ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ) 作:もいもい130
」
第13階層を蹂躙し、手に入れた大量の魔石。使者たちが影の中で「クケケ」と嬉しそうにそれを整理する中、狩人はエイナに勧められた酒場『豊穣の女主人』の重い扉を引いた。
店内は喧騒の絶頂にあった。その中心にいたのは、狼の獣人、ベート・ローガ。
「——おい、聞いたかよ! 剣姫に助けられた挙句、あいつ真っ赤な血だるまで逃げ出したんだぜ? まるで熟れすぎたトマトだ!」
ベートはジョッキを叩きつけ、周囲の『ロキ・ファミリア』の団員たちと爆笑していた。その視線の先には、肩を震わせ、今にも消えてしまいそうな白髪の少年、ベル・クラネルがいる。
「……あ、あの、僕は……」
「あぁ!? 何か言ったか、トマト野郎! お前みたいなゴミが、アイズの隣に並ぼうなんて100年早いんだよ。弱え奴は死ぬ、それがダンジョンの理だろ? 泣き言抜かす前に、さっさとその貧弱な剣を折って引退しな!」
ベートの言葉は、単なる嘲笑というより、弱者そのものを排斥しようとする鋭い刃だった。ベルの瞳から今にも涙が溢れそうになった、その時。
「…………喧しいな」
低く、温度を欠いた声が、酒場の喧騒を凍りつかせた。
カウンターの隅。狩人の帽子を深く被り、仕込み杖を傍らに立てかけた男が、エールを一気に煽ってから呟いた。
「あぁ? 何だお前。そのふざけた格好は。……俺に文句があるのか?」
ベートが椅子の脚を鳴らして立ち上がる。狩人はゆっくりと顔を上げ、影に沈んだ瞳で人狼を射抜いた。
「……弱者は死ぬ。それは真理だ。だが、お前が語るのは生存の理ではない。ただの、負け犬の吠え声だ」
「……何だと、てめぇ……!」
「牙を剥くべき相手を見誤り、身内の弱さを叩いて悦に浸る。……ヤーナムの路地裏に転がる、発狂した群衆の方がまだ『狩り』を理解していたぞ」
ベートの額に青筋が浮かぶ。レベル2の冒険者が反応できる速度を遥かに超えた、人狼の瞬発力。
「ぶち殺してやる!!」
ベートの蹴りが、狩人の顔面を粉砕せんと放たれた。
「……カシャッ!」
椅子に座ったまま、狩人の右手が動いた。
抜くよりも速く、仕込み杖の機構が作動する。
杖の節々が分離し、一瞬だけ鋭い刃の連なりがベートの脚を「薙ぐ」のではなく、その力を利用して**「絡め取った」。
さらに、左手で懐から取り出した水銀弾の代わりに小石を込めた短銃(あるいは、その場の重圧)**を、ベートの鳩尾へ叩き込む。
「ガッ…………ふ、ぐ……!?」
内臓を揺らす衝撃。ベートの体は空中で折れ曲がり、反対側の壁まで一直線に吹き飛んだ。棚の酒瓶が砕け散り、強烈なアルコールの臭いが店内に立ち込める。
「……獣なら、獣らしく地を這っていろ。神の恩恵(ステイタス)という、借り物の牙で満足したつもりか?」
狩人は立ち上がり、カツン、と杖を元の形態へ戻した。
床で呻くベートを一瞥もせず、震えるベルの前に立つ。
「……立て、少年。獲物に背を向けて泣くのは、狩人のすることではない」
狩人は、足元で使者がいつの間にか拾い集めていた中層の魔石を一つ、ベルの掌に置いた。
「……これを換金して、マシな武器を買え。次は、泣く前に殺せ。死にたくなければ、それ以外の選択肢はない」
静まり返った酒場。
最強のファミリアの幹部を、座ったまま「しつけた」異邦人。
狩人は代金をカウンターに置くと、カツン、カツンと一定のリズムで杖を鳴らしながら、悠然と夜の闇に消えていった。