ワタクシが新時代の破壊者ですわ~ァ! 作:サイリウム(夕宙リウム)
時間は大きく進み、12月へ。
最強を目指すウマ娘、『ジャングルポケット』は更衣室の中でいそいそと勝負服に着替えていた。
粗方着替え終わり、お気に入りのネックレス。光を吸収し、幾重にも反射するプリズムをポケットの中へと忍ばせる。準備はこれで完了なのだが……、鏡の中で映る自分の姿に、つい笑みをこぼしてしまう彼女。
「ん! どーすかどーすか、オレの勝負服!」
早くその姿を見せたい、その気持ちのままに動いた彼女はすぐに更衣室のカーテンを開き、自身の先輩とトレーナーの待つ場所へ。
つい胸を張ってしまう彼女だったが……、多くのウマ娘が勝負服どころか1勝すらできずに消えていくのが中央である。そんな過酷な環境の中でG1という晴れ舞台に出走でき、自分だけの特別な服を用意してもらえる。
更にこれから並外れた強敵たちと鎬を削る、最強を証明するためのレースが始まるのだ。その感情の高ぶりは一入だった。
そんな感情を“先輩”も理解してくれたのだろう。優しい笑みを浮かべながら拍手するのは、彼女をトレーナーと引き合わせた『フジキセキ』。
「かっこいいよポッケ。ここまでデビュー戦、重賞と連勝して立派に成って来たね。」
「へへ、もっと言ってくれてもいーっすよフジさん。」
「フジ、余り調子に乗せるな。」
彼女の憧れであり、尊敬している先輩に褒められたのがよほどうれしいのだろう。普段からコロコロと表情を変えるその顔を更にだらしなく緩ませながら、嬉しそうに頭をかくポッケ。
しかしその気のゆるみを正すように、トレーナーが口を開く。
「ジュニア級の最高峰レースともなれば出走するウマ娘のレベルもこれまでとは段違いじゃ。油断禁物、心してかかれよ。」
「……最強のウマ娘に成るには、こっからが本番だもんな。」
彼の言葉に、少しだけだが顔を引き締めるポッケ。
トレーナーのいう通り、これから行われるホープフルステークスとはG1レース。まだその歴史は浅いながらも、来年から始まるクラシックレースたちと同じ中距離、2000mの勝負である。
G1と格上げされる前から『時代の最強』と呼ばれる者たちが参戦してきたレースだ。クラシック3冠を狙う強者たちの多くがここに照準を合わせに来ていると考えれば、単なるG1よりもその難度は高いかもしれない。
しかしそんな張り詰めかけた空気を和らげるように、優しく声をかけながらポッケへと近づくフジキセキ。
「まずは力を出し切る事だけを考えて。……大丈夫、君ならやれる。」
勝負服の胸元。その少し緩んだ結び目を直しながら、後輩の目にエールを送る彼女。
フジキセキからすれば、眼前にいる彼女は“あったかもしれない夢の続き”である。そのような様子は一切外に出さないが、心の中で意識してしまうのは確か。自分は出来なかったが、彼女なら出来るかもしれない。そんな淡いながらも確信に近い思いが、まるで母のような温かい言葉となってポッケに送られる。
そしてポッケからすれば、自身が中央に来る理由になった先輩からの言葉である。これ以上に“アがる”ものは無かった。
「ェへ! フジさんにそう言われっとマジで心強いっす! ……よし! 今日出てくる全員、オレの早さでぶっ飛ばしてやるぜ!」
「お前はまたすぐそうやって! 自身と慢心は違うと何度言えば……」
恥ずかしそうに鼻をこすった後、両の手を握りしめながら宣言する彼女。勝負服を貰い、心が熱くなる強敵たちが待ち構えていて、敬愛する先輩からエールまで送られたのだ。もう彼女の頭の中には、“勝利”以外存在しない。
そんな彼女を諫めようと声を上げるトレーナーだったが、ノリに乗った彼女はもう止まらない。後はレースで全てを発散するだけである。
「ナベさんの説教は聞き飽きたっての。じゃ、いってきまーす!」
「こりゃ、ぽっけ!!!」
「1着取ってくっからな! 楽しみに待ってろよー!」
【国民的スポーツエンターテイメント、トゥインクルシリーズ。実況は私、泉本と。解説は山本さんでお送りいたします。】
【はい、よろしくお願いいたします。】
【阪神レース場は天候にも恵まれ、多くの観客が見守る中。本日のメインレースの本バ場入場が始まっています。】
地下バ道に響く、実況席からの放送。
それに耳を傾けながらターフへと向かう彼女だったが、向かい側に見える人影。
「……ん」
