その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果 作:やっくん。
相変わらず悠のことをドローンで追いかけている深守です。
――蒼井 深守(あおいみもり) の視点――
六畳間の私の部屋。
カーテン、開けなきゃ。
そう思いながら、伸ばした手が止まる。
先日、結城くんにフラれた。でも――
「ふふ……ふふ……ぐふ……ぐふふ……」
彼は言ってくれた。
――まぁ……正直めちゃくちゃ可愛かったっす――
可愛かったっす――
可愛かった――
可愛かった、可愛かった、可愛かった――
脳内で何度リピートしても飽きない。あのシーンは永久保存されている。
一生分の栄養が、あの一言に詰まっている。
【豆知識:この世界では、男性が女の子を褒めることは稀である。男性は女性を褒めることなどしなくても相手からのアプローチは無限にあるためだ。ちなみに男性がうっかり褒めようものなら、相手が本気で意識し始めることになる】
(……でも)
後悔があるとすれば、一つだけ。
録音データがないことだ。
(……アイゼロにレコーディング機能、追加しておかなきゃ)
わたしはモニターに向かい、パートナーであるドローン――アイゼロの改造リストを開いた。
これで、次に結城くんに可愛いと言われた時は、しっかり録音できる。
(そうだ……マイクも高性能なものにして……それと……口の動きを言葉に変換するアプリも入れて……)
そうすれば、遠くからでも何を話してるかわかる。
(あと……これも……ついでにこれも……)
気づいたら四時間が経っていた。
アイゼロは以前より五割増しで高性能になっていた。
(でも……この子とも少しずつ距離を置かなきゃ……)
わたしはアイゼロを見つめた。
(だってわたしは……引きこもりを卒業……したいから……)
結城くんのとなりで一緒にお外を歩きたいから。
でも、この子に頼っていたら、いつまでたっても家にこもっちゃう。
(……でも……まだもう少しだけ……いいよね。もう少しだけ……)
わたしはアイゼロの電源を入れた。
◇
いつもの公園のベンチで、結城くんを補足した。
斜め四十五度の上方二十メートル。サイレントモードでホバリングする。
わたしはモニターをピンチアウトして、レンズを拡大する。
(……今日も、かっこいいなぁ……)
ベンチで本を読んでいる。それだけなのに、かっこいい。
(どんな本を読んでいるんだろう……)
レンズを最大まで拡大した。
表紙が映る。
(……なになに……)
「サルでも分かるトランプマジック入門……」
(マジシャンに興味があるのかな……タキシードとシルクハットを着た結城くんも、きっと似合いそう……)
しばらく想像していたら、彼はいつの間にか本を閉じたところだった。
左ポケットからスマホを取り出して時間を確認している。
まもなく彼はすくっと立ち上がった。
(……どこに行くんだろう)
わたしはボタンを押して自動追尾をオンにした。
迷いなく歩き始める彼。
彼の足取りの迷いのなさに、わたしはピンときてしまった。
(……それだけはしないようにって、心がけてた……)
ずっと自分に言い聞かせていた。
それをしてしまったら、ストーカーや変質者と何ら変わりないから。
それは……住んでいるところを特定すること。
(結城くんは多分、きっと、おそらく……自宅に戻ろうとしているんだ……と思う)
【豆知識:この世界では、女性が男性に対してするストーカー行為が大半を占める。もちろん現実世界と同じく処罰対象。つきまといや無断での位置情報取得などがそれにあたる。ちなみに今の深守はどちらにも該当している】
葛藤する。
今すぐにこのボタンを押して、自動追尾モードを解除すべきだ。
(……押そう……今押そう……いま……おすんだ……)
気持ちに反してなかなか指が動いてくれない。
モニターに視線を戻すと、彼は街通りを抜けているところだった。
(……いつ押すの……今……いま……おすんだ……)
彼は少し外れた住宅街へ入っていく。
葛藤は続く。
(……結城くんが、どんな家に住んでて……何階の……何号室の……どんな部屋で……どんなベッドで……どんな枕で……どっちに頭を向けて寝てるか……なんて……わたしは……わたしは……興味が、ないないないない……)
ぶんぶん。
どんどん溢れてくる頭の中の妄想を、頭を振ってかき消していく。
(うん……覚悟はきまった……)
「やぁーっ!」
ポチッ—―
自分の中の欲望に打ち勝ち、追尾モードをオフにすることに成功した。
「やった。 結城くんのプライベートは……きちんと……守った……から」
しかし――
――すでに彼の足は止まっていた。
マンションのゲートの前で。
(……あぁ、少し古いタイプのマンションで住んでるんだ……なんか、結城くんっぽいな……)
気づいたら最大拡大で彼を映していた。
(……そうじゃない! 今すぐアイゼロを操作して……)
そう思っていると、結城くんがエントランスのゲート解除のための番号を入力し始めた。
(それは見ちゃ……だめ!)
両手で目元を覆い、ぎゅっと目をつむった。
数秒後、そっと目を開ける。
(……ふぅ。見なくてすんだ……)
(結城くん、ごめんなさい。もうこれ以上はプライベートに踏み込まないから……)
レバーを操作して引き返そうとした。
その時だった。
吹き抜けの階段を上がっている彼を、今のドローンの視界がとらえてしまった。
2階まで登る彼。
(……あぁ、2階に住んでるんだ……2階っていいよね。エレベーターこなくてもすぐ階段使えるし……)
そこから少し歩いて、止まる。
(……端から二番目……か。……つまり私の推理では……202号室、かな……)
すぐに我に返った。
(……202号室かな、じゃないよ!)
彼の大事な個人情報は、今すぐ脳内記憶から消さないといけない。
(きえろきえろきえろきえろきえろ…………よし消えた…)
脳内から彼のマンションの場所と部屋番号のメモリーを消したあと、引き返そうとドローンを操作する。
ちょうど彼のマンションの反対側にドローンを移動させたその瞬間――
何かが、視界の端に映った。
(……あれって……)
位置的には彼の隣部屋。
そのマンションのベランダに、目つきの悪い女が一人。
その女は慣れた手つきで柵に手をかけ、ひょいと足を持ち上げ――隣のベランダへと渡ろうとしていた。
――結城くんの部屋のベランダに。
深守:(記憶よ、きえろきえろきえろきえろきえろ…………よし消えた…)
作者:消えるか!∠( ゚д゚)/