その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果   作:やっくん。

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16話 この女、使命感により

――蒼井 深守(あおいみもり)の視点――

 

 今日もドローン――アイゼロ――の電源を入れる。

 

 結城くんの監視……じゃない、尾行……でもなくて、見守り。そう、見守りをしなくっちゃ。

 

 彼の部屋に不法侵入しようとした目つきの悪いキツネ女に、また何かされるとも限らないし。

 

 その時は、すぐに警察に電話した。

 

 数分後に警察が駆けつけて、キツネ女は喚き散らしながら連行されていった。

 

 ざまぁみろ……じゃない、当然の報い……でもなくて、自業自得。そう、自業自得だよ。

 

 だから今日も見守りをしなくちゃいけない。

 

 これは監視でもストーカー行為でもなく、善意の見守り活動だ。

 

 うん、そうだよ。絶対そうだよ……

 

 いつも彼がいる公園に向けてアイゼロを飛ばす。

 

 しばらくして目的地に到着すると、もう彼はいた。

 

 いつもの定位置で木製のベンチの上で本を読んでいる。

 

 ……今日もかっこいいなぁ。

 

 足を組んで読書しているだけなのにカッコいい。

 

 ずっと見ていられる。

 

 どれくらい経っただろう。気づいたら、彼は本を閉じて立ち上がっていた。

 

 ……あれ

 

 歩き出した方向がいつもと違う。

 

 家の方向じゃない。どこに行くんだろう。

 

 気づいたら指が動いていた。

 

 ポチッ

 

 自動追尾をオンにした。

 

 

 しばらく歩いた彼が、コンビニに入っていった。

 

 何を買うのか気になって、ドローンをガラスの前まで寄せる。

 

 ……猫缶?

 

 彼がレジに持っていったのは子猫用のエサ缶だった。

 

 でも結城くんのマンションは確かペット禁止のはず。

 

 もしかして……

 

 わたしの妄想スイッチが、静かにオンになった。

 

 

 もあもあもあーん。

 

 

 猫カフェのガラス越しに中を眺める結城くん。

 

「猫カフェの猫、かわいいなぁ」

 

「ねぇそこのお兄さ〜ん。猫好きなら私のとこ来ない?最近猫飼いはじめたの」

 

「えっ、でも……会ったばかりだし」

 

「私はカリン。ねっ、もう知らない仲じゃないでしょ」

 

「いや……さすがに……」

 

 急に雨が降り始めた。あっという間に土砂降り。

 

「とにかくこっち!はやく!雨が止むまで雨宿りするだけ!風邪引いたら大変だから!」

 

「え、ちょまっ……」

 

 カリンに手を引かれ、結城くんは流されていった。

 

 気づけば雨が止むまでお邪魔することに。

 

「ありがとうございました。助かりました。猫もかわいかったですし」

 

「いいの。私も急に声をかけて、驚かせちゃってごめんなさい。また、この子の様子を見に来て。この子もあなたのこと気に入ったみたいだから」

 

「わかりました。今度はお礼も兼ねて猫缶でも持ってきますね」

 

 

 もあもあもあーん……と広がった妄想が、すっとしぼんでいく。

 

(そんななわけない……よね)

 

 カリンなんて妄想上の人物に名前までつけて、わたしどうかしてる。

 

 頭を振って妄想を振り払う。

 

 コンビニから出てきた彼は、猫缶の入った袋を片手に、また歩き始める。

 

 彼が立ち止まったのは、高級マンションのエントランスの前だった。

 

「えっ、ここって……」

 

 思わず声が出た。

 

 ガラスと白い壁で構成された、縦に長い建物。エントランスの看板に書かれた文字を、AIが読み取って画面に表示する。

 

《プレミアム・レジデンス・パラッソ・ディ・シエロ・ヴェルデ》

 

 超高級なタワーマンションだ……

 

 彼に視点を戻すと、ちょうどインターホンを押しているところだった。

 

 しばらくしてゲートが開き、中に入っていく。

 

 はぁ、ここまでか……さすがにマンションの中までは……

 

 引き返そうとドローンのレバーを操作した。

 

 が――

 

 

 えっ、透けてる……!

 

 ガラス張りのエレベーターだったため、彼が乗っている姿が確認できた。

 

 彼を乗せた透明な箱が、垂直に上の階層へと運ばれていく。

 

 やった……なんとか見失わずにすみそう……

 

 最上階の一つ手前の階で、エレベーターが止まった。

 

 降りる彼。

 

 でも廊下の部屋側はプライバシーのためか、黒い壁になっていて中は見えない。

 

 あぁ、ここから先は諦める……しかないよね……

 

 アイゼロを旋回させて、マンションをぐるっと回る。

 

 その瞬間――

 

 

(え……っ!)

