転生鴉「アイほど歪んだ呪いはないよ」   作:サルミアッキ

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 呪いと生きていこう



アイの呪縛と落錘のアマツミカボシ

「くっ……『執刀(メス)』!」

「おっとっと。切れ味は中々だけど、術式の操作が甘い。ほら、切るだけが君の力じゃないでしょ。麻酔も、X線も、電気も磁力も使ってみな、よっ!」

 

 『世界の端っこ』に設けられた武道場で、二人の術師が戦闘訓練を行っていた。一人は黒い三角帽子の魔女。そして、もう一人は……『()()()()()()()()()()()』だった。

 

「ぶっ……はぁッッ⁉」

 

 魔女の掌底が白衣の男の腹部に叩きつけられ、彼は彼方へと吹っ飛んだ。

 

「おーぅ……すっげぇな。魔女さん、容赦ねぇー……」

「ざまぁねぇ。これ、医者の不養生って言うんだったか。体力勝負なんだから最低でも筋肉付けとけよ」

「……木陰ちゃん、何故にあの人に厳しいの?」

 

 諸木亮太の言葉に、フンと鼻を鳴らす藤波木陰だった。

 

「ほら。立った立った。時間は待ってくれないよー。高千穂にあった遺骨から魂の補完も降霊術の応用で成功したし、私とツクヨミちゃんが術式で身体を『前世のもの』に戻せるようにもしたんだから。まぁ君自身の術式の一つと相性が良かったのもあるけどね」

「ぐぅ……」

「それじゃ呪術の訓練の続き。頑張ろうね、『()()()()』君」

 

 うつ伏せでグロッキーになっていた眼鏡の男が、吐き気をこらえながら顔を上げた。

 

「……僕の方が年上じゃない?」

「残念。私、こんなナリでもキミより先輩なんだ。……だれがババアじゃい!」

「あいっっったぁ!? 今のは流石に理不尽じゃないか⁉」

 

 べしん、と魔女に叩かれた頭を抱えて、雨宮吾郎は再び畳の上に蹲る。

 

「あ、そのさりなちゃんの遺品(キーホルダー)に憑かせた星野アイの生霊は呼んじゃダメだよ。キミと星野アイのためにならないからね。まずは解呪する呪いの本質を理解するため、自分の術式使用時の外付け呪力タンクとして使うこと。と同時に、星野アクアとしては役者としての稽古もしなくちゃいけない。これ、私が言うのもなんだけど、かなりハードスケジュールだよ?」

 

 名札の裏に入れた、『アイ無限恒久永遠推し!!!』と刻まれたキーホルダーを見る吾郎。その目には、後悔と自分への呪いで満ちていた。

 

「……それでアイの呪いが解けるなら、喜んでやってやるよ」

(————ホント、自分を蔑ろにするねぇ。まぁ、私が言えることじゃないんだけどさ)

 

 魔女は『経験した未来の出来事』を思い出す。

 

 ————先に死んだ私だから、お兄ちゃんに生きろなんて言えない。でも、アクア(せんせ)がいないと寂しいよ。

 

(……兄妹揃って難儀だよ、本当。この時間軸ではそうならないと良いけれどね。そこんトコロどうなの? ツクヨミちゃん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野愛久愛海————否、雨宮吾郎の魔女による呪術の訓練が始まる数日前のこと。

 

「アイを治せる、っつったヤツは本当に来るんだな?」

「……それは、まぁ。そうなんだけど……」

 

 星の無い夜。星野アイが秘密裏に入院する病棟に、数人の来院者がやって来た。面会時間外だというのに、何故かトントン拍子で話が進み、看護師に病室に通された。

 目を閉ざしたままのアイを見るのは、彼女の息子である星野愛久愛海と、アイの身元引受人である男女。彼らは生気のない顔のナースが抑揚のない声で囁くのを聞いた。

 

 ————烏がずっと見てる、と。可愛い七つの子がいるから、と。

 