その声に、彼方も彼女を認識したのだろう。道の中央にそびえたつ柱の向こう側にいる彼女は、白衣のような勝負服で身を纏ったウマ娘。ポッケの記憶が正しければ……
「よぉ、ウワサは聞いてんぜ。レースで一緒になるのは初めてだな。よろしく。……おめぇ、速ぇな。」
「どうしてそう思うんだい?」
ほんの少しだけ相手を煽る様な口調で、挨拶を交わすポッケ。
しかしその身体から発せられる“何か”が認識を改めさせたのだろうか。向かい側の“彼女”をほんの少しだけ認める様に、言葉が紡がれる。
そしてそれに返されるのは、抑揚がありながらも感情のない言葉。
「匂うんだよ、つえー奴の気配がな。隠したって俺には解る。いろんな奴と走って来たからな。」
「あぁ。君はあのフリースタイルから転向してきたっていう……」
「え、なっ!?」
彼女が名を名乗ろうとするよりも早く、その足をまさぐり始める白衣の少女。
これがもしかのトレーナー。一部の界隈で著名な彼であれば即座に蹴り飛ばされていただろうが……。相手はウマ娘であり、ポッケは男勝りな口調ながらとてもいい子である。単に少女の触り方がこそばゆさと気持ち悪さでその他の感情全てを置き去りにした可能性は大いにあったが……。
ともかく“少女”からすれば、それだけで多くのものが見えてくる。
「なるほど資質は感じるね。骨格、トモの張り、関節の柔軟性も申し分ない。ここまで無敗というのも納得だ。」
「な、何だおめッ!?」
その奇行に驚き声を上げるポッケであったが、即座に言葉に言葉に詰まる。
少女のトモ触りがより過激になったのではない。
もう一人、いなかったはずの存在が、いる。
「確かに、ワタクシには劣りますがいい脚してますわね。筋密度から見て差し、末脚がお得意なのでしょう。ま、ワタクシの方が速いですけど!」
「誰だテメェ!?!?!?」
白衣の少女同様しゃがみこんでポッケのトモを眺めていると思えば、急に立ち上がりお嬢様らしい笑い声を上げる彼女。その声量の大きさに耳を絞るポッケだったが、その程度で止まる狂人たちではない。
先程の問いに答えるかのように、両者が口を開く。
「アグネスタキオンさ! そして君は……」
「神の愛し子! ゲートクラッシャー様ですわ! 以後よろしゅう? ……あぁそれと、ワタクシのトモを触った瞬間、命の保証は致しませんわ。ぶっコロです。」
爛々と光る眼をポッケに向けながら名を名乗るタキオン。そして次の標的に向けて手を伸ばそうとした彼女に対し、言葉の刃を突き立てるエセお嬢様。
黒地の華やかなドレスに赤い差し色が使われたソレ。この勝負服だけ見れば確かに良家のご令嬢であったが、その言葉と纏う雰囲気は明らかに“狂人”のもの。独自のルールと価値観だけで動いているのが見て取れる。
これが単なる警告でないことはタキオンも理解したのだろう。少々つまらなそうな表情を浮かべるが、すぐに“元の対象”へと目を向けた。
「まぁいい。それでは今日はお互い頑張ろう、“ジャングルバケット”君?」
「な!? ちげぇッ……」
「はは! 解っているとも、冗談さ。」
一瞥し、視線を送りながら歩き始めるタキオン。
邂逅時に跳ね上がり、急に冷めたその熱意。彼女からすればポッケは『既に見るべきものは見た』対象であり、明らかに興味を失ったように見える。代わりにその赤く光る瞳を向けるのは、“推し量れなかった”ゲートクラッシャー。
そしてその視線に、異様なほどに曲がった笑みを送り返す彼女。
「ふふふ、嗤えますわねぇ? どうやら興味あるモノにしか熱意を注がぬご様子。知っているつもりでしたが、実物を見るとより面白い。……ねぇポッケ様?」
「あ、あぁ。……って何なんだよお前! 急に出て来やがってッ!」
「あら! ならばもう一度名乗って差し上げましょう、と言いたいところですが……。時間も時間です。後はレースをご覧じろ、ですわ~!!!」
そう言い切った後、まるでコミックに出てくるようなお嬢様の笑い声と共に、歩き始めるエセお嬢様。
先程までの急展開に付いて行けず、此方の言葉を全て封殺してきた2人につい呆けてしまうポッケだったが……。彼女の言う通り、今はレース前。時間は限られており、レース前に余計な思考は持ち込めない。すぐに首を大きく振り、その背中を追い始める彼女。
他者の感情を顧みず、ただ自己の中で答えを追い求める者。
先人の姿に憧れ、頂点である最強を追い求める者。
そして全てを理解しながら壊す為だけに闖入した狂人。
ホープフルステークス。ジュニア級における最後のG1レースが、幕を開ける。