 

 回り込んだ先の壁がガラスだった。

 

 一面、すべて。

 

 しかもカーテンが開いている。

 

(ありがとう神様……)

 

 わたしは静かに、しかし確実に、ホバリングの高度を安定させた。

 

 

 待機すること、数分――

 

 リビングに結城くんが現れた。

 

 ソファに腰を下ろした彼の膝の上に、白い猫がふわりと飛び乗った。

 

(……あぁ)

 

 彼が頭をなでる度に猫が目を細める。

 

(尊い……猫になりたい……)

 

 そのまましばらく眺めていたらリビングのドアが開いた。

 

 髪型は茶髪のショートボブ。

 

 スタイルの良い大人のお姉さんが入ってきた。

 

(綺麗な人……誰だろ……)

 

 結城くんと、すごく楽しそうに何か話している。

 

(……もしかして、彼女、なのかな……)

 

 次第に気分が落ち込んでくる。

 

 そうだよね。あんなにかっこいいんだもん。彼女くらいいるよね……

 

 ドローンのモニターから映る二人はとてもお似合いに見える。

 

(美男美女でお似合いだよ……末永く幸せになっちゃえ……)

 

 気づいたら、頬が濡れていた。

 

 

 

 しばらくして、彼は立ち上がり、リビングの外へ消えた。

 

 お手洗いかな……

 

 女性一人になったリビング。

 

 彼女は先ほどまで彼が座っていたソファの前まで歩いていき、その場でゆっくりと膝を折った。

 

 正座だった。

 

 次の瞬間、両手を合わせて、頭を深く下げた。

 

 二礼。

 

 二拍手。

 

 一礼。

 

 なんで拝んでるんだろう……

 

 疑問符が頭の中にいくつも浮かんだ。

 

 次の瞬間だった。

 

 ぽふっ――

 

 

 彼女は彼の座っていたソファに――厳密には彼のお尻が接触していた部分に、顔を埋めていた。

 

 

(……)

 

 声が出ない。

 

 目を疑い思わず自分の頬をつねるが、視界から入る光景は変わらない。

 

 スリスリスリスリ。

 

 いや、むしろひどくなった。

 

 

 

 この人……

 

 

 終わってる――

 

 

 わたしはゆっくりと、アイゼロの録画ボタンを押した。

 

「間接的でも結城さんおしりの匂いを嗅ぐなんて人として終わってるよ!もはや犯罪だよ!あっ!次は結城さんのジャケットを嗅ぎ始めたっ!」

 

 証拠を押さえて警察に訴えなきゃ……

 

【豆知識:間接的であれ、男性の残り香を嗅ぐ行為は、訴えによっては処罰の対象になりうる。なお、無断での監視・追跡・録画・その他のストーカー行為は即時逮捕の案件である】

 

 よし。無事、証拠を押さえた。

 

 

 そのあと二人はすぐに解散した。

 

 わたしもアイゼロを自分の部屋まで戻して、先ほどの録画をチェックする。

 

 ふと、あの女性が何者なのか気になった。

 

 録画から顔を切り取って、ギューギュルレンズという画像認識アプリで拡大して顔認証にかける。

 

 ピロピロピロ――

 

「エンスタグラムかズイッターでもやってれば、何者かわかるんだけどな……」

 

 該当者、一名。

 

 検索結果がスマホの液晶に映し出された。

 

「えーっと……えっ!」

 

【浅見凛:大手広告代理店クロスウィングで活躍する若手のホープ。業界が注目する新世代のエースとして活躍中。最年少でチームリーダーに抜擢され、その美貌からビジネス雑誌のグラビアも飾ったことがある】

 

 す、すごい人だったんだ……この変態さん

 

 仕事はできるのに、ひとの座席に顔を埋めて拝んでいる人。

 

 人間って複雑だ。

 

 じゃあ……あの銀髪の目つきの悪いキツネさんは……

 

 過去の録画から彼女の顔を切り抜いて、同じように検索にかける。

 

 ピロピロピロ――

 

 該当者、一名。

 

【阿久津魅夜:登録者二百万人を超える伝説的な覆面インフルエンサー。その傲慢でわがままな態度からフォロワーからは女王様と呼ばれている】

 

「うそ……そんなに有名な人なの……?」

 

 自分のスマホのエンスタをチェックすると、マスクで顔を隠してはいるが、わかる。

 

 彼のベランダにいた、あの人だ。

 

 結城さん……変な人ばっかりに囲まれてる……

 

 モニターを閉じて、部屋の天井を見上げた。

 

 結城さんと初めて会った日のことを思い出す。

 

 ドローンのレンズ越しじゃなくて、ちゃんと自分の目で、自分の足で、外に出ようと思わせてくれた人。

 

(わたしに外へ出る勇気をくれたのは、結城さんだから)

 

 だから次は、わたしが守らなきゃ。

 

 アイゼロの充電ケーブルを繋いだ。

 

 

 

【あとがき】

深守:「高級タワマンのプレミアム・レジデンス・パラッソ・ディ・シエ……」

作者:なげぇよ!

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