 ぼそぼそと譫言を呟いて静かな病室を出ていく看護婦の姿は夢遊病者のようで、ここが人のいない幽世のようで、病棟に残された三人は背筋に怖気が走っていた。

 

「————、やぁ。待っていたよ星野愛久愛海。約束通り星野アイの保護者も連れて来てくれたんだね。結構結構」

 

 唐突に病室に夜風が吹く。背丈の低い何者かが、アイが眠るベッドの端に腰掛けていた。

 

「……何だ、お前は」

「私はツクヨミ。神様の使いさ。君たちの隠していることはなんでも知っているよ。サトウ社長」

「神様だぁ? ハッ、馬鹿言うな。うちはオカルト信じねぇんだよ。そんでもって俺は斉藤だ」

「いや、あなたはサトウさんだよ。私がそう言ってるんだから、サトウの方がいい」

 

 くすくす、くすくす。奇妙なほど静かな夜に呼気が零れる。白い髪の隙間から、真っ赤な瞳がアクアの隣に立つ男性、斉藤壱護を射抜く。

 

(なんだ、このガキ。顔立ちは……、アイ並みに将来とんでもないことになりそうだが、アイ以上に何か、人として違和感がある————)

「うーん。信頼を得るために、星野アイのプライベートの出来事を言った方が良いかな? それとも星野アイが産後B小町に復帰した後、斉藤ミヤコが育児ノイローゼになりかけた時のことを話そうか?」

「「え゛」」

 

 にやり、と不気味な子供が笑った。やましいことがあったアクアと、壱護の妻である斉藤ミヤコが変な声を出したのにも気づかぬフリ。斉藤壱護に興味を持たせるため、つらつらと言葉を並べ始める。

 

「ノイローゼ? んなことになってたのか……? 何でそれを知ってる?」

「だってその時、烏を通じて見ていたしね。母子手帳眺めながら文●にタレコミで金貰って、ホスクラで貢いで本担を月間一位だの言ってたっけ? アマテラスの介入が先にあったおかげで、私は手出ししなかったけど」

 

 油の切れたゼンマイ人形のようにぎぎぎ……と首を巡らせる壱護。社内、それも身内の妻が情報リークしかけたという真実に、心穏やかではいられなかった。

 

「……。おい、ミヤコ?」

「……」

 

 冷や汗を垂らすミヤコ。あわあわと手をこまねくアクア。そしてその様子を見て楽しくなり、鼻歌を紡ぎ出すツクヨミ。情報処理のキャパオーバーで、壱護社長が声を荒げるのも仕方ないだろう。

 

「目ぇ反らすな!」

「反省はしてるわよ!」

 

 もしかしてアイのことがこんな子供にバレたのも、社内の人間が不義理を働いたからでは? と疑心暗鬼のドツボにハマってしまう壱護。

 

「はぁ、静かに。ここ病院だよ? これじゃ落ち着いて話もできやしない。ついでに、私が普通の人間とは違うことも証明しよう」

 

 不思議な子供は指を立てて刀印を結ぶと、言霊に命じて一つの術式を起動させた。

 

「呪布操術『枲垂衣(むしのたれぎぬ)』」

 

 何もなかったはずの天井から、色とりどりの苧坂織が床へと垂れ落ちる。布はそれぞれ生きているように揺れ動き、蠢き、アイやアクア、斉藤夫妻を現世から幽世へと連れ去った。

 

「「————!」」

 

 幕が開くと、そこは別の世界。

 霧立ち昇る山々と、星々が行き交う黎明の空。苔むした岩の階段。お札が貼られた列なる鳥居。烏の群れが翼をはためかせて飛んでいく先には五重塔。寺社仏閣からは、こちらを刺すように伺う謎の視線。

 

「ようこそ。ここは夢と現の世界の狭間。呪力と霊力の結界によって生まれた場所。私が『薨星宮』と名付けた浄界だ」

 

 (身罷る)星の宮。魂の抜けたアイの体を置くには何とも皮肉な場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負の感情。ストレス。怨念。破壊願望。これらが『呪力』というエネルギーとなって、生きている人々から常に微弱ながら漏出されている」

