その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果   作:やっくん。

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時系列でいうと、8話からの続きになります。
相変わらず悠のことをドローンで追いかけている深守です。


深守の番外編① その番号、202につき

――蒼井 深守(あおいみもり) の視点――

 

 六畳間の私の部屋。

 

 カーテン、開けなきゃ。

 

 そう思いながら、伸ばした手が止まる。

 

 先日、結城くんにフラれた。でも――

 

「ふふ……ふふ……ぐふ……ぐふふ……」 

 

 彼は言ってくれた。

 

 ――まぁ……正直めちゃくちゃ可愛かったっす――

 

 可愛かったっす――

 

 可愛かった――

 

 可愛かった、可愛かった、可愛かった――

 

 脳内で何度リピートしても飽きない。あのシーンは永久保存されている。

 

 一生分の栄養が、あの一言に詰まっている。

 

【豆知識:この世界では、男性が女の子を褒めることは稀である。男性は女性を褒めることなどしなくても相手からのアプローチは無限にあるためだ。ちなみに男性がうっかり褒めようものなら、相手が本気で意識し始めることになる】

 

(……でも)

 

 後悔があるとすれば、一つだけ。

 

 録音データがないことだ。

 

(……アイゼロにレコーディング機能、追加しておかなきゃ)

 

 わたしはモニターに向かい、パートナーであるドローン――アイゼロの改造リストを開いた。

 

 これで、次に結城くんに可愛いと言われた時は、しっかり録音できる。

 

(そうだ……マイクも高性能なものにして……それと……口の動きを言葉に変換するアプリも入れて……)

 

 そうすれば、遠くからでも何を話してるかわかる。

 

(あと……これも……ついでにこれも……)

 

 気づいたら四時間が経っていた。

 

 アイゼロは以前より五割増しで高性能になっていた。

 

(でも……この子とも少しずつ距離を置かなきゃ……)

 

 わたしはアイゼロを見つめた。

 

(だってわたしは……引きこもりを卒業……したいから……)

 

 結城くんのとなりで一緒にお外を歩きたいから。

 

 でも、この子に頼っていたら、いつまでたっても家にこもっちゃう。

 

(……でも……まだもう少しだけ……いいよね。もう少しだけ……)

 

 わたしはアイゼロの電源を入れた。

 

 

 いつもの公園のベンチで、結城くんを補足した。

 

 斜め四十五度の上方二十メートル。サイレントモードでホバリングする。

 

 わたしはモニターをピンチアウトして、レンズを拡大する。

 

(……今日も、かっこいいなぁ……)

 

 ベンチで本を読んでいる。それだけなのに、かっこいい。

 

(どんな本を読んでいるんだろう……)

 

 レンズを最大まで拡大した。

 

 表紙が映る。

 

(……なになに……)

 

「サルでも分かるトランプマジック入門……」

 

(マジシャンに興味があるのかな……タキシードとシルクハットを着た結城くんも、きっと似合いそう……)

 

 しばらく想像していたら、彼はいつの間にか本を閉じたところだった。

 

 左ポケットからスマホを取り出して時間を確認している。

 

 まもなく彼はすくっと立ち上がった。

 

(……どこに行くんだろう)

 

 わたしはボタンを押して自動追尾をオンにした。

 

 迷いなく歩き始める彼。

 

 彼の足取りの迷いのなさに、わたしはピンときてしまった。

 

(……それだけはしないようにって、心がけてた……)

 

 ずっと自分に言い聞かせていた。

 

 それをしてしまったら、ストーカーや変質者と何ら変わりないから。

 

 

 

 それは……住んでいるところを特定すること。

 

(結城くんは多分、きっと、おそらく……自宅に戻ろうとしているんだ……と思う)

 

【豆知識:この世界では、女性が男性に対してするストーカー行為が大半を占める。もちろん現実世界と同じく処罰対象。つきまといや無断での位置情報取得などがそれにあたる。ちなみに今の深守はどちらにも該当している】

 

 葛藤する。

 

 今すぐにこのボタンを押して、自動追尾モードを解除すべきだ。

 

(……押そう……今押そう……いま……おすんだ……)

 

 気持ちに反してなかなか指が動いてくれない。

 

 モニターに視線を戻すと、彼は街通りを抜けているところだった。

 

(……いつ押すの……今……いま……おすんだ……)

 

 彼は少し外れた住宅街へ入っていく。

 

 葛藤は続く。

 

(……結城くんが、どんな家に住んでて……何階の……何号室の……どんな部屋で……どんなベッドで……どんな枕で……どっちに頭を向けて寝てるか……なんて……わたしは……わたしは……興味が、ないないないない……)

 

 ぶんぶん。

 

 どんどん溢れてくる頭の中の妄想を、頭を振ってかき消していく。

 

(うん……覚悟はきまった……)

 

「やぁーっ!」

 

 ポチッ—―

 

 自分の中の欲望に打ち勝ち、追尾モードをオフにすることに成功した。

 

「やった。 結城くんのプライベートは……きちんと……守った……から」

 

 しかし――

 

 

 ――すでに彼の足は止まっていた。 

 

 マンションのゲートの前で。

 

 

 

(……あぁ、少し古いタイプのマンションで住んでるんだ……なんか、結城くんっぽいな……)

 

 気づいたら最大拡大で彼を映していた。

 

(……そうじゃない! 今すぐアイゼロを操作して……)

 

 そう思っていると、結城くんがエントランスのゲート解除のための番号を入力し始めた。

 

(それは見ちゃ……だめ!)

 

 両手で目元を覆い、ぎゅっと目をつむった。

 

 数秒後、そっと目を開ける。

 

(……ふぅ。見なくてすんだ……)

 

(結城くん、ごめんなさい。もうこれ以上はプライベートに踏み込まないから……)

 

 レバーを操作して引き返そうとした。

 

 その時だった。

 

 吹き抜けの階段を上がっている彼を、今のドローンの視界がとらえてしまった。

 

 2階まで登る彼。

 

(……あぁ、2階に住んでるんだ……2階っていいよね。エレベーターこなくてもすぐ階段使えるし……)

 

 そこから少し歩いて、止まる。

 

(……端から二番目……か。……つまり私の推理では……202号室、かな……)

 

 すぐに我に返った。

 

(……202号室かな、じゃないよ!)

 

 彼の大事な個人情報は、今すぐ脳内記憶から消さないといけない。

 

(きえろきえろきえろきえろきえろ…………よし消えた…)

 

 脳内から彼のマンションの場所と部屋番号のメモリーを消したあと、引き返そうとドローンを操作する。

 

 ちょうど彼のマンションの反対側にドローンを移動させたその瞬間――

 

 何かが、視界の端に映った。

 

 

 

(……あれって……)

 

 位置的には彼の隣部屋。

 

 そのマンションのベランダに、目つきの悪い女が一人。

 

 その女は慣れた手つきで柵に手をかけ、ひょいと足を持ち上げ――隣のベランダへと渡ろうとしていた。

 

 ――結城くんの部屋のベランダに。




深守:(記憶よ、きえろきえろきえろきえろきえろ…………よし消えた…)
作者:消えるか!∠( ゚д゚)/
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