ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ)   作:もいもい130

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第21話:落書きの悪夢、あるいは致命的な誤字

 

ギルドの地下室に監禁されること数日。狩人の精神は、もはや「宇宙の瞳」を求める高潔な志を忘れ、ひらがな五十音の迷宮で迷子になっていた。

「いいですか、狩人。昨日の復習です。……これは?」

「……『か』、だ」

「よくできました。では、そこに『れ』を足すと?」

「…………『かれ(帰れ)』」

狩人は虚無の瞳で答えた。もはや彼の頭にあるのは、自分を説教の的にする者たちへの「帰れ」という切実な願いだけだった。

エイナが資料を取りに席を立った一瞬の隙。狩人の足元の影から這い出した使者たちが、主人の苦悩を察して動き出した。彼らは主人が書きなぐった練習帳の文字を「神秘の呪文」と勘違いし、それを広めるべく壁を通り抜け、オラリオの街へと繰り出していく。

その夜。

エイナの監視を潜り抜け、ようやく宿に戻った狩人の前に、またしてもあの「執着の塊」が現れた。

「……続きを。……マジェスティックな、あの続きを教えて」

廊下の突き当たり、月光を背負って立つアイズ・ヴァレンシュタイン。

狩人は頭を抱えた。ここでメンシス神拳を振るえば、また翌朝にエイナの「お勉強会」が追加されるのは目に見えている。

(……そうだ。覚えたての文字で、意志を伝えれば……)

狩人は懐から、エイナに無理やり持たされた練習用の紙とペンを取り出した。そして、震える手で精一杯の拒絶を書き記す。

『かえれ(帰れ)』

……と、書くつもりだった。

だが、数時間の特訓で指先が麻痺し、さらに使者たちが横から「もっと力強く!」と言わんばかりに影を揺らした結果、その文字は致命的な変貌を遂げた。

狩人は無言で、その紙をアイズの鼻先に突きつけた。

『 か れ ( 狩 れ ) 』

「…………!」

アイズの瞳が、黄金色に輝いた。

彼女の脳内では、昨夜のミコラーシュの如き咆哮が再生される。

「素晴らしい(マジェスティック)……! 私を、人形ではなく、一人の『獲物』として認めてくれたのね……!」

「……!? いや、違う、それは——」

「わかった。……全力で、応える」

アイズが剣を引き抜き、凄まじい風の加護が廊下を吹き荒れる。

狩人は絶望した。文字という「文明」を使った結果、事態は昨日よりもさらに暴力的な方向へと加速してしまったのだ。

一方その頃、オラリオの目抜き通りでは、パニックが起きていた。

使者たちが「主人の教え」を広めるべく、街中の壁に、影の粘液で巨大な文字を書き殴っていたからだ。

『 あ い な ( エ イ ナ ) 』

『 ま じ ぇ す て ぃ っ く 』

「呪いだ! ギルドの受付嬢を称える、不気味な呪いの予言だ!」

「文字が動いてるぞ! 助けてくれ!」

翌朝、街中に溢れる「エイナ」と「マジェスティック」の文字、そしてボロボロになった宿屋の廊下を見たエイナ・チュールが、どのような顔をするか。

狩人は、アイズの剣をいなしながら、もはやヤーナムの終わりよりも恐ろしい「明日」を予感し、天を仰ぐのだった。

「……マジェスティック……。これが、言葉を持つことの代償か……」

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