じられた。
夜の砂漠が広がる空間だった。だが、地球ではありえない世界だった。天上には星が瞬き、幾つもの惑星が地表のすぐ近くを通り過ぎていく。
「魔女さん、帰ったよ」
「お帰り、月の者ちゃん。そしてようこそ、星の子君。歓迎するよ、この『世界の端っこ』へ」
二人を歓迎したのは、『魔女』と呼ばれた三角帽子をつけた銀髪の少女だった。
「『世界の端っこ』? ここが?」
大層な名前ではあるけど、どっちかっていうと秘密基地だな、とアクアは思った。彼と白髪の幼女が立っていたのは、タイルが敷き詰められた一角だった。
アクアが振り返れば、入って来たと思われるドアが煌々と灯に照らされている。
(この場所にいるのは、この『魔女っ娘コスの女子』と、電灯近くに座った『疫病神の不思議幼女』。それと、あと二人……)
アクアは、タイルの床を突き破って生える大木に寄りかかりながら、視線を油断なく巡らせる。
不規則に配置された電灯は、その形もバラバラだった。公道の脇にあるようなものから、工事現場からかっぱらってきたものまでさまざまだ。
床の白タイル上に置かれたものも統一性が無い。学校の生徒椅子。少し襤褸な革製カウチソファ。厚型のテレビと旧型のゲーム機。沢山の本が納められた一架の本棚。型落ちの冷蔵庫まで揃っていた。
一見すれば俗っぽい品々でしかないが、生活感を欠片も感じられないのは、そもそもこの場に現実感が無いからだろうか。
「俺の魔法……いや、術式って言うんだっけか。それで繋いだ空間だ」
高校生程の年齢の男が手をひらひらと動かしてアクアに笑顔を向ける。頭にターバンのようにタオルを巻いた、一見すれば好青年といえる男だった。
「はじめまして、星野愛久愛海君。————って?」
「っ!」
「へぇ……」
三者三葉。白髪の幼女以外の人間が身体に
『あ゛?』
それは地獄の底から響くような声だった。幻影のように、瞳の無い巨躯の怪物が現実を揺らがせる。
「……ここまでのもんとか聞いてねーよ。何だ、ツクヨミ。私たちにこのチビぶち殺せってことか?」
一瞬の間のことだった。アクアの体に、未知の植物の蔓が鎖の如く強固に巻き付いていた。
「んぐっ……?」
「……お前、
アクアの眼前で苦々しく言葉を吐き捨てるのは、兎のパーカーコートを着た女子児童。その後ろでバンダナの男はおろおろと、魔女帽子の女はため息をつきながら、しかし二人とも油断なく術式を起動させていた。
「————日本国内での怪死者・行方不明者は年平均10,000人を超える。そのほとんどが人の肉体から抜け出した負の感情、『呪い』の被害だ。中には呪詛師による悪質な事案もある」
ツクヨミと呼ばれた謎の少女は本棚にあった本を一巻手に取り、ゆったりとソファに寝そべりながら話始めた。
「『呪い』。その力の源は、人の悪意。失望。恐怖。絶望。醜悪。孤独。孤立。軽蔑。嫌悪。不安。無力。嫉妬。不信。憤怒。憂鬱。虚飾。その果てにある破壊願望。人を呪わば穴二つ、というだろう? 呪いに対抗できるのは同じ呪いだけ。ここは我が身に降りかかる呪いを祓うために呪いを使う、呪術師の利害の一致で組み上がった互助会『世界の端っこ』だ」
ペラペラと、他人事のように本のページを捲るツクヨミに、四人のジト目が突き刺さった。
(事前に言えよこの疫病神!)
