その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果   作:ヤッくん

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3話 その男、猫好きにつき――シャワーを浴びてみた結果

――結城 悠 視点――

 

 

バイトの帰り、電信柱に貼られたポスターに目が止まった。

女性による性被害が増加傾向。取り締まり強化中。男性の独り歩き注意。

 

《この世界において、男性は常に狩られる側の弱者であり、深夜の独り歩きは「襲ってください」と言わんばかりの無謀な行為とされている》

 

「へぇ、こんなところでも男女が逆転してんだな……」

 

(物騒な世の中だわ。まぁ俺みたいなイモは大丈夫だとは思うけど)

 

呑気にそんなことを思っていると、足元から「ニャー」と心細い鳴き声が聞こえた。

段ボールの中にいたのは、まだ幼いラグドールの子猫だ。白く柔らかな毛並みが泥に汚れ、震えている。

 

(……おぉ、子猫だ。ラグドール……これ、ペットショップで買えば数十万はする高級種じゃなかったっけ。よくこんな可愛い子猫を捨てられるな)

 

「ういやつめ。ちょっと待ってろ」

 

俺は手近なコンビニに駆け込み、キャットフードのパウチを開けてやる。

猫を撫でる手には、自然と力が入らなくなる。昔から犬猫には目がない。

今のマンションは規約でペット禁止だが、せめて、良い飼い主に見つかる場所へ移してやろう。

 

(……よし、駅前の公園なら人通りも多いし、だれかに拾ってもらえるだろ)

 

「……飼えなくてごめんな、良い飼い主に拾われろよ」

 

 

 

 

子猫の飼い主が見つかることを祈りながら帰路についたが、帰宅して天気アプリを開くと、数刻後に「大雨」の予報が出ていた。

 

(――あのネコ、大丈夫か? もう誰かに拾われるだろ……いや、でも。もしまだあの場所にいたら......。あぁもうッ、気になるっ!)

 

気づけば、俺は傘を掴んでさっきの場所へ走り出していた。

雨は滝のような豪雨に変わっていた。俺は自分の傘を段ボールに固定し、びしょ濡れになりながら必死で覆いを作る。

 

(おいおい、やっぱり来て正解だった! 毛が水を吸って寒そうに震えてるじゃんかっ!)

 

「ここに放置するのは危険だ……。どうする? 違反を承知で家にかくまうか?」

 

葛藤していると、背後から声がした。

振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。

 

 

――浅見 凛(あさみ りん)

 

 

そう名乗った女性は、活発そうな茶髪のショートボブに、意志の強い大きな瞳。

パリッとした白シャツを濡らし、眉をキュッと寄せて子猫を見つめている。

 

「これじゃ、ここに置いておくのは無理だよ……。私の家、すぐ近くだから。今日だけは、うちで引き取るよ!」

 

彼女の高級マンションの玄関まで子猫を送り届ける。

 

 

「すいません、じゃああとはお願いします」

 

「ちょっと待ってよ! きみ、そんな状態で帰るつもりなの!?」

 

(……いや、さすがに初対面で家に入るのはまずいでしょ......それともこの世界ではわりと普通のことなのか?)

 

彼女は苛立った様子で、俺と子猫を家の中に招き入れた。

俺は渡された温かいタオルで子猫の泥を拭う。

 

(まだ震えてる!体の芯まで冷えてるんだな)

 

「ごめんな、寒かったよな。もう大丈夫だぞ」

 

その後、自分が汚してしまった玄関の床をキッチンペーパーで隅々まで拭き取った。

 

「シャワー浴びてくるね」

 

彼女が浴室へ消えた。

初対面の男を部屋に残して大丈夫なのか。この世界の基準は、本当によく分からない。

やがて、彼女が浴室から出てきた。上気した肌に、薄いシャツが体に張り付いている。

 

(……だめ、だめだ。目のやり場に困る。それよりも、これだけ世話になってるし何か返せるものはないか。ポケットに入れてる飲みかけの水くらいしか)

 

「あぁ喉かわいた。あ、しまった。水切らしてるんだったわ」

 

俺はポケットに入っていた、飲みかけのペットボトルを差し出した。

 

(……塩素のきつい水道水よりかは、俺が半分飲んだ水だけど天然水のほうがいいかな?まぁ嫌なら相手も断るよな)

 

「あ、凛さん。……水、飲みますか? これ、俺の飲みかけですけど……良かったら。あ、でも、汚いですよね……すみませ――」

 

「……ううん。ちょうど、喉、かわいていたところなの。……いただくね」

 

彼女はなぜか目を逸らし、そのボトルを宝物のように抱えて動かない。

 

《この世界において、男性の『飲みかけ』を女性が受け取る行為は、実質的な婚約指輪の授受、あるいは「今夜は帰さないで」という強烈な誘惑と同義である》

 

(……え? あ、はい。そうですか……? なんだ、その顔。赤くなりすぎだろ。風邪か?)

 

 

次に俺がシャワーを借り、彼女が用意してくれた新品のトランクスと服に着替える。

 

(新品のトランクスまであるって、もしかして彼氏さんのかな?)

 

「凛さん、ありがとうございました。本当に助かりました。……借りた服、後で自分で洗濯して返しますね」

 

 

「……バカ。……いいってば。アタシが、全部やってあげるから」

 

彼女は目を合わせないまま、少ししっとりした声でそう言った。

俺は礼を言い、急いで家へと向かった。

 

(……凛さん、いい人だな。ねこも預かってくれたし、美人に悪い人はいないな。)

 

 

 

 

だが、悠はまだ、気づいていなかった。

 

アパートに戻り、濡れた服を入れたビニール袋を洗濯機に放り込もうとした時。

 

シャツ、ズボン、靴下……。

 

なぜか、さっきまで履いていた彼のお気に入りのボクサーパンツだけが、どこを探しても見当たらないことに。

 




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