その飲みかけ、致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果―― 作:やっくん。
――結城悠の視点――
「……本社から、メールが来た」
朝礼で店長が青い顔でスマホを掲げた。
『向かいの店舗に対抗しうる、話題性のある新メニューを至急考案されたし。本社・九条』
「話題性って言われてもねえ……」
店長がため息をつく。真鍋さんが腕を組む。
「季節のフルーツタルトとか〜?」
「向かい、もうやってるのよ。しかも金箔のってた」
「じゃあ、抹茶ラテアート」
「それも向かいにある。獅子の顔の」
二人のため息がそろった。
カウンターの端では、小鳥さんがグラスを磨いていた。磨きながら向かいの店を親の仇みたいな目で睨んでいた。
窓の外では金色の獅子の看板の下に今日も行列ができていた。
「映えるやつがいいんですよね」
俺が言うと、二人がこっちを見た。
「前に知り合ったギャルの子が、メイクのこと言ってたんです。まつ毛も、ラメも、つけられるだけつける。ペガサスMAX盛りって言うらしくて」
「ペガサス……?」
「パフェも盛れるだけ盛ったら映えません?」
店長と真鍋さんが顔を見合わせた。
カウンターの端で小鳥さんがグラスを磨く手を止めた。
◇
試作に三日かかった。
グラスにアイスを積む。ホイップを積む。フルーツを積む。またアイスを積む。
一日目は、途中で傾いて崩れた。二日目は、運ぶ途中でてっぺんのさくらんぼが店長の頭に落ちた。
「土台よ、土台が大事なの」
真鍋さんの指導のもと、グラスの底にコーンフレークを詰めて、なんとか形になってきた。
そのあいだに気になることがあった。
それは、小鳥さんと目が合うたびに、小鳥さんがカウンターの下にしゃがみ込むこと。
「……ひっ、ひっ、ふー」
あの呼吸法、どこかで聞いたことがあるような……
……え。
まさか、小鳥さん。
俺は牛乳のケースを持ち上げかけた小鳥さんの手から、ケースを取り上げた。
「これ、俺が運ぶから」
「あ、ありがとうございます……助かりますわ」
「うん。重いものは、しばらく俺がやるから」
小鳥さんの眼鏡が、かすかに曇った。
◇
次の日も、その次の日も。
小鳥さんが棚の上のシロップに手を伸ばす。
「あ、それ俺が取るよ」
「……届きますわ」
「いいから、いいから」
小鳥さんが脚立に足をかける。
「小鳥さん、ストップ! 俺が乗るから」
「……結城悠さん。これくらい、わたくし一人で」
「だめ。危ないから」
休憩室から丸椅子を持ってきて、カウンターの内側に置いた。
「はい、どうぞ」
「……これは、何ですの」
「椅子。立ちっぱなしはよくないから」
「わたくし、接客中ですのよ」
「お客さん来たら、俺が出るから」
小鳥さんは丸椅子を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。それから、ものすごくゆっくりと座った。
まかないの時間。いつもは半分こしている金蜜金時――キンキンの焼き芋を丸々一本、小鳥さんのお皿に移した。
「……結城悠さん。これは」
「しっかり食べないと」
「わたくし、そんなにいただけませんわ」
「二人ぶ――じゃなくて、体力つけないと」
「……今、なんと?」
「なんでもない。ほら、冷めないうちに」
「……わたくし、どこも悪くありませんわよ」
「うん。わかってる。わかってるから」
小鳥さんは不思議そうな顔をしながら焼き芋に手を伸ばした。
◇
休憩室にて。俺は店長に頭を下げた。
「小鳥さんに、しばらく無理させないでください。大事な時期なんで」
「何の!?」
「俺も、できることはやるんで」
「だから何の!?」
休憩室の扉の向こうで、ガタンと音がした。
のぞくと、小鳥さんが廊下の壁に手をついて、ひっ、ひっ、ふー、をしていた。
……やっぱり、大変なんだ。
その日の帰りぎわ、小鳥さんのロッカーの扉に付箋を一枚貼って、その下にのど飴を置いておいた。
『小鳥さん、無理しないでね』
端っこに鳥を描いた。足を描いていたら、一本多くなった。
……まあ、いいか。
◇
三日目の夕方、それは完成した。
でんっ。
カウンターに置かれたパフェは、俺の目線より高かった。
