ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
エイナに連れられ、狩人は巨大な鍛冶塔『バベル』の直下に位置する「ヘファイストス・ファミリア」の本拠地を訪れていた。
「……エイナ、連れてきたわね。そこの彼、その『杖』を私に見せなさい」
挨拶すら抜きに、右目に眼帯をした女神ヘファイストスが身を乗り出す。だが、狩人は椅子に座ることすらなく、仕込み杖をカツンと鳴らして背を向けた。
「神よ。これに触れることは勧めぬ。これはお前の知る『鉄』ではない」
「な……!? 待ちなさい、鑑定もさせないつもり?」
「……無用だ。これは私以外の者には扱えぬ。導き手よ、行くぞ。ここに私の求める『契約』はない」
あまりに無愛想な拒絶。唖然とするヘファイストスを置き去りに、狩人は困惑するエイナを伴ってさっさと応接室を後にしてしまった。
「……ちょっと、狩人さん! 失礼すぎますよ!」
鍛冶塔を出て、夕闇に染まる通りを歩きながらエイナが声を荒らげる。
「ヘファイストス様は本当に親身になってくださる方なんです。あのままじゃ、どのファミリアの神様もあなたを受け入れてくれませんよ。……恩恵(ステイタス)がなきゃ、あなたはいつまで経っても『無所属の不審者』のままなんです!」
「…………」
狩人は立ち止まり、狩人の帽子の影から空を見上げた。
神の下僕になる。その不快感は、もはや生理的な拒絶に近い。だが、この街で生きるための「看板」が必要なのも事実。
その時、狩人の足元で、実体化した一人の使者が、空っぽの木箱の上に登って「神」のような威厳あるポーズを取ってみせた。
(…………。……ほう)
狩人の口角が、僅かに上がった。
わざわざ既存の神を頼る必要などない。この、自分にしか視えぬ忠実な隣人たちを使えばいいのだ。
「……導き手よ。私が『主神』を連れてくれば、それでいいのだろう?」
「え……? どこにそんな伝手が……」
狩人は答えず、路地裏の暗がりに向かって手を差し出した。
そこには、数人の使者たちが寄り集まり、互いの体を支え合って、ボロ布を被りながら「それらしい人影」を形作っていた。
啓蒙の低いエイナの目には、それは「何やら凄まじく神々しい気配を放つ、浮世離れした老人(あるいは幼子)」のシルエットにしか見えない。使者たちがクケケと笑いながら放つ異質の残響が、この世の理を超えた「神威」のように錯覚させる。
「こ、これは……? どなたですか……? 凄まじい気配……」
「……名は、ない。隠居した古い神だ。この者が、私の『主』となる」
狩人の意志に応じ、使者たちが寄り集まった「影の神」が、重々しく(実はただの布の揺らめきだが)頷いてみせた。さらに一人の使者が、エイナの持っていた白紙の登録証に、インクを浸した指で「狩り」のカレル文字をポンと押しつける。
「あ……! 紋章まで……! これなら、ギルドに登録できます……!」
エイナは感動に打ち震えながら、その「使者たちが作った偽神」に深々と頭を下げた。
まさか、その中身が「クケケ」と喉を鳴らす不可視の怪物たちだとは夢にも思わずに。
「……これで、私は誰の眷族でもなくなる。主が私であり、私が主だ」
神々を欺き、自らを「偽装神の代理人」として定義した狩人。
彼はカツン、と仕込み杖を鳴らし、本格的な「狩り」の準備へと歩き出した。