 

 魂の無いアイの体を神道風の祭壇に横たえさせ、さらに紙垂の付いた注連縄で外界からの干渉を遮断したツクヨミが、畳に座った三人へと向き直る。

 

「それらが蓄積して生まれるのが呪霊……いわゆる妖怪や怪異と呼ばれるもの。ただ、死者が強い恨みや妬みを抱えたまま変じる悪霊や怨霊も呪力を持つけれど、これはまた別モノなんだよね。あとは出雲とか高千穂の神霊は……いや、それは兎も角」

 

 彼女は斉藤夫妻に、アクアたちが置かれている現状を説いていた。

 

「この呪力をコントロールし、世間一般でいう所の超能力や魔法を発現することのできる人間、それが呪術師だ」

 

 近くにあった破魔矢や梓弓などの祭具を、呪力を用いて宙に浮かび上がらせて見せるツクヨミ。アクアも神妙にその様子を見ていることから、斉藤夫妻は『え、これマジの話……?』と顔を青くさせていた。

 

「呪霊は一般的に肉眼で視認することはできない。可視光線の波長範囲でありながら脳が認識できず通常のカメラにも写らない、第二の光の姿さ」

 

 ツクヨミは懐から二つの小物ケースを取り出して、座る大人二人の前に置いた。

 

「……こいつは?」

「術師が使い込み呪具化した眼鏡とサングラス。映写幕(スクリーン)のような役割をしてくれる。これをかければ呪霊や呪力で象られたものも見ることができる」

 

 ツクヨミとアクアに視線で促され、恐る恐るだがそれをかける壱護とミヤコ。ちなみに、二人の顔立ちにぴったり合うデザインの高級グラスであった。

 

「非術師である一般人が見えないものは妖怪変化の類だけではない。術師が引き起こす超常も同様に視認することは難しい。動植物そのものを直接変質させた不可視化されない例外もあるのだけれどね」

 

 きょろきょろと怖いもの見たさで周囲を伺う壱護と、恐る恐るなミヤコ。対照的な夫婦だが、アクアの背後に視線を向けた時だった。

 

「「!!?」」

 

 そこに居た化け物に驚嘆する。

 

「なんっ、だこりゃ!」

「ひぃッ、ムリムリ! 私ホラー嫌いなのよ⁉」

「ひどいなぁ。それ、幽体離脱した星野アイが変生した生霊だよ」

「「はぁ⁉」」

 

 二度目の驚愕。さもありなん。二人にとって愛娘と言える絶世の美少女アイが、青白い体躯をした化け物になっていたのだから。特級過呪生霊・星野アイも、どことなくしょんぼりしている。

 

「何でこんなことになってんだ!?」

「……星野アイの父親の血縁を辿るとね、ある()()を祀る『()()()』という京都の祟り屋の一族に繋がった。この家は平安最優の術師『()()()()』の末裔の支流、その一つ。元々素養があったんじゃないのかな。死に瀕してから己が呪術の核心に辿り着く術師は多いけど、彼女も多分それだ」

 

 他にも京都には()()()とか、()()()()()()()()とか厄ネタあるんだけど……とブツブツぼやいたところで、ハッとしたツクヨミは咳ばらいを一つ。

 

「おほん。その星野愛久愛海に憑霊している星野アイのことだけど。結論から言えば、この呪縛は解けるものであることは判明済みだ。魂を肉体に戻すことはできる。けど、その工程が些か厄介でね」

 

 一息置いて、ツクヨミは告げた。

 

「この呪縛は単純明快。荒神や怨霊を沈めるのと同じで、相手の無念を晴らしてやれば縛りは解ける。だが、星野アイが今際の際に思ったことが、並大抵の人間では実現不可能な難易度だ」

 

 ツクヨミの目が、アクアの背後に控える巨大な呪いに向けられた。

 

「……ねぇ、星野愛久愛海。星野アイは菅野良介にナイフで刺された後、君たち兄妹に何て言った?」

「……それ、は————」

 

 

————私さ、ルビーももしかしたらアイドルになるかもと思ってて……。

 

————いつか、なんか上手くいったら……親子共演みたいな、さ。楽しそうだよねぇ……。

 

————アクアは……、役者さん……?

