「体を動かすのもいいけど、キミは理論派の人間でしょ? じゃあまず覚えるべきは、呪力の制御と呪術に関する最低限の知識かな。まぁ、ツクヨミちゃんからの受け売りも多いんだけど」
魔女に言われて、仏頂面でソファに座らせられた星野愛久愛海。本人曰く、魔女の年齢は雨宮吾郎よりも年上らしいが、それでも子ども扱いは不満があるらしい。頭を撫で繰り回されながら、年上女性が何かを準備しているのを黙って見ている。
「……よし。じゃ、まずこのアルミ缶を見てて」
言うが早いか、魔女は手も触れずに机の上の二本の缶を破壊した。
「こっちが『呪力』。こっちが『術式』で攻撃したんだけど、分かった?」
「……。壊れ方が違う」
アクアの言う通り、一つは弾丸が当たったような跡があるが、もう一方は錆が浮きグズグズに腐っていた。
「そう。『呪力』を『電気』、『術式』を『家電』に例えよっか。電気だけ人にほいと渡されてもできることはほぼ無いでしょ。だから『家電』に『電気』を流して色んな力に変えて使うわけ。こっちはただ『呪力』を撃ち出して貫通させた。で、もう一方は『呪力』を『術式』に流して発動させた『呪術』で朽ちさせたの」
そんなことを言いつつ、魔女は再び缶に手をかざすと、錆びた缶もひしゃげた缶も元の形状に戻っていく。
プルトップを開けて中身のジュースを飲んだ魔女は、喉を湿らせ一息つくと、アクアの隣に腰を下ろした。
「式神とか結界術とかは別として、基本的に術式は生まれながらに体に刻まれているもの。だから術師の強さは先天的な才能八割って言ったところ。……なんだけど、星野アクア君。キミは例外」
魔女は、アクアの特異性を指折り数え始める。
「一つ目。転生を経験してるからか、雨宮吾郎であるその魂に一つ、そして本来死産だったはずの肉体にも一つ、計二個の生得術式がある点。で、二つ目。キミに憑りついた母親の生霊アイも生得術式を持っていて、死に瀕した際に術式の一部が発現したっていう超レアケースである点。そして三つ目。その三つが混ざり合って融合しつつある点。結果、キミは後天的に複数の術式を獲得した」
ぱん、と柏手が一つ打たれた。
「デフォルトで複数の術式を持ってるのは、ツクヨミちゃんと同じだね。でも見たところ、アイが持つ術式はキミの意思では使えないでしょ。今の状態では、軽自動車にロケットエンジンを無理やり積んだようなもんさ。ツギハギに呪力が流れているとはいえ、正しく繋いだわけじゃないし、そのそも軽自動車はロケットの動力に耐え得る機体性能をしていない。だから、アイというニトロエンジンを受け止める術師の器をトレーニングで耐えられるようにします」
「うわぁ脳筋……」
「結局ゴリラに行きつくんだよねぇ、最終的に。で、呪力の捻出の仕方だけど。呪力っていうのは大雑把に言えば負の感情が源でさ。皆、自分の裡にある感情から効率よく引き出すことに注力してるんだ。逆も然りで、訓練をしておけば感情が高ぶった時でもエネルギーロスを抑え込めるよ。アンガーマネジメントってやつだね。……というわけで、こちら」
魔女の黒いコートの下から取り出された分厚い紙束が、アクアに手渡された。
「君の術式二つは、ツクヨミちゃんが目にまつわる術式で解析済みだよ。レポートに纏めてあるから、呪力操作のトレーニングと並行して理解を深めると良い」
ツクヨミは、『こんな呪力消費が多い術式を使うまでも無く、かの現代最強の術師は六眼で見ただけで理解できるんだろうな……』とぼやいていたが。それはともかく。
「……えーと何々。雨宮吾郎の持っていた生得術式は、自分の呪力を万能細胞化させ、他の術師の呪力特性や術式を複製できる。反転術式でしか運用できない縛りがあるけれど、すごいアタリじゃないかなこれ。この呪力特性のおかげで特級過呪生霊・星野アイの呪力と拒絶反応を起きなかったんだろうし。医療に関連した器物も式神として生み出せるみたいだね。名付けるなら、『
この魔女の独特なネーミングセンスェ……となったアクアだった。
「で、星野愛久愛海としての生得術式は呪言や芻霊呪法にも近しいね。典型的な類感呪術系統みたい。術式保有者が題材の筋書通りに演じる縛りで相手にもその物語の過程や結末を強制する能力だ。演技のクオリティが高くなるにつれ、相手に与える術式効果も強まるっぽいね。アクア君の名前と関連付けて……『
