その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果 作:やっくん。
ピコン、と軽快な通知音がスマホの画面を揺らした。
開いたRINE(ライン)のメッセージには一枚の写真が添えられている。
先日、雨の中で拾い、浅見 凛(あさみ りん)さんに預かってもらった白猫だ。
『――ということで、この子は私が正式に引き取ることになりました。名前はユキちゃんです。雪のように白くてかわいいでしょ?』
実は、こないだ「今後、ユキちゃんの様子とか、先日貸した着替えを返す日程とか、何かとご連絡することもあると思うから」という流れで、凛さんとはその場でRINEを交換していた。
送られた写真の中の彼女は、先日会ったときよりも柔らかな微笑みを向けていた。
(凛さん……清楚で優しくて、どこか余裕があって、まさに理想のお姉さんって感じだよな……)
【豆知識:浅見 凛。大手広告代理店クロスウイングの営業課エースとして活躍中。最年少でチームリーダーに抜擢されるほどに優秀。また、その見た目からビジネス雑誌のグラビアにも出演してこともあり、今まさに業界をまたいで注目されている人物】
画面越しに返信を打ちながら、ふとあの日を思い出す。
彼女はどこか近寄りがたい雰囲気もあったけど、ユキちゃんに向ける眼差しは優しく温かかった。
優しい人がユキちゃんの里親になったことが嬉しい。
◇
数日後。バイト先へ向かうため、都会の喧騒の中を歩いていた。
ふと視線を横に走らせると、人混みの中でも一際目を引く、近寄りがたいオーラを放つ女性が目に入った。
――あ、凛さんだ。
彼女は緊張している様子の若い女性を連れ、取引先のビルの前で足を止めていた。
(後輩への指導なのかな……)
手際よく資料を指し示し淀みのない言葉でアドバイスを送る姿は、まさに仕事のできる理想の女性に見えた。
仕事に真剣に向き合う人の背中というのは、どこか見ている側にも力をくれる。
(……よし、俺も今日のバイト、がんばろう!)
そんな気持ちが、自然と湧いてきた。
もう一度だけ、凛さんの方を振り返ってみた。
完璧な立ち振る舞い、淀みない言葉、後輩への丁寧な指導。
何一つおかしいところはない。
なのに、なぜだろう。
(……なんか、無理しているような……)
うまく言葉にできないが、張り詰めすぎているような気がした。気のせいかもしれない。でも、胸の奥にわずかな引っかかりが残った。
夕闇が迫る街角で、彼女は戦場へと行くようにビルの中へと消えていった。
◇
窓を叩く激しい雨音を聞きながら、自宅の部屋で一週間の献立表を作成していた。
そんな時、机の上のスマホが激しくバイブする。
画面に表示されたのは、浅見凛の名前。
「はい、結城です。凛さん、どうしました?」
「あ、悠くん? 凛です……急にごめんなさい……」
受話器から聞こえてくる声はどこか不安そうな声色だ。
「実は……ユキちゃんの様子が、さっきから少し変で……ご飯も食べないし、ぐったりしてて……。私、こういうの不慣れで、どうしたらいいか分からなくて。……もしよかったら、様子を見に来てもらえないかな」
(……俺も猫飼ったことないんだけどな……行くだけ行ってみよう。着替えも返さないとだし……)
ついでの用事もあるしと思いすぐに返事をした。
「わかりました、すぐに行きますね。20分くらいで着くと思います」
俺は急いで傘と上着と着替えの入った袋を掴むと、雨が吹き荒れる廊下へ飛び出した。
◇
「失礼します。凛さん、ユキちゃん大丈夫です?」
ドアが開いた瞬間、俺は思わず立ち止まった。
迎え入れてくれた凛さんは、どこか火照ったような顔で、それでいてひどく怯えたような、奇妙な表情を浮かべていたからだ。
「……来てくれてありがとう……ユキちゃんね、さっきまで元気がなかったんだけど、少し元気になったみたい……もう大丈夫そう」
「あ、そうなんですね。良かったです。でもせっかく来たんでユキちゃんに挨拶させてください」
「ええ、もちろんよ……あ、リビング行って待ってて。今、お水持ってくるから」
「あ、おかまいなくー」
彼女がキッチンへ向かった後、俺はユキちゃんの様子を見ようとリビングへ足を踏み入れた。
部屋の中は、鏡のように磨き上げられたフローリングに、清潔な香りが満ちている。
(……綺麗にしてるな。前来たときも思ったけど、まるでモデルルームみたいな部屋だな。生活臭が全然ない……)
「はい、お待たせ……きゃっ!?」
振り返った瞬間だった。
凛さんが何もないところで足を滑らせ、俺の胸元へと倒れ込んできた。
バシャッ!!