(((この子に今言ったなコイツ……)))
寝返りをすると、ツクヨミは得意げにふふんと無い胸を張る。
(よしよし。こうした方が良いと思ってたんだ。それに、これなら私の
これである。ツクヨミ、実は性格がクソカスである。神様は大体そんなもんであるが、彼女もその例に漏れず自己中心さも中々にアレだった。付き合いが長い魔女はその心中を察し、思わず長いため息を吐く。
「……あ。亮太君、木陰ちゃん早く離れてー。子供に手を出された
「「?」」
そんな軽い調子で魔女が言った瞬間。世界に黒い火花が爆ぜた。
『あぐあをぉをぉぉをぉ……!』
「「‼」」
「ッ待て、待ってくれ、
『虐めるなぁあぁアぁあぁアぁあぁ————!!!』
『特級被呪者』星野愛久愛海(4歳)の背後にて、『特級過呪生霊』星野アイ、4秒間の両腕部限定顕現。
「————術式反転」
『!————ぁAぁアぁAぁアぁAぁanuremiji !……ぉOぉぉOぉOauga』
————しかし、魔女が生得術式を用いてその暴走を強制停止。浄界『世界の端っこ』内の人間たちは事なきを得た。
「っ!? 今のは……?」
「私の
黒いコートを翻して帽子を目深に被り直す銀髪の魔女。その表情は懐かしい親友を見たかのように穏やかで、アクアもどこか毒気を抜かれてしまう。
「……それ、はやく言え」
たんこぶを作ったウサ耳パーカー子が、魔女の言葉にツッコんだ。
「ああ、そうだ星野アクア君。憑霊の自覚が無かったらどうしようと思ってたけど、
生霊が大暴れしてひっくり返った椅子を直して佇まいを正す魔女は、アクアにも座るように促してくる。
「紹介するよ。彼らもキミと同じく、世界を滅ぼす
彼女は視線を、隣に座る男に向けた。
「このラーメン屋みたいなのが諸木亮太。使える呪術は『
「だれがラーメン屋やねん」
紹介された男は魔女と気さくに軽口を叩き合っている。男女の関係とは違うが、仲が良いのだろう。付き合いの長さが見て取れた。
「奥のうさぎの小学生が藤波木陰。術式は『
「じろじろ見てんじゃねー。殺すぞ」
一方のパーカー女子は、アクアを一瞥した瞬間に殺害予告をしくさってきた。これには元大人のアクアも呆気にとられる。
「はいはいそこ絡まない。で。私は魔女。天涯孤独の身の上だし、呼ばれる名前もこの
(自分の術式は開示しないんかい……)
(まぁ概念が絡む術式だし、説明ムズイだろ。一言で説明するとチートって勘違いされるし)
そんなことを藤波木陰と小声で会話しつつ、諸木亮太は冷蔵庫に入っていたジュースを開封し、魔女やアクアの前に差し出した。
「————訳ありってことか。そうだよな、天涯孤独だと家とかの諸々とか……ってごめん。変な話をした」
前世の近しい経験から口を滑らせかけたところで、はっと口を閉ざすアクア。だがそれを最初から知っていたように、穏やかに魔女は頬を掻く。
「いや気にしないよ。後天的に覚醒した呪術師ってのは、たいていそんな感じの境遇だったりするから。親に捨てられたり、愛を知らなかったり、何もかも失ったりね。ホント、世界の自浄作用で生まれた使い捨ての弾頭みたいだ」
ちびちびとオレンジジュースを飲む魔女は、自嘲のような微笑みを浮かべていた。アクアもまた、前世の境遇や顛末に思うところはある。だが、ここでそのことを言ったところで意味は無い。それよりもまず、元医者として知的好奇心が勝った。
「……呪術師。つまり僕みたいに何らかの力を持った人間。そういうことであってる?」
「そう捉えてもらって問題ないかな。私の役割は呪術師と非術師間の調停役でね。現実と超常の狭間での事件の解決もやってるんだ。それなりに情報は抱えているつもりだよ。一応、ここにいる術師以外にも四人の術師にコンタクト取れているし」
ああそれと、と人差し指を伸ばして、魔女は笑った。
「もちろんキミがB小町のセンター『星野アイ』の極秘出産した双子の片割れだってことも、キミの前世が星野アイの出産を担当した医師『雨宮吾郎』だってことも知っている」
かちゃん。一拍の静寂に響く、妙に耳に残る音だった。アクアはグラスを机に置く。
「……本当に、よく知っているみたいだな」
「少なくとも、キミの転生にも呪術的要素が絡んでいるっぽいしね。赤子の頃の君から漂う残穢が、『ある特級呪縛霊』の術式『ヘブンズ・ドアー』に近しかったし。ああでも、あの高千穂の地に天孫降臨時代から刻まれた濃厚な
その辺りは私よりもよく知っている人間がいるけど……、と魔女は内心で吐露して、視線を空中に彷徨わせた。
魔女の視線の先、この結界内にいる三人の
「それで、キミはどうするつもり? 君に憑りついた生霊。星野アイのこと」
「……そうだな。まぁ、転生なんて体験をしたんだ。遅かれ早かれオカルト方面の調査はするつもりだったし、明日からでも解呪の手がかりを探すよ」
四歳児のふりをする必要性を感じなくなったのだろう。アクアは子どもの仮面を外すと、素の自分をさらけ出す……ふりをした。
だが、そのよくできた演技に魔女はわざとらしく溜息一つ。
「それは嘘だね? 母親譲りの、とびきりの
彼女の目には、今のアクアではない、しかしながらアクアを通して見たナニカが映っている。
「そうだ。キミは目を背けている。見なかったことにしている。興味を持たない振りをしている。母との約束。妹への愛情。芸能人としての明るい未来。楽しいと感じた演技。前世の未練に満ちた命。今生の自分の命すら」