あの疫病神ロリ、ろくでもねーくせにこういうセンスはあるんだな、と見直したアクアだった。
★
「人類学者ジェームズ・フレイザー曰く、呪術には行為と結果の因果関係や観念の合理的体系が存在する。呪術はいわば科学の前段階として捉えることができる操作的なものだ。そしてフレイザーは、呪術を『類感呪術』と『感染呪術』に大別した。類感呪術は類似の原理に基づく呪術であり、求める結果を模倣する行為により目的を達成しようとする術などがこれに含まれる。類似したもの同士は互いに影響しあうという発想『類似の法則』に則った呪術で、多くの文化圏で類感呪術の応用が見うけられる。例えば、雨乞いのために水をまいたり、太鼓を叩くなどして、自然現象を模倣する形式をとる。一方で感染呪術は接触の原理に基づく呪術だ。初期の呪いの典型である共感呪術の一種として、一度接触したものあるいは一つのものであったもの同士は、遠隔地においても相互に作用するという『接触の法則』を提唱している。感染呪術ではその法則に基づき、ある個人に対してその着衣や、爪、髪の毛、歯などを呪術に用いることで、その元の持ち主に影響を与えられるか、影響を受けることができると考えられていた。狩りの獲物の足跡に槍を突き刺すとその影響が獲物に及んで逃げ足が鈍るとするような行為や、日本での厭魅、つまり藁人形に釘を打ち込む呪術などがこれに含まれる、らしいよ」
肩に烏をとまらせたツクヨミが、アクアに向かって話をする。
「……あのさ。俺今映画見ながら感情トレーニングしてんだけど?」
「知ってるよ。アクア君の邪魔になるように私がツクヨミちゃんに頼んだの」
「こっちは実写化大失敗の酷ぇ漫画原作映画見せられてるのにこの魔女っ娘とドブカスロリほんっと……、ぎゃあァァァァァ⁉」
アクアが持っていた某黄色い電気ネズミの人形から、呪力の電気が迸った。この呪骸は一定量の呪力を流し続けなければ十万ボルトの電気が流れる仕様であり、どんな感情下であっても一定の呪力出力を保つため設定された機能である(ちなみに製作者はツクヨミ)。
「ね? 大人より子供の姿の方が感情に振り回されやすいでしょ? 良い訓練になるよー」
————、その時だった。
「!?」
「……へぇ」
「ちぇっ、こう来る?」
アクアも一瞬だけ感じたその違和感。呪いとは違う、厳かだが畏れに満ちた力。刹那に触れたそれだけでツクヨミと魔女、二人が纏う気配が一瞬、剣呑に歪む。
「……アクア君。ちょっと自主練しててね。ツクヨミちゃんはこっち来る?」
「いいや。
ツクヨミが、含みを持たせた言葉を吐いた。
「……というか、どこかで見ている『なり代わり』連中に私のことを知られたら厄介だ。あそこは呪詛師も多い。その上に面倒な奴がいたから、な」
「それもそっか。念には念を入れるのはツクヨミちゃんのいいところだね。でも、『術師治安維持統括』の方はどうすんの?」
「魔女さん、あの『
「神様でも意外と気を揉むんだねぇ。それともキミだから? でも今は急を要するし仕方が無いか……。じゃあ行ってきまーす」
魔女は己が術式で別々の時空を繋ぎ、ぽっかりと空いた空間に一歩足を踏み入れた。
「……到着、さーて。この子は今日で二十歳だったっけ? いやー若い若い」
薨星宮の祭壇にやって来た魔女は、仰向けに寝る星野アイの体内に流れる気配に目を細めた。体から立ち昇る呪力とは別の異なる力には、彼女の友人ツクヨミと似たような気配を感じる。ただし、その気配は呪詛や祟りに類するもので満ち満ちていたが。
「神代家の女は、二十歳になると『神の花嫁』となる。だけど
振り返った魔女の視線の先には、ツクヨミによって意図的に緩ませた結界の綻びがある。その先は、現実とは異なる異界に接していた。
そこでは白無垢を着飾らされた、頭だけになった女たちが血涙を流している。そしてその中心には、四肢を拘束され痙攣する、腹から赤い臓物を引きずり出された半裸の女性と、彼女を弄ぶナニカがいた。
その疎ましいナニカ————血の滴る女の腸をくちゃくちゃと噛む、水干姿の不気味な童子が口を開いた。
『生憎と、僕は神代の一族に憑いているあ奴とは異なる分霊でな。星野アイの父親が本霊と契りを結んだことで生み出された。一緒にされては困る』