バニラ、チョコ、いちご、抹茶のアイスが八段。そのあいだにホイップとブラウニーとフルーツ。てっぺんには、マカロンが三つと、花火みたいなチョコのプレート。
「……原価、いくらだろ」
店長が遠い目をした。
「……で、名前どうする?」
店長の問いに俺は少し考えた。
カロリーも、見た目も、たぶん、致死量。
「致死量パフェ、とか」
「……ち、致死量」
「いいじゃん、インパクトあるよ。店長、それでいこ」
真鍋さんが親指を立てた。
カウンターの下で、ひっ、ひっ、ふー、が聞こえた。
◇
月曜日。カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。――あっ、モモさん」
入ってきたのは、ばっちりメイクのギャルだった。今日はまつ毛も、ラメも、盛れるだけ盛っている。前に少し言い合いになって、最後にサインと握手をしてくれた人。
モモさんは、俺の顔とエプロンを交互に見た。
カウンターの奥で小鳥さんの眼鏡がきらりと光った。グラスを磨く手が止まっている。
「ふ〜ん。あんた、ここでバイトしてたんだ」
店内をぐるりと見回して、「いい店じゃん」とつぶやく。
「お店で食べます?」
「んー、外で食べるー。なんにしよっかなー」
「あっ、新メニューあるんですけど、どうですか? 映えること間違いないですよ」
「へぇ。じゃ、それで」
「はい、すぐ作っちゃいますね」
数分後。
でんっ。
モモさんの目の前に、致死量パフェがそびえ立った。
「ウケんだけどw これ、どうやって食べんのよ」
「えーっと――脚立、用意しますね」
「脚立w」
モモさんは、お腹を抱えて笑った。カウンターの奥で小鳥さんがグラスを握りしめているのが見えた。
俺は本当に倉庫から脚立を持ってきた。モモさんは笑いすぎて、目尻をぬぐっていた。
それから、パフェを見上げて言った。
「食べんの、手伝って」
「いや、店員がお客さんのを食べるわけには……」
「あーしがいいって言ってんじゃん」
「でも――」
「いいから」
「……じゃあ、もうすぐシフト終わるんで、ちょっと待っててもらっていいですか?」
「りょー。すぐそこの公園いるから」
◇
公園のベンチで、モモさんはパフェを膝に抱えて待っていた。
「お待たせしました。スプーン、もう一本持ってきました」
モモさんの手が止まった。
「……あんたさ。同じの二人で食べるって、わかってる?」
「はい。一人じゃ無理な量なんで」
「…………ま、いっかー」
モモさんはアイスをすくって食べ始めた。
「……ほんと、変わってるねー」
俺がてっぺんのマカロンをかじると、モモさんのスプーンがぴたりと止まった。
同じ側のホイップを、さっきモモさんがすくったばかりだった。
「……っ、あんたさぁ」
「はい?」
「……なんでもない」
モモさんはスマホを取り出した。パフェと俺を一緒に撮る。
画面をしばらく見て――スマホをしまった。
「上げないんですか? 映えるのに」
「……あとで上げるし。それより、今は早く食べないと溶けるっしょー」
「あぁ、確かに」
「ほんと、男って」
「ところで、バンドのほう、最近どうですか」
「まあまあ。ちょっとずつだけど、ファンついてきた」
モモさんはスプーンをくわえたまま、少しだけ得意そうな顔をした。
「毎回来てくれる子たちがいんの。……まあ、いろいろあった子が多いんだけど」
俺の白いスニーカーにアイスが一滴落ちた。
「あっ」
「靴、白すぎてウケる」
「毎週洗ってるんで」
パフェが半分になったころ、モモさんはポケットから一枚の紙を取り出した。派手な色のライブのビラだった。
モモさんと、関西弁の相方さん――ナナミさんの写真が載っている。
「明日、すぐそこのライブハウスでライブあんの。来れば?」
『開場 十八時』。場所はこの公園の裏の通りだった。
「じゃあお邪魔しよっかな。明日はちょうど休みだし」
そう言うと、モモさんはふっと笑った。
「……楽しませてあげるからねー」
その笑い方が少しだけ、何かを企んでいるみたいに見えた。
ビラをポケットにしまって空を見上げた。
夕焼けの中に小さな光が一つ浮かんでいた。
最近よく見るな、あのドローン。