その飲みかけ、致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果―― 作:やっくん。
――結城 悠 視点――
起床して目が覚めたら見知った天井。
帰ってきた。
畳のい草の匂いが鼻を掠める。
鳳邸の高級な部屋とは違うけど、愛しの俺のマンションの自室。
あぁ……この狭さが一番落ち着くな。やっぱり自分の部屋は最高だ。
あの事件以降は正直生きた心地がしなかったが、やっと日常に戻ってこれた気がする。
……飯にするか。
キッチンに立ち、使い古した雪平鍋で出汁を取る。
冷蔵庫に残っていたジャガイモと人参、それに特売の豚肉を少し濃いめの醤油と砂糖で煮詰めていく。
無心で料理を作ることに集中する。
出来上がったのは、黄金色の出汁がしっかり染み込んだ肉じゃが。
湯気と共に立ち上る甘い香りが、鳳邸での一件で冷え切った俺の心を解きほぐしてくれるようだった。
はぁ……美味しい。
――ガタガタガタガタッ!!ドンドンドンドン!!
静かな食事の時間は、ベランダの窓を激しく叩く音によって粉砕された。
「はいはい。今、開けますから」
引き戸が勢いよく開き、銀髪を振り乱した阿久津魅夜が、スマホを片手に雪崩れ込んできた。
「ゴラァ、悠! ベランダ閉めてんじゃねぇよォ!せっかく飼い主が来てやった――」
「あ、魅夜さん、改めてありがとうございます。鳳から助けてくれて」
「……」
「きちんとお礼、言ってなかったので」
「……フンッ」
「ほんとに助かりました。皆が来てくれなかったらどうなってたか……」
「飼い主なら犬が困ってたら助けるのは当然っつーか」
「ははっ。魅夜さん飼い主だったんですね」
「おうよ!ってテメェ、アタシのことナメてんだろォ」
「ナメてないですよ。あっ、そうだ。ちょうど肉じゃが作ったんです。食べていきます?」
「はぁ、肉じゃがだぁ?」
「はい、魅夜さん好きでしたよね。前に食べたとき、感動で身を震わせてたし」
「ちょ、テメェ。次にそれ言ったらコロス!」
「えっ、なんで……」
「なんでもだァ!」
「……じゃあ、いらないんですね」
魅夜は顔と目線を斜め上に向けた。
「……あー……たら……やる」
魅夜はブツブツとなにか言っている。
「えっ」
「あー、するんなら食ってやるって言ってんだよォ!」
「あーん? 魅夜さん、あーんして欲しいんですか?」
「はぁ? そんなわけねぇだろォ! 昨日テメェのために動き回ったから、全身だりぃんだよっ! だから腕一本、指一本動かすのも無理ってことでっ!全部お前のせいだから、悠が責任持ってあーしろってことでっ。感謝の気持ちとかあんなら、それくらいするのが常識っつーかっ。わかれっ!そんくらいっ!」
なんか急に早口になった。
「と、とりあえず上がってください。それと、次からは玄関から来てくださいよ」
「あいよーっ」
一度キッチンに戻り、茶碗に肉じゃがをよそう。
そしてテーブルに並んだ湯気の立つ肉じゃが。
「んじゃ、いただきます」
両手を合わせている彼女。意外に礼儀正しいな……
箸を使って料理に手を付ける彼女。
「あれ、腕とか指が動かないほど疲れてたんじゃ……」
「……あ〜動かねぇ、やっぱ指一本動かせねぇわ……」
いや、絶対動くじゃん。さっきまでベランダの窓、全力で叩いてたじゃん。
「……まぁいいや。はい、あ〜ん」
――ぱく。
魅夜さんは、口の中の肉じゃがを咀嚼してから、ごくりと飲み込んだ。
――恍惚とした表情で。
ほんとに美味しそうに食べてくれるよな……。また近いうち作ろうかな……。
何度か魅夜さんの口にスプーンを運んであげた。フーフーもしても欲しいと言われ、スプーンに息を吹きかけてから食べさせた。
――バタン。
直後、魅夜さんは白目を向いて倒れた。
あぁ……もう肉じゃがを作るのはやめよう……