 

————二人はどんな大人になるのかなぁ……?

 

 

「……、まさか」

「多分想像の通りさ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。星野愛久愛海、星野アイの魂両方ともね」

 

 アクアは、声が出なかった。

 

「そして大成の意味合いも、星野アイの匙加減で変わってくるのかもしれない不安定なものだ。全く、面倒な呪いをかけられたね」

 

 ————だからこそ。キミは復讐なんて寄り道をすることも許されちゃいないのさ。キミにとって、演じることは復讐なんかじゃなくて、贖罪だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……前に話してましたよね、()()()さん? 命の重さというものを感じたいって。お世話になったことですし、私から恩返しをさせてほしいです。ほら、どうです? 死んで霊になればこれ以上死にようが無いから、工夫すれば命も懸け放題。そうですねぇ……スライムを形代に憑りついて身代わりになってみます? 私の霊的ダメージを肩代わりすれば、何度でも自分の命を失うことを体感できるでしょ? いやー、こうすれば失われる重さってやつを……ってああ、もう聞こえないか……わかっちゃいたけど寂しいものは寂しいね。カミキさんとリョースケと、三人でカラオケに行った日が懐かしいなぁ」

 

 さっきまで人間の魂だった、黒い呪霊玉に対して声をかける一人の女性。掌の上でころころと弄ぶように転がすと、形の良い口を開いて、吐瀉物の味がするそれを体の中に摂りこんだ。

 

「んぐ……ふぅ。どうすればいいか不安だったけど、死者の魂を他の呪いで染めて呪霊に近しいものにすれば良い。そうすれば怨霊、悪霊の類も私の術式の効果対象。そうだよね、()()()()()?」

【————、モ、ウ……シテ……テ、コロ、シテ……ロシテ、クレェェェェ……】

「え、何で? 嫌だけど」

【ヒギィ、ヒ、ィィッ……ィ、イヤダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉ アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉】

「哀しいなぁ。私がそんなひどいことするわけないじゃん。それでさ。ちょっとカミキさんの体に入って『()()()()()』してくれない? ……『できるよね』?」

【ぎぃ……ぉあ————】

 

 彼女の足元に潜んでいた暴れまくる呪いの影が急激に大人しくなり、バキリ、ゴキリと音を立て金髪の男の死体へと入っていく。

 

「よしよし。それにしても、警察庁所属の術師組織『COLORFUL』……ねぇ。アイドル活動が終わったら次は超能力エージェントとか、私も中々波乱万丈な人生になってきたなぁ」

 

 ゆらり。死んでいたはずの金髪の男が立ち上がる。焦点の合わない目と、涎がだらしなく垂れる口ががくがくと痙攣を繰り返す。

 それを見て、女————新野冬子は長い髪を掻き上げた。

 

「待っててね————アイ。ヤコブの梯子を上り、天国の扉の前で、全ての人間が傅く神の造作物……あなたを滅びる地球最後の、最高の偶像にしてあげるからねぇぇぇ……♪」

 

 何をしでかすか分からないほどに、その瞳はどす黒く曇り、引きつった笑顔は濁りきっていた。




メロンパン「キッショ……」
ボンバイエ「それはナシだ」

アクア→雨宮吾郎の遺骨を取り込み降霊術で肉体情報を魂に紐づけ、ツクヨミの変若水の術式反転や魔女の術式で身体を前世のものにまで戻せるようになった。
ニノ→神木輝を術式で呪殺。この時点でアクアの復讐相手が消え失せる。インスタントバレット側の敵組織『COLORFUL』にスカウトされているので、必要な殺しということで呪詛師認定はされず。
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