「……成る程。女の趣味の悪さは本霊譲りなのね。でも安心したよ。神代家の守護霊じゃないってことは、キミを封神しても近畿地方の霊的勢力図が変わることは無いわけだ」
懐から取り出した拳銃、ベレッタ92の
「私たちはこんなところで星野アイを失うワケにはいかないんだよねー。そんなわけだから神様、恨みは無いけど————キミには消えて欲しいんだ」
『!』
ピストルのトリガーが引かれる。時空が、魔女の手によって爆発した。
★
京都上空————薨星宮の結界の穴から排出される二つの人影。
「は、ハハハ————! 小娘にしてはやる!」
炭化した体から黒煙を噴き出し、京都の山中に墜落した白い童子は呵呵大笑と愉悦を語る。だが、童子の背後をとった魔女は非常に冷めた表情だった。
「こっちとしては期待外れ。神様にしては全然じゃない? まぁ元人間が神に封じられただけだから妥当っちゃ妥当なのかな?」
自身の損傷に神の脳が理解するより早く、吹き飛んだ彼の腕を掴んだ魔女は、その片腕を無造作に振るった。
「よいしょ」
「————ッ!」
血の飛沫があらゆる物理法則を無視して空間に散る。魔女の術式によってある特性が付与された血液は、ただ接触しただけでも物体をすり抜けるかのように貫通する。
さながら音のしない弾丸。慣性の法則すら無視した殺戮兵器だった。それは例え神であろうとも、頭蓋や体の半身が抉られるほど。
「(瞬間移動の類か? だとしたら僕の血肉を武器にできた絡繰りは何だ————、だが。どちらにせよ……)面白い。来い、『視肉』」
「お。常人の使う反転術式の回復よりも高性能だね。というよりも寧ろ、これは事象の拒絶か。回復を阻害する攻撃の後遺症まで解除できていることからも伺える」
童子に呼び出されたのは幾つもの目玉のついた不気味な肉塊。その眼球の一つがボロボロになった神霊に取り込まれ、時間を巻き戻すように損傷が修復されていく。
余裕たっぷりに帽子や銀髪を整えつつ、持っていた神の腕を朽ちさせて捨てる魔女。だが、その声音に油断は無い。
「くく、焦るな。貴様も愉しめ————『消滅の凶星』」
童子の背後に、巨大な目玉の塊で象られた木星が現れる。
「愉しめ、ね……そこまで危機感が欠落してると思われるのは嫌だな。そもそも私、戦闘要員じゃないし。(ていうか、なんて正確無比な呪力の操作精度なんだ。分子単位で呪いを空間ごと圧縮している。これが人の呪いを超えた、厄災神の権能か……)」
魔女の呪力量と比べるのも烏滸がましい、超極大の呪力が渦を巻く。だが、その次元の異なる天変地異の力が更に変化する。呪いではなく神の祟りにまで至ったそれを、白い童子はナノレベル以下の精度で精密にコントロールし、直径数十mはあろうかという超特大サイズの強大無比な呪力の塊を嵐のように渦巻かせて、それを指先大にまで超圧縮。呪力の乱気流と超高圧縮に巻き込まれた空気の摩擦がプラズマ化を引き起こし、光り輝く光球が顕現する。
「……見たところその光、圧縮率によって当たった時の物理的ダメージが変わるんでしょ。低圧縮から高圧縮になる順に、無数の斬撃、風化消滅、素粒子大の消滅現象ってところか。器用だね」
上空を見る魔女。そこにあったのは、満天の星々。それら全てが、『消滅の凶星』だった。
「『流星群』」
星空が墜ちて来るようだ、と魔女は朧気ながらに思った。それは厳かで幻想的な、死の光景。
木々が、大地が、山々が吹き飛んでいく。その夜、京都の人間たちは、神話の光景を目撃した。
「……しまった。勢い余って消し飛ばしてしまったか? あの小娘、僕と戦うに値する強さを持っていると思ったのだが」
さっきまで山だった平野に降り立つ白い童子。土煙すら消し飛ばされた無風の地には誰もいない。一つ、嘆息を吐く。好敵手が消えた悲しみだろうか、それとも期待外れの相手だったという怒りだろうか。
「……ねぇ」
「!」
童子の肩に手が置かれ、背後にいた人物から諫言が告げられる。
「いまさら言うのはあれだけどさ、コンパクトに戦ってくれないかな?」
あーぁ、国土交通省が大変だ、とぼやく魔女。即座に距離をとった童子の神霊は、彼女目掛けて『消滅の凶星』を連射する。
だが、本来ならば皮膚に触れただけでも骨肉が裂けて消し飛ぶ一撃を、魔女はピンポン玉を掴むかのように握りつぶした。
