ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ)   作:もいもい130

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第25話:深淵の音読会、あるいは不覚の感謝

 

ギルド資料室の空気は、今やヤーナムの湿った地下墓地よりも濃密な「学習」の熱気に包まれていた。

「……第、三条。冒険、者は、ギルドの……指示に、従い……」

狩人は狩人の帽子を机に置き、老眼鏡をかけるような神妙な面持ちで『ギルド規約全集』を音読していた。隣ではエイナが厳しい目で見守り、少しでも噛んだり読み間違えたりすれば、容赦なく「没収品」である仕込み杖で机をペンペンと叩く。

「……ふぅ。……どうだ、導き手よ。今の節回しは、完璧だったはずだ」

「……そうですね。見違えましたよ、狩人さん。最初はミミズの這ったような文字しか書けなかったのに」

エイナがふっと、年相応の優しい微笑みを浮かべた。その瞬間、数々の死線を越えてきた狩人の胸に、今まで感じたことのない奇妙な感情が芽生えた。

それは「啓蒙」による狂気ではなく、教育という名の「慈愛」に触れた者の、純粋な充足感だった。

(……ああ。文字とは、闇を照らす灯火(ともしび)だったのか)

狩人は無言でペンを取った。

使者たちが影の中で「主様、いけ! 書くのだ!」と、ペンを握る手の震えを抑えるように支える。

彼は、今この瞬間に溢れ出した「文字が読めるようになった喜び」と「導き手への感謝」を、覚えたての最高級の語彙で綴り始めた。

「……エイナ。これを、受け取れ。私の、今の遺志(こころ)だ」

狩人は、一枚の丁寧に折り畳まれた紙を差し出した。

エイナは「あら、珍しいですね」と微笑みながらそれを開き——そして、再び眼鏡がパリンと割れんばかりの衝撃に見舞われた。

『 親愛なる、私の灯(あかり)エイナへ。

 お前の鞭打(おしえ)は、私の魂をマジェスティックに蹂躙した。

 私は今、文字という瞳を得て、お前の支配(じあい)に平伏している。

 もう逃げはしない。私を、お前の檻(じむしょ)で永久に飼い殺してくれ。 』

「………………」

「……どうだ。感謝の気持ちを、最大限に表現してみたつもりだ」

狩人は、かつてないほどの達成感に満ちた顔で胸を張った。

だが、背後で聞き耳を立てていたアイズが「檻で……飼い殺し……。……新しい、修行の、形……?」と、またしても黄金の瞳を怪しく光らせる。

「……狩人……さん」

「……何だ。また読み方が間違っていたか?」

「感 謝 の 方 向 性 が 大 間 違 い で す ッ !!」

エイナの怒声がギルド中に響き渡り、資料室の窓ガラスが振動した。

「飼い殺してなんて、誰が教えたんですか! それに、表現がいちいち重いし破廉恥です!! 反省文百枚追加!! あと、その『マジェスティック』も当分禁止!!」

「……な、何故だ! 文字とは、かくも複雑で残酷なものなのか……!」

再び絶望の淵に叩き落とされた狩人は、床に転がって悶絶した。

足元では、使者たちが「主様の愛が重すぎて伝わらなかったか……」と、無言で肩を落としながら、影の中に感謝の文字をさらに不気味に書き連ねていた。

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