その飲みかけ、致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果―― 作:やっくん。
――モモの視点――
ジャーン、ジャーン、ジャカジャカジャカ――!
「男なんてクソくらえっ! まともなヤツはいやしねぇ!」
駅前の広場。夕暮れの人混みの中で、あたしたちは声を枯らして叫ぶ。
誰も足を止めない。
みんな、あたしたちを一瞥して、めんどくさそうに通り過ぎていく。
時々、聞こえてくるのは心ない声ばかり。
「うわ、下手くそ」
「音程外れてんぞ」
「ブスのくせに何イキってんの」
「おい、男を馬鹿にすんな。男女差別じゃん」
「つーか、お前らみたいなの相手にする男、どこにもいねぇからw」
「下手な歌聞いてやったんだから、金払えよ」
……ほんと、男ってクズばっか。
でもね。
全然、気になんないんだよねー。
だって、この気持ちを思いっきり叫んでるだけで、最高に気持ちいいからさー♡
胸の奥に溜まったドロドロを、ギターに乗せて全部ぶちまける。
これ以上の快感、あーしは他に知らないわ。
……まぁ、歌とギターの練習はさすがにもうちょっとした方がいいっしょ、自分w
「せやかて、モモ」
曲が終わると、相方がため息まじりに言った。
「ライブしても、全然誰も聞いてくれへんやん」
ナナミは、たくさんの人に見てもらったり、注目されたりするのが好きなタイプ。
だから最近は不満ばっかりだ。
「音楽やるからには売れなきゃ意味ないやろ。バズりたいねん、うちは」
「まぁまぁ、気長にいこーよ」
「その気長が、もう二年やで」
……またこの話だ。
バンドのことになると、あたしらは途端にギスギスする。
ライブするたびに、ちょっとした言い合いになっちゃうんだよねー。
プライベートはめちゃくちゃ仲いいのに。幼稚園からのずっ友だし。
でも――正直、あたしたちの解散は近いのかもしれない。
ナナミは「売れたい」。
あたしは「叫びたい」。
同じバンドやってるのに、見てる場所がちょっとずつズレてきてる。
あーしはただ歌って叫んでができれば、それでいーんだけどなー。
◇
――あれは、少し前のこと。
いつもみたいに路上で叫んでたら、一人の男が立ち止まった。
あーしらの歌って、男なんてマジでクソっていう過激なのばっかだから、たまに絡んでくる男がいるんだよねー。
過去に浴びせられた言葉の数々を思い出す。
……ったく。男ってほんとクズばっか。
だから、今、立ち止まったこいつもどうせ同じだろう。
あたしは心の中でそう身構えた。
その男は何も言わず静かに聴いていた――曲が終わる最後まで。
曲が終わると、ポケットから何かを取り出して、足元の空っぽのギターケースに向かってひょいと投げ入れた。
それがギターケースを飛び越え、こちらの方へ転がってくる。
チャリン。
硬貨があたしの目の前で倒れて止まった。
……え。
五百円だった。
たった、ワンコイン。
でも――
それは、あたしたちが初めてもらったおひねりだった。
顔を上げたときには、もうその男の姿はなかった。
「……ナナミ。今の、見た?」
「見た見た! おひねりやろ!? 初めてやん、うちら!」
ナナミが、ギターを放り出して駆け寄ってくる。
二人で五百円玉を囲んで、しばらくぴょんぴょん跳ねた。
◇
「ねぇナナミ……あーしら、CD作ろうよ」
「は? 急やな」
「なんか、形に残るもの残したいなーって。前のライブみたいな日をさ」
「ええやん! ジャケットはうちがデザインするわ!」
ナナミは目立つのが好きだから、めちゃくちゃ乗り気になった。
それからすぐに、CD作りに取り掛かる。
ライブハウスを借りて音源を録り、ジャケットはナナミが手書きでデザインした。
そのデータを代行業者に送って、CDの形にしてもらう。
二人で貯めたバイト代を全部つぎ込んで、段ボール三箱分のCDを刷った。
バンド名は『初期衝動ガールズ』、タイトルは『男なんてクソくらえ!』。
ちなみに、あーしの数少ない友達の一人に大手のCDショップ――エッフェルタワーレコードでバイトしてる子がいる。
その子に頼み込んだら、インディーズコーナーの端っこなら置いてもいいって。
