ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
「待て! 待てと言っている、少年ッ!」
第18階層の平穏な森に、狩人の必死な叫びが響き渡る。
かつてヤーナムの市街で獣を追い詰めたあの俊敏な足捌きが、今はただ一人の少年を「物理的に黙らせる」ために全開にされていた。
(マズい……これだけはマズいッ! もしあのお節介な導き手に『アイズと不適切な密会をしていた』などと報告されれば、次は説教どころでは済まぬ。ギルド追放、あるいは……更なる精神の磨り潰しが待っている!)
狩人の脳裏には、仁王立ちで冷笑を浮かべるエイナの幻影が、上位者の如き威圧感で君臨していた。その恐怖が、彼を極限の機動へと駆り立てる。だが、ベルの逃足は、恐怖と『憧憬一途(リアリス・フレーゼ)』の相乗効果で、もはや物理法則を無視し始めていた。
「……致し方ない。出し惜しみは死(説教)を招く!」
狩人は遺志の底から、古びた、しかし微かな残響を放つ骨の破片——**『古い狩人の遺骨』**を取り出し、その魔力を解放した。
刹那、狩人の姿が掻き消える。
一歩踏み出すごとに、その身体は水銀の霧と化し、加速という概念を超越した「瞬間移動」に近い挙動を見せ始めた。
「わあああああああ!? 消えた!? 怪物だ、やっぱり怪物の類なんだああああ!!」
前方でベルがさらに絶叫する。
背後から、霧を纏った黒い影が尋常ならざる速度で肉薄してくるのだ。それはもはや、オラリオの冒険者が知る「敏捷」の域を超えていた。
「……素晴らしい(マジェスティック)! 素晴らしい逃げ足だ! だがそれ以上は、私の破滅だッ!!」
遺骨の力で霧を引いて加速する狩人は、ベルの進行方向の地面へ、懐から取り出した小石を放り投げ、威嚇する。
「ひいっ! 撃たれた!? 殺される! アイズさんとの秘密を知ったから、消されるんだあああ!」
ベルの誤解は、既に成層圏を突破していた。
もはや彼の目には、狩人が「口封じのために若者の芽を摘もうとする、恋路に狂った悪夢の主」にしか見えていない。
「違う! 断じて違う! 私は、彼女のステイタスの澱みを払っていただけだ! ぺちぺちしていただけなのだ!」
「それがもう意味不明ですうううう!」
霧と化して詰め寄る狩人と、限界を超えて加速する少年のチェイスは、第18階層の宿場街『リヴィラの街』の入り口へと差し掛かろうとしていた。
街の冒険者たちが「何事だ」と顔を出す中、遺骨の煙をたなびかせながら必死すぎる形相で追う狩人と、絶望の表情で逃げるベル。
「……逃がさんぞ、少年。私の『平穏』を奪わせはしないッ!」
遺骨の恩恵が切れる寸前、狩人は最後の一跳びを見せ、ベルの背後に迫る。