その飲みかけ致死量につき。――男女比1:4の世界で普通に生活する俺が、飲みかけボトルを置き忘れた結果 作:ヤッくん
この世界は、以前に俺が居た世界より少しだけ冷たいと思ったことがある。
《男女比一対四。極端な男少女多。この歪な人口バランスは、男性に特権的な地位を与え、同時に女性たちを「生存競争」という名の狂乱へと駆り立てた》
街を歩けば、選民意識に浸る男たちの傲慢さと、それを取り合わなければならない女たちの殺気だった視線が目に付く......気がする。
(……いや、そんな風にこの世界を見ている自分自身が、問題があるかもしれないな)
◇
今日は奮発して外でランチでもしようかと、近場のレストランに行った。
店内では、店員さんに気づいてもらえずオドオドしている客を見かけた。
なぜか俺まで落ち着かなくなる。自分の注文でもないのに、「すいません、あちらの方、呼んでますよ」と口を挟みたくなってしまう。
まぁ実際に口を挟んだんだけど。
ご飯を食べたあと家までの道すがら、ゴミをポイ捨てする若者がいた。
(これ、いい大人になってから後悔するやつなんだよな。)
それと、目の前に掃除をするボランティアの人がいるのに申し訳ないという気持ちで勝手にソワソワしてしまった。
やっぱり、もう少しブラブラしようと思って駅前に出た。そこでは、歌うストリートミュージシャンが一人で路上ライブをしていた。
音程のズレた歌声に、通行人がクスクスと冷笑を浴びせている。
あれを見ていると、悲しい気持ちになる。
べつに笑うのは勝手だけど、お前は人を笑うほど人間できてんのかと言いたい。
(まぁ直接本人に言う勇気はないんだけど)
冷笑している人たちだって、心のどこかでは気づいているはずだ。一生懸命な誰かを笑うこと、つまりは相手を下に見ることで自分を安心させているだけだと。
(……まぁ、相手には相手の人生があるから放っておこう)
少しだけ足を止めてライブをしている青年の曲を聴いた。
(少しだけ音を外しているけどパッションが乗った良い曲だ)
俺は嘲笑(わら)いながら通り過ぎる人波を分けるようにして空のギターケースの前へ。
ポケットの中の桐の書かれた硬貨を取り出して指で弾いた。
チャリン、と硬貨が跳ねる音。
◇
最近、不思議なことが続いていた。
自分の歩く先になぜかやたらと空き缶が落ちていたりする。
そして、空を見上げれば、一機のドローンがときどき俺を見守るように旋回していた。
ドローンの動きは、どこかたどたどしい。
操作している人間の「不器用な一生懸命さ」が透けて見えるようだった。
「あ、最近この辺飛んでるよね? いつも器用に飛ばしてるね。バイバイ!」
相手に聞こえているかはわからないが、一応それらしいことを言ってみた。
するとドローンは、まるで顔を真っ赤にした少女のように、激しく上下に揺れて飛び去っていった。
(なんだか、面白いな。……というか、今の『照れ』の表現か?)
元々、こういう「窓越しのやり取り」みたいなのはけっこう好きだ。
客船が出航するとき、甲板にいる見ず知らずの人に向かって手を振ったりとか、上空を飛んでいるヘリコプターに向けて大きく腕を振ってみるとか。
向こうから反応があったら何となく嬉しい気持ちになる。
◇
数日後。広場で本を読んでいると、一人の少女が俺の前に現れた。
深いフードに巨大なヘッドホン。スマートグラスに流れる無機質なログ。オーバーサイズのパーカーに華奢な身体を埋め、ブルーライトを宿したままのような青白い肌をしている。
おどおどと周囲を伺うその目は小動物みたいで、デバイスの冷たさとは裏腹に、驚くほど澄んでいた。
(あ、数日前に落とし物を拾ってあげた子だ。)
その時、彼女は俺の前で「あ、う……」とだけ言って逃げてしまった。
今回は、彼女はまるで「今から決闘に挑みます」と言わんばかりの悲壮な決意を湛えた瞳で、俺を見つめていた。
ゆっくりと、自分の鎧を脱ぐようにヘッドホンを外す。
羽のようにふわりと跳ねた髪が、彼女の小さな輪郭を際立たせた。
周囲の雑音に眉をひそめ、何かと戦うように震える彼女が、口を開く。
「わ、たし……あなたのことが、……す、好きです! つき、合って、ください!」
心臓を抉り出すような、全力の告白。
その言葉を聞いた瞬間、言葉を失った。
こんなにも一生懸命に「好き」と言ってもらったことなんてなかったからだ。
彼女の全身は小刻みに震えている。握りしめた拳は白くなり、瞳には涙が溜まっていた。
素直に嬉しい。
魅力的な女の子に告白されたら誰でも嬉しいだろう……けど。
(こんなに強い想いをぶつけてくれてるんだから、きちんと相手のことを知った上で返事をするのが筋だろう。きちんと会話もしたことないし、名前すら知らないしな。)
考え抜いた末に、彼女の目を見て、結論を口にした。
「……ごめんなさい」
その瞬間、彼女の瞳から光が消え、深い絶望の色に染まった。
「あ、あ、あああ……っ!」
悲鳴を上げ、彼女は走り出した。
「あ、待って! きちんとお互いのことを知ってから……!」
俺の声は、再びヘッドホンを押し当てた彼女にはもう、届かなかった。
◇
ベンチに座り込み、しばらく立ち上がることができなかった。
追いかけたい気持ちはあったが、足が前に進まない。
(……やらかした。でも、適当に頷く方が失礼だよな……?)
偶然駆け寄ってきた友人が「なんでフったんだよ!」と呆れている。
「付き合うのは相手のことを知ってからでしょ」
「相変わらず変なところでバカ真面目だな」
友人は呆れ半分に俺の肩を叩いた。
彼女を追いかけることもできず、なんとなく空を見上げた。
差し込んできた夕陽が広場を鮮やかなオレンジ色に染めあげていた。
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