あたしもナナミも、めちゃくちゃ期待してたと思う。
「これで全部売れたら、重版や、重版!」
「重版ってw まだ一枚も売れてないからw」
でも、現実はそんなに甘くなかった。
毎日、学校帰りにあたしたちのCDが置いてあるお店に寄って確認する。
あ……まだ一枚も減ってない。
◇
ある日見に行ったら、CDはお買い得ワゴンの中に移されていた。
叩き売りコーナーだ。
「……いやー、置いてもらえてるだけ、ありがたいねー」
あたしはへらっと笑った。
でも、相方は違った。
「はっ、ふざけんなっちゅーねん!」
本気でキレてた。
「うちらの曲を勝手に安売りコーナーにせんといてや」
それ以降、あの子は「あそこ行ったら、テンション下がんねん」と言って、CDショップにはついてこなくなった。
気持ちはわかる。
自分たちの全部が詰まったものが、投げ売りされてるの見るのつらいもんねー。
……でも、あーしは半ば習慣になっちゃってて、今日もついついエッフェルタワーレコードに寄っちゃった。
ワゴンを覗き込む。
「……おー」
減ってるよぉ。
一枚だけだけど。
あーしはレジにいる友達に声をかけた。
「バイトおつー」
「あっ、モモ。ちょっと聞いて聞いてっ!」
「どしたー? やけに興奮してんじゃん」
「すっっっごいかっこいい男の人が、あんたたちのCD、買っていったよっ!」
「……そうなんだ」
いまさら、男なんて。
どうせ、また面白半分とか冷やかしでしょ。
「しかもね、『ファンです。応援してます』って、言付けまで残していったんだよっ!」
「……ふーん。そっかー」
知らん男に応援されもなー。
「……モモ、あんた口元がゆるゆるになってるよ」
「は? そんなわけないけど」
慌てて手で口を覆う。
「……モモ、次は顔がにやけてる……」
「……にやけてないしっ! 花粉! 花粉のせいだしー!」
「今、冬だけど」
「……もう、うっさいなー」
◇
今日は朝からナナミとカフェでお茶してた。
昨日のこと、一応報告しなきゃねー。
あーしはナナミにCDが売れたことと、ファン一号の存在を伝えた。
「え、まじかいな」
「そうそう。かっこいい男の人が買ってって、応援してますって」
「やっぱ、分かるヤツには分かんねん!」
幼馴染は一気に上機嫌になった。現金なもんだ。
「それにしても、そのイケメン……会ってみたいわぁ。なぁ、モモ」
「あーしは興味ないしぃ。……あっ」
その時、あたしの目がある一点に吸い寄せられた。
向こうの電柱の近く――誰かを待ってるらしい一人の男。
……絶対、ナナミのタイプだ。
「ナナミ、あそこに男の人が立ってるよー」
「ほんまや。……うほっ、いい男」
「ウホって、ゴリラ化してんじゃんw」
「乙女に向かってゴリラとか、言わんとってくれる?」
あーしらのどうでもいい話が一段落して電柱の方へ視線を向けると、男はまだそこに立っていた。
「……まだいるねー、あの人」
「ほんまやなぁ。にして……ええ男や。……モモもそう思わへん?」
「……べつに。男なんてみんな一緒でしょ」
あーしはそっち関係は正直よくわかんない。
昔の男のことがあってから、男を「かっこいい」とか思う回路がブッ壊れちゃったんだと思う。
「あの人どっかで見た気すんねんけどなぁ……」
「ナナミに男の知り合いなんていないっしょー」
「……い、いるわ…… 親族でいいなら……」
それノーカンでしょ。
「でもなぁ……あんないい男を、一時間近くも待たせるなんて。相手の女の顔をおがんでみたいわ」
「まぁ……ねぇ」
男が女を待つことはあっても、女が男を待たせるなんてのは、まずありえない。
どんな女なんだろ。
ちょっとだけ興味が湧いた。
「相手にドタキャンされたんかも……。よし、うちが慰めに行こう」
「なんでそうなるw」
あたしが笑った、その時だった。
ふと顔を上げると――
――うわ。
とんでもない美人が、ものすごい形相であたしらのことを睨んでいた。
「え、今の人、こわっ」
「めっちゃ睨んできたんだけど……」
あたしは知らなかった。
その美人が、さっき話してた「イケメンを待たせてる女」であることを。