みなさん毎日杯当たりましたか?
私は’予想だけ’当たりました…
「強過ぎるわ、なんやこの馬」
京都競馬場に所属している調教師、武山文吾は嘆いていた。
— — —
武山文吾
天皇賞・春を牝馬で初優勝を果たしたレダや牝馬二冠馬ミスオンワード、牡馬二冠馬コダマなどの名競走馬を管理した名伯楽。常に調教師リーディング上位に位置し、今年のリーディング3位は確定している。東西のトップトレーナーを現す構図として「東の尾方、西の武山」と並び称されており、来年のクラシック候補も多数管理。
— — —
その西の武山が観ていた映像は今年12/15に中山競馬場で行われた第15回朝日盃3歳S。
《………テンザンこれは強い!テンザンこれは強い!差を広げます!テンザンの圧勝です、テンザンの圧勝!断然のリードを保ったままゴールイン!2着以下は接戦のゴール……》
「そっからまた伸びるんかいな… ウチのプリマドンナもオンワードセカンドも「シンザンも!」」
「栗川ぁ…… せやからな」
急に現れて武山厩舎が管理している馬名を叫んだのは同厩舎所属の騎手、栗川勝だった。
— — —
栗川勝
京都競馬場の武山文吾厩舎に所属しており、今年の騎手リーディングは伊馬竹男に続く6位に輝く。同厩舎所属の牡馬二冠馬コダマ・牝馬二冠馬ミスオンワードの主戦騎手を務めるなど関西屈指の名騎手としてその名を轟かせている。
— — —
「ブンテキ!やからシンザンは強いんですって!」
「オンワードセカンドの方がええよ、本当や」
オンワードセカンドは武山厩舎一番の期待馬で来年のクラシック戦線を担うと言われていた。しかし前走阪神3歳Sでまさかの敗戦を喫し、クラシック前哨戦であるスプリングSにはシンザンが出走することになっていた。
「シンザンもオンワードも僕が跨ってるんですよ、どちらが強いのかなんてハッキリ分かりますよ」
「そうはいってもなあ…まあ次のスプリングSで分かるやろ。だけどテンザンが出てきたら厄介やな」
どうやら関西にもテンザンの強さは広まっているようで、曰く『その馬は暴力的な強さを持つ』やら曰く『その馬は他馬を蹂躙する強さを持つ』やら。確かにとてつもない強さを誇っていることは合っているのだが何か過剰表現に見えてしまう。
「シンザンとテンザン… まさにライバルになるために生まれてきたような2頭やないですか!スプリングSが楽しみですわ!」
栗川は満面の笑みを浮かべて武山の前から去って行った。
どうやらシンザンに会いに行くようだ。
「スプリングSまでまだ3ヶ月ある。さてどうなるかな…」
———————————————————————————
「タケクニさん、ヤバい馬乗ってるらしいじゃないですか」
邦彦が所属している京都競馬場の竹平三厩舎を訪ねてきたのは2年後輩である高端成忠だった。
— — —
高端成忠
1957年に阪神競馬場の左藤勇厩舎の騎手見習いとなり、2年後の1959年に同厩舎所属でデビュー。1963年には年間33勝で初めて全国10位に付ける大躍進を遂げ、関西の中でも特にこれからが注目な若手騎手として期待されている。
— — —
「おお、高端… なんやテンザンのことか?」
「そうですよ、聞きましたよ!あの朝日盃を大差勝ちしたらしいやないですか!」
高端は興奮気味に邦彦に話す。目を輝かせながら質問を重ねる高端の様子はまるで競馬少年の様である。
「まあな、
「いいなあ、僕もああいう馬と出会いたいですわ」
「お前も良い馬おったやろ、なんやったか忘れたけど…あの〜ほら壺田さんとこの」
「ヒカルポーラですね、あいつは良い馬ですよ」
ヒカルポーラは高端が所属する左藤厩舎の管理馬で1962年の菊花賞を二桁人気ながら3着と健闘したものの次走のオープン戦後に脚を骨折し長期休養に入る。復帰後オープン戦を挟み天皇賞秋では2番人気に推されるも2着。ここまでいまだ重賞勝ちがなかった本馬だったが、12月15日の阪神大賞典において初の重賞勝利を飾った。主戦騎手を務めるのは高端で来年の古馬戦線の有力馬として期待されている。
「俺は古馬戦線の有力馬がほぼほぼおらんからな、クラシックに向けて尚更やる気が出るわ」
「僕はクラシック戦線に出る3歳馬のお手馬がいないですからね… ヒカルポーラと頑張らないと」
「テンザンとぶつかる時はよろしくな、ぶつかるとしたら有馬記念ぐらいやけど」
「こちらこそよろしくお願いします、お手柔らかに頼みますよ」
握手を交わした邦彦は厩舎内へ戻り、高端は阪神競馬場に戻るようで身支度を整えるため足早に京都競馬場から去っていった。
果たして
実は阪神競馬場に行ってきまして。
とっっっっても楽しかったです。