「うわっ……!」
冷たい水がシャツを透過し、肌に張り付く。
「あぁっ! ごめんなさい、悠くん! 私、足が滑っちゃって……どうしよう……っ」
凛さんはパニックになったように俺の胸元を拭こうとするが、その手もまた、ひどく震えていた。
「……あはは、大丈夫ですよ。すでに道中で雨に濡れてましたから。凛さんは怪我はないですか?」
「ええ。大丈夫よ、ありがとう。でも、そんなに濡れちゃって大丈夫?……ねえ、悠くん
――シャワーを浴びていって? 」
雨で体温が奪われていたので、むしろありがたい申し出だった。
こうして、再び彼女の家のシャワーを借りることになった。
◇
シャーッ
ノズルから出る熱いお湯が、冷え切った体を解きほぐしていく。
(ふぅ……あー、生き返る)
しっかりシャワーで体を温め、浴室の扉を開けた。
その瞬間――
「……へっ!?」
凛さんがいた。
「あ、あれ……凛さん!? な、なんでここに!?」
脱衣所に、凛さんがいた。
一糸纏わぬ俺の姿を見て、彼女の瞳がこれでもかと大きく見開かれる。
視線が、顔、首筋、そして胸板から腹筋へとゆっくりと降りてくるのが分かった。
「…………っ!!」
凛さんの顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
何かを言おうとして口をパクパクさせ――
「そ、そんなバナナ……!」
ガクッ
と言いそのまま、糸が切れたように床へと崩れ落ちてしまった。
「いつのギャグだよ!」
ついツッコまずにはいられなかったが、そんなことを言っている場合ではない。
「大丈夫ですか?」
急いで腰にタオルを巻き、彼女を抱き起こす。
凛さんは口元に泡を吹いて、白目を剥いていた。
(……一体、何が起きたんだ? いい大人が男の裸で気を失うわけもなし……)
【豆知識:この世界において、男性の裸は女性にとって極めて刺激の強いものである。腹筋や胸板の露出は、元の世界における水着グラビア以上の破壊力を持っている。バナナ、もとい股間の露出はそれ以上の刺激であり、見た者は失神・鼻血・失禁などの症状を引き起こす。なお医学的見地からは不可抗力として広く認められている】
◇
数分後、ソファに運んだ凛さんが、ようやく薄目を開けた。
「あ……悠くん……私……どうして……」
「脱衣所の前で倒れてたんです。 本当、心配しましたよ……」
彼女の額に冷たいタオルを当てながら、語りかけた。
凛さんの様子は明らかにおかしい。脱衣所にいることもそうだし、さきほどから態度が挙動不審だ。
――次の瞬間、凛さんの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「えぇ……っ!?どうしたんですか……っ!?」
「……悠くん……私ね……あなたに……言わなきゃいけないことが、あるの……」
【※読者の皆さまへお願い】
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!
もし少しでも
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「応援したい!」
と思っていただけたら……
評価 や お気に入り登録、感想 をいただけるとめちゃくちゃ励みになります!
評価やお気に入りが増えると、ぼくのモチベが爆上がりして
「次も更新するぞ……!」って本気で思えます。
感想も一言だけでも大歓迎です!(スタンプ感覚でも嬉しいです…!)
これからも更新頑張りますので、引き続きよろしくお願いします!