「何? 無傷だと……。どういうことだ。先の一撃と言い、手心を加えたつもりは無かったが?」
「んー、分かりやすく言うと、当たってない。私に影響を及ぼす前に、力の全てが停止してるの」
魔女が、童子の目の前で消えた。
「……この世の森羅万象は過去から未来へ流れていく。私の術式はその真理を途絶えさせる」
「ぐ……ぅッ、これ、は……!」
周囲の時間が加速していく。何もかもが朽ちて、数百年以上もの経年変化が生じている。
「時間が途絶えれば、その時間の中にあった因果関係も途切れる。熱、速度、圧力、ベクトル、災いや祟りに至るまで。肌に触れる刃も弾丸も当たる前に、時の壁に阻まれて、無意になる」
地面が崩壊し、地下に生じた空洞に落下する白童子。そこでは落下中に時間が止まった岩の上に座る人影があった。
「先のもそうだが、時間……いや時空の操作か。確定の未来視も組み合わせているな……?」
「そうだね。私の生得術式、『
宙に浮かぶ時の止まった岩や石を階段のように使って、洞窟内部に降り立つ魔女。
「ふ。成る程な。その術式、すでに神霊の領分に至っている。大口を叩くことはあるか。(————『呪い返し』と『護神法』はこの娘相手では使えんな、意味が無い)」
「……で、どうする? 私としてはキミと戦うのは骨が折れる。キミも私に有効打は与えられない。ここは互いに手打ちってことで、星野アイから手を引いて消えてくれるとありがたいんだけれど」
「この契りは神と人が直々に交わした呪縛だ。たかがそれだけでは縛りを解く代価になりえんな。何より、戦いはこれからだろう?」
神霊は、口を三日月のように吊り上げて獰猛に笑う。
「あーそう、そっか。
「がッ……! (そうか、これは……時間停止空間からの攻撃か!)」
魔女が再び消えた。
童子の神霊の考察通り、肉体が持つ時空間を世界から完全に切り離すことで、重力や空気抵抗、慣性の法則からも解放させ、一撃が文字通りの必殺攻撃が可能となっていた。
一瞬で頭部と四肢を破壊され、肉体が胴体だけとなった童子だが、視肉を用いて自動回復が行われる。だが、一瞬で回復できるとはいえ、
「まだまだ行くよー」
魔女の声が聞こえた瞬間。童子は太平洋上空に吹き飛ばされていた。
(————! 今のは、僕に時間停止をかけて疑似的な無重力状態にしたのか。無限にその運動を繰り返させる特性を途中で切れば、無駄な呪力消費をせずに場所の移動ができる……戦いが不得手だと嘯いていたが、なかなかどうして戦いなれている!)
海上に立つ魔女に向かって、白い神霊は身構える。————だが、人影は魔女一人だけではなかった。
「……む。何だその餓鬼は?」
「見学の生徒だよ。ツクちゃん……、私の友人から色々教えるよう言われててね。可愛いでしょ、星野愛久愛海君です」
金髪の児童が、魔女に手を繋がれてそこに居た。
「……おい、俺さっきまで『世界の端っこ』にいたよな?」
「あー。テレビで言うところのスキップをしたの」
「答えになってねーよ。つーかなんで俺水面に浮いて……ってわぁキッモ! 目玉のグロ肉⁉」
興が覚めていくのを、童子は感じていた。
「自ら足手纏いのザコを連れて来るとは、正気か?」
「問題無いよ、これでも先生だからね。私の生徒に手は出させない。だってキミ、
ぴくり。魔女の言葉に童子の瞼が痙攣する。
「……全く。術師であるというのに口は災いの元だというのを知らん」
海上に放出されるのは、白い童子の裡に渦巻く神の祟り。まるで、氷点下の空気の肌を刺す痛みのような圧力。空間が神による畏れによって歪み、満月が三日月となって嗤う。
その溢れ出す力は天変地異そのもの。星野愛久愛海に感じ取れるのは、ただそれだけ。圧倒的に単純な死の予兆。
(コイツに、勝てるって言うのかこの魔女っ娘は……⁉ これもう……呪霊っていうか、神霊とかその類のものなんじゃ————!)
「流石、分霊とはいえ災いに一家言あるね……星神『
死を経験した星野アクアが初めて感じる、死をも上回る根源的な恐怖。それが眼前の神、『太歳星君』。だというのに、魔女は顔に浮かべた笑みを絶やさない。
「好きな死に方を選ぶが良い。魂ごと完全消滅させてやる」
「じゃあ使って来てほしいな、出来るでしょ『
(領域展開……?)
