ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
その日のオラリオは、異様な熱気に包まれていた。
街中の壁という壁に刻まれた『エイナ』『まじぇすてぃっく』の蠢く文字。それを見た一部の冒険者たちが「これはギルドの導き手による福音だ!」と勘違いし、勝手に『聖母エイナ教』なる怪しげな集団を結成し始めていたのである。
一方、宿屋『薄暗い足跡亭』の廊下では、一晩中続いた「教育(物理)」の結果、壁や床が無惨にひび割れていた。
「……はぁ、……はぁ。……素晴らしい(マジェスティック)、これこそが……狩り……!」
黄金の瞳を爛々と輝かせ、息を切らしながら剣を構え直すアイズ。彼女の足元には、狩人が書き残した(書き間違えた)『狩れ』の紙が、聖遺物のように大切に置かれている。
「……違う……。私は……『帰れ』と……書きたかったのだ……」
狩人は狩人の帽子をボロボロにされ、壁に背を預けて項垂れていた。
一晩中、言葉の通じない剣姫を「メンシス神拳」でいなし続け、精神(啓蒙)は既に限界。だが、真の絶望は背後からやってきた。
ドォォォォン!!
宿屋の正面玄関が、物理的な衝撃波と共に消し飛んだ。
「……狩 人 さ ん ? そ こ に い ま す よ ね ?」
地平線の彼方から響くような、低く、冷たく、そして絶対的な死を予感させる声。
廊下の向こうから、どす黒いオーラ(神威を越えた怒気)を纏ったエイナ・チュールが、一歩、また一歩と歩を進めてくる。彼女の手には、街中の落書きを写した報告書が握り潰されていた。
「私の名前を……。街中の壁に、あんな不気味に蠢く文字で……! おかげで今朝、知らない冒険者から『聖母様、マジェスティックな祝福を!』って拝まれたんですよ!? この落とし前、どうつけてくれるんですか!!」
「……ま、待て。導き手よ。あれは、その……使者たちが、よかれと思って……」
狩人は必死に弁明しようとするが、足元の使者たちは相変わらず空気(空気)が読めない。
彼らはエイナの降臨を「主人が教わった神聖な文字の主が来た!」と大喜びし、エイナの足元にワラワラと集まっては、無言で「マジェスティック・ポーズ」を捧げ、影の中で彼女の名前を連呼するように踊り始めた。
「……クケケ! クケケケケ!!」
「足元がうるさいですッ!!」
エイナの定規が、空を裂く。
見えていないはずの使者たちが、そのあまりの気迫に「ヒィッ」という無言の悲鳴を上げて影の底へ霧散した。
「アイズさんも! 何を夜通し遊んでいるんですか! ギルドで事情聴取です! そして狩人……あなたは……」
エイナの眼鏡が、パキンと音を立てて光った。
「読み書きができるまで、ギルドの資料室に軟 禁 で す。外の空気を吸えると思わないでくださいね?」
「……ああ……ああ……。宇宙(そら)よ、私を見捨てたまえ……」
狩人はアイズと共に、引きずられるようにしてギルドへと連行されていった。
かつて上位者の悪夢を終わらせた男の最後は、一人のエルフによる「教育」という名の、終わりのない再教育刑であった。