ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ)   作:もいもい130

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第1話:また、夜が明けたのか

 

 

意識が戻る。その事実に、男は心底からの吐き気を覚えた。

老狩人ゲールマンが振るった、介錯の刃。

首を断つ鋭い衝撃も、噴き出す血の熱さも、もう何度経験したか分からない。真っ白に染まっていく視界の端で、「今度こそ」と真実の眠りに就くことを願うのさえ、億劫になるほどの回数を重ねてきた。

慈悲の刃は、いつも確実に男の意識を刈り取ったはずだった。だが、深淵よりも深い静寂が訪れる直前、いつも何かが彼を引き戻す。それは上位者の呪いか、あるいは彼自身の肉体に沈殿した、神をも超える「啓蒙」の仕業なのか。

重い瞼を押し上げると、案の定、そこには光があった。

網膜を焼く、暴力的なまでの陽光。饐えた血の臭いではない、どこまでも白々しいほどに清浄な空気。

「…………」

男は言葉もなく、ただ重い溜息を吐き出した。

起き上がる動作にさえ、幾千幾万という周回で積み上げられた、鉛のような倦怠感が滲む。

肉体に痛みはない。だが、その魂にはもはや行き場のない「血の遺志」が夥しく沈殿し、理想値を極めた血晶石が嵌まった武器は、主人の意志を待たずとも空間を切り裂かんばかりの殺気を放っている。

手元を見れば、使い古した銀の仕込み杖。

足元を見れば、地面から這い出してきた見慣れた「使者」たちが、主人の目覚めに歓喜してマントの裾を引っ張っている。一人の使者が、掲げるようにして『輸血液』の瓶を差し出してきた。

「……もう、よいと言っただろう」

男は無造作にその瓶を受け取り、腰のホルダーに差し込んだ。

彼にとって、この目覚めは新たな冒険などではない。ただの「やり直し」であり、終わらない悪夢の延長に過ぎない。

男は、自分が寝かされていた墓地の石碑を見やった。

ヤーナムの文字ではない。解読はできないが、そこに意志が宿っていないことだけは分かる。今の彼にとって、文字とは単なる無機質な記号に過ぎなかった。

「……人形も、いないか」

いつもなら、目覚めた先には彼女の「おはようございます、狩人様」という声があった。だが、今の耳に届くのは、遠くから聞こえる見知らぬ街の喧騒だけだ。

しかし、男は動揺すらしなかった。

ただ、深く被った狩人の帽子の影から、街の中心にそびえ立つ白い塔を見上げる。

「あそこか。上位者の臭いがするのは」

塔の頂から漂う、濃密で、鼻につく「神」の気配。

男は仕込み杖を突き、カツン、と乾いた音を鳴らして歩き出した。

神が人を導き、恩恵を与えるなどというのなら、自分にとってこれほど不愉快な場所もない。

墓地を抜け、緩やかな坂を下ると、そこには彼がかつて知るどの都市とも違う光景が広がっていた。

迷宮都市オラリオ。

その巨大な円形都市を囲う高い城壁。街路を満たす石畳は磨かれ、道ゆく人々は色鮮やかな衣服に身を包んでいる。ヤーナムを覆っていた、あのどす黒い呪いも、血の乾いた汚れも、ここでは見当たらない。

男は、のんびりと、だが確実な足取りで中心部のバベルへと向かった。

(……気色が悪いな)

狩人の帽子の縁を指でなぞりながら、彼は周囲を観察する。

市場には瑞々しい果物が並び、焼きたてのパンの香りが立ち込めている。人々は笑い、歌い、明日が来ることを微塵も疑っていない。

ヤーナムの住人なら、夜の訪れを恐れて扉に鍵をかけ、狂気と獣の病に震えていたはずだ。しかしここでは、人々が自ら進んで「神」を語り、その力を誇示している。

「神か」

男は内心で冷笑した。

彼にとって神とは、上位者とは、人の正気を削り、その存在そのものを餌食にする超越的な寄生虫に過ぎない。

バベルに近づくにつれ、人々の姿に変化が現れる。

鎧を纏い、剣を佩いた者たち。彼らとすれ違うたび、狩人は不快そうに鼻を鳴らした。

彼らの背中には、服の上からでもはっきりと分かるほど、**「上位者の臭い」**がこびりついている。誰かに飼われ、その血の恩恵に縋っている者特有の、甘ったるくも悍ましい、隷属の残り香。

(どいつもこいつも、あいつらの手口に嵌まっているのか)

狩人は、すれ違う者たちを無感情に眺める。

彼らが誇らしげに掲げる武器は、彼から見ればおもちゃのようなものだ。理想的な血晶を組み込み、空間の理すら書き換えるまでに至った彼の仕込み杖に比べれば、それらは単なる鉄の塊でしかない。

ふと、前方から騒がしい一団がやってきた。

高価そうな装備に身を包み、大声を出しながら歩く中堅の連中だろうか。彼らは道を開けようとしない黒マントの男——狩人に気づくと、不快げに顔を歪めた。

「おい、どけよ。見ねえ顔だな。どこの所属だ?」

先頭にいた大男が、狩人の胸元を乱暴に突こうとした。

だが、その指がマントに触れることはなかった。

狩人は一歩も動いていない。ただ、一瞬だけ。

彼が幾千幾万の狩りで培った、上位者を圧倒する「殺気」が、狩人の帽子の下から漏れ出したに過ぎない。

「…………ッ!?」

男の動きが凍りついた。

目の前にいるのが人間ではなく、底知れない深淵の淵に立つ「ナニカ」であると、本能が叫んだのだ。冷や汗が吹き出し、喉が震え、言葉が霧散する。

狩人は彼らに目もくれず、ただ静かに傍らを通り抜けた。

「……幾千幾万回目かは知らんが。せいぜい、次の夜明けまでを退屈させないでくれ」

カツン、カツン。

仕込み杖が石畳を叩く規則的な音だけが、静まり返った街路に響く。

文字すら読めぬ、この世界で最も強大で孤独な異邦人。

彼はバベルの麓まで辿り着くと、その巨大な建造物を見上げた。

天を衝くその塔のどこかに、自分をここに引き摺り下ろした、あるいは自分を「終わらせてくれない」原因があるのかもしれない。

もしそうなら、やるべきことは決まっている。

例えここがヤーナムでなくとも、どれほど光に満ちた場所であっても。

獲物がいる限り、彼は狩る。

それが、死を奪われた者の唯一の義務なのだから。

彼は狩人の帽子を深く被り直し、喧騒の中へと消えていった。

その先の街角で、書類を抱えて走り回る一人のハーフエルフの少女が、彼の「終わらない夜」に新たな意味を書き加えることになるのを、彼はまだ知らない。

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