その飲みかけ、致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果―― 作:やっくん。
――カフェレゼール、開店前
店長がキッチンで何かをごそごそやっている。
「悠くん、ちょっといい? 新しいメニューのアパタイザーを考えてるんだけど、味見してもらえる?」
白いプレートに、小魚のフライが並んでいた。
「小魚のフリット、レモン添えだよ。どう?」
「何の魚なんですか、これ」
「キスだよ。今が旬でおいしいんだよ〜」
「へー、そうなんですね。じゃあ遠慮なく」
パクッ。
「……うまいっすね。ただ、味付けがちょいディープというか、キスにレモン添えても相殺できてないかも」
「う〜ん、僕もそこが気になってたんだよね〜。ありがとう、参考になったよ」
「ところで最近は暑いから、揚げ物系ってあんまり出ないと思うんですけど」
「まぁ、そうなんだけどね……でも、上が定期的に新メニュー作れってうるさくてさ」
「店長も大変ですね……」
ふと、思い出したことがあって店長に聞いてみた。
「話変わるんですけど、天気が良いと思って洗濯物を外干したんですけど、なんか小さい砂みたいなのがくっついて、逆に汚くなってたんですよね。何か知ってます?」
「あ〜、僕は洗濯しないし、そもそも男の仕事じゃないよ。はぁ……メニューどうしよう……」
その時、近くで作業していた真鍋さんが顔を上げた。
「あ〜、それ鉄粉よ〜。近くに大きな鉄工場あるから、外干しをすると洗濯物についちゃうのよね〜」
「あ、そうだったんですねぇ」
「そうよ〜。だからみ〜んな部屋干しにするか乾燥機なの。地元民はみんな知ってるよ〜。悠くん、もしかして県外からきたのかしら?」
「あー……まぁ、そんな感じです」
ははは、と笑って誤魔化した。
◇
――レゼール、開店
「いらっしゃいませ、二名様ですね。どうぞ、ご案内します」
女性客を窓際のテーブルへ誘導する。
「四名様ですね。こちらへどうぞ」
続いて四人組のお姉さんをテーブル席へ案内をする。
「八名様ですね。奥の席へどうぞ」
一時間もすると、店内にはお客が溢れていた。
あっ、三番テーブル空けないと次のお客が入れないな。
オーダーをさばきながら頭の中で段取りを組む。
お客の回転率が落ちると、なぜか小鳥さんの機嫌が悪くなるからな……
そうなると、小鳥さんは本社からの査察官じゃないか、という話が本当に思えてくる。
「今はそれより……」
周囲をキョロキョロと素早く見渡した。
手が空いてそうなのは……小鳥さんだけ。
彼女はボーッとレジ前に立っている。
どうしよう……迷うなぁ。
というのも、彼女は俺が指示を出すと、一瞬だけキッと鋭い目つきで睨んでくるからだ。
でも、今は背に腹は代えられない……か。
ピピッ。
「小鳥さん、三番テーブルの片付けお願い」
インカムで短く伝えた。
彼女には目を向けないようにして。
◇
フロアを動き回っていると、あることに気づいた。
店内には女性客ばかり。
テラス越しに見える通行人も女性ばかり。
男性もいないことはないが、十人通ったら一人か二人くらいのもの。
この世界って――
少し立ち止まった。
もしかして、男が少ない?
