灰色の残骸があたり一面を覆う。かつて都市だったその場所は、崩れかけの建物が乱立する荒地となっている。一軒の店らしき構造物の脇を、重々しい足取りで一人の男が歩いている。
一丁の銃を背負い、神経質そうにあたりの地面を見回しながら。
「こっちはもう駄目か……?」男はつぶやくと、コンクリートの壁に寄りかかり、座り込んだ。
彼は、キャップと交換できそうなものを探しに来た。が、もうこの辺りはとっくに他の同業者に漁られていて、そのようなものは滅多に見つからない。
しかし、彼はここに来るしかなかったのである。まだ見つかりそうな場所は、そう残っているものではない。安全に見つけられ場所なら、とっくに同業者の縄張りとなっている。縄張りを守らなければ、どんな制裁を受けるか分かったものではない。同業者が存在せず取り放題となれば、放射能に汚染されているか、はたまた危険生物の巣窟か。
男はため息をつき、目線を下ろす。しかし、その目線が地面に落ちることはなかった。
途中で目線がぴたりと止まり、一点を凝視し始めたからである。
「缶詰めだ……」男の声が震える。自身の前にある残骸の隙間に、缶詰めらしきものが挟まっているのを発見したのだ。どうやら、位置の関係で視点を下にしなければ見えず、そのため誰も発見できなかったらしい。赤い色をしたその缶詰に、思わず彼の手が伸びる。
男はそれをつかみ取り、重量から中身が入っていることを感じ取った。
しかし、油断はできない。小さな穴が開いていれば中身は駄目になっているかもしれないし、中に土砂が詰まっているだけかもしれないからである。
手の上で回し、どこにも亀裂や穴が無いのかと確かめるも、保存状態は完璧と言って良い。
男は、ごくりと唾を飲み込む。戦前の缶詰なんて、彼はもう何年も見つけたことがない。店ですらたまに見かける程度で、近辺ではもう掘りつくしたものだと思うのが当然であった。
売ればかなりの値段になるだろうが、最近の食事は、腹の中でモゾモゾ動くラッドローチの肉や、どんなに手を尽くしても不味い、モールラットの肉ばかりで、男は飽き飽きしていたところだ。
戦前の食料なんて、おいしいと相場は決まっている。肉詰め(Cram)は例外だが……それでもほとんどは、ウェイストランドの「食べ物」と比べればはるかにご馳走だ。
食べるべきか。売るべきか。
しかし、男はふと考える。もしも、この中身が食べ物じゃなかったら?
動物の顔らしき白いイラストが描かれているものの、日付や成分表示はおろか、文字が一つも見当たらない。これは一体どういうことだろうか。劣化して見えないならともかく、この缶詰は最初から文字が書かれていないように見える。こんな缶詰は見たことが無い。
缶詰を見つめながら男が思案していると、背後から刺すような視線を感じ取る。
無防備に物色しすぎた……
彼の頭に後悔がよぎるも、壁を背にして銃へ手をかける。
死んでしまえば、食べるどころの騒ぎではない。自身が「食べ物」にされるかもしれないのだ。
缶詰を地面に落とし、両手で銃を構えた。
──音に反応したのか、白い塊がすさまじい速さでこちらへとびかかってくる。
レイダーや同業者相手なら間に合っただろうが、想像以上に素早い動きだった。
相手が人間か、敵か味方か……それを判断してから銃を撃つのには、彼にとってあまりに時間が足りなかった。
やられる──これから来る痛覚に備え、男は目をつぶる。しかし、何もやってこない。
目を開けると、そこには奇妙な白い生物がいた。
驚くほど缶詰めのイラストに酷似しており、まるで絵がそのまま抜け出してきたような外見である。様々な形状の生物を見てきた男からしても、「この世のものとは思えない」外見だった。
その生物は、静止したまま缶詰を見つめている。
「……」
男の視線を感じたのか、奇妙な生物はこちらを向き、初めて両者の視線が合わさる。瞳? は、真っ黒で感情を読み取ることができないものの、男はどうやら敵意は無いらしいと判断した。
何か分からない存在と戦うほど、彼は極限状態でなければ無鉄砲でもない。ここは静かに去ると決めた……もしも、相手が許してくれるならだが。
そろそろと後ろへ下がる。しかし、男は自分でも分かるほどに目を剝いた。なぜなら、その奇妙な生物が自分の後退より早くこちらへ近づいてきたからである。
彼の思わず体がこわばる。──今度こそ駄目だ……
そう思ったその時。初めて、生物は口を開いた。
「ハングリーであれ。バカであれ。」
流暢な人語でそういうと、落ちていた缶詰を小さな口でひったくり、あっという間に走り去っていった。
男はどっと疲れが出て、その場にへたり込む。
そして、こう考えた──こんなにリアルな幻覚を見るのは久しぶりだ。いつ現実との区別がつかなくなるか、分かったものではない。
散策の前にジェットをキメるのは、ほどほどにしておこう。
前書きにもありますが、初投稿です。よろしくお願いします。
ハーメルンの利用自体は8年ほど前から行ってたのですが、見る専かつアカウントすら作っていませんでした。
本小説は、今日が2月22(スーパーにゃんにゃん記念日)だということに昨日気づき、アカウントを作成、急遽完成させたものです。
読んでいて特に思うところはなかったのですが、いざ執筆してみると第三者視点で登場人物の心情を描くのが難しく、すらすら頭に入る文章を執筆できる、プロの凄さを痛感しました。