その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果 作:やっくん。
「あ、そこのお兄さん、いま何してるんですか?もし時間あったら…」
街を歩いていると見知らぬお姉さんに声をかけられることがたびたびある。
これは前の世界と比べて明確に違う点である。
「すいません。今、急いでるんで……」
【豆知識:この世界では、男性が少ないこともあり女性が男性にナンパするのが一般的。もとの世界でいう逆ナンである】
特別イケメンでもない俺がこの世界ではこうして声をかけられることが多い。
イケメンでないからこそ、身だしなみや服装には気を使うようにはしているが……それにしては声をかけられる回数が多い。
(この世界の女性は積極的な人が多いな……もの好きな人が多いというべきか。もしかして、偶然俺みたいな顔がタイプな人が多い世界に来てしまった?……なわけないか……)
◇
今日は奮発して外でランチでもしようかと、近場のレストランに足を運んだ。
店内では何度も注文しようとするが、なかなか店員に気づいてもらえないおどおどした客が目に入った。
ここで何もしないのが三流。
ここで「すいません、あちらの方、呼んでますよ」と店員を呼び止めるのが二流。
一流は――
ちょうど料理を運んできた店員と、視線が合った。
その一瞬で、視線をそっと、困っている客の方へ滑らせる。
それだけ。
言葉は、一切いらない。
店員は小さく頷き、すぐにそちらへ向かっていった。
誰も、何が起きたのかに気づかない。
恩着せがましくないし、こちらの気分も良いという、まさに一石二鳥。
◇
ご飯を食べたあと家までの道すがら、ゴミをポイ捨てする若者がいた。
(昔はポイ捨てとかたんを吐くのがカッコいいと思っていた時期があったなぁ……今思うと大変はずかしい……)
あの若者もいつか気づくだろうな……
それはそうと、ゴミが道に落ちているだけで何となく気分が良くないので拾っとこう。
◇
もう少しブラブラしようと思って駅前に出た。
ズン、ズン、と低い音が、足の裏から伝わってくる。
ベースとギターの音だ。
音のする方へ近づいていくと、二人組の少女が路上ライブをしていた。
ギター兼ボーカルの少女は、何度も音程を外している。
ベースの少女は、何度もピックを取り落として、その都度しゃがんで拾っていた。
「うわ、下手っ」
「私のほうが歌うまいわ」
「メジャーデビュー目指してますって書いてあるよ。ムリムリ!」
通行人たちは、足を止めることなくクスクスと笑いながら通り過ぎていく。
俺は、なんとなく足を止めた。
なんとなく、なんとなくだが、なにか引っかかるものがあったからだ。
歌詞に耳を澄ませる。
「男なんてクソくらえ! まともなやつなんていやしねぇ!」
「浮気のアイツを、悪、即、斬!」
「二股したヤツ、悪、即、斬!」
「アク・ソク・ザーーーーーーン♪」
(……すげぇ歌詞)
まだ見た目は若い、高校生くらいの少女二人だ。
(こりゃ相当、男にひどい目に合わされたんだろうな……)
歌唱力は、正直まだまだだと思う。
音は外れているし、リズムも時々怪しい。
でも。
(強いパッションを感じる、いい歌だ)
誰に対して怒っているのか。何に対して叫んでいるのか。
その理由は知らないけど、二人の声には、確かに「本物」が乗っている気がした。
(彼女たちのメジャーデビューが叶うといいな)
二人の前には、空のギターケースが置いてある。
俺はポケットから五百円玉を取り出して、そっとケースの中に落とした。
チャリン。
(がんばれー)
声に出さず、心の中でだけそう言って、俺はその場を後にした。
◇
最近、不思議なことが続いていた。
自分の歩く先になぜかやたらと空き缶が落ちている。
そして、空を見上げればドローンをよく見かける。
しかしドローンの動きは毎度たどたどしい。
操作している人間は初心者なのか?
「あ、最近この辺よく飛んでるね? 最初より動きよくなってるね。バイバイ!」
相手に聞こえているかはわからないが、ペットに話しかけるように声に出してしまった。
するとドローンは、照れているかのように激しく上下に揺れて飛び去っていった。
(ドローンか……おれも一度操縦していみたいな……操作するのに免許はいるのかな……)
そういえば、この前、街の大通りの一画に「ドローン塾」と看板が掲げてあったのを見た。
(時間あったら行ってみようかな……)
◇
数日後。広場で本を読んでいると、一人の少女が俺の前に現れた。
深いフードに巨大なヘッドホン。スマートグラスに流れる無機質なログ。
オーバーサイズのパーカーに華奢な身体を埋め、ブルーライトを宿したままのような青白い肌をしている少女だ。
おどおどと周囲を伺うその目は小動物みたいで、スマートグラスから覗く瞳は驚くほど澄んでいた。
(あ、一昨日に落とし物を拾ってあげた子だ)
その時、彼女は俺の前で「あ、う……」とだけ言って去ってしまった。
今の彼女はまるで「今から決闘に挑みます」と言わんばかりの悲壮な決意を湛えた瞳で俺を見つめていた。
ゆっくりと、自分の鎧を脱ぐようにヘッドホンを外す彼女。
羽のようにふわりと跳ねた髪が、彼女の小さな輪郭を際立たせた。
周囲の雑音に眉をひそめ、何かと戦うように震える彼女が、口を開く。
「わ、たし……あなたのことが、……す、好きです! つき、合って、ください!」
心臓を抉り出すような、全力の告白。
その言葉を聞いた瞬間、言葉を失った。
こんなにも一生懸命に全力で好きと言われたのは初めてだったからだ。
彼女の全身は小刻みに震えている。
握りしめた拳は白くなり、瞳には涙が溜まっていた。
素直に嬉しい。
こんなに可愛い魅力的な女の子に告白されたら誰でも嬉しいだろう。
……けど。
「……ごめんなさい」
その瞬間、彼女の瞳から光が消え、深い絶望の色に染まった。
「あ、あ、あああ……っ!」
悲鳴を上げ、彼女は走り出した。
「あ、待って!」
再びヘッドホンを押し当てた彼女にはもう、届かなかった。
俺はベンチに座り込み、しばらく立ち上がることができなかった。
追いかけたい気持ちはあったが、足が前に進まない。
「やあ、結城くん」
顔を上げると、店長が立っていた。
「ごめんごめん、見るつもりはなかったんだけどね。たまたま通りかかってさ」
「……そうですか。気にしないでください」
俺は苦笑いした。
店長は俺の隣に腰を下ろした。
「でも、なんで断ったんだい? 彼女、いなかったよね」
「はい。ただ、ほぼ初対面だったので」
「うん」
「相手のこと、何も知らないのに付き合うっていうのは……なんか、逆に失礼な気がして」
店長は少し驚いたような顔をして、それからふっと笑った。
「ははっ、そういうところ、結城くんっぽいね」
「そうですかね」
「でも、女の子なんていくらでもいるからね。次があるさ。……まあ、結構可愛かったから、ちょっと後悔してるんじゃないの?」
「まぁ……正直めちゃくちゃ可愛かったっす」
俺は少し考えて、答えた。
「でも、あれだけ勇気を出して告白してくれたから。俺もちゃんと本気で考えて、返事をしたかったんですよ」
「……ふーん」
店長は、俺の顔をじっと見た。
「結城くんみたいな考え方の人、初めてだよ」
「……? どういう意味です?」
店長は何も答えず、ただ少し遠い目をして空を見上げた。
俺には、その表情の意味がよくわからなかった。
既読無視とか悪、即、斬!
返事返せよ悪、即、斬!
アク・ソク・ザーーーーン!!!