いや、気のせいだな。
街を散策していると普通に男を見るし、今回は偶然だな。
それよりも今はオーダーを回さないと。
「あの〜すいません。この、『小魚のフリット〜レモンソースを添えて〜』を一つお願いします」
「はい、かしこまりました」
「あっ、こっちもそれを一つお願いします」
別のテーブルからも声がかかる。
店長の方をちらっと見ると、カウンターで嬉しそうにウインクを返してきた。
「ウインクきもっ!」
ちょうど隣にいた真鍋さんがツッコミを入れた。
◇
――カフェレゼール、閉店
「ふぅ、今日の仕事もがんばったー」
その日の営業も終わり、俺、店長、真鍋さんと小鳥さんの四人でバックヤードで歓談をしていた。
そんな中、店長が紙袋を持って現れる。
「みんなー、さっき知り合いから焼き芋もらったんだけど、よかったら食べてね」
湯気の立つ焼き芋が、人数分バックヤードのテーブルに並べられる。
「おいしそうっすね」
「金蜜金時(きんみつきんとき)って言って、ちまたではキンキンって言われててさ〜」
どうやら、有名な焼き芋らしい。
「へぇ、初めて聞きました。おいしそうですね」
「あら、悠くん。キンキンの焼き芋知らないの〜? アツアツで美味しいのよ〜」
それは熱いのか、冷たいのか、どっちなんだ……
テーブルに目を移すとホクホクと湯気が立っている。
少し距離を置いて隣に座る小鳥さんが、じっとテーブルの上の焼き芋を凝視している。
もしかして食べたことがないのかな……
「じゃあ私、一本丸々いただくわね〜」
真鍋さんがヒョイと腕を伸ばし、ひとつを手に取った。
小鳥さんは、まだ手を出そうとしない。
あっ、そういうことか。
俺は焼き芋をひとつ手に取り、ポキッと半分に折った。
「どうぞ」
「……いただきますわ」
素直に受け取ってくれる彼女。
やはりそうだ。
一本丸々食べるのはキツい。だから食べるかどうかを迷ってた――という読みが見事に当たった。
俺も自分の焼き芋を手に取り、口にする。
「蜂蜜がかかってるみたいに甘いっ! うん、これイケますね!」
「そうでしょー」
店長が自分のことのように嬉しそうに笑う。
小鳥さんの方を見ると、さっきまでの躊躇がどこへいったのか、パクパクと景気よく食べている。
そのあと、四人でとりとめのない話をしていた。
小鳥さんはほとんど聞いているだけだったけど、この場に残っているということは、嫌ではない、ということだろう。
そんな時だった。
ぷぅ――
静かなバックヤードに、小さな音が響いた。
シーン……
えーっと……もし店長なら、性格的に自分から言うはず。
となると……犯人は真鍋さんか。じゃあ、ここは俺が。
「あ、すいませーん、おならしちゃいましたー」
「やめてよ〜!男の人ってほんと」
真鍋さんが笑いながら、真っ先に俺のセリフに乗っかった。
やっぱり、彼女だった。
その後、お互いが気まずくなることはなく会話は自然と続いた。
いつのまにか、バックヤードの時計の針は九を指していた。
「じゃあ先に帰るね。戸締りよろしく〜」
店長が手を振りながら控室を出ていった。
隣に座っていた小鳥さんも、すぐに立ち上がる。
「わたくしもお先に失礼いたします」
そう言って、急いで扉から出ていってしまった。
残ったのは、俺と真鍋さんの二人。
ちょうどいいタイミングだ。
「ちょっといいですか?」
「え、なに〜内緒の話?」
「いや、内緒ってことはないですけど……ちょっと大事な話が」
「え〜、なんかこわいな〜」
「いや、えっと……実は……すいません!」
俺は深々と頭を下げる。
「来週に手渡すはずだった子猫の件なんですけど、……やっぱり、やめることって――」
「え〜!? 飼う気満々だったのに〜。まぁ準備はまだできてないんだけどね」
真鍋さんが苦笑いをする。
「私はいいけど、猫ちゃんは大丈夫〜? 次の飼い主は決まってる?」
「はい。今預かってるくれてる方が、そのまま飼いたいって」
「あぁ、そっかぁ。うん、わかったよ〜。でも、旦那も楽しみにしてたし、少し寂しい気もするわね〜」
「そうなんですね……ほんと、すいません」
「じゃあ……貸しイチだよ♪」
「え〜、さっきオナラ庇ったんで、帳消しになりません?」
手を合わせて冗談っぽく言ったが、真鍋さんはキョトンとしている。
「あれ私じゃないわよ〜」
「え……」