世紀末ヒャッハー伝説 〈汚物は消毒だァ!!〉 作:ヒツジ(ラム肉
幕間 「ヒャッハーダム」
荒野には旧世界の亡骸が転がっている。
都市。
研究施設。
軍事基地。
発電所。
文明の残骸。
多くは既に意味を失っていた。
風化し、崩れ、奪われ、朽ちる。
だが――例外がある。
巨大構造物。
異様な存在感。
今なお地形そのものを支配する遺物。
ダム。
「……ヒャッハー」
黒塗りのバイクが砂煙を引いて停止した。
眼前。
圧倒的な質量の壁。
風化したコンクリート。
ひび割れた外殻。
沈黙する監視塔。
死んだはずの巨人。
ヒャッハーはしばし無言だった。
叫ばない。
暴れない。
ただ見上げる。
その姿は、荒野では異様だった。
「いいじゃねぇか……」
低い声。
妙に理性的な声音。
周囲を歩き始める。
壁面を叩く。
地盤を見る。
崩落箇所を観察する。
「完全崩壊じゃねぇな……」
搬入口の残骸。
朽ちた設備。
絡まった配線。
ヒャッハーの視線が走る。
略奪者の目ではない。
明確な評価の目。
「水……死んでねぇ」
堆積物を蹴る。
泥の質を見る。
湿度を確かめる。
「発電系統……生きてりゃ笑えるぞ」
倒れた制御盤へ近づく。
焼け焦げたケーブル。
破壊された機器。
だが。
「……部品は足りるな」
ニヤリと口角が歪んだ。
「ヒャッハー!!」
突如として爆発する狂喜。
「拾い物にしちゃ最高じゃねぇかァ!!」
作業が始まった。
荒野の常識では理解不能の光景。
モヒカン男が工具を取り出す。
瓦礫をどかす。
配線を剥く。
溶接を始める。
殴る。
叩く。
繋ぐ。
修理というより――蘇生だった。
数日。
さらに数日。
昼夜の概念なく続く異様な行動。
「ヒャッハー……♪」
鼻歌交じり。
実に楽しそうに。
だが作業は的確だった。
破損箇所を迷いなく補修し、
致命的な断線を再接続し、
動力系統を強引に復旧させていく。
まるで。
最初から構造を理解していたかのように。
やがて。
ゴウン……
低く。
重く。
沈黙していた巨体が唸った。
「……ヒャ?」
水門が微動する。
わずかな振動。
だが確かな反応。
続いて。
発電設備、再起動。
朽ちたはずの機構が回転を始める。
「ヒャッハー!!」
歓喜の絶叫。
「生きてんじゃねぇかァ!!」
ダム上部へ駆け上がるヒャッハー。
眼下。
広がる濁水。
荒野ではあり得ぬ量の資源。
水。
それは力。
それは支配。
それは戦争の種。
ヒャッハーはしばし黙り込む。
風が吹き抜ける。
荒野を越え。
巨大構造物を撫でる。
「……決まりだな」
静かな声。
だが。
その瞳は狂気に満ちていた。
「今日からここは――」
ゆっくりと振り返る。
誰もいない荒野へ向けて。
満面の笑み。
「ヒャッハーダムだァ!!」
哄笑が響く。
乾いた世界へ。
文明の墓場へ。
怪物の拠点誕生。
その瞬間だった。
この場所の意味が変質したのは。
単なる遺跡ではない。
単なる資源拠点でもない。
災害発生源。
戦争誘発装置。
狂気の温床。
だが当の本人は満足げだった。
「ヒャッハッハァ……」
心底楽しそうに。
「楽園ってやつだろォ?」
荒野は何も答えない。
だが。
この日を境に。
周辺地域の運命は確定した。
無数の死。
無数の戦闘。
無数の愚者。
すべてが引き寄せられる。
たった一人のモヒカンによって。
「ヒャッハー……♪」
鼻歌だけが、
やけに楽しげに響いていた