ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
エイナが必死に裏で書類を偽造し、狩人の「密入」を揉み消そうと奔走している、その時だった。
換金を待つ狩人がギルドのロビーに佇んでいると、不自然なほどに周囲の喧騒が遠のいた。
人の波が割れ、そこへ一人の女性が歩み寄ってくる。
銀色の髪。慈愛と残酷さが同居したような、完璧なまでの美貌。
その場にいる冒険者たちが、種族を問わず魂を奪われたように立ち尽くす中、狩人だけは不快げに眉をひそめた。
美の女神、フレイヤ。
彼女は、自らの『魂を視る目』が捉えた、かつてないほどに「透き通った死の輝き」の正体を確認せずにはいられなかった。
「……ねぇ、貴方。そんなに深い孤独を纏って、どこへ行くつもりなの?」
フレイヤは甘美な声を響かせ、狩人の前に立った。
彼女の目は、今まさに狩人の内側……その魂の深淵を暴こうと、全霊の「視線」を注ぎ込む。フレイヤにとって、下界の住人の魂を愛でることは、唯一無二の愉悦だ。
だが。
「…………覗くな」
狩人が、静かに狩人の帽子の縁を直した。
その声は極めて低く、冷淡だった。土足で自分の領域に踏み込もうとする「神」という存在への、生理的な拒絶。
だが、フレイヤは止まらなかった。
彼女の瞳が、狩人の魂の「底」に触れた。
「ッ……ああ、あ…………っ!?」
フレイヤの身体が、激しくのたうつように震えた。
彼女が視たのは、美しい輝きなどではなかった。
幾千幾万の夜。
月が赤く染まり、大地が血を啜る絶望の輪廻。
名もなき神々が肉の塊へと還元され、宇宙の真理が、おぞましい触手と瞳の群れとなって脳髄を直接掻き回す光景。
それは、美の女神が数万年かけて積み上げてきた「価値観」を、一瞬で塵へと変えるほどの凄絶な『啓蒙』の濁流だった。
「……はっ、あ、あぁ……っ!」
フレイヤは、その場に膝を突いた。
彼女の瞳からは、理解を超えた情報量に焼き切られたかのように、涙が溢れ出す。
魂を視るはずの女神の目が、初めて「視てはいけないもの」に触れ、そのあまりの美しさと悍ましさに、彼女の神核が悲鳴を上げていた。
「なに……? なんなの、その……、その恐ろしくて、愛おしい真実(ひかり)は……っ!」
フレイヤは肩で息をしながら、自分を見下ろす狩人を見上げた。
恐怖。絶頂。そして、狂おしいほどの渇望。
本来なら発狂していてもおかしくない衝撃を受けながら、それでも彼女は「美」の神として、その深淵に魅せられてしまった。
狩人は、震える女神を冷徹な瞳で見下ろし、手に持った仕込み杖をカツン、と石畳に鳴らした。
「……導き手はどこだ。この羽虫は、あまりに眩しすぎる」
「羽虫……っ。ふふ、私をそのように呼んだのは、貴方が初めてよ……」
フレイヤは、崩れ落ちた姿勢のまま、恍惚とした笑みを浮かべた。
彼女の目には今も、狩人の背後に広がる「宇宙的悪夢」の残像が焼き付いている。
「ねぇ……貴方。私のファミリアに来ない? 貴方のその……『悪夢』を、もっと近くで愛でさせて……」
「……断る」
狩人は一瞥もくれず、換金を終えて戻ってきたエイナの方へと歩き出した。
「ちょ、狩人さん!? フ、フレイヤ様に何をしたんですか!? というか、何で女神様が床に転がってるのー!?」
エイナの絶叫が再びギルドに響き渡る。
フレイヤは、遠ざかる狩人の背中を見つめながら、自分の震える指先をそっと唇に当てた。
「……あんな魂、手に入れないわけにはいかないわ。例え……私が壊れてしまったとしても」
最強の女神が、真の意味で「恋」に落ちた瞬間。