————まるで、未来を知っているかのようだった。
「もしアイを刺したストーカーの背後にいる黒幕を見つけて、その犯人と刺し違えて復讐を成遂げたとして、さりなちゃんとアイが並んで歌う『もしも』を、キミは夢でも見るみたいに祈り続けるんだろう。それこそ、キミが永遠の眠りについた後にでも」
言外に彼女はこう告げた。アクアは将来、自分の命を捨てるのも惜しくないと思うほどの、精神的な破綻を抱えることになると。
「でもそれは無理があるよ。同じ悲劇だとしても、自分の死と他人の死が等価のはずがないんだ」
それは、雨宮吾郎が経験した命の消失を以って生じたサバイバーズギルトだ、と。
「キミは自分を殺している。まるで贖罪か懺悔のように。それも『彼女』が————」
「違う」
舞台で滑らかに語るかのような魔女の台詞回しが、アクアが放った鋭い言葉で途切れた。
「これは僕の意思だ。命の代償を支払って誓ったものだ。アイに救われた子どもがいたんだ。だからどんな理不尽に対しても、僕があの子の分までアイに報いなきゃならない」
「……僕、ね」
アクマに憑りつかれているようだと、魔女たちは思った。一人称も雨宮吾郎に戻っているのが良い証拠だと、ツクヨミも流し目がちに彼を見る。
「キミはもっと自由になっていい。縛られなくたっていい。理不尽との向き合い方も、まだ結論を出す必要は無いんじゃない? 死んで勝つのと、死んでも勝つのは全然違うよ?」
魔女は物憂げに、そしてどこか懐かしむようにそんな慰めを口にした。
「……、————?」
————
アクアの耳に、そんな幻聴が聞こえたような、気がした。
★
「……じゃあ、そろそろ良いかな? それなら、星野愛久愛海にとって、一番大事な話をするよ。
「は?」
ツクヨミから飛び出た言葉は、アクアに何度も立て続けに起きたオカルト事案の中で、あっさりと核心に触れて来た。
————簡単に言えば、キミは
★
星のように輝く夢も、未来への希望も、良識すらも壊れていく。誰にも言えない、私の胸の内。
憧れていたはずの煌く星空は、既に霞んで目も当てられなかった。夢を見ることを許されるはずの優しい夜は、日が昇った現実の青い空虚に変わっていた。
仕方がないと受け入れた。アイには勝てないと受け入れた。自分の才能はそれまでだって、呪うようにして自分の心に言い聞かせた。あの子は特別なんだから。
だから考えるな。割に合わないなんて、考えるな。私がここにいる意義を、考えるな。
昔は違っていたと思う。私たちは、まだ何者にもなっていない偶像なのだから、と。今ならまだ、私たちは何もかもを分かち合えるはずだから、と。
————歌う。踊る。その繰り返し。
————みんなは知らない。舞台での景色。
アイだけに捧げられる拍手がまばらに響く。それは驟雨のように降り注いで、私たちには光すら見いだせなかった。逆に、雲の上の存在となったアイの輝きは日に日に強まっていった。誘蛾灯に集る虫のように、ファンが湧いた。
————■に向かって笑顔を振りまく。何の、ために?
リョースケが、私ではなくアイを推し始めた。その日から少しずつ、貴女と違うと知った自分が、腐っていくのを感じた。
————それでも、アイ■■として仕事をしないと。
「……。もうアイ一人で良くない?」
誰かが言った。
アイは最強で無敵のアイドル様になった。
仕事も全て一人でこなす。必然的に、私たちは引き立て役になることが増えた。
「もううんざり。アイにはできるじゃん。アイにできることを、他人にはできないって言い聞かせるの? ねぇ社長!」
誰かが言った。
私には分かっていた。アイが居なければ私たちは売れなかったことくらい。だが、感情は納得しない。星を追いかけても追いつかない、近づいても届かないアキレスと亀。その果てにあるのが、自己嫌悪すらできないただの偶然による存在否定だったとするならば……。
必然か、私は報いを受けた。ドーム公演の日。アイが刺された。
「————は? アイを……? リョースケが……?」
結果、私は
「何してくれたの……? ねぇ、答えてよ。何したのか分かってるの? アイを……アイ、アイが、もう目覚めない……? は、あ、は、はぁ? ————死ねよ」
アイと共に過ごした色褪せた日々も。貴女と私たちは違うと気付き始めた日々も。
「死んでよ。ねぇ————、死ねよ」
そんなことは無いよって、永遠に気付かないふりをして、心の底に置いてきた。
「————、そう。死んでって言ったら死んでくれるんだ。リョースケ」
そんな青い日々に、さよならを。
私の中には、今でも、アイが棲んでいる。どんな
誰にも縋らず、奔放で、孤独で、強くて、後悔なんて一度もせず、無敵で最強で唯一無二なアイ。
そんな、変わらないアイの姿を見て。苦く甘酸っぱい吐瀉物のようなあの青春を思い起こして。胸の奥に痞えたアイを呪う言葉を、今日もまた嚥下する。その繰り返し。声にならない声で、叶わないことばかりが脳裏を過ぎる。
「最後ぐらい、————————」
★
B小町結成メンバーの一人、ニノ。本名、新野冬子。
生得術式、■■■■。
青春引きずりおばさん。ずっと青がすんでいる。最後までずっと
でも、アイもクソあ……相当に問題あるからしゃーない。