ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
「……耐えられん。もう、一分たりともここには居られぬ……」
資料室に閉じ込められて数日。狩人の精神は、連日の「愛の詩集」の書き取りとエイナの厳しい添削により、発狂の一歩手前にあった。
影の底では、使者たちが主人の窮地を察し、無言で『古い狩人の遺骨』を捧げ持っている。
「……すまぬ、導き手よ。私はやはり、この文明という名の檻には馴染めぬようだ」
狩人は遺骨の力を解放した。
一瞬で身体が水銀の霧と化し、資料室のわずかな隙間を抜けて、ギルドの廊下を音もなく滑り出す。
瞬間移動に近いその機動。追える者など、このオラリオには存在しないはずだった。
(……勝った。このままダンジョンの最深部へ消え、数年は泥を啜ってでも——)
「……どこへ行くんですか、マジェスティック脱獄犯さん?」
「…………ッ!?」
ギルド正面玄関、あと一歩で外の空気が吸えるというその場所。
霧が晴れた狩人の目の前に立っていたのは、いつもの事務服ではなく、完全に「実戦用」の軽装鎧を身に纏い、手には魔導書と『特注の巨大定規』を構えたエイナ・チュールだった。
「……な、何故だ……。私の動きは、完璧だったはず……」
「ギルドを舐めないでください。あなたの足元の『影』が、廊下中を楽しそうに踊りながら移動してたんですよ。丸分かりです!」
エイナの背後には、ロキ・ファミリアから借り出された魔導士団が、逃走経路を幾重にも魔法壁で封鎖していた。さらに、エイナの隣には「続き……逃がさない……」と黄金の瞳を光らせるアイズまでが控えている。
「……あ……あ……」
狩人はその場に崩れ落ちた。
逃げようとしたことで、エイナの背後に浮かぶ怒気のオーラは、もはや上位者の『月の魔物』すら凌駕する神々しいまでの「教育的殺意」へと昇華していた。
「……狩人。……もう、言葉はいりませんね?」
「……ま、待て。私は、ただ、少し夜風を——」
「座 り な さ い。」
その一喝は、ギルドの建物を物理的に震わせた。
狩人は反射的にその場に正座し、狩人の帽子を膝の上に乗せて項垂れた。
逃走に使った『遺骨』は、エイナによって没収され、机の上に「没収品」として虚しく置かれる。
「……脱走を試みたペナルティとして、今日から一週間、私の隣で『ギルドの規約全集』を音読していただきます。……もちろん、アイズさんも一緒に、ですよ?」
「……素晴らしい、マジェスティック……。音読の、技術……」
アイズが謎のやる気を見せる中、狩人は資料室のさらに奥、エイナのデスクのすぐ隣という「絶対に逃げられない特等席」へと引きずり戻された。
足元の使者たちは、エイナのあまりの迫力に感動したのか、正座する主人の背中で、無言で「降参」のポーズを取りながら、震えるようにクケケと喉を鳴らしていた。