聞きなれない言葉に首を捻るアクア。
「……良かろう。人心に応えるのが神だ。せめて散り様で興じさせろ」
「大丈夫だよ、アクア君。私から離れないようにね」
————世界が悲鳴を上げている。この時のことを後日振り返ったアクアは、そう評した。
「領域展開」
太歳星君は両手の人差し指から小指を折り曲げて組み、薬師如来印を結ぶ。それは、彼の本地仏に紐づくものだった。
「『
天地が十二に罅割れる。地表に浮かび上がるのは、木星の鏡像。夥しい数の眼球が内部に封じ込められた禍つの凶星が、棒渦巻銀河や螺旋星雲が輝く天へと昇る。閉じない領域内に付与された術式の効果範囲が、大陸規模にまで広がり出す。
「何だよ、これ……!」
「これは『領域展開』。術式を付与した生得領域、所謂心象風景を呪力で周囲に構築する呪術の最奥だよ。見たところ、この領域は空間自体に干渉するタイプで、閉じていない分構築難易度も、それを代価にした縛りで術式威力も高めだね」
おまけに、因果律操作で術式効果が一族郎党にまで広がるタイプか……厄介だなぁ、と眉を顰める魔女。祟り神の力を持ってすれば、末代まで祟るという言葉の通り、死しても赦されぬ転生追尾式の呪詛も手軽に領域に組み込まれていた。
「領域展開は滅茶苦茶呪力を消費するけど、それだけ利点がある。一つは環境要因による自分へのステータス上昇、あと副次的な効果で敵へのスリップダメージとかだね。ゲームのバフやデバフみたいなもん」
それでも、アクアの体と魂へガチガチに時空遮断防壁を張りつつ、魔女は講義を続けている。本当に面倒見が良いらしい。
「もう一つ。領域内で発動した付与された術式は絶対当たる」
「絶対⁉」
「————ごめん、盛った。まー、対策を講じていない状態なら絶対、だけどね。今みたいに呪力で受けるか。おススメはしないけど領域外に逃げるか。でもこれができるのは呪力がゼロのフィジカルギフテッドくらいだ」
魔女が、被っていたつばの広い三角帽子をとった。灰銀色の長髪が風に靡き、菖蒲色の瞳が露になる。
「そして逆転を考えるなら、こっちも領域を展開するか。同時に領域が展開された場合、相性や呪力量の差もあるけど、何よりより洗練された術がその場を制する。分かりやすくゴリ押しの陣取り合戦だと思ってくれればいいよ。今回は、アクア君にも分かりやすくオーソドックスな閉じた領域を見せて上げよう」
魔女は両手の平を己が身体と反対に向け、胸の前で交差させる。そして左右の小指を互いに絡ませ、人差し指を突き出し残りの指を握り締めた。
「領域展開」
その印相は過去、現在、未来の三つの時空を平定するという降三世明王の掌印、降三世印であった。
「!(僕の閉じない領域の効果範囲を外郭として、閉じた領域で覆い尽くした! どこから神の祟りを上回る呪力が……! いや、違うのか! この娘、己の呪力総量に時空操作を施して不変にしている! 故にいくら呪力を使おうと消費が無い、これは疑似的な永久機関!)」
……拡張術式『
「……(陰陽術で領域の気を吸収もできん)————ふ、ハハハハハ! 見事! これが噂に聞く『
よって、力の制限された分御霊とは言え、魔女は星神・太歳星君の呪いを強引に退け、領域の押し合いに勝利した。
天空に浮かぶ、魔法陣のようなミステリークロック。白い砂漠に浮かび上がる、廃都の時計塔。蜃気楼に揺れる日時計の数々と、埋もれた幾つもの巨大な歯車。地から天へと粒子が昇り時を刻む、双翼の砂時計。
そこは時の終着点。または、止まってしまった時空の狭間。途切れ途切れにすり抜ける瞬きの継ぎ接ぎ。
これこそが時の夢観る魔女の
「『
敵側で初領域展開の漏瑚ポジがこのロリ神(弑逆桔梗+土地エネルギー枯渇デバフ無しのフルスペック八割分)なの、初手から完全体すっくんが出て来たくらいの絶望感。
そんでもって魔女さん、原作からしてこれ副次的な能力なのに、術式の解釈を広げたらエライことになった。戦闘IQが桁外れな権能デメリット無し魔女教強欲司教さんと思ってくれればいい。